2018年4月22日 大阪東教会主日礼拝説教 「神を指し示す」吉浦玲子
<宿られた神>
「言は肉となって、わたしたちの間に宿られた」
言、すなわちイエス・キリストは、肉体をもって、この現実の世界に、生活をなさいました。宿られた、という言葉は、ホテルみたいなところで短期間宿泊して滞在する旅行者であったということではありません。<私たちの間>に、つまり私たちと共に生活をされたということです。天地創造の昔から父なる神と共におられた言は高みから人間を見下ろされるのではなく、私たちの現実の世界、歴史のただ中にこられ、宿られました。もっとも、短期宿泊ではないとさっき申し上げましたが、「宿られた」という言葉の原語には英語で言えば「tent」という意味もあります。テントをはってキャンプをする、そんなニュアンスがあります。実際、主イエスはたしかにその宣教活動にあって旅をなさいました。立派な宮殿や、豪華な屋敷に住まわれたわけではありませんでした。旧約の時代のアブラハムやイサク、ヤコブたちが天幕と言われるまさにテント生活で、一か所に定住しなかったように、旅の日々を送られました。旅の途上、弟子の家であったり、その地域で主イエスを受け入れる人々の家にお泊りになりました。その地上での生涯のお姿は貧しいものであったでしょう。上品な着物を着て優雅な生活をなさっていたわけではありませんでした。そして私たちと同じように、お腹を空かせ、肉体の疲れを覚え、悲しみ、喜び、歩まれました。私たちと同じようになられたのです。それが「宿られた」ということです。
ところで、私の好きな讃美歌の一つに、讃美歌39番があります。「日暮れて四方はくらく/わがたまはいとさびし/よるべなき身のたよる/主よ、共に宿りませ」1節から5節まで、「主よ、共に宿りませ」という言葉が最後に繰り返され、しみじみと心にしみる讃美歌です。
個人的なことですが、「宿る」という言葉から、ひとつの情景が思い起こされます。子供の頃、長崎県佐世保市に住んでいたのですが、実は、大阪に母の叔母にあたる人がいました。その人が亡くなったのが私が中学生か高校生の時でした。その亡くなる少し前、母は大阪に叔母さんを見舞いに行ったのです。大阪には母の弟もいて、その弟の家にしばらく滞在して叔母さんの家の手伝いなどをしたようです。その時、私は佐世保の北部の北松浦郡郡にある親戚の家に預けられ、母と妹だけが、大阪に行きました。預けられた家のおばさんは端的にいって少し気難しい方でした。あまりしゃべらない、むっつりした人でした。特別にいやなことがあったわけではないのですが、子供ながらに気を使いました。もちろん、数日間のことであり、私は別にホームシックになったわけでも、ひどく辛かったわけでもありません。むしろ佐世保市内にあった学校とその親戚の家がある北松浦郡まで、数日、バスで通学するのが何となく新鮮で物珍しくもありました。そんなある日、夕方、いつものようにバスに乗っていて、ふと外を見たら、秋だったので日の暮れが早く、ほとんど真っ暗になっていました。40年前の田舎の日暮れは本当に何もなくて真っ暗でした。ところがその真っ暗な中に、突然、一軒家の灯りが遠く見えました。家の中の様子ははっきりとは見えないのですが、その家の電気の明かりのなかに、食卓を囲む家族のだんらんの様子が明るく浮かび上がりました。周りが真っ暗なので、余計、輝くように光が浮かび上がって見えたのです。その光の中に家族の姿が見えました。しかし、すぐにバスはそこを通りすぎて、また窓の外は真っ暗になりました。でも、暗闇に浮かびあがった家族のだんらんの様子は、なんとなくセンチメンタルな思いを私に抱かせました。当時は讃美歌39番は知らなかったのですが、何か突然、自分が讃美歌の歌詞にある<寄る辺なき身>になったような感覚を持ったのです。実際は数日後には家族は帰って来て自宅に戻れるのでバカバカしいと言えばバカバカしい子供じみたセンチメンタルな思いだったのですが、闇の中に浮かび上がった明るいあの情景はとても印象的でした。今でも忘れられません。そしてそのときなんとなく感じた<寄る辺ない旅人>のような感覚も忘れられません。大人になって、もっとリアルに<寄る辺ない>感覚を私はいくたびも経験しました。明るい光から隔てられて、自分は一人で夕暮れの景色の中にいるような、そんな寄る辺なさを、おりおりに大人になっても感じることがありました。それは単に私が故郷を出て、別の土地に来たからということだけではないと思います。誰もが人生において感じる寄る辺なさであったと思います。家族がいても、それなりに恵まれた生活をしていても、ふと感じる寄る辺なさというものもあると思います。讃美歌39番で歌われている寄る辺なさは人間だれしもが感じる気持ちではないかと思います。だからこそ「主よ共に宿りませ」とこの讃美歌の作者も歌っているのです。
