公共交通を潰し続ける日本 復興のカギは欧州交通計画「SUMP」にあった!
Melkmal より 220618 宇都宮浄人(経済学者)
⚫︎値上げの日本、値下げの欧州
人口減少と自家用車の普及にコロナ禍が加わり、日本の公共交通が苦境に立たされている。各地でダイヤの減便がなされ、バス路線の廃止も進む。
人口減少と自家用車の普及にコロナ禍が加わり、日本の公共交通が苦境に立たされている。各地でダイヤの減便がなされ、バス路線の廃止も進む。
4月にはJR西日本の記者発表があり、地方鉄道の路線運営のあり方の再考を求めた。
そうしたなか、折からの燃料費等の高騰もあって、鉄道事業者からは値上げの申請が相次いでいる。今後、こうした値上げが進めば、短期的に事業者の収益は改善しても、公共交通利用者をさらに減少させることになるだろう。
これに対し、欧州の動きは全く異なる。
コロナ禍に伴う公共交通の利用者減少は同じだが、取られた措置は値上げではなく、
「値下げ」である。
ドイツでは6月から1か月9ユーロ(約1200円)で、1か月間ドイツ全土乗り放題というチケットを発売した。ICE(インターシティ・エクスプレス)等の特急列車は使えないが、それ以外は、鉄道から路面電車、バスまで全て通用する。
オーストリアの場合、年間1095ユーロ(約14万円)、つまり1日当たり3ユーロの年間乗り放題券(気候チケット)を、昨秋発売した。こちらは、特急列車も含め、オーストリア全土を全てカバーする。このほか、イギリスでは、路線廃止とは逆で、廃線復活の動きが活発化している。
⚫︎脱炭素社会と全員参加の社会を目指して
欧州もクルマ社会であることに変わりない。
ひとり当たりの乗用車台数は、日本より欧州の方が多い。街中の広場はかつて自動車の駐車場となり、周辺の道路は渋滞した。
そうしたなか、折からの燃料費等の高騰もあって、鉄道事業者からは値上げの申請が相次いでいる。今後、こうした値上げが進めば、短期的に事業者の収益は改善しても、公共交通利用者をさらに減少させることになるだろう。
これに対し、欧州の動きは全く異なる。
コロナ禍に伴う公共交通の利用者減少は同じだが、取られた措置は値上げではなく、
「値下げ」である。
ドイツでは6月から1か月9ユーロ(約1200円)で、1か月間ドイツ全土乗り放題というチケットを発売した。ICE(インターシティ・エクスプレス)等の特急列車は使えないが、それ以外は、鉄道から路面電車、バスまで全て通用する。
オーストリアの場合、年間1095ユーロ(約14万円)、つまり1日当たり3ユーロの年間乗り放題券(気候チケット)を、昨秋発売した。こちらは、特急列車も含め、オーストリア全土を全てカバーする。このほか、イギリスでは、路線廃止とは逆で、廃線復活の動きが活発化している。
⚫︎脱炭素社会と全員参加の社会を目指して
欧州もクルマ社会であることに変わりない。
ひとり当たりの乗用車台数は、日本より欧州の方が多い。街中の広場はかつて自動車の駐車場となり、周辺の道路は渋滞した。
鉄道やバスは公営が基本で、遅れも頻発し、魅力的な乗り物とはいえなかった。そのため、2000年頃までは、合理化の一環で、鉄道路線の廃止も相次いだ。
しかし、欧州は1990年代頃から地球環境問題を見据え、また、高齢者のみならず、自家用車が使えないあらゆる人が移動できる社会、つまりモビリティ(移動可能性)を確保した社会を目指してきた。
そこで、鉄道の上下分離やバス事業者の入札といった形で、公民の新たな役割分担に基づく運営方法を取り入れた。その一方、環境や社会参加、健康といった視点を軸に、地域公共交通を「公共サービス」として位置づけ、サービスの改善と投資を行ってきた。
バリアフリーで環境にも優しい次世代型路面電車(LRT)が、欧州で普及したことはよく知られている。かつてクルマの邪魔者として路面電車を廃止したフランスやイギリスの場合、各地で走るLRTは1980年代以降、新たなに建設したものである。
なぜ、そのようなことができたのか。それは、公共交通が
「収益事業ではなく、まちづくりのひとつのツール」だからある。
フランスの場合、都市圏交通計画(PDU)を策定し、まちづくりの一環としてLRTの導入が進められた。イギリスでは、同様に地域交通計画(LTP)という枠組みが導入され、やはりLRTの導入などが進められた。
⚫︎交通計画からSUMPへ
持続可能な都市モビリティ計画(Sustainable Urban Mobility Plan)
そうした欧州各国の交通計画の動きを踏まえ、欧州全域の指針として、欧州委員会が結実させたものが
「持続可能な都市モビリティ計画(Sustainable Urban Mobility Plan)」
通称「SUMP(サンプ)」である 。
SUMPは、鉄道やバスのほか、自転車や徒歩、各種シェアサービスなど全ての移動モードを対象とする。モビリティとは、単なる移動手段ではなく、人が自由に移動できる可能性を意味するのである。
SUMPの最大の特徴は、「人」に焦点を当てた計画だ。従前、交通計画といえば、渋滞を減らすような交通流の設計が求められた。これに対し、SUMPは交通をスムーズに流すための計画は、古い考え方だと否定している。
