2009-09-30 17:00:00 | 日本人偉大な日本人そして、その武士道精神を称賛し、日本人を励まし続ける李登輝・元台湾総統閣下のお話を紹介する。
■■ Japan On the Globe(615)■■ 国際派日本人養成講座 ■■
国柄探訪: 武士道 ~ 先人からの贈り物
国家の危機に際して、「日本人よ、武士道を
忘れるな」と李登輝・元台湾総統は説く。
■転送歓迎■ H21.09.20 ■ 38,248 Copies ■ 3,188,885 Views■
無料購読申込・取消: http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/
-----------------------------------------------------------
本誌主宰・伊勢雅臣 講演会「日本の真姿に目覚めるとき」
日時 10月18日(日) 14時 ~ 16時
茶話会 16時 ~ 17時
場所 兵庫県小野市コミュニティーセンターおの 201号室
http://www.hall.ono.hyogo.jp/ TEL 0794-63-1020 0794-63-1020
主催 大河の會 会費 講演会1,000円 茶話会1,000円
問合せ 宮脇昌三 shozo@silky.jp
-----------------------------------------------------------
■1.「残された人生を台湾人、そして日本人を励ますために使う」■
「いまだかって、私は『尊敬できる日本』という言葉を聴いた
ことがありません」とは、9月5日に元台湾総統の李登輝氏
[a]が、東京青年会議所の約2千人の聴衆に向かって語った言
葉である。[1]
総統退任後、残された人生を台湾人、そして日本人を励ます
ために使うと話していた李登輝氏だが、87歳の高齢にして、
心臓に持病を持つ身でありながら、まさに自分の命の限りを尽
くして、日本の青年たちに語りかけている。氏を駆り立ててい
るのは何なのか?
ブログ『台湾は日本の生命線!』は、こう語っている。
・・・日本に対し、増大する中国の軍事的脅威から東アジ
アを防衛するため、日台が「運命共同体」「生命共同体」
であることを繰り返し訴え続けている。「台湾は日本の生
命線だ」「台湾が中国に取られれば日本は終わりだ」と。
李登輝氏が最も日本人に伝えたいのは、まさにこれであ
るはずだ。「かつてのような智恵と勇気に溢れる日本と言
う国を取り戻せ」と、日本人を激励しているとしか思えな
い。[2]
■2.「君は君、我は我なり、されど仲良き」■
李登輝氏は今回の講演では、『竜馬の「船中八策」に基づい
た私の若い皆さんに伝えたいこと』と題して、幕末に坂本龍馬
の提示した近代日本の国家像に倣(なら)って、今後の日本の
あるべき姿を語った。
たとえば、第4議の「外国の交際広く公議を採り、新に至当
の規約を立つべき事(外交は公論に従って、新たに対等の条約
を結ぶ)」に基づいて、李登輝氏はこう説いている。
アメリカへの無条件の服従や中華人民共和国への卑屈な
叩頭外交、すなわち、頭を地につけて拝礼するような外交
は、世界第二位の経済大国の地位を築き上げた日本にそぐ
わないものです。
特に、これからの日本と中華人民共和国との関係は、
「君は君、我は我なり、されど仲良き」という武者小路実
篤(むしゃこうじさねあつ)の言葉に表されるような、
「けじめある関係」でなければならないと思います。[1]
この言葉から思い起こされるのが、李登輝氏の総統時代の対
中外交である。
たとえば、私の総統時代、中共から絶えず激しい挑発を
受けました。すると、台湾の国民も大きく動揺して、「と
にかく恭順の意を表しておこう」という者や、「いや徹底
的に戦って相手を屈服させよう」という者など、さまざま
な人々からさまざまな反応が出てきます。こういうときに
こそ、もっと大局的な視座からもっと大きな判断を打ち出
