筆者は先般2回のブログで、10月30日の大統領令(EO14110)及びNIST等の取組みにつき言及した。特に12月22日ブログ「米大統領令(EO: Executive Order 14110)の具体的内容と意義およびそれに基づく責任の履行を支援するためNIST『情報提供依頼文書』の具体的内容」の中で、EOセクション「5.イノベーションと競争の促進」の箇所でFSAの役割について詳しく言及した。
これに関し、筆者の手元に12月22日付けでFSAから届いたメール「人工知能の工学研究への資金提供の機会について」は、米国国立科学財団 (NSF) 工学局 (ENG) は、新興産業としての人工知能に関連する研究および教育提案の提出を積極的に奨励するというものであった。
文部科学省科学技術要覧「各国の科学技術の概要」から抜粋
今回のブログは、FSA工学局のリリースを解説付きで紹介するものである。
特に、この分野は極めて多岐にあたるもので単なる訳文では真の取組課題は見えない点に留意されたい。
1.NSFの通知文書の内容
筆者なりに補足説明しながら仮訳する。
「親愛なる研究者各位へ
この親愛なる研究者への手紙により、米国国立科学財団 (NSF) 工学局 (ENG) は、新興産業としての人工知能に関連する研究および教育提案の提出を奨励する。
人工知能 (AI) は急速に進歩しており、我われの生活を大きく変える可能性がますます実証されている。 NSF と工学局には、これまでAI 研究をサポートしてきた長く豊かな歴史があり、商業から医療、運輸に至るまで、さまざまな分野で今日の AI テクノロジーの広範な使用の基盤を整えている。 NSF の AI ポートフォリオは、AI 理論、アルゴリズム、ロボット工学、人間と AI の相互交流、AI 用の高度なサイバーインフラストラクチャに及ぶほか、神経科学における使用にインスピレーションを得た研究、工学的土木インフラ システム、電力網、インテリジェント統合製造システムの設計とパフォーマンス、 インテリジェント輸送、ロボット工学、その他多くの分野にわたる。
NSF 工学局は、(ⅰ)国家のニーズに合致した AI 関連の研究と教育活動に投資し、(ⅱ)「2020年国家AIイニチアチブ法(National Artificial Intelligence Initiative Act of 2020:NAIIA))、「2022 年のCHIPS および科学法(CHIPS and Science Act of 2022)」、ホワイトハウスの全体で信頼できる人工知能の開発と使用およびその他の政策指令 (大統領令:EO14110)をサポートしている。 AI 研究に対する連邦政府の主要な資金提供者として、NSF は知識の最前線を押し広げ、人々に利益をもたらし、社会のニーズを満たす AI の画期的な進歩を推進している。(注1)
1.NSF工学局の重要関心事項
工学局は、次の分野の提案を含む、AI に関連するあらゆる種類の研究および教育提案の提出を奨励している。
①基礎工学分野でのAI 研究: 従来の工学の主題 (動的モデリング(dynamic modeling)、制御システム、材料力学挙動(material behavior)、最適化、情報理論、通信システム、信号処理など) のツールと手法を、理論的なコンピュータ科学、数学、統計学のツールと手法と組み合わせて使用する。その結果、アルゴリズムのパフォーマンス、複雑さ、安全性、セキュリティ、説明可能性、安定性についての理解を深めることができる。
②AI の工学的システムへの応用: 物理ベースのモデルと、複雑な動的環境およびシステム (送電網、化学処理プラント、接続された製造システム、サプライ・ チェーン、ロボット工学、接続された輸送システム、土木など) のデータベースのモデルとの統合 サービス中のインフラストラクチャや極端な危険なイベントなど)をリアルタイムで学習し、意思決定できるようにする。
③スマート・センシング(注2)と分析: (ⅰ)学習と意思決定のためのセンサー、センサーネットワーク、通信を介した分散ソースからのデータの使用、(ⅱ) リアルタイムの意思決定のための新しいハードウェアとソフトウェアを介した新しいエッジ・ コンピューティング機能(注3)の解析である。 考慮すべき事項には、セキュリティ、プライバシー、通信コスト、異種データの処理、異種システム、ネットワーク通信アーキテクチャ、および学習アルゴリズムとアーキテクチャが含まれる。
④電子、磁気、光学ハードウェアへの AI テクノロジーの実装: (ⅰ)バイオからインスピレーションを得たニューラル・アーキテクチャの電子回路実装、(ⅱ) データを処理するための、より高速でエネルギー効率の高いプロセッサー (電子、磁気、光学)の開発、(ⅲ) データの処理と学習のためのハードウェアとソフトウェアの共同設計である。
⑤データのタイプ 別の 音声、画像、およびビデオ データのAI活用: AI を活用した、音声、画像、およびビデオ データの処理、認識、送信のための信号処理および通信テクノロジーの進歩。
➅自律システム(Autonomous systems )(注4)とロボット: 制御システム、機械システム、またはその他のエンジニアリング分野と AI および機械学習との統合である。 アプリケーションには以下の自動輸送が含まれる。 製造、医療、その他のアプリケーション用のロボット開発。 安全で信頼できる人間とロボットの相互作用。