都心が渋滞するとわかれば、ドライバーはクルマで入らなくなる。筆者(宇都宮浄人、経済学者)が以前滞在したウィーン工科大の教授は、
「渋滞させることが結果的に人のためになるのであれば、それも交通計画だ」
と常々語っていた。
⚫︎SDGsに向けた実践としてのSUMP
目標を設定し、逆算する形で計画を立てるバックキャスティングアプローチは、持続可能な開発目標(SDGs)でも知られようになった。SUMPにおいても、その考え方は徹底している。
しかし、欧州は1990年代頃から地球環境問題を見据え、また、高齢者のみならず、自家用車が使えないあらゆる人が移動できる社会、つまりモビリティ(移動可能性)を確保した社会を目指してきた。
そこで、鉄道の上下分離やバス事業者の入札といった形で、公民の新たな役割分担に基づく運営方法を取り入れた。その一方、環境や社会参加、健康といった視点を軸に、地域公共交通を「公共サービス」として位置づけ、サービスの改善と投資を行ってきた。
バリアフリーで環境にも優しい次世代型路面電車(LRT)が、欧州で普及したことはよく知られている。かつてクルマの邪魔者として路面電車を廃止したフランスやイギリスの場合、各地で走るLRTは1980年代以降、新たなに建設したものである。
なぜ、そのようなことができたのか。それは、公共交通が
「収益事業ではなく、まちづくりのひとつのツール」だからある。
フランスの場合、都市圏交通計画(PDU)を策定し、まちづくりの一環としてLRTの導入が進められた。イギリスでは、同様に地域交通計画(LTP)という枠組みが導入され、やはりLRTの導入などが進められた。
⚫︎交通計画からSUMPへ
持続可能な都市モビリティ計画(Sustainable Urban Mobility Plan)
そうした欧州各国の交通計画の動きを踏まえ、欧州全域の指針として、欧州委員会が結実させたものが
「持続可能な都市モビリティ計画(Sustainable Urban Mobility Plan)」
通称「SUMP(サンプ)」である 。
SUMPは、鉄道やバスのほか、自転車や徒歩、各種シェアサービスなど全ての移動モードを対象とする。モビリティとは、単なる移動手段ではなく、人が自由に移動できる可能性を意味するのである。
SUMPの最大の特徴は、「人」に焦点を当てた計画だ。従前、交通計画といえば、渋滞を減らすような交通流の設計が求められた。これに対し、SUMPは交通をスムーズに流すための計画は、古い考え方だと否定している。
都心が渋滞するとわかれば、ドライバーはクルマで入らなくなる。筆者(宇都宮浄人、経済学者)が以前滞在したウィーン工科大の教授は、
「渋滞させることが結果的に人のためになるのであれば、それも交通計画だ」
と常々語っていた。
⚫︎SDGsに向けた実践としてのSUMP
目標を設定し、逆算する形で計画を立てるバックキャスティングアプローチは、持続可能な開発目標(SDGs)でも知られようになった。SUMPにおいても、その考え方は徹底している。
環境制約や不平等をなくすという観点から、まず目指す将来について合意し、そこに至るための目標値と具体的な施策を決めるのである。
日本でもSDGsがはやりだが、その意味を理解し、実践している施策は意外に少ない。その点、モビリティは、いろいろな意味でSDGsのターゲットに直結する。
目標11「住み続けられるまちづくりを」においては、ターゲットとして「公共交通機関の拡大」が明示されている。目標13「気候変動に具体的な対策を」となると、自家用車に頼らず、公共交通を活用することが求められる。
これだけに止まらない。目標5「ジェンダー平等を実現」するためには、ベビーカーも使えない大都市圏の通勤混雑を解消する必要がある。一方、地方圏では、鉄道やバスが不便になり、学校選択の自由度が奪われているという現状は、目標4「質の高い教育をみんなに」という目標にもかかわることを示している。
モビリティを高めようというしっかりとした目標があるならば、今、欧州が行っている運賃引き下げやLRTの投資が、目標到達に向けた施策として出てきた解だということが理解できる。
⚫︎効果を最大限発揮させることの重要性
とはいえ、何らかの施策を講じる際に、費用対効果を検証することは欠かせない。その意味でSUMPが強調している点は、
「事業コストを下げることではなく、効果を最大限発揮させる」ことで、そのために関連施策と整合性を取ることである。
日本の場合、公共交通と中心市街地の再生をうたいつつ、駐車場の拡大や郊外の道路整備を進めるといった総花的な計画が少なくない。これに対し、SUMPは「統合」という言葉を用いて、全体の最適解を求めようとしている。
また、検証方法についても、B/C(BバイC)で知られる費用便益分析(あるプロジェクトにかかる費用とそこから得られる便益を比較して、そのプロジェクトを評価する手法)だけではない。貨幣換算できない効果も含めて検証するために、例えば、多基準分析(複数の基準で代替案を評価し選択を支援する手法)という手法を補完的に使うことも、SUMPで述べられている。