すのが、民の上に立つ者の務めだと痛感しました。・・・
台湾に対しても中共は絶えずミサイルなどで脅しをかけ
てきます。しかし、それぐらいでぐらつくほど「新台湾」
はひ弱ではありません。
あんなものは、単なるブラフ(JOG注: 脅し)にしか過
ぎない。大陸は、台湾に対して80発ぐらいのミサイルを
重要な個所に撃ち込めると言っています。しかし、私たち
は、それに対する態勢も十分に完備していますから、文字
通り「備えあれば憂いなし」で全く恐れてはいないのです。
[3,p177]
中共のミサイルなにするものぞ、と立ち向かう李登輝氏の姿
は、まさに日本の古武士の姿を見るが如くである。
■3.李登輝氏の新渡戸稲造との出会い■
上記の引用は、李登輝氏が新渡戸稲造[b]の英文著書『武士
道』を解説した本の一節である。この『武士道』は、新渡戸稲
造が国際社会にデビューしたばかりの日本の精神伝統を説くた
めに、1900(明治33)年1月に英文で刊行したものだ。
時のアメリカ大統領セオドア・ルーズベルトは徹夜でこの本
を読破し、感動のあまり、翌日ただちに数十冊を購入して、世
界中の要人に「ぜひ一読することを勧める」という献辞を添え
て送り、ホワイトハウスを訪れる政・財・官界の指導者たちに
も手ずから配ったという。
この4年後に勃発した日露戦争で、日本軍は「武士道」に則っ
た戦いぶりを見せ、世界を感動させた。乃木将軍[c]や東郷元
帥[d,e]が日本古武士の典型として国際社会からの尊敬を受け
た。ルーズベルト大統領も日露講和の仲介を買って出た。
その新渡戸稲造の著書に、どうして李登輝氏が関心を持ち、
自ら日本語で直接、それも文庫本で300頁以上もの解説書を
書くことになったのか。
昭和15(1940)年、日本統治下の台湾で、旧制の台北高校に
進んだ李登輝青年は、図書館で多くの書物を読み漁っているう
ちに、新渡戸稲造の講義録を見つけた。
新渡戸稲造は『武士道』を刊行した翌年、明治34(1901)年
に台湾総督府の農業指導担当の技官として赴任し、台湾製糖業
の発展に大きな貢献を為したのだが、毎年夏に台湾の製糖業に
関係している若き俊秀たちを集めて講義をしていた。それはイ
ギリスの思想家トーマス・カーライルの哲学書を解説した講義
だったが、その講義録を読んで李登輝氏は新渡戸稲造の偉大さ
に心酔するようになり、新渡戸の著書をすべて読んでいった。
その過程で出会ったのが『武士道』だった。
■4.「公義」■
中国からのミサイルの脅しに対して、敢然と立ち向かう姿は、
いかにも勇ましい武士らしき姿だが、新渡戸稲造が説き、李登
輝氏が解説する「武士道」とは、そのような「勇」一辺倒のも
のではない。
新渡戸は、武士道の徳目の最初に「義」を挙げている。「義」
とは「義務」であり、「義理」すなわち「『正義の道理』が我
われになすことを要求し、かつ命令するところ」と言う。孟子
が「義は人の路なり」とし、キリスト教で「義」は神からの要
求であるとするのも、同様の意味である。
李登輝氏は「義」は「個人」のレベルに閉じ込めておくべき
ことではなく、必ず「公」のレベル、すなわち「公義」として
受け止めなければならない、と説く[3,p166]。それは社会のた
めに各人が為すべき事を指す。
人の生き方として実践を重んずる武士道は、「義」について
抽象的哲学的にあれこれと論じたりはしなかった。それよりも
「義を見てせざるは勇なきなり」の一言で、武士としての生き
方を表現した。武士道の2番目の徳目である「勇」とは、あく
まで「義」を実践する時の姿勢であって、「義なき勇」は「匹
夫の勇(思慮分別なく、血気にはやるだけのつまらない人間の
勇気)」として、軽蔑された。
■5.「義を見てせざるは勇なきなり」■
新渡戸稲造の生き方そのものに「義を見てせざるは勇なきな
り」があった、と李登輝氏は説く。
新渡戸稲造先生が台湾に来てくれるよう要請されたとき、
彼はまだアメリカにおり、健康状態もかなり悪かった。し
