今日は、神奈川行動の雑感をお届けしようと思うのですが、これまでとちょっと趣向を変えて、行動中に気になった一つの課題について掘り下げてみようと思います。
その課題とは、タクシー業界の苦難と、乗務員の皆さんの厳しい労働環境についてです。
「働いても働いても食べていけない」というのは深刻です。そして、長時間労働による健康への悪影響と、さらに安全面への悪影響も懸念されます。なぜ、タクシー業界でこういう状況が生じているのか、乗務員の皆さんにまっとうな労働環境を保障するためには何をしなければならないのか、考える必要があります。
そこで、知識を深めるために、タクシー業界の現状についてちょっと調べてみました。長くなりますが、ご容赦を。
1)タクシー乗務員の給与および労働時間の状況について
タクシー乗務員の平均年収は、1996年~97年頃までは大体、なだらかに上昇していましたが、1998年以降、急激に低下をしています。2008年は、平均で326万円。平均でこの数字ということは、年収300万円以下で働いておられる方々が相当数いらっしゃるということでしょう。
年収低下と共に、全産業年収平均との格差が広がり、2008年では220万円前後にもなっています。労働時間は他の産業より長いにも関わらず、収入が低いわけですから、タクシー乗務員の労働条件はかなり厳しいと言わざるを得ません。
ドライバーの平均年齢が年々、高くなっているのも、若いドライバーがなかなか居着かない(定着率の悪さ)ことが原因なのではないかと思います。
(参考)
・タクシー労働者と全産業労働者の賃金労働条件の推移2)タクシー業界への法定最低賃金の適用について
そこで疑問に思うのが、タクシー業界には法定最低賃金が適用されているのか否か、という点です。タクシー業界の賃金体系には、a) 完全歩合制、b) 基本(固定)給+歩合給、c) 固定給制があると思う(流しのタクシーで固定給というのはもはや存在しないのかも知れません)のですが、歩合制が絡む場合、最低賃金がどのように保障されるのか、という問題ですね。
この問題については、厚生労働省のこの資料を読むとよく分かります。(タクシー運転手の最低賃金について:210710saiteichingin-taxidriver.pdf)。完全歩合給の場合でも、労働時間に基づく計算できちんと法定最低賃金を守らなければならないのです。
ところが、ここ10年で、タクシー業界における最低賃金違反がうなぎ登りなのです。これを見て下さい(最低賃金法違反率が規制緩和後に急上昇)。規制緩和が始まった1997年以降、さらに、本格的な規制緩和が行われた2002年以降、違反が大幅に増加していることが分かります。
今の日本の法定最低賃金は、生活保護給付額を下回る水準の県もあるぐらい、低水準に留まっていて、とても「労働条件は、労働者が人たるに値する生活を営むための必要を充たすべきものでなければならない」という労働基準法第1条に合致しているとは思えませんが、その最低賃金すら守られていないタクシー業界の実態があるわけです。
3)労働条件悪化の原因について(規制緩和と景気の後退)
ではなぜ、タクシー乗務員の労働条件がこれだけ悪化しているのでしょう? これは、二つの要因があるようです。
まず、行き過ぎた規制緩和によるタクシー台数の大幅な増加です。決定的だったのは2002年の道路運送法の改正で、地区ごとの台数規制が撤廃され、新規参入も免許制から許可制に移行したのです。また、運賃も一定の枠内で自由に決められるようになりました。この改正によって、台数が大幅に増えて供給過剰になり、一台あたりの運送収入が激減すると同時に、一定の収入を確保する必要から労働時間が大幅に増加したわけです。(参考:タクシー規制緩和と労働市場)
そして、景気の後退が状況をさらに悪化させています。企業の景況感とタクシーの運送収入の間にはかなり強い相関関係があるようで、2007年以降の景気の落ち込みが稼働率を落ち込ませています(参考:090218kawano.pdf)。また、不景気で行き場を失った失業者がタクシー業界に入ってきて、さらに供給が過剰になっているという事情もあるようです。
4)事業者(タクシー会社)の対応について
ではなぜ、タクシー会社は自分の首を絞めるような、不況下での供給過剰(台数増加)を進めるのでしょう?
これはすばり、会社の収益を確保するためでしょうね。一台あたりの売り上げが減った分を埋め合わせるために、安易に台数を増やしているのです。それによって、個々の乗務員の売り上げがさらに悪化しようが、安全や健康面に影響が出ようが、サービスが低下しようがおかまいなしに・・・。そうでなければ、上述のような最低賃金違反の増大が起こるはずもありません。
また、参入規制の緩和と、求職者の増大によって、あまりよろしくない事業者まで乗務員を確保できてしまったことも今のような事態を招いている一因でしょう。
5)今後とるべき対応について
今年6月に、「タクシーの適正化および活性化法」が国会で成立し、10月1日に施行されることになりました。
この活性化法によって、供給過剰で問題が生じている地域を国土交通相が「特定地域」に指定して、増車の際の届け出制を認可制に変えると同時に、新規参入に対する審査を厳格にすることができるようになります。また、地域の事業者が協調して減車することも可能にしつつ、運賃の認可基準を変えて安すぎる運賃設定をしにくくします。
まだ完全ではないのかも知れませんが、状況改善に向けての一歩を踏み出したというところでしょうか。ただし、規制の再強化が、単に事業者の経営状況の改善に留まることなく、それが乗務員の皆さんの労働条件の改善(給与のみならず、労働時間や休暇制度などを含む総合生活改善)につながることを確保しなければなりません。
そのためには、(1)乗務員(非正社員も含めて)が自由に労働組合を結成し、団体交渉および経営参加を通じて労働条件や人員政策が決定されるようにする、(2)行き過ぎた歩合制を是正して、歩合給と固定給のバランスの取れた給与体系に再構築する、(3)サービス向上を目指した人材育成に必要な施策を講じする、などの対応が必要だと思います。
以上、タクシー業界の現状と乗務員の厳しい労働条件についてでした。今度、飛鳥交通労組の皆さんとお話をさせていただく時に、さらに現場の皆さんの声をお伺いしたいと思います。
その他の参考資料: