旅で多く出会う韓国の若者は超格差社会の被害者
『サンチアゴ巡礼 心の旅』78日間で1650キロ踏破(第19回)
集団で歩く韓国人巡礼者たち
6月下旬になってくると聖地サンチアゴまで100キロを切り欧州各地から聖地につながる巡礼道が徐々に合流して巡礼者の数が際立って増えてくる。
本連載第10回にて紹介したように韓国人巡礼者はアジア系では圧倒的最大多数であり連日頻繁に韓国人巡礼者に出会う。
韓国人巡礼者で人数が一番多いのが男女の大学生グループである。
次が中高年のおばさん仲間のグループである。
韓国人は一人で巡礼を始めても途中で知り合いになり数人で連れ立って歩き、さらに大きなグループを形成してゆく。
ハングルで賑やかにおしゃべりしながら歩いており、巡礼宿に到着すると共同キッチンで一緒に韓国料理を煮炊きしている。
韓国人青年マティウスの悲恋
ある晩、韓国人青年マティウス(本連載第10回ご参照)と宿が一緒になった。
彼は韓国女性のミス・キムと同行していた。
既に600キロ以上彼女と二人で一緒に歩いていることになる。
二人とも若く見えるがマティウスは43歳、ミス・キムは41歳でともに独身である。私から見ると二人はお似合いである。
マティウスは高校卒業後仁川(インチョン)近くの工場で働いており勤続20年を契機に1年間の休暇を申請した。
サンチアゴ巡礼を終えたら日本、カナダ、米国、南米と旅行を続ける計画であった。
他方でミス・キムは事務員をしていたが仕事を辞めて巡礼旅をしていると聞いていた。
彼ら二人が最初に出会った時から過去三週間なんどか二人と一緒の宿になり二人が次第に親密になってゆく様子を見てきた。
あるとき巡礼宿でマティウスの隣のベッドに寝ていたミス・キムが夜中にそっと起き出して中庭のベンチで月を見ていたことがあった。
偶々トイレに立った私は彼女を見つけたのでベンチで一緒に話したが、彼女は想い悩んでいたようであった。
マティウスの気持ちが理解できないと嘆息した。
それで巡礼も残り数日で終わるというその晩にマティウスにミス・キムと結婚するのか率直に尋ねたところ、「ミス・キムは良い女性で好感を抱いている。
でも自分は独身主義者なので誰とも結婚しない。そのことは彼女も理解してくれている」と淡々と語った。
マティウスが語っていた独身主義の理由は日本の同年代の独身男性とも共通している部分があるが韓国社会独自の事情もあるようだった。
まず、マティウスが指摘したのは韓国社会では高卒の工場労働者の給与は同い年の大卒ホワイトカラーと比較したら五分の一程度という賃金格差の問題。
今回の旅行費用は約20年間の貯金の全額に匹敵するという。
また高卒工場労働者の社会的地位が低く彼自身が仕事に誇りを持てないことも結婚や女性との交際に積極的になれない理由であるという。
マティウスは20年間工場近くの会社の寮で一人暮らしをしているが、実家とも疎遠になり故郷にはほとんど帰省していないという。
韓国では旧正月などに帰省する際は両親にまとまった金額を渡すのが慣例となっておりお金を用意できない息子が自分を恥じて帰省できないというコラムを読んだことがある。
30数年前、韓国に頻繁に出張した時期に韓国が賃金だけでなく社会的地位においても超格差社会であることを実感した。
課長の前では平社員は直立不動であり、屋台の飲み屋に行くと背広を着ているホワイトカラーには
女将は愛想よく対応するがジャンパーを着た労働者風が店に入って来ると露骨に無視するのであった。
また転職率が日本と比較すると格段に高かった。
取引先の役員や部長クラスにも同業他社からの転職経験者が何人もいた。
聞くと同期入社のライバルに出世競争で先を越されると韓国人特有の強烈な競争意識と自負心から他社に転職するケースが多いという。
このような韓国社会特有の圧力がマティウスの人生観に影響を与えているのかとやるせなくなった。
サンチアゴ巡礼以降の旅でも韓国の男性バックパッカー(学生以外、すなわち本来社会人であるべき年齢の)に何人も遭遇する機会があったが、
みんなアルバイトや非正規雇用で金を貯めては海外旅行をするというライフスタイルであり、マティウスと同じようにどこか世捨て人のような人生観の持ち主が多い。
内気な韓国少女アリスの未来はいずこに
6月26日 Fabaの公共巡礼宿にて夕食会で韓国人三人組と一緒になった。
二人の中年女性と一人の少女であった。
三人とも米国から来たというが少女は巡礼の途上で二人と知り合ったようだ。
中年女性は韓国系米国人で教会の信者のようであった。
少女、アリスは今年米国に留学してサンフランシスコの大学院で社会学を学ぶという。
アリスに留学の理由を聞いて韓国社会に特有の事情が見えてきた。
アリスはソウルの大学生で自宅もソウル市近郊。
一年前に就職試験を受けたが希望していた企業は全滅。
彼女の父親は中小企業経営者であり米国で修士号を取得すれば韓国企業への就職に有利と判断してアリスを留学させることにしたという。
修士修了後の2年後であれば多少なりとも韓国経済も回復して企業の新卒求人数も増えるであろうという希望的観測もあった。
このような理由で海外留学するケースはアリス以外の何人かの韓国人からも聞いていた。
彼らの話を要約すると韓国社会では高学歴や特別なコネがなければ有名企業に就職できないという閉塞的状況がある。
そのため学歴をかさ上げするため米国等に留学するのだという。
さらに、やる気のある学生なら無理して韓国企業に就職するよりも、米国・カナダ・豪州に留学してその国で就職したほうが自由で豊かな人生が送れるという認識が韓国社会では広く浸透しているという。
アリスと話していて彼女が自分の意志で留学したのではなく父親の見栄のために米国留学したという印象を受けた。
彼女自身自分が将来何をしたいのか具体的希望がないようであった。
「自分では本当は何を希望している?」と敢えて聞くと、かなり間をおいてから「マザー・テレサのように貧しい人たちを救う仕事をしたい」と迷いながら言った。
「大学院では具体的に貧民救済につながるような勉強をするの?」と更に聞くと、「よくわからない」と頼りにならない回答。
韓国社会の閉塞感と家族の期待のはざまでアリスは出口を探して彷徨っているようだった。
頑張り屋の韓国娘アビーはマンハッタンを目指して
6月30日 Melideへの山道で東洋系の少女を見かけた。
欧米系青年と歩いているが小柄な彼女が長身の青年に負けじと必死で歩いているように見えた。
聖地サンチアゴを過ぎて更にスペイン最西端のFinistera岬を目指して歩いていた7月6日にカフェで休憩していた彼女に遭遇した。
彼女、韓国娘アビーは韓国の大学を卒業したが就職先が見つからず親戚を頼って渡米。
西海岸の大学に籍を置いて夏休みには企業でインターンをしながら就職先を探した。
紆余曲折を経て東海岸のボルチモアにある大手日系衣料品チェーンの店で仮雇の職を得たという。
ここで休日返上、サービス残業も我慢して必死で正規雇用のポジションを得るべく働いたという。
仮雇でスタートしてから4年目の今年。
27歳になったアビーはマンハッタンにある店のフロア・マネージャーのポジションを提示されたという。
マネージャーとは名前ばかりで少人数で売上ノルマを達成するために残業時間も無制限に近いことも覚悟しており、一か月後にはマンハッタンに転勤するという。
それしか米国で成功する道がないと自分に言い聞かせているようであった。
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