泉飛鳥塾

「古(いにしえ)の都・飛鳥」の原風景と共に、小さな旅で出会った風景等を紹介したいと思います!

大和のパワースポット「高鴨神社と葛城坐一言主神社」

2024年12月27日 09時13分49秒 | 散歩
 いよいよあと数日で、2024年も終わろうしています。
皆さんは、どのような2024年でしたか・・・
私は、2024年も毎日のようにカメラを持って大好きな飛鳥を散策しました。
2024年最後の「泉飛鳥塾」は、大和のパワースポットと言われている「高鴨神社と葛城坐一言主神社」を紹介したいと思います。
奈良県 御所市高天地区は、江戸時代の初めまで 古事記につづられている"高天原"と言われてきました。 
周辺には、古事記に登場する神々を祭る神社が数多く存在します。
今回は、「高鴨神社と葛城坐一言主神社」を紹介したいと思います。
〇「高鴨神社(たかかもじんじゃ)」は、金剛山東山麓にあり鴨族の神が祀られる霊験あらたかな神社です。
全国のカモ(鴨・賀茂・加茂)神社の総本社で、葛木御歳神社(中鴨社)・鴨都波神社(下鴨社)に対して「上鴨社」と言われています。
奈良と大阪の県境にある金剛山その山麓にある高鴨神社は、鳥居をくぐると凛とした空気になり神聖な場所だと感じました。
ゆっくりと、境内の紅葉を見ながら参拝できました!

                 
 
〇「葛城一言主神社」は、日本書紀などによると雄略天皇と争ったとされており、古代の葛城氏と大和朝廷の対立が偲ばれます。
 この神社は、地元では「一言さん(いちごんさん)」として親しまれ、どの様な願い事でも一言の願いならばかなえてくれると信じられています。
また、境内には推定1200年の樹齢を誇る銀杏の老大木があります。
祈願をすると子授けやお乳がよく出ると伝えられています。
銀杏の木が大きく見事で、境内の紅葉もとても綺麗でした!

         

 2024年の「泉飛鳥塾」のブログは、これが最後となります。
この一年間拙いブログを見ていただき、ありがとうございました。
2025年も、大好きな「飛鳥の原風景」等を紹介したいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。!
     「2025年、皆様にとって良い年でありますように!」


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黄檗宗大本山の寺院「萬福寺」

2024年12月17日 19時33分30秒 | 散歩
京都府宇治市にある黄檗宗大本山の寺院「萬福寺」に、ボランティアガイドさんの詳しい案内のもと散策してきました。
「萬福寺」は、1661年に中国僧「隠元隆琦(いんげんりゅうき)禅師」によって開創されました。その後幕府の政策等により、宗派を黄檗宗(おうばくしゅう)と改称し現在に至っています。
萬福寺の建造物は、中国明朝様式を取り入れた伽藍配置です。
創建当初の姿のままを、今日に伝える寺院は日本では他に例が無く、代表的禅宗伽藍建築群として主要建物23棟、回廊、額などが国の重要文化財に指定されています。
2024年10月18日には、黄檗山萬福寺の三棟(法堂・大雄宝殿・天王殿)が『国宝』へ指定されました。 
新たに国宝に指定されるのは、本堂の「大雄宝殿(だいおうほうでん)」と、説法を行う「法堂(はっとう)」、それに寺の玄関にあたる「天王殿(てんのうでん)」の3棟です。
今回、しっかりと拝観してきました。
萬福寺は、中国から日本に渡ってきた黄檗宗の高僧が江戸時代初期に創建した寺で、そのころ建てられた3棟は、中国仏教建築と日本の寺院建築とが折衷した独自の様式が特徴で、いまも国内に420ほどある黄檗宗の寺院建築の規範として高い価値があると評価されました。
 また萬福寺の近くで、普茶料理(ふちゃりょうり)をいただきました。
普茶料理とは、本宗の開祖隠元禅師が中国から伝えた精進料理で、「普茶」とは「普く(あまねく)大衆と茶を供にする」という意味を示すところから生まれた言葉だそうです。
初めての普茶料理、とても珍しくて楽しみながらいただきました。 
ちょうど(12月10日)、紅葉が見頃で参拝する人も少なく京都のお寺を満喫できました!

