性風俗で働く地方都市シングルマザーの意外な実態
2020年3月3日(火)16時15分
印南敦史(作家、書評家)
Newsweek Japan
<やや刺激的な書名の『性風俗シングルマザー』という本には、日本の地方都市の現実が映し出されている。彼女たちはなぜ、どんなふうに風俗店で働いているのだろうか>
『性風俗シングルマザー:地方都市における女性と子どもの貧困』(坂爪真吾・著、集英社新書)という書名は、やや刺激が強い。読者が読む前から、いろいろと勝手な想像をふくらませてしまう可能性もある。
しかし日本の地方都市の現実を映し出しているという意味において、本書はそうした陳腐なイメージをはるかに上回ったものであった。
「託児所に子どもを預けて風俗店で働くシングルマザー」という言葉を聞いて、あなたはどのような女性をイメージするだろうか。
派手目のメイクとハイヒールで歓楽街に繰り出し、男性客と腕を組みながらホテルに入っていく女性の姿を思い浮かべるかもしれない。
古びた公営住宅の一室に子どもと住み、コンビニと居酒屋のパートを掛け持ちしながら、家計を切り詰めて毎日を必死で生きる女性の姿を思い浮かべるかもしれない。
中には、自分勝手な理由で離婚したにもかかわらず、行政と福祉の手厚い保護を受けて、自堕落な生活をしている女性の姿を思い浮かべる人もいるだろう。(「はじめに」6~7ページより)
実際「風俗店で働くシングルマザー」は、女性やその子どもの貧困を象徴する存在として語られがちなのではないだろうか。正直なところ、最初は私も少なからず、そういったイメージを持っていたかもしれない。
だが、ここで明らかにされている「性風俗シングルマザー」の本質は、例えば無自覚にパパ活をしているような女性のそれとは似て非なるものである。
言い方を変えれば、「性風俗」という言葉がそこに絡みついているというだけの理由で、彼女たちを大いに誤解している可能性があるということ。
なぜなら現実は、自堕落に暮らせるはずもないほど過酷で、切羽詰まったものであるようだから。
つまりは、その現実からなんとかして抜け出すための手段として、性風俗が機能しているのである。
それがいいことだとか、許されるべきことだとか、そうした理屈の問題ではなく、どうしようもない現実なのだ。
ひとり親世帯の貧困率は五割を超える。
経済的に困窮し、社会的に弱い立場に置かれているにもかかわらず、シングルマザーは「自己責任」という言葉のもと、社会的なバッシングやネグレクト(無視・放置)の対象になりがちである。
あるべき家族規範に背いた存在、あるべき母親像に背いた存在として、格好のサンドバッグになる。(「はじめに」8ページより)
現代女性の性問題の解決に尽力しているという著者は、現在の3大社会問題は「家族」「就労」「社会保障制度」だと指摘している。
シングルマザーの多くは、家庭の機能不全、就労支援の限界、社会保障制度の欠如に直面しているということだ。加えて近年は、「人口減少」「ジェンダー」も問題化されるようになっているという。
言うまでもなく、少子高齢化に伴う人口減少は、政治・経済・文化・テクノロジーなどあらゆる分野に影響を与える。しかし地方都市の場合、現実はさらにシビアなものになる。
人口減少によって企業の存続や自治体運営が困難になる可能性も大きく、だとすれば生活自体が成り立たなくなる可能性も大いにあるのではないか。
また一方で、結婚・妊娠・出産・育児に関連するハラスメントも社会問題化している。
そうしたバックグラウンドを踏まえたうえで、本書では人口約80万人の政令指定都市(県庁所在地)であるS市を舞台に、そこで生きるシングルマザーの実態を明らかにしているのである。
例えば第一章で紹介されている辻彩さん(26歳)は、高校中退後にキャバクラで働き始めたものの、20歳のときに妊娠が発覚。
相手は同じ店のボーイだったが、著しく経済力がなかったため、未婚で産み育てることを決意した。
無責任な言い方をすれば、ありそうな話である。
しかし、だとしても、地方都市のキャバクラにはその場所ならではの深刻な問題があるようだ。
人口減少と中心繁華街衰退のあおりを受け、もはや稼げる仕事ではなくなってきているということだ。
その結果、彩さんのようにデリヘルの仕事を始める人も少なくないのである。しかもその働き方も、一般的なイメージとは異なっている。
「これまでは昼間にアパレルの仕事も兼業していたんですが、今はデリヘル一本です。
女性向けのリラクゼーションの仕事に興味があって、働きながら資格を取りたいと考えています。
最初は勤めながら資格を取得していき、三〇歳頃には独立したい。
そのためにはお金が必要なので、今働いて貯めておきたい。
来年の春には、昼の仕事を再開したいと考えています。
元々は昼の仕事が中心で、デリの仕事は週二回程度でした。デリ一本にしてから、先月の収入は四六万円でした。
お店のホームページのアクセス数がよかった時期ですね。週五〜六回、一〇~一七時の出勤、稼いだお金は貯金しています。
以前は夜の時間帯も出勤していたんですが、子どももいるし、自分の身体にも負担がかかるので、今は出ていません。(44ページより)
