ここ数日は寒さが緩んで来たが、
それまでは朝、散歩で歩く時は、
寒すぎて手袋をしていても手の指がすごく冷たいというか、
痛いくらいだった。
冷たすぎて痛くてたまらないのだ。
朝、6時半ころ外を歩くのは真っ暗なうえ、寒すぎてつらい。
けれども昼になれば陽がさして来て、
コートを着ていたらとても暖かくて、歩くのが苦にならない。
今年の「京の冬の旅」は近くの東本願寺が含まれていたので、
早速行ってみることにした。
「京の冬の旅」はオフシーズンに観光客を誘致するため、
真冬に公開される京の冬の風物詩である。
非公開文化財特別公開として、毎年冬の時期に行われている。
非公開文化財特別公開は夏と冬、春と秋にも行われている。
春夏秋冬と行われていて、常に公開されている感じだが、
ラインナップはその都度変わっている。
東寺や知恩院など、いつも公開される所もあるが、
初公開の場所もいくつかいろいろある。

今回は東本願寺の白書院が40年ぶりに公開された。

今年は宗祖親鸞聖人の生誕850年の年に当たる。
それでお東さんも力が入っているのだろう。

お東さんはよく行っているが、
真宗の寺院なので境内やお堂は無料である。
書院があることは知っていたが、入ったことはなかった。
今回、800円で特別公開されていた。
いつもは無料で境内に入るので高いと思ったが、
文化財の保護のために使われるはずだ。
ケチなことは言わずに料金を払い、見て来た。
第57回 京の冬の旅
非公開文化財特別公開
~秘められた京の美をたずねて~
2023年1月7日(土)~3月19日(日)
https://ja.kyoto.travel/specialopening/winter/
公開されていたのは、
普段は非公開の東本願寺の白書院と大寝殿だった。
「京の冬の旅」非公開文化財特別公開
東本願寺 大寝殿・白書院
2023年1月7日(土)~3月16日(木)
https://ja.kyoto.travel/event/single.php?event_id=7331

大寝殿と白書院は、東本願寺の正面玄関ともいうべき
御影堂門(ごえいどうもん)をくぐり、
正面の御影堂へ行く前に右に曲がり、北へ向かった所に受付がある。
境内は広大で、
御影堂の北側にもいろいろ建物があるのは知っていたが。。
御影堂の北側の受付で靴を脱ぎ、
渡された袋に靴を入れて見学するという形だった。
書院へ行くまでにいろいろ建物があり、というか、
長い廊下があり、どこを歩いているのか分からないという(>_<)、
とても広い場所だった。

入り口近くに、親鸞聖人による直筆(?)の
教行信証が置いてあってびっくりしたが、
影印本とのことで、写真撮影した複製であった。
(ああびっくりした)
しかし本物そっくりで、
親鸞聖人の荒々しい筆遣いがそのまま表されていて、
思いがけず教行信証に出会え、うれしかったのは確かである。

順路どおりに歩いていくと、
まずとても広い「大寝殿」という所へ入る。
禁門の変(1864)の時焼失したあと1868年に再建されたそうで、
本山の中では最も古い建物だそうだ。
竹内栖鳳の障壁画がまわりを飾っていた。

とても広い場所で、係の人がいて、説明書きを読みながら、
東本願寺の正式名称は「真宗本廟」であるなどと説明していた。
周りには真宗と親鸞聖人の教えのパネルが張り巡らされていた。
東本願寺は幕末の禁門の変で焼けてしまい、
建築物はすべて明治になってからの再建である。
それでも貴重な巨大木造建造物ばかりなので、
多くのものが重要文化財に指定されている。
大寝殿は登録有形文化財だということだ。
竹内栖鳳の雀の図、そして竹の豪放な襖絵を鑑賞した。
ガラス張りで保護されていたが、
大変立派なもので、普段公開されていないのが残念だ。
しかし、そのせいで保存状態がとても良い。
写真はいずれも撮っても良いということだったので、
どんどん撮った。
竹内栖鳳の障壁画は「風竹野雀図」「歓喜図」「古柳眠鷺図」
ということである。

風に晒される竹の図は栖鳳らしかった。
ガラスで障壁(襖)が保護されているので、
きれいに撮れなかった。
雀の図は反射がきつくて撮れなかったのが残念だ。

廊下ですべての建物が繋がっており、
廊下自体も風情があった。
踏みしめると音がするので鴬張りなのかもしれない。

大寝殿から白書院へ行く廊下越しに能舞台が見える。
西本願寺の能舞台は有名だが(確か国宝?)、
お東さんにも能舞台があるのは…
多分、あるだろうとは思っていたのだが、
(お西にあるのだから東にもあるだろう、と)
現物を見て本当にあるのだと感動した。
明治13年(1880年)に建てられたものだという。
現在の位置には昭和12年(1937年)から設置されたそうである。
白書院から観覧するように建てられているという。
もちろん現在でも能楽に使われている。


白書院は明治44年(1911年)、
宗祖・親鸞聖人の650回御遠忌に際し再建されたものだそうだ。
来賓の接待などを行う場所で、書院造で、
上品な内部だった。

白書院という名称は柱などその他の用材が白木で、
漆を塗らずに仕立てられていることに由来するという。

中央部分に立派な格天井があり、目を見張るほどだった。
案内によると控えの間と上段の間が設えられており、
一の間は帳台構え、違い棚などを設えた正式の書院造で、
正式な対面施設だということだ。
現在も来賓接待等に使用されているとのこと。



一の間の手前にかけられている額は
「国豊民安」と書かれており、
閑院宮載仁親王(1865-1945)の筆によるものだそうである。


障子の上には壁面に装飾が施されていて、
欄間には木彫りの装飾もあり、
見どころの多い書院造りの部屋であった。
対面施設だけあって、設えに気品がある。
豪華というより質素ではあるが、
整った気持ちの良い空間である。
世界でもっとも巨大な木造建築とも言われる
御影堂に負けない重厚感のある書院で、
お東さんにこのような一室があるのをまったく知らなかったので、
大寝殿、能舞台ともども驚くばかりだった。
境内だけでも思ったより広大だった。
…確かに京都駅近くにあれほど存在感のある敷地であるし、
境内にいろんな建物があっても不思議ではない…。
東本願寺はまだまだいろんな非公開部分を持っていそうだ。


帰りに巨大な御影堂門を斜めから写す。
そうでないと全貌が入らない。

御影堂門の内部も荘厳である。
いつ本山へ行っても、
この巨大木造建築になぜか安心感を覚える。
木造建築が好きだからだろう。。
近くにあるのにまったく知らなかった、
お東さんのいくつかの建物を見ることが出来て、
まだまだ知らない東本願寺の姿があることを知る。
あらたな発見をした気持ちになった。



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