                       
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飛鳥の「紅葉と晩秋の風景・2024」

2024年12月12日 15時15分38秒 | 散歩
季節的には初冬ですが、奈良県明日香村はまだ晩秋の風景を見ることが出来ます。
今年は、暖かったせいか飛鳥では12月上旬頃に紅葉の見ごろを迎えました。
今回、飛鳥の紅葉共に晩秋の風景を紹介したいと思います。
〇明日香村での紅葉のお薦めのスポットは、岡寺・中尾山古墳周辺・奈良県立万葉文化館の庭園等です。
岡寺・中尾山古墳周辺は、もみじが中心ですが万葉文化館の庭園では色々な木々の葉の紅葉がとても綺麗です!

                  

〇晩秋の風景は、特に奥飛鳥の風景がとても好きです。
奥飛鳥とは、奈良県明日香村稲渕・栢森・入谷大字の全域と阪田・祝戸大字の一部です。
特に稲渕地区は、国の重要文化的景観「奥飛鳥の文化的景観」として平成23年に選定されました。
稲渕地区の棚田の風景は、明日香村の美しい歴史的景観の一部となっています。
農村の原風景を色濃く残しており、私のお薦めのスポットです!

                   
      

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飛鳥宮跡現地説明会「飛鳥京跡第191次調査・2024」

2024年12月02日 09時17分00秒 | 歴史
奈良県明日香村「飛鳥宮跡」で、2024年11月30日・12月1日に、飛鳥宮跡現地説明会「飛鳥京跡第191次調査」が行われ、晴天のもと多くの方が来られていました。
今回の発掘調査の場所は、「飛鳥宮跡」から北へ約40mの所で吉野川分水の南側です。すぐ側は、飛鳥京跡苑池(休憩所)です。
今回の大型建物の跡は、「飛鳥宮跡」で10年余り前に一部が発見されたものです。
橿原考古学研究所が、10月下旬から周辺でさらに調査をすすめたところ、7世紀後半の建物の柱を据えた跡とみられる四角い大きな穴が合わせて14基見つかりました。
なんと、柱抜取穴の深さは約2m・幅約1.4mもあります。柱抜取穴には、50~60cm位の大型の石が含まれています。
おそらく、藤原京遷都の時に柱は抜き取られ、柱抜取穴を埋める際に入れられた考えられています。
これらの柱の穴について、位置や間隔大型の建物の跡は、当時の建物の中で最大だったことがこのほど行われた発掘調査でわかりました。柱の穴は、以前見つかった大型の建物跡の一部で、建物全体の大きさは、東西約35.4、南北約15と当時としては最大の建物になるということです。それまでは、「エビノコ大殿」と呼ばれている建物跡で、東西約29.2m・南北約15.3mです。
この最大の建物跡は、天武・持統天皇の時の「飛鳥浄御原宮」の時の建物と考えられているようです。
建物跡は、「飛鳥宮跡」の中にはあるものの天皇が生活し政務を行う場所でもあった「内郭」と呼ばれる区域の外側に設けられていてます。
研究所は、「後の平城宮に設けられていた『内裏』と呼ばれる天皇の私的空間のさきがけだったのではないか」と考えられているようです。
他にも色々な説が出ているようですが、はたして、「飛鳥宮跡」では最大の建物は一体何に使われたのでしょうか? 
ロマンいっぱいの、建物跡ですね?!
ところで、今回の発掘調査の場所は私の畑の近くにあり作業の合間に発掘現場を見学していました。大きな石が出ていて、一体何だろうか思っていました。現地説明会で、あの大きな石は柱抜取穴を埋める際に入れられたということがわかりました。
今回、まさか畑仕事の合間に見学していた所が「飛鳥宮跡」では最大の建物跡とは思いもしませんでした・・・
    「飛鳥はロマンいっぱいで、面白い!!!」

                        


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