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読書記録:山口拓夢『短歌で読む哲学史』

2017-11-15 08:56:25 | 雑文
読書記録:山口拓夢『短歌で読む哲学史』

山口拓夢『短歌で読む哲学史』、いまさら哲学史を読む気はない。いろいろ短歌に触れていると、私が思っていた短歌とはかなり違うのではないか。この本で「短歌」を勉強したいと思う。短歌は単純に575・77の世界ではないようだ。というわけで、これは読むというより、一日一句づつ味わっていきたいと思う。著者の山口さんは大学で哲学を教えておられるが、若い頃から寺山修司さんの影響を受けて短歌を量産されているとのこと。

はじめに
とりあえず、「はじめに」から一句。
1.無意識が一面性を補って呼びかけてくるより深くなれ (p11)
短歌の基本形575・77に素直に従って著者の哲学観が凝縮されている。以下、哲学者の名前や思想は省く。

Ⅰ ギリシャ哲学

2.万物にある共通のみなもとの正体探り哲学始まる(p13)
575・77の短歌の基本形式が崩れている。「万物にある共通の源の」までが一括りになり、「正体探り哲学始まる」の下の句が短文になっている。

3.万物のもとは水だと言うけれど無限定ではなぜいけないか (p14)
リズム的には575・77になっているが、全体が一つの散文(質問文)になっている。

4.万物はすべて不正を償ってそのみなもとへと帰り消えていく (p14)
下の句の部分が一体化して14文字の散文になっている。償う(つぐなう)

5.万物のもとは命の息であり空気であると言おう私は (p15)
何とか短歌の基本形を保っている。最後の「言おう私は」は主語と述語をひっくり返すことで一種のリズムを生み出している。

6.天空は調べを奏でその謎は数字の中に込められている (p15)
上の句の最後の句「その謎は」が下の句の前半「数字の中に」で一体化し、上の句と下の句との境目が曖昧になっている。ここでチョット断っておきたいことは、私は山口先生の短歌を読んで、短歌とは何かを学んでいるのであって、決して批判しているのではない。むしろ、「短歌ではそういう形もありか」ということを学んでいる。

7.流転する万物は燃える火であってこの火は永遠のロゴスそのもの (p16)
上の句が一体化している。下の句は「この火は永遠のロゴス」と4+5+3と一体化し、最後に「そのもの」でまとまる。(5+5+8)+(4+8+4)という形になる。非常にユニークなリズムである。短歌においてはこういうのも有りなのだ。

8.この世にはただ有るとしか言い得ない永遠不変の一者だけ有る (p17)
この句は「この世には」と下の句とが結びついて、一つの文章になっている。間に挟まれている7+5は「永遠不変の一者」を修飾している。かなり複雑なリズムになっている。

9.自らは不死身と言ってエトナ山火口に焼かれ消えた哲人 (p17)
この句も上の句の最後の言葉「エトナ山」が下の句の「火口」と切れないが、詩的効果としては「エトナ山」で一呼吸することによって、下の句のサプライズ効果となっている。

10.万物は地水火風が愛によりみな結びつきできているはず (p17)
短歌の基本形57577に従って、リズミカルである。

11.一粒の種のなかには万物の性質がみな備わっている (p19)
短歌の基本形57577に従って、リズミカルである。

12.この世とは分割できない様々な原子の粒と空虚からなる (p20)
字余りの句があるが、不自然ではない。

13.何人も神については知り得ない神は遠くで人生は短い (p21)
典型的な良い句である。

14.物事を計る真理は見当たらず人が全てのものの尺度だ (p21)
最後の「だ」が不自然。字余りになるが「なり」の方が自然であろう。

15.何もなく在っても知れず知られても伝えきれない人間の定め (p22)
最後の「人間の定め」よりも「人の限界」の方がピッタリくる。

16.人間に役立つものが神であるパンがデメテル酒はバッコス (p23)
リズミカルだし面白い句である。平凡な上の句が後半のカタカナによって生きてくる。

17.この男自分が無知と知っているその一点で他よりも賢い (p23)
「自分が無知と」の「と」が効いている。上の句と下の句とがあまりにもスムーズすぎてサプライズがない。

18.善は何?徳とは何で勇気とは?ところ構わず話す獅子鼻 (p23)
「獅子鼻」というソクラテスのニックネームが面白い。ここを本名にすると字余りになる。短歌の中にクエスションマークが2つ。これも面白い。

