飲み込みができなくなった父は、9月末から8週間入院していました。
点滴のおかげで、脱水症状も少し良くなり、高栄養のゼリーも3回に1回ぐらいの頻度で飲み込めるほどになりました。
しかし、骨と皮ばかりでとてもホームに戻れる状態ではなかったのですが。(妹の談)
先々週、病院側から、特に今できる医療行為はないので、退院してほしいと言われました。
それだけ高齢者が多いということなのでしょうか。
なんと冷たい病院かと腹が立ちました。
そう簡単に次の受け入れ先が見つからず、すったもんだの末、以前いたホームにお願いして、また入所させてもらうことにしました。
ホーム側は、自動のエアーベッド(床ずれを防ぐため)や特別の車椅子をレンタルして対応してくれましたが、帰ってから3日間、何も喉を通らず、以前いた病院に再び入院になりました。
ホームに帰って、唯一良かったことは、母が父に会えたことだと思います。
再び入院したけれど、点滴の針を刺せる場所がなくて、足の付け根の太い静脈にカテーテルを入れて、24時間点滴になりました。
呼びかけたら、反応がある時とない時があって、完全に意識不明ではないようです。
妹からの電話を定期的に受けながら、、、。
私にできることは、痛くありませんように、苦しくありませんようにと祈るだけです。
急な帰国に備えて、スーツケースの用意もしました。
そんな父の様子を、随時、夫に話していると、今日とても興味深いことを教えてくれました。
オーストラリアでは、VADが合法化されたというのです。
スイスや北欧は、すでに合法化されているけど、アメリカやイギリスはまだのようです。
Voluntary Assisted Death(自発的な死への補助)
末期癌や難病の患者で、どう治療しても、あと3〜6ヶ月しか持たない患者は、2人の医者の証明書があれば、非常に強い睡眠薬をもらえます。
自分で逝こうと思う時に服用して、眠るように逝けるわけです。
あくまで本人が納得して死期を選べるのです。
癌になって、最後のターミナルケアを受けたくなければ、自分で選べるわけです。
ただし、強い鬱の症状が出ていたり、認知の症状が出ていたら、どうなるのかは、わかりません。
このVADが日本に受け入れられるかどうか?
臓器移植の時と同じで数十年かかるかもしれない。
夫が亡くなって一人になったら日本に帰ろうかと思っていたけど、
この制度があるのならオーストラリアに残ってもいいかと言う気持ちになりました。
でも、私は、父のように長生きせず、どこかでピンピンころりと逝くかもしれないしね。
先のことは、本当にわからない。
父は、遺言状に延命治療は望まないと書いてあったけど。
私と妹の結論は、できるだけのことをしようということでした。
夫は、管に繋いでいるのは、まるで拷問だから、外して逝かせてやれと言います。
でも、私たちには、できません。
西洋人と日本人の「死」に対する、また「死」に至るまでの考え方の違いに、悩みながら眠れない日が続いています。
父が苦しまないように、痛くないようにと心の中で祈ること。
今できるのは、それだけです。
点滴のおかげで、脱水症状も少し良くなり、高栄養のゼリーも3回に1回ぐらいの頻度で飲み込めるほどになりました。
しかし、骨と皮ばかりでとてもホームに戻れる状態ではなかったのですが。(妹の談)
先々週、病院側から、特に今できる医療行為はないので、退院してほしいと言われました。
それだけ高齢者が多いということなのでしょうか。
なんと冷たい病院かと腹が立ちました。
そう簡単に次の受け入れ先が見つからず、すったもんだの末、以前いたホームにお願いして、また入所させてもらうことにしました。
ホーム側は、自動のエアーベッド(床ずれを防ぐため)や特別の車椅子をレンタルして対応してくれましたが、帰ってから3日間、何も喉を通らず、以前いた病院に再び入院になりました。
ホームに帰って、唯一良かったことは、母が父に会えたことだと思います。
再び入院したけれど、点滴の針を刺せる場所がなくて、足の付け根の太い静脈にカテーテルを入れて、24時間点滴になりました。
呼びかけたら、反応がある時とない時があって、完全に意識不明ではないようです。
妹からの電話を定期的に受けながら、、、。
私にできることは、痛くありませんように、苦しくありませんようにと祈るだけです。
急な帰国に備えて、スーツケースの用意もしました。
そんな父の様子を、随時、夫に話していると、今日とても興味深いことを教えてくれました。
オーストラリアでは、VADが合法化されたというのです。
スイスや北欧は、すでに合法化されているけど、アメリカやイギリスはまだのようです。
Voluntary Assisted Death(自発的な死への補助)
末期癌や難病の患者で、どう治療しても、あと3〜6ヶ月しか持たない患者は、2人の医者の証明書があれば、非常に強い睡眠薬をもらえます。
自分で逝こうと思う時に服用して、眠るように逝けるわけです。
あくまで本人が納得して死期を選べるのです。
癌になって、最後のターミナルケアを受けたくなければ、自分で選べるわけです。
ただし、強い鬱の症状が出ていたり、認知の症状が出ていたら、どうなるのかは、わかりません。
このVADが日本に受け入れられるかどうか?
臓器移植の時と同じで数十年かかるかもしれない。
夫が亡くなって一人になったら日本に帰ろうかと思っていたけど、
この制度があるのならオーストラリアに残ってもいいかと言う気持ちになりました。
でも、私は、父のように長生きせず、どこかでピンピンころりと逝くかもしれないしね。
先のことは、本当にわからない。
父は、遺言状に延命治療は望まないと書いてあったけど。
私と妹の結論は、できるだけのことをしようということでした。
夫は、管に繋いでいるのは、まるで拷問だから、外して逝かせてやれと言います。
でも、私たちには、できません。
西洋人と日本人の「死」に対する、また「死」に至るまでの考え方の違いに、悩みながら眠れない日が続いています。
父が苦しまないように、痛くないようにと心の中で祈ること。
今できるのは、それだけです。