そして実際、主は、キリストは共に宿ってくださるお方です。私たちが孤独であっても、心細い思いを持っていても、共にいてくださる方です。主ご自身が、父なる神のもとを離れてこられた方です。天地創造の前から高いにところに住まわれていた方がこの地上の荒れ野に来られました。寄る辺ないこの地上の日々を、誰からも、弟子からですら、理解されずに歩まれました。だからこそ、主は私たちの日々の寄る辺なさを理解してくださり、私たちと共に宿ってくださるのです。
<神の子の栄光>
しかし、また一方で、貧しく寄る辺なくこの世界を歩まれた御子イエス・キリストは御子としての栄光に満ちておられました。「それは父の独り子としての栄光であって、恵みと真理に満ちていた。」言なる神であるイエス・キリストは確かに、人間としてこの世界を歩まれました。しかし、一方で、神としての栄光にも輝いておられました。栄光といっても、それは絢爛たるこの世の権力や力を越えたものでした。そもそも、この世界には恵みも真理もありませんでした。人と人が傷つけあい、不正がまかり通っていました。恵みなどなかったのです。そしてまた不公平で嘘に満ちた世界でした。真理には程遠い世界でした。それはキリストが到来した2000年前も現代も同じです。その世界で、キリストは病を癒し、人々の痛みを取り除き、知恵の言葉を語られました。私たちがまことに生きる力を得ることのできる言葉を語られたのです。そこに御子としての栄光がありました。愛と正義の栄光と言っても良いでしょう。ヨハネによる福音書の1章の18節までは特に福音書全体のプロローグとも言われます。ヨハネによる福音書全体はまさに主イエスの恵みと真理を描いた書物です。そこから輝きだす神の栄光が描かれています。
つまり、ここで言われていることは<キリストはまったき人間であり、まったき神である>ということです。つまりキリストは完全な人間であった、そして同時に完全な神であった、ということで、キリスト教の根幹となることがらです。根幹となることでありながら、しばしばこのことを理解しない異端といえるような考えが歴史的に起こって来ました。現代においてもそうです。キリストの人間性をのみ重視する人々がいます。キリストは神であり人間である、このことを4福音書の中でもっとも明確にあらわしているのがヨハネによる福音書です。福音書が記された頃も、キリストは人間であるということをいう人々もいたのでしょう。また逆にキリストは神であって人間ではなかったという人々もいたのです。だからこそ、ヨハネによる福音書ははっきりと、<言は肉となった>つまり言葉なる神は肉体を持った人間となったと記されているのです。そして同時に<父の独り子としての栄光>を現わす神であったとも記されているのです。人間であったからこそ、そしてまた同時に神であったからこそ、主イエスは、やがて十字架におかかりになり、私たちの罪の贖いをなすことがおできになったのです。私たちを救うことができたのです。ハイデルベルグ信仰問答でいえば、問14から18に詳しく説明されていて、ここで簡単に説明することは困難です。むしろこの福音書全体を読んで理解していくことであろうかと思います。ただ少しだけ申し上げれば、キリストが人間であるだけであれば、神の裁きや怒りには耐えることはできません。また一方で神であるだけであれば、私たち人間の身代わりとは成りえません。人間であり、神であるからこそ、キリストは私たちを救うことがお出来になったのです。
<恵みの上の恵み>
「わたしたちは皆、この方の満ちあふれる豊かさの中から、恵みの上に、更に恵みを受けた。」
言なる神であるキリストは貧しいお姿でこの地上を歩まれたと申し上げました。しかしなおこのお方から豊かさがあふれ出たというのです。お姿やその生活は貧しくても豊かさが満ちあふれていました。そして「恵みの上に、更に恵みを受けた」とあります。14節にも恵みという言葉が出てきましたが、実はヨハネによる福音書では、この箇所以降、同じ単語では「恵み」という言葉は出てこないのです。「恵みの上に、更に恵みを受けた」という言葉はとても素晴らしい言葉ですが、じゃあ「恵み」というのは具体的に何なんだ?ということははっきりとは説明されていません。それでも「恵み」という言葉を聞く時、感覚的になんとなくは分かります。ああいいなあと感じます。この恵みは単なる物質的な豊かさによる恵みではなく、本当に人間を豊かにする恵なのだとは感じます。