19.青年を論理矛盾に追い込んで無知に気づかせ恥をかかせる (p23)
「論理矛盾」という難しい言葉が、かえって下の句を生かしている。

20.魂は宇宙を駆けて天界の美そのものをかつて見ていた (p27)
上の句の最後の「の」が、下の句への期待を感じさせる。

21.個物とは素材と形でできているそこを離れたイデアなど無い (p30)
(5+8+5)+(7+8)のリズムで、上の句と下の句とがそれぞれ独立した文章になっており、二つが組み合わされている。

22.自らをただ陶然と見つめつつ他者を動かす不動の動者 (p32)
短歌の原型に従った素直な一句。

23.直接に感覚から来る快楽を受け入れてただ隠れて生きよ (p32)
「ただ」という言葉が入ることによって短歌の形になっている。

24.摂理ある自然の声に従えば動揺しない賢者への道 (p33)
短歌の原型に従った素直な一句。

25.魂は真の知性に憧れて真の知性は一者にみとれる (p34)
短い短歌のなかで「真の知性」という言葉を繰り返すことによって最後の「みとれる」が生きてくる。

26.一者から真の知性が流出し魂生まれ一者に憧れる (p34)
前の句とセットになって、この句も生きてくる。短歌ではこういう表現もかのうなのだ。

27.旧約の神をギリシャに置き換えて姿見えない最高善と読む (p35)
「神を」をギリシャに結びつけることによって、この背後に在る思想を豊かに創造させて、この句を時代を超えた大思想に展開させている。

28.暗黒の現世に落ちた魂は真理を悟り故郷へ帰る (p36)
上の句の悲劇が下の句によって救われている。こういう句が短歌という詩の極地であろう。

Ⅱ イエス・キリストと教父哲学

29.この世では報われることのない行いが天の国ではいちばん貴い (p37)
どこで切れてどこが続くのかハッキリしない。5+5+5+5+7+8。かなり原型から自由である。一応、上の句は一気に読み、一息ついて下の句に続く。

30.殺される無力な羊キリストが背負ってくれた人の苦悩を (p37)
短歌の原型に従った素直な一句である。

31.ギリシャの賢人たちもキリストのロゴスの種に与っていた (p38)
リズムとしては原型に従っているように見えるが、「キリストのロゴスの種に」が意味的にはひと方あまりになっている。

32.神をより深いところで知るために情念を越え賢明に生きよ (p39)
初めの5+7を一気に読み「知るために」で一息つく。

33.形相と質量は神が善意から創造した被造物の一部 (p40)
5+5+8が上の句で、下の句は6+9、あるいは6+6+3でかなり無理がある。

34.魂は肉を離れて最後には善なる神のふところへ帰る (p40)
字余りであるがリズム的には自然である。

35.自らを神の灯りに照らされて神の愛へと遂に目覚める (p41)
短歌の原型に従った素直な一句。

36.魂は深い所に潜り込み神の光で何も見えない (p42)
短歌の原型に従った素直な一句。

37.万物は神の意志から生まれ出て救済されて神の地へ帰る (p42)
最後の「神の地へ帰る」は不自然。私なら「神の国へと」とする。
(2017.11.4)

Ⅲ 中世神学
中世の神学は、それぞれ人によって特徴的なので、その句の背後にある神学者の名前を出すことにする。

38.それよりも偉大なものは何もない神は必ず実際に有る (p45)
議論し始めると難しい文章も短歌にすると理屈を越えて伝わる。ここが短歌の面白いところ。これは神の存在を課題としたアンセルムスの神学を凝縮化したもの。

39.各々の個々を離れた普遍とは唯の言葉か実のあるまことか (p46)
「実」を「み」と読んでも、字余り。最後の「か」を省いても良いのではないか。中世神学の共通課題は「普遍論争」。ロスケリヌスは普遍はただの音に過ぎないとし、シャンボーのギヨームは実念論の立場に立った。

40.普遍とは単なるものや音でなく知性の捉えた意味を表す (p47)
短歌の原型に従った素直な一句。アベラルドゥスは普遍論争に決定的な結論を打ち出した。

41.神学のもつれを理性で解き明かし体系的に過去をまとめる (p47)
「神学のもつれ」という言葉が面白い。これもアベラルドゥスの功績。

42.神の意に耳を傾け選び取る人の意図こそ行為を良くする (p47)
神学から倫理学への展開を見事に言い当てている見事な短歌。これもアベラルドゥスの功績。

43.瞑想し乳と蜜とが流れ出し神と人との結婚を祝う (p48)
クレルヴォーのベルナルドウスによる中世修道院での理想。字余りだが不自然ではない。

44.神を想い我を忘れて無垢となりまったく神のうちへと移る (p48)
瞑想生活の究極。

45.放射する神の光に照らされて物の道理が明らかになる (p49)
ロバート・グロテストは天地創造は光であると見做した。光は数が敵に解明可能とした。ここに中世神秘主義の瞑想の本質が詠われているう美しい短歌。