かし、「義を見てせざるは勇なきなり」の武士道精神に基
づいて、総督府の一介の技官(地方の課長)という大して
高くもないポストに従容(しゅうよう)として赴き、いっ
たん現地に入ったからには命を賭して大事業の成就に向かっ
て全力疾走を続けたのです。なぜなら、国家がそれを必要
としていたからです。これこそ、「武士道」の精華であら
ずして何でありましょう。[1,p80]
李登輝氏自身の生き方も同様である。進学先の大学を決める
ときにも、何の迷いもなく、新渡戸稲造が学んだ京都帝国大学
の農学部農林経済学科を選んだ。立身出世のためなら、東京帝
国大学で法律を学んでエリート官僚となる道を選ぶこともでき
た。しかし、台湾の発展のためには、新渡戸と同じく農林経済
を学ぶべきだと考えたのだろう。
しかし、天は李登輝氏に学者としての道を歩ませなかった。
私事にわたりますが、もともと学者か伝道者として生涯
を全うしようと思っていた私が、思いがけなくも政治の道
への足を踏み入れてしまったのも、いまにして思えば、
「天下為公(JOG注: 天下をもって公となす。天下は公のも
の)「滅私奉公」といった武士道精神に無意識のうちに衝
き動かされてのことであったように感じられてなりません。
■6.「中華人民共和国」という擬制■
李登輝氏に政治家への道を歩ませた一因は、祖国台湾を覆う
中国の脅威であった。
そもそも、「中華人民共和国」という擬制そのものが、
根本的に嘘ではないですか。孫文の「三民主義」を実現す
るための国家体制であると広言しながら、かつて民主主義
的だったことがありますか? 「人民」に対して自由や平
等を許容したことがありますか。天安門事件にしても、チ
ベット抑圧政策にしても、法輪功弾圧にしても、すべてが
独裁国家的で、冷酷かつ残忍なことばかりしてきている。
いったい、何万人、何百万人の無辜(むこ)の民を殺して
きたというのですか。[3,p61]
この「中華人民共和国」が、「祖国統一」というもう一つの
「擬制」のもとで、「台湾は中国固有の領土」「同じ中国人ど
うし」という「嘘」をつき、台湾併合を狙っている。
私は、これまで一度たりとも「統一には絶対反対する」
などと言ったことはありません。中国の指導者が嘘をつく
のをやめ、本当に自由で民主主義的な体制をつくるように
なれば、いつでも統一に応じる用意がある、と言い続けて
きたのです。それまでは、台湾の人々のために、万民のた
めに、一国の責任ある指導者として「特殊な国と国との関
係」という現実を維持しないわけにはいかない、とだけ言っ
たきたのです。
それなのに、彼らは自己権力を保持し拡大したいという
ことばかりに気をとられて、最も大切な国民の自由や幸福
を追求する基本的な権利まで、一方的かつ完全に踏みにじっ
てしまっている。そして、このような、ごく当たり前の
「公義」を述べる私のことが目障りで恐怖心さえ覚えるか
らでしょうか、平然と虚偽に充ちた個人攻撃を仕掛けてき
ている。[3,p61]
中国の独裁政権は国家を私し、国民を搾取している。台湾の
民をそんな体制に住まわせるわけにはいかない、というのが、
李登輝氏の「義を見てせざるは勇なきなり」なのである。
■7.「公義」と「友愛」■
87歳の高齢にして病身の李登輝氏が、中国の反発と日本政
府の抵抗を押し切って来日し、日本の青年に語りかける姿も、
同じく「義を見てせざるは勇なきなり」の心からだろう。
中国の独裁体制による脅威という点では、日本と台湾は運命
共同体である。台湾が中国の支配下に入れば、西太平洋は「中
国の海」となり、海上輸送のライフラインを握られた日本は中
国に膝を屈せざるを得なくなる。そのような日台両国民の不幸
を避けるために、李登輝は高齢を押して、台湾と日本の人々に
語り続けているのである。
鳩山新首相は「友愛」を説くが、自国民を弾圧し、ウイグル
やチベットなど他民族の土地を簒奪する中国に対しても「友愛」
第一で臨むのだろうか?
