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考え事をしているうちに、ふと集中力が途切れた。
ロメリア空軍司令官ギルバート・メースは、一息入れるために、ポケットのたばこに手を伸ばした。目の前の壁には、大きなアマトリアの地図が貼ってある。メースは目を細めながら、たばこに火を点けた。
司令室には今、彼ひとりしかいなかった。他の者はみな別の任務についている。そのために室内は凍り付いたように、しんとしていた。それがかすかに彼の心臓を不安にもんだ。だがメースには、とにかくひとりで考える時間が必要だった。重い決断を要する仕事には、時に孤独が最適の相談者であることがある。
メースは左手に握りしめている小さなライターを見た。銀色の小さなライターだ。そっけないデザインだが、角をゆるやかにまるめた形が、旧型であることがわかる。最近の流行では、何でもやたらと角をとがらせる傾向があった。
「戦争のせいだろう」と、メースはぽつりと独りごちた。
メースはまた壁の地図を見た。アマトリアは三つの大きな島と、百五十二の小さな島々からなる、東海の島国だ。クローバーの葉の形に並んだ三つの島の名は、大きな方からタナキア、コロメド、ウリムズと言う。なかなかに美しい地形だ。山が多く、河川の豊かなこの国には、みずみずしい農業が営まれ、人々は手先を繊細に動かすことにすぐれ、小さな精密機械を作る産業がよく栄えていた。
だがその産業も今はめためたになっていることだろう。ロメリアとアマトリアの間に起こった戦争は、激大な害をアマトリアに起こしていた。キール海の決戦でロメリアが圧勝して以来、アマトリアは連戦連敗、おまけに北方のタタロチアに補給路を断たれ、深刻な食糧不足に陥っているという。
ロメリアはいくつかのルートを通じて、アマトリアに降伏をすすめる通知を送った。だが返事はない。
「首都はタナキア島のアミスコット」と言いながら、メースは地図上に刺された赤いピンに触った。
「そしてクラシル、トレガド、エーヴァクトス、タイカナ・・・・・・」
メースはアマトリア各地の都市に刺されたピンに、冷たく触っていった。たばこの煙がはねかえり、目にしみた。涙がかすかににじんだのは、そのせいだけではなかったかもしれない。
民主法を仰ぐロメリアにとって、アマトリアは属国として是非に欲しい国だった。アマトリアの背後には、民主制を憎む、統一書記制の国、タタロチアが不気味に鎮座しているのだ。
「かわいそうだが」と言いながら、メースはかすかににじんだ涙を指でふいた。そして続けた。
「本土攻撃だ」
(つづく)