46.考えは数学により固まってじき訪れる終末を待つ (p50)
ロジャー・ベーコンはグロテストの思想を継承し、数学的思考と終末論との組み合わせた。そのの意外性が印象的な短歌。

47.創造の念頭にある永遠の神のイデアを万物に見る (p50)
ボナヴェントゥラは神学の中に哲学をおいた。冒頭の「創造の念頭」という言葉によって、汎神論が素直な論理となる。リズムとしては「永遠の」と「神のイデア」分離しているのが気にかかる。

48.人の知る神の名は有りて有る者で人の幸とは神を見ること (p51)
膨大なトマス・アクイナスの神学を短歌にするとこうなる。そのミソは上の句(5+5+8)と下の句(7+7)とは別なこと。上の句の最後の「で」は不要ではないか。

49.神を知る人の力の尊厳を精妙博士固く信じる (p52)
短歌の原型に素直に従っている良い句。それを「固く信じ」手いるのは「精妙博士」だけではないであろう。「精妙博士」とは、ドゥンス・スコトゥスのニックネーム。カトリック神学の完成者、聖トマス・アクィナスの後継者でプロ点スタントの先駆者。

50.剃刀で無用な思弁切り捨てて全能の神の領分を守る (p53)
5+7+5+8+8。字余りであるが不自然ではない。「オッカムの剃刀」が有名。

51.魂が自分を無にして空となり神と人との境が消える (p54)
マイスター・エックハルトの神秘思想。5+8+5+7+7。字余りであるが、リズミカルで良い句である。

Ⅳ ルネッサンスの哲学

52.対立の一致を映すこの世には神の命が貫かれている (p55)
「対立の一致(coincidentia oppositorum)」はニコラウス・クザーヌスの有名な概念。coincidentiaとはコインの裏表。神とは極大と極小との一致。ここに神の本質がある。

53.天上の愛に基づき神の美を観照できるプラトンの道 (p56)
プラトン主義者マルシリオ・フィチーノはキリスト・ロゴス論を軸にプラトン哲学とキリスト教神学との統一を目指していた。

54.感覚と理性と叡智それぞれを行き来するのが人の両翼 (p58)
ピコ・デラ・ミランドラはアリストテレス哲学に基づき、世界を感覚(地上界)・理性(天界)・叡智(霊界)に分け、人間だけがこれらの世界を自由に行き来できると考えていた。

Ⅴ 近世哲学

55.知ることを妨げる罠を乗り越えて事例を集め法則をつかむ (p59)
フランシス・ベーコンによって近世の経験論哲学が切り開かれた。字余りの句。

56.万人がその戦いを放棄して自分の権利を国に預ける (p61)
トマス・ホッブスの機械論的哲学。短歌の原型に従った明確な一句。

57.生まれつき持つ観念は何もなく白紙の心に感覚が刻む (p62)
ジョン・ロックによってイギリス経験論が切り開かれた。

58.有るということは知覚されること知覚の外は人に知り得ぬ (p63)
上の句は8+8で下の句は7+7。ジョージ・バークリはロックの経験論を徹底させた。

59.外界も内にも堅固な基盤なく心はまさに知覚らの束 (p64)
デヴィッド・ヒュームの徹底的な懐疑論。知覚を印象と観念に分けて考える。因果律の否定。

60.疑ってすべてを疑い尽くしても疑っているわれは消えない (p65)
原型に従った素直な短歌。方法論としての疑問「コギト・エルゴ・スム」を短歌でいえばこういうこと。

61.人間と自然は神の様態で神は自然の隅々に有る (p66)
たんなる汎神論ではない。様態とはモード。実体(神)が様々なモードで存在している。スピノザの思想。

62.散らばった窓を持たない単子たちは自発作用で調和している (p68)
ライプニッツは言う、宇宙は完全に孤立化した単子(モナド)によって構成されている。

63.生まれつき理性によって何ができまたできないか洗い直そう (p69)
カントは先験的理性(経験以前の理性)を根拠にして認識を検討した。

64.神という精神が自己を顕して歴史のなかで展開する (p70)
歴史を神自身(精神)の自己展開としたヘーゲルの思想、ドイツ観念論の最終形態。

65.単独で人生の方向を選らび取りつつ絶望を抜ける (p71)
(5+5+5)(7+8)。観念論を人間個人の実生活から捉えなおすキルケゴールによる実存哲学の出発点。

66.現れるこの世の中の本質は生を目指した盲目な意志 (p73)
悲観哲学者ショーペンハウアーにとって、世界は実存の表象である。その意味は世界の側には意志はない。