「公義」を基盤とする武士道精神には、「仁」、すなわち「惻
隠の情」があり、孟子はこれを「井戸に落ちようとしている幼
児を救おう」とする人間なら誰でもが持つ心、と説いている。
「公義」を根幹とし「惻隠の情」を持つ政治家なら、「友愛」
は中国政府ではなく、自由を奪われている中国人民、そして土
地を奪われ民族文化を破壊されつつあるウイグル人、チベット
人に対して向けられなければならない。「義なき友愛」は「匹
夫の友愛」である。
そうした「義に基づいた惻隠の情」による外交を展開するこ
とで、初めて国民の安心安全を確保し、国際社会の中でも「尊
敬できる日本」になっていけるのである。
■8.蔵にあるものは蔵から出せば良い■
国内の諸問題についても、同様である。
しかるに、まことに残念なことには、1945年(昭和20
年)8月15日以降の日本においては、そのような「大和
魂」や「武士道」といった、日本・日本人特有の指導理念
や道徳規範が、根底から否定され、足蹴(あしげ)にされ
続けてきたのです。・・・
いま日本を震撼させつつある学校の荒廃や少年非行、凶
悪犯罪の横行、官僚の腐敗、指導者層の責任回避と転嫁、
失業率の増大、少子化など、これからの国家の存亡にもか
かわりかねないさまざまなネガティブな現象も、「過去を
否定する」日本人の自虐的価値観と決して無縁ではない、
と私は憂慮しています。[3,p11]
武士道は、我々の先人が700年の時間をかけて国民精神の
根幹として育て上げてきたものである。それを戦後の60年ほ
ど、我々は「お蔵入り」させていたわけだが、蔵にあるものは
蔵から出せば良い。
李登輝氏は『武士道解題』を次のような言葉で結んでいる。
最後に、もう一度繰り返して申し上げておきたい。日本
人よ自信を持て、日本人よ「武士道」を忘れるな、と。
[3,p316]
(文責:伊勢雅臣)
■リンク■
a. JOG(061) 李登輝総統の志
漢民族5千年の歴史で初の自由選挙で選ばれた台湾総統。
「世界でももっとも教養の高く、かつ名利の欲の薄い元首(司
馬遼太郎)」
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h10_2/jog061.html
b. JOG(288) 人物探訪: 新渡戸稲造 ~ 太平洋の架け橋
武士道と聖書とに立脚して、新渡戸稲造は日米両国の架け橋
たらんと志した。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h15/jog288.html
c. JOG(218) Father Nogi
アメリカ人青年は"Father Nogi"と父のごとくに慕っていた乃
木大将をいかに描いたか?
