最近、英国の実験検証に基づく犯罪学の研究者が、警察に対する苦情が警察官の身体にカメラ(身体装着カメラ(body-worn cameras:BWCs))を装填した後に、なんと93パーセントも下げさせ、かつ警察官の法執行行動が適正化されたという実証結果を公表したという記事を読んだ。
Photo:TechCrunch記事から引用
筆者が強い関心を持ったのは、1)その大規模な実験の結果の内容理解に止まらず、2)米国で常に問題視されている白人警察官による黒人の射殺事件との関係などから米国の研究はどうなっているのか(筆者注1) 、3)ボデイカメラの機能や価格はいかなるものか、4)筆者はもともとは刑法、犯罪学の研究者であったが、ここで出てくる「実験的犯罪学(Experimental criminology)」の正確な理解と、英米などの研究の実態につきケンブリッジ大学やオックスフォード大学の研究機関の概要の理解を試みたいというのが、本ブログをまとめた動機である。なお、わが国でこの種の犯罪学研究は法務省総合研究所であろうが、主要大学や関係学会のレポートをみても本格的な公表レポートは皆無である。
1.10月3日付けTechCrunch記事「Police complaints drop 93 percent after deploying body cameras」の要旨
以下のとおり仮訳する。
警察部門が身体にカメラを使い始めたとき、ケンブリッジ大学等の研究は警官に対する告訴の大幅な低下をもたらすことを明らかにした。しかし、さらに驚いたことは、検証データによるとカメラが明らかに見えるかどうかにかかわらず、誰でも警察官は彼らのベストなふるまいに関していることを示唆するということであった。
この実証データは、英国6と米国1の合計7つの警察署で集められて、2014年と2015年で140万時間以上にわたり1,847人の警察官によって記録された。同研究者等は、9月下旬の「刑事司法と行動(Criminal Justice and Behavior)」誌においてそのデータを発表した。
警察官は、隔週ごとにカメラを装着するか、しない(およそ半分はいつでもカメラを装着している)につき無作為に割付けされるため、すべての犯罪遭遇にカメラを機能させなければならない。この筆者は、大部分の警察の確立した実務であり、対応が容易であり、問題のある行動につきその発生頻度の向上させる場を与えるため、著者は測定基準として警察に対する苦情件数を使用した。
同研究の前年には、1,539件の苦情が警察官吏に対して全体で提出された。しかし、身体カメラ装填実験終了後の年は113件の苦情を数えるだけに減った。
2.実証実験論文の原本
(1) 犯罪学の専門雑誌「Criminal Justice and Behavior」DOI:10.1177/0093854816668218
標題は「伝播性の高い説明責任(Contagious Accountability)」
副題は「警察に対する市民の不満軽減にかかる警察官の装備カメラによる影響度を見るための世界的な多数の警察サイトの多数の無作為実証実験結果」である。
(2) 関係した研究者、英米の協力警察機関
*ケンブリッジ大学 実験結果に基づく犯罪学専攻(Experimental Criminology)の講師兼特別研究員であるバラク・アリエル(Barak Ariel)
*独立系シンクタンクでケンブリッジ・ネットワークの構成団体の1つであるRAND Europe のアレックス・サザランド(Alex Sutherland)
*英国ウェストミドランド警察(West Midlands Police)のダレン・ヘンストック(Darre Henstock)
*米国カリフォルニア州ヴァンチュラ警察(Ventura Police Department)のジョッシュ・ヤング(Josh Young)
*英国ウェストミドランド警察のポール・ドローバー(Paul Drover)
*英国ウェストヨークシャー警察(West Yorkshire Police)のジェイン・サイクス(Jayne Sykes)
*英国ケンブリッジシェヤー・コンスタビュラリィ警察組合(Cambridgeshire Constabulary )のサイモン・メギックス(Simon Megicks)
*北アイルランド警察(Police Service of Northern Ireland)のリアン・ヘンダーソン(Ryan Henderson)
(3) 実験的犯罪学(Experimental Criminology)の定義
オックスフォード大学の図書目録が”Experimental Criminology”について詳しく論じている。「はじめに」の部分を仮訳する。
実験的犯罪学は、原因と結果につきコントロール下にある試験を含む研究方法の1分野である。オックスフォード大学は同研究につき、「実験的」および「準実験的」という2つの幅広く研究するクラスを2011年秋にスタートする計画である。
① 主題が処理群とコントロール(比較)グループに無作為に割付けされるならば、その研究(または評価)設計は「実験的(experimental)」といえる。
②主題が処理や制御条件ではなく原因と結果を研究するのに用いられるというむしろ無作為に割付けされるならば、その研究(または評価)設計は「準実験的(quasi- experimental)」である。
実験的犯罪学において、人々、場所、学校、刑務所、警察の巡回(police beats)または他の分析単位のサンプルは、ランダムまたは統計的なマッチングという2つのグループのうちの1つに典型的に割り当てられる。すなわち1つは新しい処置でまたは革新的で交互の干渉条件(コントロール下)におくというものである。