風俗で働くシングルマザーに対するイメージは、「夜間保育に子どもを預けて、夜の繁華街で働いているんだろう」というように偏りがちだ。
しかしそれは誤りで、実際は彩さんのように子どもを朝保育園に預け、10〜17時の間に働き、18時には子どもを保育園に迎えに行って帰宅するという女性のほうが多数派なのだそうだ。だとすれば、表面的な生活リズムに関しては一般の女性と変わりないことになる。
とはいっても、シングルマザーを取り巻く状況がシビアなものであることに変わりはないだろう。
例えば彩さんも、高校を中退したのちに早い時期で妊娠・出産を経験し、20代半ばで学歴・職歴・資格のまったくない状態に置かれている。
端的に言えば、そういった女性が月額46万円を稼げる仕事は、少なくとも地方都市においては風俗以外にないということだ。
しかも高額の収入がいつまでも続くという保証はないし、ネット上の誹謗中傷や個人情報の暴露、性感染症などのリスクによって、いつ店を辞めなければならなくなるか分からない。
多くの女性は、あくまで次のキャリア、次のステップに進むためのつなぎの仕事として、風俗を活用している。
道徳的な是非論を抜きにすれば、地方都市で子育てをするシングルマザーにとって、風俗の存在が、実家の母親や行政の子育て支援制度と並ぶ第三の「社会資源」となっていることは、否定しようのない事実だ。(52ページより)
おそらく本書を読んでいなければ、地方都市のこうした現実を知ることはなかった。しかし不況が続く中、その影響がこうしたかたちで地方都市に及んでいることは、悲しいほどに確かな現実なのである。
『性風俗シングルマザー:地方都市における女性と子どもの貧困』
坂爪真吾 著
集英社新書
[筆者]
印南敦史
1962年生まれ。東京都出身。作家、書評家。広告代理店勤務時代にライターとして活動開始。現在は他に「ライフハッカー[日本版]」「東洋経済オンライン」「WEBRONZA」「サライ.jp」「WANI BOOKOUT」などで連載を持つほか、「ダ・ヴィンチ」などにも寄稿。『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)をはじめ、ベストセラーとなった『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)、『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』(日本実業出版社)など著作多数。
2020年3月3日(火)16時15分
印南敦史(作家、書評家)
Newsweek Japan
<やや刺激的な書名の『性風俗シングルマザー』という本には、日本の地方都市の現実が映し出されている。彼女たちはなぜ、どんなふうに風俗店で働いているのだろうか>
『性風俗シングルマザー:地方都市における女性と子どもの貧困』(坂爪真吾・著、集英社新書)という書名は、やや刺激が強い。読者が読む前から、いろいろと勝手な想像をふくらませてしまう可能性もある。
しかし日本の地方都市の現実を映し出しているという意味において、本書はそうした陳腐なイメージをはるかに上回ったものであった。
「託児所に子どもを預けて風俗店で働くシングルマザー」という言葉を聞いて、あなたはどのような女性をイメージするだろうか。
派手目のメイクとハイヒールで歓楽街に繰り出し、男性客と腕を組みながらホテルに入っていく女性の姿を思い浮かべるかもしれない。
古びた公営住宅の一室に子どもと住み、コンビニと居酒屋のパートを掛け持ちしながら、家計を切り詰めて毎日を必死で生きる女性の姿を思い浮かべるかもしれない。
中には、自分勝手な理由で離婚したにもかかわらず、行政と福祉の手厚い保護を受けて、自堕落な生活をしている女性の姿を思い浮かべる人もいるだろう。(「はじめに」6~7ページより)
実際「風俗店で働くシングルマザー」は、女性やその子どもの貧困を象徴する存在として語られがちなのではないだろうか。正直なところ、最初は私も少なからず、そういったイメージを持っていたかもしれない。
だが、ここで明らかにされている「性風俗シングルマザー」の本質は、例えば無自覚にパパ活をしているような女性のそれとは似て非なるものである。
言い方を変えれば、「性風俗」という言葉がそこに絡みついているというだけの理由で、彼女たちを大いに誤解している可能性があるということ。
なぜなら現実は、自堕落に暮らせるはずもないほど過酷で、切羽詰まったものであるようだから。
つまりは、その現実からなんとかして抜け出すための手段として、性風俗が機能しているのである。
それがいいことだとか、許されるべきことだとか、そうした理屈の問題ではなく、どうしようもない現実なのだ。
ひとり親世帯の貧困率は五割を超える。
経済的に困窮し、社会的に弱い立場に置かれているにもかかわらず、シングルマザーは「自己責任」という言葉のもと、社会的なバッシングやネグレクト(無視・放置)の対象になりがちである。
あるべき家族規範に背いた存在、あるべき母親像に背いた存在として、格好のサンドバッグになる。(「はじめに」8ページより)