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h13/jog218.html
d. JOG(399) 東郷平八郎 ~ 寡黙なる提督 (上)
寡黙なる提督に率いられた連合艦隊は、ロシア旅順艦隊を撃
滅した。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h17/jog399.html
e. JOG(400) 東郷平八郎 ~ 寡黙なる提督 (下)
日本海海戦に向かう東郷提督の静かなる闘志
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h17/jog400.html
■参考■(お勧め度、★★★★:必読~★:専門家向け)
→アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。
1. 愛知李登輝友の会ブログ「【李登輝講演録全文】竜馬の「船中
八策」に基づいた私の若い皆さんに伝えたいこと」
http://ritouki-aichi.sblo.jp/article/32122454.html
2. 「李登輝氏、帰国─日本人はこの人物をたった一人で戦わせて
いいのか」、ブログ『台湾は日本の生命線!』
http://mamoretaiwan.blog100.fc2.com/blog-entry-876.html
3. 李登輝『「武士道解題」 ノーブレス・オブリージュとは』★★★、
小学館文庫、H18
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4094057927/japanontheg01-22%22
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国柄探訪: 武士道 ~ 先人からの贈り物
国家の危機に際して、「日本人よ、武士道を
忘れるな」と李登輝・元台湾総統は説く。
■転送歓迎■ H21.09.20 ■ 38,248 Copies ■ 3,188,885 Views■
無料購読申込・取消: http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/
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本誌主宰・伊勢雅臣 講演会「日本の真姿に目覚めるとき」
日時 10月18日(日) 14時 ~ 16時
茶話会 16時 ~ 17時
場所 兵庫県小野市コミュニティーセンターおの 201号室
http://www.hall.ono.hyogo.jp/ TEL 0794-63-1020 0794-63-1020
主催 大河の會 会費 講演会1,000円 茶話会1,000円
問合せ 宮脇昌三 shozo@silky.jp
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■1.「残された人生を台湾人、そして日本人を励ますために使う」■
「いまだかって、私は『尊敬できる日本』という言葉を聴いた
ことがありません」とは、9月5日に元台湾総統の李登輝氏
[a]が、東京青年会議所の約2千人の聴衆に向かって語った言
葉である。[1]
総統退任後、残された人生を台湾人、そして日本人を励ます
ために使うと話していた李登輝氏だが、87歳の高齢にして、
心臓に持病を持つ身でありながら、まさに自分の命の限りを尽
くして、日本の青年たちに語りかけている。氏を駆り立ててい
るのは何なのか?
ブログ『台湾は日本の生命線!』は、こう語っている。
・・・日本に対し、増大する中国の軍事的脅威から東アジ
アを防衛するため、日台が「運命共同体」「生命共同体」
であることを繰り返し訴え続けている。「台湾は日本の生
命線だ」「台湾が中国に取られれば日本は終わりだ」と。
李登輝氏が最も日本人に伝えたいのは、まさにこれであ
るはずだ。「かつてのような智恵と勇気に溢れる日本と言
う国を取り戻せ」と、日本人を激励しているとしか思えな
い。[2]
■2.「君は君、我は我なり、されど仲良き」■
李登輝氏は今回の講演では、『竜馬の「船中八策」に基づい
た私の若い皆さんに伝えたいこと』と題して、幕末に坂本龍馬
の提示した近代日本の国家像に倣(なら)って、今後の日本の
あるべき姿を語った。
たとえば、第4議の「外国の交際広く公議を採り、新に至当
