私は、東大卒ではない。
東大を受験しようと思ったこともない。
そして、東大卒に劣等感を持ったこともない。
だが、私の大学の先輩たち、恩師は違った。
官僚として、同じ大学の出世頭だった先輩は、同じ大学で派閥をつくることを盛んに主張した。
理由は、派閥を形成しないと冷や飯を食わされるという理由からだった。一理あると思った。
私の恩師は、東大が自分の研究成果を妨害すると事あるごとに主張した。それも一理あると思った。その恩師は東大は日本の癌であるとも語ったが、私にはその理由が理解できなかった。学長となり鬼籍に入られた別の恩師からは、卒業後30年近く、毎年欠かさず年賀状を頂戴した。なぜ、頂戴できるのか不思議であったが、葬儀の際に大学関係者から卒業生に「東大に負けるな!」という意思表示のため、毎年年賀状を出し続けられていたことを知らされ、感動した。
そして、私は、サラリーマン時代、東大卒の先輩と何人か遭遇したが、共通している点は、賢く振る舞おうとする意図と微妙な言行不一致があったことであった。
だからと言って、彼らをとんでもない人物などと思っている訳ではないが、油断ならない人に見えた。
そして、ある本を読み、東大関係者が中心となってGHQ指示による戦前・戦中の焚書に協力したことを知った。
その本とは、西尾幹二著の「GHQ焚書図書開封-米占領軍に消された戦前の日本」である。
当時の彼らの職業は、江藤淳氏著の「閉された言語空間」によれば、滞米経験者、英語教師、大学教授、外交官の古手、英語に自信のある男女の学生が含まれると書いてある。
その中心的人物が、3人の東大関係者であったことから、滞米経験者、英語教師、大学教授、外交官の古手、英語に自信のある男女の学生とは東大卒業者および東大の学生が大半なのだろうと推定するのである。
そして、彼らの大半は今も名乗り出ていない。
恥ずかしくて、後ろめたくて名乗り出られないのであろう。
そんな訳で、私にとって東大がダメだとする根拠がまた一つ増えてしまった。
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