67.人間は乗り越えられる生き物だ その超人の到来を告げよう (p74)
上の句と下の句との間に人も自分のスペースをおく。下の句はかなり字余り。「超人(スーパーマン)は未来の人間。これに続く4つの句は、ニーチェの思想。

68.万物はみな自らを乗り越えてより強くなる意志を備える (p74)
これがニーチェの超人。

69.繰り返しこの人生を生きたいと言い切れるほど強く生き切れ (p74)
ニーチェの倫理学。

70.行く道と今来た道は輪になって繋がっている耐え難き永遠 (p74)
これがニーチェの永劫回帰の思想。

Ⅵ 近現代哲学
近現代哲学は、私の手に負えない。短歌から逆に哲学を味わって欲しい。

71.宇宙とは意識のように留まらず流れ続ける生の跳躍 (p77)
ベルグソンの「創造的進化」の思想。

72.経験で認められうる原子的事実を言葉が写し取れるはず (p79)
ラッセルの「原子的事実」の思想。

73.語りえぬことについては沈黙し口を閉ざしてそっと見守る (p80)
ウィトゲンシュタインの前期の思想。

74.言葉とは個別的で無根拠なゲームのなかで成り立っている (p81)
ウィトゲンシュタインの後期の思想。言語哲学、言語と事実との乖離。言語はゲームである。

75.心とは何かに向かう基本的構えであると言って先行く (p82)
「基本的構え」が上の句と下の句を繋いでいる。ブレンターノの心理現象からの哲学。

76.ものごとが意識のなかに現れるそれそのものを直に記そう (p83)
フッサールの現象学の核心の短歌的表現。ポイントは「意識の中に」、つまり純粋直観。

77.決断し生きる私の実存を必然化する神と向き合う (p85)
ヤスパースの実存解明。彼の実存論の特徴は神を問題にしていることにある。

78.ものごとを立ち現せる「在る」というはたらきに目をじっと凝らそう (p86)
ハイデガー哲学の核心部、存在者を働きとして捉える。

79.人間は充足せずに自らを未来に向けて投げ出してゆけ (p92)
サルトルの「存在と無」、自己を他者として対象化する。

80.身体に世界と他者は与えられ知覚の窓で開かれている (p95)
メルロ・ポンティは世界における人間の身体を問題にした。

81.人類のそれぞれの地に花開く無意識の美の構造を読め (p97)
レヴィ・ストロースは言語学の成果を踏まえて人類における普遍的な神話の構造を解明した。彼によって構造主義が成立した。

Ⅶ 構造主義以降

82.大げさな文学的な身振りから離れた無垢な零の文筆 (p101)
構造主義の立場に立って、文学の分析をロラン・バルトは試みた。「零度のエクチュール」とは文学における文体の否定を意味する。以下、4句はバルトの文学論。

83.毎日の人目に触れるシンボルの神話作用のもくろみを読め (p102)
「神話作用」とは文学や演劇によって表現される物語を神話として解析する。それはプロレスの戦いのようなもの。戦うことを通して相手の作戦を読み取る。

84.つじつまが合わないことを気にしない読む快楽にすべてを委ねる (p103)
テキストを読んでその快楽に身を任せてしまう。

85.温室に写る少女の一枚はこれが母だと私に言わせる (p105)
写真とは偶然の結果で、そこに「母」の面影を発見する。「少女」と「母」という対比が面白い。
(2017.11.14)

山口拓夢『短歌で読む哲学史』(18)

86.無意識は個人を越えた目に見えぬ言わせるものの語らいである (p106)
ジャック・ラカンの思想。

87.それぞれの時代を暗に規定する知の枠組みの変遷を知る (p112)
哲学者で歴史家のミシェル・フーコー視点。

88.確固たる同一性の言葉からすり抜けてゆく文字のたわむれ (p121)
ジャック・デリタは書かれたテキストを課題とした。

89.定住の思い込みから抜け出して遊牧的な分裂を生きよ (p122)
哲学者ジル・ドゥルーズと精神科医フェリックス・ガタリ、2人合わせてドゥルーズ・ガタリの思想。

最後に私の読後感想をやはり短歌で。(2017.11.15)

現代は学問の帯ばらして裸のキング何処へ行く 善明
(哲学が置かれている現代の思想的状況、『短歌で読む哲学史』の読後感)

ついでに、私の哲学に関する短歌を5句。

哲学は在るとは何か問う学問、ひっくり返し無いとは何か
哲学は知るとは何か問う学問、知り方を問う科学にあらず
知を愛すただひたすらに考えて、彼方に見える愛知の世界
生きるとは時の流れに身を委ね、永遠の生今ここで示す
この世にてあの世を思う人間は、時と永遠似て非なるもの

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