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月に二度目の満月は
ブルー・ムーン
青い月夜はめったに来ない
わたしと出会った今夜を
絶対に逃さないで
今夜わたしを捕まえなければ
きっとあなたは後悔する
コラリーはマチューの話から着想を得て、詞を書いた。それを作曲家に渡してできた歌を歌い、それはかなりヒットした。舞台を見に来る客も増え、劇団の名声は一層高まった。コラリーはテレビでも舞台でも引っ張りだこだった。ジェロームは前よりもいい家に引っ越し、一層太った。
「今度の舞台なんだがね」
とある日ジェロームは言った。
「シェークスピアのお気に召すままをやろうと思うんだ」
それを聞いたコラリーは眉をひそめた。
「なあに? シェークスピアは悪くないけど、わたしたちらしくないわよ。うわさの真珠はもっと生きのいいやつをやらなくちゃ。新作のアイデアはないの?」
「ないことはないんだが、忙しすぎて練り上げる暇がないんだ。旧作をやり直すのもなんだし、ここらへんで少し色を変えて、古典をやるのもおもしろいんじゃないかとね」
「まあいいけど…」
コラリーは気が乗らない顔をしながらも、ジェロームには逆らわなかった。
だがその舞台は成功しなかった。歌も踊りもそれなりだったが、古典の言葉遣いは相当に劇団の個性を殺した。うわさの真珠の面白さを、シェークスピアがつぶしたと、批評家が新聞に書いた。それからだんだんと、劇団の舞台を見に来る客が減り始めた。
「ちょっとあなた、もう一歩前に出てよ、そんなところにいられたら、わたしが転ぶじゃない」
ある日の舞台稽古で、コラリーは苛立たし気に、相手役の男に言った。相手役は、むっとした顔をしながら、一瞬言葉につまったが、言い返した。
「すみませんね、今度はうまくやりますよ。だけどあなたも」
「もういいわよ。休みましょう。こんなんでいい舞台になるはずはないわ」
コラリーは言い捨てると、相手役にくるりと背を向けて、すたすたと舞台の裾に引っ込んだ。
ああ、いらいらする。最近は何か、いろんなことがうまくいかない。シェークスピアなんかやったせいだわ。あれで一気に劇団の株が下がった。コラリーは控えの間の隅の椅子に座って、煙草に火をつけ、それを一気に吸い込んだ。
こんなんじゃいけないわ。どうしてみんな、ぎくしゃくしているのかしら。前はこんなことにならなかったのに。きついことになっても、必ず持ち直して、何とかなったのに。今はそれがない。
だれかが控えの間に入って来て、彼女に缶コーヒーを差し出した。ジャンヌだ。コラリーは気分がすぐれなかったが、ありがと、と小さく言ってコーヒーを受け取った。そして煙草を消し、コーヒーを飲みながら、昔のことを思い出していた。
あの頃は、なんでもうまくいった。それなのに今は、何かが、昔とは違う。一体何が違うのかしら。有名になりすぎたせい? 初心とやらを忘れたせい? あたしたち、昔と変わってしまったのかしら? コラリーはコーヒーの缶を握りしめながら、考えた。すると、ふと、鮮やかな記憶が、よみがえった。
「だいじょうぶ、なんとかやろう」
そう、あの声だ。ギターのようなやさしいテノール。あの道化。名前はなんていったかしら。
「マチュー、だわ。確かそう言ったっけ。マチュー・パストゥール、あの子、どこにいるの?」
コラリーの言葉に、そばにいたジャンヌが答えた。
「ああ、あの道化役? 彼なら、故郷に帰りましたよ」
「故郷に?」
「ええ、おまえには才能がない、もうやめろって、団長に言われて、ショックを受けたみたいで。それで劇団をやめて、故郷に帰ったんです」
「いつ?」
「ええと、一年くらい、前かしら…」
ジャンヌが記憶を探るように言った。すると、その背後にいた男の劇団員が、後をついだ。
「つき合ってた女の子と一緒に、里に帰ったみたいですよ。親のやってる小さいレストランで、ふたりで修行をするって言ってました。まあそのほうが、あいつにとっては幸せなんじゃないかな」
「歌にはいいもの持ってるんですけど、こんな世界で生きていくには、やつは人が良すぎるよ」
コラリーはちょっとショックを受けた。名前を聞いたことをきっかけに、彼にいい役をやるようにジェロームに頼もうと思っていたが、それをすっかり忘れてしまっていたことを、今更思い出した。
(つづく)