⑦エンジニアリング AI 用のトレーニング・ データの量・質の深化: 安全な操作が主な関心事である、エンジニアリングされたシステムに AI ツールを確実に導入するために必要なトレーニング データの量と質についての理解を深めるための研究が含まれる。
⑧人工材料および生物学的材料の行動理解: AI と機械学習により、複数のスケールおよびモダリティ(注5) (実験、計算、イメージング) からの大規模またはまばらなデータセットを含む、人工材料、生物学的材料、および生体材料の挙動の理解を可能にし、強化する。
⑨輸送現象(transport phenomena)(注6)のモデリング化: AI を活用した流体、微粒子、熱、燃焼、山火事管理のモデリングにより、理解を深め、より正確な新しい物理モデルと解法(solvers)を開発できる可能性がある。
⑩人間と AI のコラボレーション: 機械学習モデルに認知、行動、生理学の原理を組み込んで、AI 対応エージェントと人間が相互作用し、お互いについての知識や期待を生み出す方法を改善する (たとえば、意図の検出、信頼性の構築、または社会的関等)。
⑪医療:身体能力支援およびリハビリテーション技術: リハビリテーション用ロボット工学、スマート義肢および装具、ブレインコンピューターインターフェイス、および高度な AI を活用するその他の技術など、人間の機能的能力または認知のサポート、回復、リハビリテーション、および/または代替のための AI 対応技術 そして機械学習等。
⑫生理学的システムの計算モデルと AI モデル: (ⅰ)AI と機械学習を活用して生理学的システムの検証済みモデルを開発する高度な計算戦略、(ⅱ) 精密な監視と制御のための生物製造プロセスの計算によるコンピュータ化された表現。
⑬AI を活用したバイオイメージング・ テクノロジー: 光学、エレクトロニクス、磁気、化学、AI、および量子テクノロジーの進歩を活用することで、さまざまな規模の生物学的イメージングとモニタリングのパフォーマンスを向上させる革新的な進歩。
⑭製造業における AI アプリケーションのスケーリング: (ⅰ)メーカーのネットワークからデータを調達し、アルゴリズムを構築し、追加データが利用可能になったときにアルゴリズムを更新するための、製造業務に適した AI メソッド、実装ソフトウェア、データ収集とプロトコル開発、 (ⅱ)ネットワーク規模での製造ソリューション向けのデータソーシング、集約、分類、およびサービス配信インフラストラクチャを有効にして展開するための研究。
⑮AIによる民間インフラとインフラ システムの復元力と持続可能性を実現する : (ⅰ)材料、構造、およびシステムのデータ収集、(ⅱ) 構造健全性モニタリングとリアルタイム損傷検出のための AI アルゴリズム、(ⅲ)。最適な持続可能で回復力のあるインフラストラクチャ材料の設計のための AI アプローチ。(ⅳ) 構造物の修理と改修のための AI と自動化。
2.ENG コア・プログラムとその連絡先
工学局Engineering Directorate: ENG )は、以下にリストされている ENG コア・ プログラムおよび NSF 横断プログラム、およびその他の関連プログラムに AI 関連の提案を提出することを奨励している。 どのプログラムがプロジェクトのアイデアに最も適しているかを判断するために、主任研究者はプログラムの説明を読み、プログラムの担当者に質問することを勧める。
(以下のリストの訳は略す)。
**************************************
(注1) 総務省世界情報通信事情:アメリカ編(5)人工知能(AI)にかかる政策動向から抜粋
米国では2016年10月、NSTCとOSTPが中心となって取りまとめた報告書「AIの未来に備えて」が公表され、AIにかかる規制・制度、研究開発、経済・雇用、公正性・安全性、安全保障等について、連邦政府機関等に対する23の提言を行った。また、同月、「米国AI研究開発計画」が公表された。
2018年5月にはホワイトハウスで「AIサミット」が開催され、①「研究開発」「人材育成」「規制緩和・撤廃」「業界別AI応用の実現」をそれぞれ分科会で議論し、②NSTCの下に、連邦政府全体のAI研究開発における優先事項の勧告等を行う省庁間委員会「AI特別委員会(Select Committee on AI:SCAI)」を設置した。トランプ大統領(当時)は、2019年2月、AIにおける米国のリーダーシップの継続が、米国の経済及び国家安全保障の維持に極めて重要と位置付け、AIの研究開発等を促進する大統領命令(第13859号)に署名。この中で「AIイニシアチブ」を策定した。また、同年6月には「国家AI研究開発戦略計画」を改定し、新たな戦略を策定した。
NDAA 2019では、国家安全保障・AIについて大統領や議会に助言する独立の連邦機関となる人工知能国家安全保障委員会(National Security Commission on Artificial Intelligence:NSCAI)が新設された。NSCAIは、2020年4月、43の勧告をまとめた第1四半期勧告を公表。議会に対して、非防衛分野におけるAIの研究開発予算増額のほか、AIや5Gにおける米国の優位性を追求し、華為技術に対抗するための方策を提言した。2021年3月には最終報告書を発表し、「AI時代において米国を守る」ことと「テクノロジー競争に勝つ」ことの両面から、60以上の提言を行った。NSCAIは、2021年10月に活動を終了した。