ちなみに、日本の国土交通省のマニュアルにも「(B/Cが)少しでも1.0 を下回った場合は社会的に必要のない」という
「誤った評価」 に警鐘を鳴らしているが、実体は「1.0」が金科玉条の如く重い。
⚫︎日本の交通計画に求められる「SUMP化」
「持続可能な都市モビリティ計画の策定と実施のためのガイドライン」(画像:地域公共交通総合研究所)
日本でも、2020年に改正された「地域公共交通の活性化および再生に関する法律(活性化再生法)」の下、地域公共交通計画の策定が自治体の努力義務となった。
同法の「まちづくり施策や観光の振興に関する施策と連携」という趣旨にのっとったもので、日本でもまちづくりの観点から交通計画を策定するということが真剣に求められるべきである。
しかし、国土交通省の手引書を読むと、「既存の公共交通サービスを最大限活用」が強調され(国土交通省「地域公共交通計画等の作成と運用の手引き」)、目先の運輸事業をやりくりしながら取りあえず続けることに重きが置かれている。KPI(キイパフォーマンス指標)を用いて計画を遂行するという考え方はあるが、その指標も収支率など、事業の効率性が中心であって、まちづくりという発想が弱い。
SUMPは欧州委員会の指針だが、「違う世界のもの」と忌避してはいけない。今の日本のやり方では、公共交通の利用者が減るだけではなく、環境制約や高齢化社会などの問題に対応できないまま、都市・地域が衰退していく。
学べることを学び、日本の交通計画を「SUMP化」していく必要がある。
日本でもSDGsがはやりだが、その意味を理解し、実践している施策は意外に少ない。その点、モビリティは、いろいろな意味でSDGsのターゲットに直結する。
目標11「住み続けられるまちづくりを」においては、ターゲットとして「公共交通機関の拡大」が明示されている。目標13「気候変動に具体的な対策を」となると、自家用車に頼らず、公共交通を活用することが求められる。
これだけに止まらない。目標5「ジェンダー平等を実現」するためには、ベビーカーも使えない大都市圏の通勤混雑を解消する必要がある。一方、地方圏では、鉄道やバスが不便になり、学校選択の自由度が奪われているという現状は、目標4「質の高い教育をみんなに」という目標にもかかわることを示している。
モビリティを高めようというしっかりとした目標があるならば、今、欧州が行っている運賃引き下げやLRTの投資が、目標到達に向けた施策として出てきた解だということが理解できる。
⚫︎効果を最大限発揮させることの重要性
とはいえ、何らかの施策を講じる際に、費用対効果を検証することは欠かせない。その意味でSUMPが強調している点は、
「事業コストを下げることではなく、効果を最大限発揮させる」ことで、そのために関連施策と整合性を取ることである。
日本の場合、公共交通と中心市街地の再生をうたいつつ、駐車場の拡大や郊外の道路整備を進めるといった総花的な計画が少なくない。これに対し、SUMPは「統合」という言葉を用いて、全体の最適解を求めようとしている。
また、検証方法についても、B/C(BバイC)で知られる費用便益分析(あるプロジェクトにかかる費用とそこから得られる便益を比較して、そのプロジェクトを評価する手法)だけではない。貨幣換算できない効果も含めて検証するために、例えば、多基準分析(複数の基準で代替案を評価し選択を支援する手法)という手法を補完的に使うことも、SUMPで述べられている。
ちなみに、日本の国土交通省のマニュアルにも「(B/Cが)少しでも1.0 を下回った場合は社会的に必要のない」という
「誤った評価」 に警鐘を鳴らしているが、実体は「1.0」が金科玉条の如く重い。
⚫︎日本の交通計画に求められる「SUMP化」
「持続可能な都市モビリティ計画の策定と実施のためのガイドライン」(画像:地域公共交通総合研究所)
日本でも、2020年に改正された「地域公共交通の活性化および再生に関する法律(活性化再生法)」の下、地域公共交通計画の策定が自治体の努力義務となった。
同法の「まちづくり施策や観光の振興に関する施策と連携」という趣旨にのっとったもので、日本でもまちづくりの観点から交通計画を策定するということが真剣に求められるべきである。
しかし、国土交通省の手引書を読むと、「既存の公共交通サービスを最大限活用」が強調され(国土交通省「地域公共交通計画等の作成と運用の手引き」)、目先の運輸事業をやりくりしながら取りあえず続けることに重きが置かれている。KPI(キイパフォーマンス指標)を用いて計画を遂行するという考え方はあるが、その指標も収支率など、事業の効率性が中心であって、まちづくりという発想が弱い。
SUMPは欧州委員会の指針だが、「違う世界のもの」と忌避してはいけない。今の日本のやり方では、公共交通の利用者が減るだけではなく、環境制約や高齢化社会などの問題に対応できないまま、都市・地域が衰退していく。
学べることを学び、日本の交通計画を「SUMP化」していく必要がある。