世界はキラキラおもちゃ箱・第3館

スピカが主な管理人です。時々留守にしているときは、ほかのものが管理します。コメントは月の裏側をご利用ください。

長い髪のシリク②

2016-07-23 04:23:23 | 夢幻詩語

  2

そんなある日のことです。シリクがいつものように、ひなぎくのための水を準備していると、彼の耳に、チェロの調べのようなとても麗しい不思議な声が聞こえてきたのです。

「わたしのもとに来なさい」

シリクは驚いて、反射的に背中の翼を伸ばしました。呼ばれてしまった。行かねばならない。シリクは水晶の水差しを傍らに置き、翼を動かして飛び上がりました。彼はお上に呼ばれてしまったのです。呼ばれた者は、すぐにお上のもとに行かねばならないのです。

シリクは天国の園の上を、二十分も飛んで、天国を流れる緑の川の、白い岸辺に来ました。そこには深紅の衣装を着た、立派な天使がいらっしゃいました。大天使ヴァスハエルとおっしゃる天使です。シリクはそのお姿を見て、びっくりしました。なんであんなすばらしいお方が、自分のような小さなものを呼んだのだろう。ですが呼ばれた者は必ず行かねばなりません。シリクは礼儀を整えつつ、翼をすぼめ、大天使ヴァスハエルのもとに飛び降りて、かしこまりつつ、言いました。

「お上、参上つかまつりました」

しかし、その姿を見て、驚いたのはヴァスハエルの方でした。

「おや、シリクよ、おまえが来たのか」

「お呼びの声が聞こえましたので」

「あの声が、おまえに届いたのか。なぜだろう」

ヴァスハエルは片目を小さくして、かすかに首を傾けました。シリクは少し不安になり、尋ねました。

「何か間違いをしましたでしょうか」

「いや、間違いなどない。おまえにあの声が聞こえたのなら、おまえが行かねばならないのだろう。しかし、ちょっと困ったな。どうしたものか」

ヴァスハエルはシリクを見ながら言いました。そのとき、後ろの方からまた翼の音がしました。もう二人の天使が、ヴァスハエルの声に導かれて、やってきたのです。

「ユヌスに、セロムか、やってきたのだな」

「お上、呼ばれて参上いたしました」
「何の御用でしょうか」
二人もヴァスハエルのもとにかしこまり、次々にあいさつしました。大天使ヴァスハエルは少々安堵して、彼らを見ました。そして片手をあげ、呪文をして、河原に大きな銀の車を出現させました。それはすてきな車で、かすかに翡翠色を帯びていて、馬よりもすてきな美しい形をしていて、小山のように大きいのですが、虹のように軽いのです。

小さな天使たちは、大天使の見事な魔法に目を見張りました。

「これからおまえたちは、わたしとともに、これに乗って、人間世界に向かうのだ」

「人間世界に?」
とシリクが叫ぶように言いました。
「何をしに行くのですか?」
とユヌスが尋ねました。

「それは道々説明しよう。とにかくは、乗りなさい。運転はわたしがしよう」
そういうと、ヴァスハエルは車の扉をあけました。すると、三人の天使たちは、吸い込まれるように車に乗ってしまったのです。
車の中はとても広く、柔らかな絹のクッションが敷かれていて、とても快適でした。水仙のような不思議な香りがして、とても行儀のいい空気の精が住んでいました。空気の精は、澄んだ瞳をして天使たちを見上げ、うっとりとため息をつきました。天使たちがとても美しく、かわいらしかったからです。とくにシリクときたら、魅力的でした。少女のようにあどけない顔をしていて、亜麻色の髪がとても長くて、腰まであったからです。

シリクは空気の精を見つけると、にっこりと笑いかけました。空気の精は、笑い返しましたが、ぼんやりとシリクに見とれてしまいました。シリクは目に影がなくて、明るすぎて、それゆえに、この人は本当にいるのかしら、まばたきしている間に、消えてしまうのではないかしらと思うほど、はかなげに見えたのです。でもまばたきしても、シリクはまだそこにいました。天使たちは、車の後ろの席に、翼をすぼめて行儀よく並んで座りました。

大天使ヴァスハエルは、天使たちが席についたのを確かめると、自分は運転席に乗り、車を運転し始めました。ヴァスハエルが、紫水晶でできた小さな舵を回すと、車は空気のように浮かび上がりました。天使たちは小さく驚きの声をあげました。空気の精は、エンジンの中に飛び込んで、一生懸命車を動かしました。


(つづく)





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