泉飛鳥塾

「古(いにしえ)の都・飛鳥」の原風景と共に、小さな旅で出会った風景等を紹介したいと思います!

飛鳥の「夏の風景・2023」

2023年07月29日 10時38分53秒 | 散歩
奈良県明日香村も今は、夏真っ盛りです。
さすがにこの時期は、訪れる人も少ないようです。
今回は、飛鳥の「夏の風景・2023」を紹介したいと思います。
この時期は、夏の彩として飛鳥寺付近の蓮花や棚田の稲の緑がとても綺麗です。
特に、奥飛鳥と呼ばれている稲渕の棚田や細川谷の棚田の景色が大好きです。
ところで稲渕の棚田には、最近ジャンボ案山子が登場しました。案山子さんの顔、どっかで見たような・・・
飛鳥の田園風景を見ながらの散策は、何か懐かしく感じられ散策していると、とても心が落ち着きます。
また、この時期になると夕焼けが一段と綺麗ですよ!

             

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飛鳥の水田や畔に残る「古代の足跡」(2)

2023年07月26日 18時57分23秒 | 歴史
奈良県明日香村は、1980年にできた「明日香村特別措置法(明日香法」により明日香村の風土が守られています。
その為、開発にあわず古代からの地形等が残されています。
今回は、飛鳥の水田や畔に残る「古代の足跡」(2)ということで紹介したいと思います。
3 明日香村の飛鳥寺の南側にある南門跡・中門跡がある水田
・この水田の下には、発掘調査が行われ創建当時の南門跡・中門跡があることがわかりました。また、南門前の発掘では、幅約2mで約45m続く石敷きの参道とその南方に石敷き広場があることがわかりました。

           

4 明日香村岡にある「飛鳥浄御原宮」の北の正殿があった水田
・この水田の下には、天武天皇の時の北の正殿がありました。南には、南の正殿や国家的儀式を行った前殿や正門があったことが、発掘調査の結果わかりました。現在、空き地になっています。簡単な説明板が置いてあります。
                   

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大和の夏風景「藤原宮跡の蓮花・2023」

2023年07月19日 08時30分03秒 | 散歩
奈良県橿原市にある、日本初の条坊制を用いた本格的都城「藤原京」の宮跡において、「蓮の花」が咲きました。
大極殿跡南東方向にある「蓮ゾーン」には、今年も可憐な「蓮の花」が咲きました。7月中旬に見学に行きましたが、花の数がやや少なかったようでした。7月下旬から8月上旬が見頃かもしれませんね。
今回は、大和の夏風景「藤原宮跡の蓮花・2023」を紹介したいと思います。
「藤原京」(694年~710年)は、飛鳥京の西北部、奈良県橿原市と明日香村にかかる地域にあった飛鳥時代の都城です。その中心部には、「藤原宮」がありました。天皇の住まいである内裏や、天皇が儀式が行われる大極殿等がある本格的な都でした。
この場所は、大和三山の絶好の眺望スポットととして平成23年6月には「重要眺望景観」に指定されています。
春は菜の花、秋は秋桜と季節を感じさせる花々が楽しめます。
大和三山を背景にした「蓮の花」は、古都奈良らしい夏の風景ですよ!

              

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飛鳥の水田や畔に残る「古代の足跡」(1)

2023年07月13日 08時31分56秒 | 歴史
奈良県明日香村は、1980年にできた「明日香村特別措置法(明日香法」により明日香村の風土が守られています。
その為、開発にあわず古代からの地形等が残されています。
今回は、飛鳥の水田や畔に残る「古代の足跡」(1)ということで、何回に分けて紹介したいと思います。
1 明日香村にある川原寺と橘寺の間にある古代道路跡の水田
・飛鳥時代の東西道路(飛鳥の横大路)よ呼ばれている古代の道の延長で、おそらく水田の畔と畔の間が古代の道と考えられています。この道を東へ直進すると飛鳥浄御原宮の大極殿ではないかと考えられているエビノコ郭の西門に繋がります。


2 明日香村の「水落遺跡」近くにある古代道路跡の水田
・この東西に細長い水田は、7世紀初め頃の道路跡(古山田道)ではないかと考えられています。古代の飛鳥寺の寺域の北側にあります。
608年に小野妹子と共に隋の使者である「はいせいせい」が、当時の宮である小墾田の宮へ行く為に通った道かもしれません。この近辺に宮があった可能性があり、毎年発掘調査が行われています。

              
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奈良県明日香村真弓にある「終末期古墳」(3)

2023年07月05日 08時35分40秒 | 歴史
奈良県明日香村には、数多くの古墳が存在しています。
今回、明日香村文化協会主催の「真弓周辺の古墳を巡る」に参加しました。初めて訪れる古墳もあり、大変楽しみにしていました。
明日香村文化財課の専門家による案内のもと、約30人位で西飛鳥地域である真弓丘陵にある「終末期古墳」を歴史散策しました。
 ※「真弓周辺のカヅマヤマ古墳・真弓テラノマエ古墳・マルコ山古墳を巡る」      (参考文献)明日香村文化協会資料

〇明日香村真弓にある「真弓テラノマエ古墳」は、「マルコ山古墳」の東北の真弓丘陵の尾根面に位置します。徒歩約5分位の所にあります。
東西に延びる丘陵の南側斜面を東西70m・高さ12mにわたって削り出し、墳丘は版築によって築かれています。墳丘の規模や形態については不明です。大きな地震によって崩れています。埋葬施設は、発掘調査の結果から結晶片岩を使用したせん積式横穴式石室です。カズマヤマ古墳と同様です。
石室床面には、平瓦が二重に敷き詰められています。棺台の表面にも漆喰が施されています。築造時期については、使用されている平瓦の特徴から7世紀前半と考えられています。
こちらも「カヅマヤマ古墳」と同様に、行くにはとても案内がないと行けません。
これといった道がなく、竹藪の中を行きました。古墳らしきものが見当たらず説明を聞いて、かって古墳があった場所に案内していただきました。中世の大地震で、大きく崩れていました。


〇「(仮)真弓ミヅツ古墳」は、真弓テラノマエ古墳」の西隣りに位置しています。東西に伸びる丘陵を東西約70m・高さ約12mにわたって終末期古墳の特徴である古墳築造時の切断面が残っています。墳丘については、まだ未調査のため不明です。この辺りには、漆喰の付着した結晶片岩が散乱していることから真弓テラノマエ古墳」と同様のせん積式横穴式石室であったと考えられています。
こちらは、果樹園として周りが開墾してあります。ただ、どこに古墳があるのかわかりませんでした。よく見ると、墳丘の一部らしきもの(方墳か?)が確認できるくらいの古墳です。発掘調査されると、新しい発見があると思われます。楽しみです・・・
今回、真弓丘陵にある「終末期古墳」を歴史散策をしてみてわかったことです。
「マルコ山古墳」が造営された7世紀末には、背後に3基のん積式横穴式石室が屏風のような整然と配置されていることから、「マルコ山古墳」が現在の場所に造営された背景が単なる風水による選地だけでなく、背後にある3基の古墳との関係が何かあるのではないかということです。少なくとも明日香村内では珍しい、3基のん積式横穴式石室がある古墳は血縁関係のあろ氏族だった可能性があると思われます。しかも計画的に、真弓の丘陵上に造営されたと思われます。
ここにかって古墳があったと見つけだして、発掘調査されていたことに感謝です。
今回、明日香村文化協会主催の「真弓周辺の古墳を巡る」に参加してとても良かったです!

                 
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