一組の「結果判定法(outcome measures)」(例えば犯罪率、自己申告の非行、混乱の知覚)の中の2つのグループの間において見られる観察されかつ計測的な違いは、処置や条件の違いに起因しているということができる。
実験的犯罪学の分野の飛躍的成長は1990年代に始まった。そして、21世紀に入り実験的犯罪学の研究分野を大幅に進めたいくつかの重要な機関・団体・出版社(例えばキャンベル・コラボレーション(Campbell Collaboration)、実験的犯罪学大学(Academy of Experimental Criminology)、実験的犯罪学ジャーナル(Journal of Experimental Criminology)と米国犯罪学会の実験的犯罪学部(Division of Experimental Criminology within the American Society of Criminology)の設立に至った。
これらのイニシアティブ団体等は、犯罪の原因と結果について重要な質問に答えるべく実験(準実験的を含むランダム化されたフィールド実験とともに)と犯罪司法機関が犯罪の阻止やコントロールしうるかもしれないベストの方法の使用を広げた。
実験法の使用は、犯罪政策担当者のために確たる証拠ベースを造ることにとって非常に重要である。そして、いくつかの支援組織(Coalition for Evidence- Based Policy など)は、科学的に厳格な研究(例えば無作為の対照比較化試験など)を使う自由が政策立案において関連した結果を改善することができるよう犯罪司法プログラムと実行方法を確認するため論議を重ねている。
(4) 米国のExperimental Criminology研究
2013年にRand Corporationの研究者が犯罪学専門誌「Journal of Experimental Criminology」に投稿した論文を米国Business news が紹介している。その一部を抜粋引用する。
*シカゴ警察によるビッグデータ解析、銃器事件の予測には寄与しないことが判明
「シカゴ警察が2013年から開始したビッグデータ解析応用の試みは、実際の殺人事件の件数を減少させる面においては効果を発揮していないことがRand Corporationの研究者が犯罪学専門誌「Journal of Experimental Criminology」に投稿した論文により明らかとなった。
Rand CorporationのJessica Saundersを中心とする研究チームは、シカゴ警察によるビッグデータ解析のアルゴリズムを用いて、銃器犯罪のリスクが極めて高い人物のリスト(Strategic Subjects List:SSL)を生成。その上で、SSLにリストに含まれている人と、そうでない一般グループの人を比較することで、実際にSSLが当該地域における銃器犯罪の加害者/被害者となる確率が高いかどうかを検証した。
この結果、SSLとそうでない一般グループの間には、銃器犯罪に関わる有意な差は存在しないことが判った。
研究チームでは、シカゴ警察が実際にビッグデータ解析をどのように現場に活かしているかは不明としながらも、SSLリストが現場に提供されることで、現場の警官は、SSLリストに掲載されている人物を真っ先に逮捕しようと考えてしまうことが、SSLリストとそうでないグループとの犯罪関与率を変わらないものにしてしまっているのではないかと考えている。」
3.ボデイカメラの機能や価格
筆者が独自に調べた。関係者に確認したものではないがほぼ正しいと考える。
メーカーはAXONで 1ユニットあたり399ドル(約41,000円)である。
**************************************************************************
(筆者注1)米国のメデイアが2013年8月1日付け記事でフォルニア州リトアル警察とケンブリッジ大学のボデイカメラの効果につき共同研究の成果を紹介している。一部記事内容を仮訳する。
「結局、警察官の身体装着ビデオ・カメラがまさにあらゆるアメリカの警官のための標準的な器材になることは、かなりひろく受け入れられるようになった。
法執行官吏(警察官吏)の装着ビデオ・カメラは、警察官や警察に対するとるにたらない訴訟に対して虚偽の不満を減らすことができる。それが実力行使をほぼ60パーセント減らしたため、リアルト(カリフォルニア)警察/ケンブリッジ大学の共同研究は、さらにより深い影響を示した。ビデオ・カメラ存在は、警察内の意思疎通を向上させる一方で、すべての関係者の行動を改善させる。そして、警察の評価について正確にキャプチャ・ビデオにもとづき監督機関は事件を見直すことができて、何が本当であったかについて、確実の判断することができるのである。
*************************************************************************
Copyright © 2006-2016 芦田勝(Masaru Ashida).All Rights Reserved.You may reproduce materials available at this site for your own personal use and for non-commercial distribution.