ベラルーシ鉄道の「秘密組織」が
ロシア軍を撤退に追い込んだ
補給網を遮断した手口は
配信
ベラルーシ鉄道破壊工作員
ウクライナ侵攻前夜の2月23日、ウクライナ東部ドンバス地方の国境へと向かうロシア軍の車列 Photo by Stringer/Anadolu Agency via Getty Images
ロシア軍が最初にベラルーシ国境を越えてウクライナに流れ込んだとき、彼らは首都キーウ(キエフ)への電撃攻撃を想定して、この地域の広範な鉄道網に物資供給と増援を頼るつもりだった。
だが事はそう簡単には運ばなかった。ロシア軍はベラルーシの「鉄道破壊工作員」の存在を考慮していなかったのだ。 2月の侵攻当初から、鉄道員、ハッカー、元治安部隊で構成される秘密組織が、ロシアとウクライナを結ぶベラルーシの鉄道網を麻痺させ、ロシアの補給線に大打撃を与えていた。
この攻撃はベラルーシの外ではほとんど注目されていない。というのも、ロシアのキーウ陥落を阻止したのは、ウクライナ軍の激しい抵抗と準備不足だったロシア軍の戦略ミスだと分析されているためだ。
しかしロシアを屈辱的な撤退に追い込んだ理由はそれだけではない。ベラルーシ鉄道の破壊工作員たちもロシア軍の補給線の混乱に拍車をかける役割を果たした。ロシア兵は侵攻からわずか数日で、食料や燃料、弾薬が底をついたまま前線に取り残されたのだ。
その秘密組織のメンバーらによると、攻撃は単純でありながら効果的なもので、鉄道の機能に不可欠な信号制御盤を狙ったのだという。列車の運行は何日間も麻痺し、ロシア軍は陸路での補給を余儀なくされた。結果、全長約65キロにわたるロシアの軍用車列がキーウ北部で足止めを食らったのである。
この混乱のどれだけが秘密組織の妨害工作によるもので、どれだけがロシア側のお粗末な補給計画によるものなのかはわからない。とりわけベラルーシからは独立系メディアの報道がないために判断は難しいと、英国王立防衛安全保障研究所(ロンドン)のエミリー・フェリスは言う。
だがそれでも、自動化された信号がなければ列車は徐行せざるを得ず、線路上を走行する列車の数はかなり制限されたはずだと、彼女は指摘する。 「ロシア軍が鉄道をあてにしていたことを考えると、妨害工作があの混乱に一役買ったのは否めません。ロシア軍の侵攻を遅らせ、ウクライナの領土にさらに押し入ろうとするところを止めたのです」
妨害工作は、ウクライナ軍がロシアの侵攻に対して効果的な編成を組むための時間稼ぎにもなったと、ベラルーシ人活動家で秘密組織のメンバーの1人であるユーリー・ラヴァヴォイは言う。 「私たちが最も重要な役割を果たしたとは言いませんが、壁を作る大事なレンガのひとつだったことは間違いありません」
ナチスも追い払った「鉄道戦争」
鉄道破壊工作員たちがインスピレーションを得たのはベラルーシの歴史だ。第二次世界大戦中、ナチスの占領に抵抗するベラルーシ人が、ドイツの供給網を寸断するために鉄道路線と駅を爆破したのである。
「鉄道戦争」と呼ばれるこの戦いは、ベラルーシの勝利の瞬間として称えられ、レジスタンス運動の名高い成功例として学校でも教えられている。それから80年、今度はロシアを相手に「第二次鉄道戦争」が繰り広げられたというわけだ。
ラヴァヴォイをはじめ、今回の妨害工作に関与したベラルーシ人たちは、その攻撃が誰によってどのように行われたかについて詳細を明かそうとしない。秘密組織メンバーの身の安全を守るためだという。
ただ、ベラルーシの元治安当局者であるアレクサンダー・アザロフによれば、鉄道員、治安部隊の離反者、サイバー専門家の3つのグループが主に関与しているとのことだ。ちなみに、ラヴァヴォイもアザロフも2020年にベラルーシで起きた反政府デモを機にルカシェンコ政権に目をつけられ、現在はポーランドに逃れている。
第二次鉄道戦争は新たな局面に?
「ロシアの侵攻が始まって2日後の2月26日、鉄道の信号システムに対する破壊工作を5回連続で行い、列車の運行はほぼ完全にストップしましたよ」 そう語るのは、元ベラルーシ鉄道職員で現在はポーランド在住のセルゲイ・ボイテホビッチだ。
ロシア軍の動向や重要な鉄道インフラの位置などは、ベラルーシ鉄道の現役職員からテレグラム経由で共有されたという。 28日には、ベラルーシからキーウに向かうロシア軍のトラックや装甲車両など約65キロの車列が、衛星画像に写し出され始めた。
1週間もすると、車列は燃料切れや故障で完全に停滞した。 ほどなくベラルーシ当局は鉄道への攻撃の阻止と破壊工作員の摘発に躍起になったが、そのうちロシアはキーウ周辺からの撤退を本格化。ロシア政府はウクライナ東部の攻略に注力すると発表した。
そして今、第二次鉄道戦争は新たな局面を迎えているのかもしれない。ここ数日、ウクライナ東部への兵力輸送に使われているロシアの鉄道路線で信号制御盤が破損している写真がテレグラムに投稿されている。 その攻撃もまた秘密組織による破壊工作なのか確認はできていないが、ボイテホビッチは自分たちの仕業だと主張している。