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📗 江戸時代の科学者のみなぎる熱気と活力を描き尽くす。その純粋さと熱量と闘志を明日への糧としよう 202112

2021-12-02 21:23:00 | 📗 この本

江戸時代の科学者のみなぎる熱気と活力を描き尽くす。その純粋さと熱量と闘志を明日への糧としよう
  ALLRevews  より 211202 橋爪 大三郎


『江戸の科学者』(講談社)著者:吉田 光

⚫︎しょぼくれた日本に光
 江戸時代の科学者と聞くと、和算の関孝和、エレキテルの平賀源内、日本地図の伊能忠敬、…が思い浮かぶ。そんなビッグネームを頂点に、すそ野は広大である。その中から二五名を選り抜き、めいめいの個性、知力の輝き、時代にみなぎる熱気と活力を描き尽くす。

 大坂の傘職人の子、橋本宗吉は聡明で、町人学者の間(はざま)重富に見出された。彼の援助で、江戸の大槻玄沢のもとに送られ蘭学を学ぶ。戻った宗吉は医業のかたわら蘭書を読みあさり、世界地図を作成、『西洋医事集成宝函』『エレキテル訳説』などを著した。フランクリンの凧の実験と同じ電気の実験を、弟子にやらせてもいる。

 京都の碁の家元に生まれた渋川春海は、北極星も動くと観測で確かめた。一二歳だ。暦と天体観測を本格的に学び天文図を刊行、天球儀と地球儀も作った。中国の不正確な宣明暦に代え日本独自の暦を定めるべきだと説き、八十八夜や二百十日など民間の知恵も盛り込んだ貞享暦を作った。

 近江・国友村の藤兵衛は代々の鍛冶屋。幕府から鉄砲の製造を任される村だ。技量を見込まれ彦根藩から大砲を受注。江戸に出て砲術の研究を進める。将軍家の壊れた空気銃を修理、老中の前で試射もした。『大小御鉄炮張立製作』を出版し、部品を規格化すべきだと説いた。オランダ製をヒントに反射望遠鏡を製作、黒点の移動から太陽の自転日数を計算した。

 鎌田俊清は大坂の数学者。円に内接、外接する正2の44乗角形の周の長さを求め、円周率を小数点以下三○位まで計算した。彼と同じ門流の高橋至時は江戸で幕府の天文方となった。伊能忠敬はその配下だ。子の高橋景保も天文方に。外交力の強化を提言し、幕府に蛮書(ばんしょ)和解(わげ)御用方が置かれた。シーボルトに伊能地図を手渡したのが露見し、獄につながれ病死した。

 同じくシーボルトに学んだ高野長英は蛮社の獄で捕らえられ、終身刑となった。伝馬町の獄舎が火事になり逃亡した。薬品で顔を焼き変装し、各地に身を潜めながら蘭書の翻訳と出版を続けた。ついに追手に踏み込まれ、自決した。

 彼らの姿は純粋で胸を打つ。科学は無償の営為なのだ。そして不合理な身分の壁や旧習と戦い、知の尊厳をかけて奮闘する。

 本書が教えてくれること。
第一に、彼らは身分がばらばらだ。次三男も多い。才能が傑出していても,科学を職業にできない。
第二に、私塾で漢籍や蘭書から新知識を学んだ。あとは独学だ。
第三に、つぎつぎ成果を出版する。少部数の専門書も出す版元がある。この出版文化は誇りだ。
第四に、有能なら各藩は誰でも召し抱えた。西欧の新しい武器や新知識は大歓迎。幕藩制は分権的で、中央集権ではない。人びとの自由のための隙間があった。

 失われた三○年でしょぼくれている日本。立ち直る希望は科学にある。そして科学にしかない。
 もっと困難な状況で格闘した何世紀も前の先人たち。その純粋さと熱量と闘志を明日への糧としよう。本書を読めば、勇気がむくむくと湧いてくるに違いない。

 著者・吉田光邦氏は科学技術史が専門。原著は一九六九年の単行本で、文庫で再刊された。巻末の科学者小伝は、さらに二九名を紹介。池内了氏が簡潔で丁寧な解説を寄せている。帰ってきた名著を堪能できる、贅沢な機会である。

【初出メディア】
毎日新聞 2021年11月27日

【書誌情報】
江戸の科学者
著者:吉田 光邦
出版社:講談社
装丁:文庫(304ページ)
発売日:2021-09-09
ISBN-10:4065250587
ISBN-13:978-4065250587

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