の規約を立つべき事(外交は公論に従って、新たに対等の条約
を結ぶ)」に基づいて、李登輝氏はこう説いている。
アメリカへの無条件の服従や中華人民共和国への卑屈な
叩頭外交、すなわち、頭を地につけて拝礼するような外交
は、世界第二位の経済大国の地位を築き上げた日本にそぐ
わないものです。
特に、これからの日本と中華人民共和国との関係は、
「君は君、我は我なり、されど仲良き」という武者小路実
篤(むしゃこうじさねあつ)の言葉に表されるような、
「けじめある関係」でなければならないと思います。[1]
この言葉から思い起こされるのが、李登輝氏の総統時代の対
中外交である。
たとえば、私の総統時代、中共から絶えず激しい挑発を
受けました。すると、台湾の国民も大きく動揺して、「と
にかく恭順の意を表しておこう」という者や、「いや徹底
的に戦って相手を屈服させよう」という者など、さまざま
な人々からさまざまな反応が出てきます。こういうときに
こそ、もっと大局的な視座からもっと大きな判断を打ち出
すのが、民の上に立つ者の務めだと痛感しました。・・・
台湾に対しても中共は絶えずミサイルなどで脅しをかけ
てきます。しかし、それぐらいでぐらつくほど「新台湾」
はひ弱ではありません。
あんなものは、単なるブラフ(JOG注: 脅し)にしか過
ぎない。大陸は、台湾に対して80発ぐらいのミサイルを
重要な個所に撃ち込めると言っています。しかし、私たち
は、それに対する態勢も十分に完備していますから、文字
通り「備えあれば憂いなし」で全く恐れてはいないのです。
[3,p177]
中共のミサイルなにするものぞ、と立ち向かう李登輝氏の姿
は、まさに日本の古武士の姿を見るが如くである。
■3.李登輝氏の新渡戸稲造との出会い■
上記の引用は、李登輝氏が新渡戸稲造[b]の英文著書『武士
道』を解説した本の一節である。この『武士道』は、新渡戸稲
造が国際社会にデビューしたばかりの日本の精神伝統を説くた
めに、1900(明治33)年1月に英文で刊行したものだ。
時のアメリカ大統領セオドア・ルーズベルトは徹夜でこの本
を読破し、感動のあまり、翌日ただちに数十冊を購入して、世
界中の要人に「ぜひ一読することを勧める」という献辞を添え
て送り、ホワイトハウスを訪れる政・財・官界の指導者たちに
も手ずから配ったという。
この4年後に勃発した日露戦争で、日本軍は「武士道」に則っ
た戦いぶりを見せ、世界を感動させた。乃木将軍[c]や東郷元
帥[d,e]が日本古武士の典型として国際社会からの尊敬を受け
た。ルーズベルト大統領も日露講和の仲介を買って出た。
その新渡戸稲造の著書に、どうして李登輝氏が関心を持ち、
自ら日本語で直接、それも文庫本で300頁以上もの解説書を
書くことになったのか。
昭和15(1940)年、日本統治下の台湾で、旧制の台北高校に
進んだ李登輝青年は、図書館で多くの書物を読み漁っているう
ちに、新渡戸稲造の講義録を見つけた。
新渡戸稲造は『武士道』を刊行した翌年、明治34(1901)年
に台湾総督府の農業指導担当の技官として赴任し、台湾製糖業
の発展に大きな貢献を為したのだが、毎年夏に台湾の製糖業に
関係している若き俊秀たちを集めて講義をしていた。それはイ
ギリスの思想家トーマス・カーライルの哲学書を解説した講義
だったが、その講義録を読んで李登輝氏は新渡戸稲造の偉大さ
に心酔するようになり、新渡戸の著書をすべて読んでいった。
その過程で出会ったのが『武士道』だった。
■4.「公義」■
中国からのミサイルの脅しに対して、敢然と立ち向かう姿は、
いかにも勇ましい武士らしき姿だが、新渡戸稲造が説き、李登
輝氏が解説する「武士道」とは、そのような「勇」一辺倒のも
のではない。
新渡戸は、武士道の徳目の最初に「義」を挙げている。「義」
とは「義務」であり、「義理」すなわち「『正義の道理』が我
われになすことを要求し、かつ命令するところ」と言う。孟子
が「義は人の路なり」とし、キリスト教で「義」は神からの要
求であるとするのも、同様の意味である。
李登輝氏は「義」は「個人」のレベルに閉じ込めておくべき
ことではなく、必ず「公」のレベル、すなわち「公義」として
受け止めなければならない、と説く[3,p166]。それは社会のた
めに各人が為すべき事を指す。
人の生き方として実践を重んずる武士道は、「義」について
抽象的哲学的にあれこれと論じたりはしなかった。それよりも
「義を見てせざるは勇なきなり」の一言で、武士としての生き