2020年12月には、連邦政府内での信頼できるAI利用の促進に関する大統領命令(第13960号)が署名され、政府内でのAI利用の更なる原則を規定した。
2021年1月には、NDAA 2021に盛り込まれる形で、「国家AIイニチアチブ法(National Artificial Intelligence Initiative Act of 2020:NAIIA)」が成立。米国の経済的繁栄と国家安全保障のためにAIの研究と応用を加速させる、連邦政府全体で協調的なプログラムを規定、「国家AIイニシアチブ(National AI Initiative:NAII)」の下、政権内のAIに関する様々な取組みがまとめられた。
NAIIは、学術界、産業界、非営利団体、市民社会組織と協力し、米国のすべての省庁にまたがるAIの研究、開発、実証、教育活動を強化・調整するための包括的な枠組みを提供する。同法は、大統領に対して、AI研究開発への一貫した支援、AI教育及び人材育成プログラムの支援、学際的AI研究・教育プログラムの支援、連邦省庁間のAI活動の計画・調整、多様なステークホルダーへの働きかけ、既存の連邦投資のイニシアチブ目標推進への活用、学際的AI研究所のネットワーク支援、信頼できるAIシステムのための研究開発や評価、リソースに関する戦略的同盟国との国際協力機会の支援を行うよう指示。NAIIの下での活動は、イノベーション、信頼できるAIの推進、教育・トレーニング、インフラ、アプリケーション、国際協力という六つの戦略的柱で構成される。NAIIの調整は、OSTPの下に設置されるNAII室によって行われ、NAIIの監督は、NSTCの下に設置されているSCAIと、NISTの下に設置される国家AIイニシアチブ諮問委員会(National AI Initiative Advisory Committee:NAIAC)が担当する。NAIACは、AIに関する諸問題について大統領やNAII室等に助言を行う。
2022年10月、OSTPは、AIの設計・利用の管理に向けた新たな国家的枠組「AI権利章典(AI Bill of Rights)」の青写真を発表した。これは、AIの説明責任を拡大し、公民権の保護を目指す連邦政府の取組みの一環。AI権利章典は、AI技術を開発する際に考慮すべき指針的原則として、①安全で効果的なシステムの作成、②データ・プライバシー、③アルゴリズムによる差別からの保護、④ユーザへの通知と説明、⑤人間による代替手段、の五つを掲げている。
(総務省世界情報通信事情:アメリカ編から一部抜粋、リンクは筆者が行った)
(注2) スマート・センシング(Smart Sensing)とは、光、温度、衝撃の大きさといった情報を検出し数値化する処理機能が組み込まれたセンサ(スマートセンサ)によるセンシング技術の総称です。スマートセンサで計測できる情報の種類は幅広く、基本的に制限を受けないとされており、人間情報(脈拍、体温など)を検知して快適な環境を提供する、健康管理技術への応用が進められている。
スマートセンシングによるデータ計測は、建築業界、交通機関、農業管理への利用も期待されており、これによりさまざまな分野の安全確保や効率化が進展するといわれている。
(IoT 用語辞典から抜粋)
(注3) エッジ・コンピューティングとは、IoT端末などのデバイスそのものや、その近くに設置されたサーバでデータ処理・分析を行う分散コンピューティングの概念である。クラウドにデータを送らず、エッジ側でデータのクレンジングや処理・分析を行うためリアルタイム性が高く、負荷が分散されることで通信の遅延も起こりにくいという特長を持つ。
データを集中処理するクラウドに対し、データを分散処理するのがエッジコンピューティングだと言える(softBank「【解説】エッジコンピューティングとは?初心者編」から抜粋)
(注4) 「Autonomous System」の略で、「自律システム」とも呼ばれます。 ASは、 統一された運用ポリシーによって管理されたネットワークの集まりを意味し、 BGPというプロトコルにより接続される単位となります。 AS間で経路情報の交換を行うことにより、 インターネット上での効率的な経路制御を実現します。 通常、規模の大きいISPのネットワークは固有のASを形成しております。(日本ネットワークインフォメーションセンター(JPNIC)の用語解説「AS」から抜粋)
(注5) モダリティー(Modality)とは数値/画像/テキスト/音声など複数種類のデータの組み合わせをいう。
(注6) 輸送現象とは、分子自体の、あるいは分子の運動量・エネルギーの輸送によって生じると考えられる現象。拡散・電流・熱伝導・粘性など。(精選版 日本国語大辞典から抜粋)
***********************************************
Copyright © 2006-2023 芦田勝(Masaru Ashida).All Rights Reserved.You may reproduce materials available at this site for your own personal use and for non-commercial distribution.