現代女性の性問題の解決に尽力しているという著者は、現在の3大社会問題は「家族」「就労」「社会保障制度」だと指摘している。
シングルマザーの多くは、家庭の機能不全、就労支援の限界、社会保障制度の欠如に直面しているということだ。加えて近年は、「人口減少」「ジェンダー」も問題化されるようになっているという。
言うまでもなく、少子高齢化に伴う人口減少は、政治・経済・文化・テクノロジーなどあらゆる分野に影響を与える。しかし地方都市の場合、現実はさらにシビアなものになる。
人口減少によって企業の存続や自治体運営が困難になる可能性も大きく、だとすれば生活自体が成り立たなくなる可能性も大いにあるのではないか。
また一方で、結婚・妊娠・出産・育児に関連するハラスメントも社会問題化している。
そうしたバックグラウンドを踏まえたうえで、本書では人口約80万人の政令指定都市(県庁所在地)であるS市を舞台に、そこで生きるシングルマザーの実態を明らかにしているのである。
例えば第一章で紹介されている辻彩さん(26歳)は、高校中退後にキャバクラで働き始めたものの、20歳のときに妊娠が発覚。
相手は同じ店のボーイだったが、著しく経済力がなかったため、未婚で産み育てることを決意した。
無責任な言い方をすれば、ありそうな話である。
しかし、だとしても、地方都市のキャバクラにはその場所ならではの深刻な問題があるようだ。
人口減少と中心繁華街衰退のあおりを受け、もはや稼げる仕事ではなくなってきているということだ。
その結果、彩さんのようにデリヘルの仕事を始める人も少なくないのである。しかもその働き方も、一般的なイメージとは異なっている。
「これまでは昼間にアパレルの仕事も兼業していたんですが、今はデリヘル一本です。
女性向けのリラクゼーションの仕事に興味があって、働きながら資格を取りたいと考えています。
最初は勤めながら資格を取得していき、三〇歳頃には独立したい。
そのためにはお金が必要なので、今働いて貯めておきたい。
来年の春には、昼の仕事を再開したいと考えています。
元々は昼の仕事が中心で、デリの仕事は週二回程度でした。デリ一本にしてから、先月の収入は四六万円でした。
お店のホームページのアクセス数がよかった時期ですね。週五〜六回、一〇~一七時の出勤、稼いだお金は貯金しています。
以前は夜の時間帯も出勤していたんですが、子どももいるし、自分の身体にも負担がかかるので、今は出ていません。(44ページより)
風俗で働くシングルマザーに対するイメージは、「夜間保育に子どもを預けて、夜の繁華街で働いているんだろう」というように偏りがちだ。
しかしそれは誤りで、実際は彩さんのように子どもを朝保育園に預け、10〜17時の間に働き、18時には子どもを保育園に迎えに行って帰宅するという女性のほうが多数派なのだそうだ。だとすれば、表面的な生活リズムに関しては一般の女性と変わりないことになる。
とはいっても、シングルマザーを取り巻く状況がシビアなものであることに変わりはないだろう。
例えば彩さんも、高校を中退したのちに早い時期で妊娠・出産を経験し、20代半ばで学歴・職歴・資格のまったくない状態に置かれている。
端的に言えば、そういった女性が月額46万円を稼げる仕事は、少なくとも地方都市においては風俗以外にないということだ。
しかも高額の収入がいつまでも続くという保証はないし、ネット上の誹謗中傷や個人情報の暴露、性感染症などのリスクによって、いつ店を辞めなければならなくなるか分からない。
多くの女性は、あくまで次のキャリア、次のステップに進むためのつなぎの仕事として、風俗を活用している。
道徳的な是非論を抜きにすれば、地方都市で子育てをするシングルマザーにとって、風俗の存在が、実家の母親や行政の子育て支援制度と並ぶ第三の「社会資源」となっていることは、否定しようのない事実だ。(52ページより)
おそらく本書を読んでいなければ、地方都市のこうした現実を知ることはなかった。しかし不況が続く中、その影響がこうしたかたちで地方都市に及んでいることは、悲しいほどに確かな現実なのである。
『性風俗シングルマザー:地方都市における女性と子どもの貧困』
坂爪真吾 著
集英社新書
[筆者]
印南敦史
1962年生まれ。東京都出身。作家、書評家。広告代理店勤務時代にライターとして活動開始。現在は他に「ライフハッカー[日本版]」「東洋経済オンライン」「WEBRONZA」「サライ.jp」「WANI BOOKOUT」などで連載を持つほか、「ダ・ヴィンチ」などにも寄稿。『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)をはじめ、ベストセラーとなった『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)、『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』(日本実業出版社)など著作多数。
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