方を表現した。武士道の2番目の徳目である「勇」とは、あく
まで「義」を実践する時の姿勢であって、「義なき勇」は「匹
夫の勇(思慮分別なく、血気にはやるだけのつまらない人間の
勇気)」として、軽蔑された。
■5.「義を見てせざるは勇なきなり」■
新渡戸稲造の生き方そのものに「義を見てせざるは勇なきな
り」があった、と李登輝氏は説く。
新渡戸稲造先生が台湾に来てくれるよう要請されたとき、
彼はまだアメリカにおり、健康状態もかなり悪かった。し
かし、「義を見てせざるは勇なきなり」の武士道精神に基
づいて、総督府の一介の技官(地方の課長)という大して
高くもないポストに従容(しゅうよう)として赴き、いっ
たん現地に入ったからには命を賭して大事業の成就に向かっ
て全力疾走を続けたのです。なぜなら、国家がそれを必要
としていたからです。これこそ、「武士道」の精華であら
ずして何でありましょう。[1,p80]
李登輝氏自身の生き方も同様である。進学先の大学を決める
ときにも、何の迷いもなく、新渡戸稲造が学んだ京都帝国大学
の農学部農林経済学科を選んだ。立身出世のためなら、東京帝
国大学で法律を学んでエリート官僚となる道を選ぶこともでき
た。しかし、台湾の発展のためには、新渡戸と同じく農林経済
を学ぶべきだと考えたのだろう。
しかし、天は李登輝氏に学者としての道を歩ませなかった。
私事にわたりますが、もともと学者か伝道者として生涯
を全うしようと思っていた私が、思いがけなくも政治の道
への足を踏み入れてしまったのも、いまにして思えば、
「天下為公(JOG注: 天下をもって公となす。天下は公のも
の)「滅私奉公」といった武士道精神に無意識のうちに衝
き動かされてのことであったように感じられてなりません。
■6.「中華人民共和国」という擬制■
李登輝氏に政治家への道を歩ませた一因は、祖国台湾を覆う
中国の脅威であった。
そもそも、「中華人民共和国」という擬制そのものが、
根本的に嘘ではないですか。孫文の「三民主義」を実現す
るための国家体制であると広言しながら、かつて民主主義
的だったことがありますか? 「人民」に対して自由や平
等を許容したことがありますか。天安門事件にしても、チ
ベット抑圧政策にしても、法輪功弾圧にしても、すべてが
独裁国家的で、冷酷かつ残忍なことばかりしてきている。
いったい、何万人、何百万人の無辜(むこ)の民を殺して
きたというのですか。[3,p61]
この「中華人民共和国」が、「祖国統一」というもう一つの
「擬制」のもとで、「台湾は中国固有の領土」「同じ中国人ど
うし」という「嘘」をつき、台湾併合を狙っている。
私は、これまで一度たりとも「統一には絶対反対する」
などと言ったことはありません。中国の指導者が嘘をつく
のをやめ、本当に自由で民主主義的な体制をつくるように
なれば、いつでも統一に応じる用意がある、と言い続けて
きたのです。それまでは、台湾の人々のために、万民のた
めに、一国の責任ある指導者として「特殊な国と国との関
係」という現実を維持しないわけにはいかない、とだけ言っ
たきたのです。
それなのに、彼らは自己権力を保持し拡大したいという
ことばかりに気をとられて、最も大切な国民の自由や幸福
を追求する基本的な権利まで、一方的かつ完全に踏みにじっ
てしまっている。そして、このような、ごく当たり前の
「公義」を述べる私のことが目障りで恐怖心さえ覚えるか
らでしょうか、平然と虚偽に充ちた個人攻撃を仕掛けてき
ている。[3,p61]
中国の独裁政権は国家を私し、国民を搾取している。台湾の
民をそんな体制に住まわせるわけにはいかない、というのが、
李登輝氏の「義を見てせざるは勇なきなり」なのである。
■7.「公義」と「友愛」■
87歳の高齢にして病身の李登輝氏が、中国の反発と日本政
府の抵抗を押し切って来日し、日本の青年に語りかける姿も、
同じく「義を見てせざるは勇なきなり」の心からだろう。
中国の独裁体制による脅威という点では、日本と台湾は運命
共同体である。台湾が中国の支配下に入れば、西太平洋は「中
国の海」となり、海上輸送のライフラインを握られた日本は中
国に膝を屈せざるを得なくなる。そのような日台両国民の不幸
を避けるために、李登輝は高齢を押して、台湾と日本の人々に
語り続けているのである。
鳩山新首相は「友愛」を説くが、自国民を弾圧し、ウイグル
やチベットなど他民族の土地を簒奪する中国に対しても「友愛」
第一で臨むのだろうか?