しかし、それは具体的にはどういう恵なのか?ひとつには「恵み」という言葉は使わずにこの福音書全体でキリストの恵みについて語られているという側面があります。「恵み」とはこれこれこういうものだと定義付けできるようなものではなく、キリストご自身のお姿、なさったことを通じて語られているということがあると思います。
そしてもうひとつは、「わたしたちは皆、この方の満ちあふれる豊かさの中から、恵みの上に、更に恵みを受けた。」というときの「わたしたちは皆」という言葉にかかっていると思います。「わたしたち」とは誰でしょうか?ヨハネの福音書を書いたり編集した初代教会の信徒たちでしょうか。キリストと実際に出会った人たちでしょうか?そうではないでしょう。この「わたしたち」は、いまここにいる私たちなのです。もちろん、キリストと実際に出会った人々も福音書を編集した人々もそこには含まれます。その「わたしたち」は言が肉となられて以来、この世界に生きる「わたしたち」のすべてなのです。
であるならば、ここで語られていることは、いまここにいる私たちもキリストの恵みを見た、ということです。私たちも「恵みの上に恵み」を受けたということです。私たちはすでに恵みを知っているのです。福音書の編集者はわたしたち、そしていまこれを読んでいるあなたたちもキリストの恵みを知っていますよねと語りかけているのです。実際にわたしたちはキリストの恵みを知っています。知っているからこそ今ここに集い御言葉を聞いているのです。
そのように福音書のプロローグで語りかけ、福音書全体で、キリストの恵みの現実を語っている、そういう構成になっているのだと思います。恵みの現実は、神の現実でもあります。父なる神の現実でもあります。
<ご自身を示される神>
「いまだかつて、神を見た者はいない。父のふところにいる独り子である神、この方が神を示されたのである。」
天地創造された全能者である神は、人間には到底認識することのできない存在です。逆に人間が定義できるような、100%理解できるような存在が神ではあり得ません。にもかかわらず、私たちは、神という存在をついつい小さく考えてしまいます。自分の納得できないこと、理解できないことが起こると、神様がおられるのならなぜこんなことが起こるのかと考えたりします。しかし、私たちには本来神の御心はすべては分かりえません。、だからといって神は私たちにはまったく理解できない存在でもありません。いやそもそも理解できない存在であるお方が、あえて、ご自身を私たちに指し示してくださった、そのことが記されているのが聖書です。本来は知ることのできない神のことがらを、神は自ら示してくださっているのです。それは御子であるキリストを通して示されました。人間となられた御子であるゆえに、私たちは理解することができるのです。言の神であるゆえ、私たちは私たちの言葉を通じて理解することができるのです。
神は、言葉なる神、御子である神によって私たちにご自身を示されました。神がご自身を示される、それは神の愛の現れです。私たちを愛してくださっているからこそ、ご自身を現わされたのです。御子を通して示してくださったのです。愛とは交わりがあるということです。実体のない相手とは交わることはできません。交わりのない愛はありません。神はその存在を御子を通して示してくださいました。もちろん神は私たちにみずからを示すことなく、恵みを注ぐこともおできになったでしょう。しかしなお、神はご自身を示されました。それは愛の交わりをなされる神であるからです。愛の交わりを欲される神の愛と恵みは、神との交わりの中で感じることのできる愛と恵みです。さきほど「恵み」とは具体的には書かれていないと申し上げました。それはご自身を示してくださる神との交わりの中で知るものであるからとも言えます。私たちはその恵みを知ります。御言葉によって、キリストを知ることによって神を示され、そのとき、その愛と恵みをより一層知らされます。キリストを通してご自身を示される神との交わりによって私たちは日々恵みの上に恵みを頂いていることを知り歩んでいきます。