「公義」を基盤とする武士道精神には、「仁」、すなわち「惻
隠の情」があり、孟子はこれを「井戸に落ちようとしている幼
児を救おう」とする人間なら誰でもが持つ心、と説いている。
「公義」を根幹とし「惻隠の情」を持つ政治家なら、「友愛」
は中国政府ではなく、自由を奪われている中国人民、そして土
地を奪われ民族文化を破壊されつつあるウイグル人、チベット
人に対して向けられなければならない。「義なき友愛」は「匹
夫の友愛」である。
そうした「義に基づいた惻隠の情」による外交を展開するこ
とで、初めて国民の安心安全を確保し、国際社会の中でも「尊
敬できる日本」になっていけるのである。
■8.蔵にあるものは蔵から出せば良い■
国内の諸問題についても、同様である。
しかるに、まことに残念なことには、1945年(昭和20
年)8月15日以降の日本においては、そのような「大和
魂」や「武士道」といった、日本・日本人特有の指導理念
や道徳規範が、根底から否定され、足蹴(あしげ)にされ
続けてきたのです。・・・
いま日本を震撼させつつある学校の荒廃や少年非行、凶
悪犯罪の横行、官僚の腐敗、指導者層の責任回避と転嫁、
失業率の増大、少子化など、これからの国家の存亡にもか
かわりかねないさまざまなネガティブな現象も、「過去を
否定する」日本人の自虐的価値観と決して無縁ではない、
と私は憂慮しています。[3,p11]
武士道は、我々の先人が700年の時間をかけて国民精神の
根幹として育て上げてきたものである。それを戦後の60年ほ
ど、我々は「お蔵入り」させていたわけだが、蔵にあるものは
蔵から出せば良い。
李登輝氏は『武士道解題』を次のような言葉で結んでいる。
最後に、もう一度繰り返して申し上げておきたい。日本
人よ自信を持て、日本人よ「武士道」を忘れるな、と。
[3,p316]
(文責:伊勢雅臣)
■リンク■
a. JOG(061) 李登輝総統の志
漢民族5千年の歴史で初の自由選挙で選ばれた台湾総統。
「世界でももっとも教養の高く、かつ名利の欲の薄い元首(司
馬遼太郎)」
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h10_2/jog061.html
b. JOG(288) 人物探訪: 新渡戸稲造 ~ 太平洋の架け橋
武士道と聖書とに立脚して、新渡戸稲造は日米両国の架け橋
たらんと志した。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h15/jog288.html
c. JOG(218) Father Nogi
アメリカ人青年は"Father Nogi"と父のごとくに慕っていた乃
木大将をいかに描いたか?
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h13/jog218.html
d. JOG(399) 東郷平八郎 ~ 寡黙なる提督 (上)
寡黙なる提督に率いられた連合艦隊は、ロシア旅順艦隊を撃
滅した。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h17/jog399.html
e. JOG(400) 東郷平八郎 ~ 寡黙なる提督 (下)
日本海海戦に向かう東郷提督の静かなる闘志
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h17/jog400.html
■参考■(お勧め度、★★★★:必読~★:専門家向け)
→アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。
1. 愛知李登輝友の会ブログ「【李登輝講演録全文】竜馬の「船中
八策」に基づいた私の若い皆さんに伝えたいこと」
http://ritouki-aichi.sblo.jp/article/32122454.html
2. 「李登輝氏、帰国─日本人はこの人物をたった一人で戦わせて
いいのか」、ブログ『台湾は日本の生命線!』
http://mamoretaiwan.blog100.fc2.com/blog-entry-876.html
3. 李登輝『「武士道解題」 ノーブレス・オブリージュとは』★★★、
小学館文庫、H18
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4094057927/japanontheg01-22%22
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