遊心逍遙記その2

ブログ「遊心逍遙記」から心機一転して、「遊心逍遙記その2」を開設します。主に読後印象記をまとめていきます。

『火喰鳥 羽州ぼろ鳶組』  今村翔吾   祥伝社文庫

2023-06-09 21:40:05 | 今村翔吾
 4月下旬に著者の『塞王の楯』を読んだのが最初である。著者の作品を読み継ぐ手始めを、この長編時代小説書き下ろし本にした。このシリーズがあることは、U1さんのブログ記事で知っていた。調べてみると結構シリーズ本が出ている。第1作から順次読んでいこうと思う。本書は平成29年(2017)3月に初版第1刷が刊行された。

 第10代将軍徳川家治、田沼意次の時代を背景にした火消したちの物語である。本書で初めて江戸時代の火消し制度の仕組み、組織などを具体的に知る機会を得ることになった。これが私には知的副産物となり、江戸の防火システムに関心を抱く契機となった。

 主人公は松永源吾。鉄砲組4,500石の旗本、松平隼人の家中にて、定火消の役目を担い、その活躍から「火喰鳥」と称されたていた。だが、あることが原因で松平家を辞し浪人となる。5年以上の時が経った明和7年(1770)秋の初め、松永源吾の住むおんぼろ長屋に、折下左門と名乗る武士が訪れる。彼は、源吾をスカウトに来たのだ。
 出羽新庄藩68,200石、戸沢家で御城使格、300石の禄を得て仕えることになる。それも職務として火消しに携わるという立場。火消方頭取として召し抱えられるのだ。新庄藩戸沢家は、江戸において「方角火消」の役割を担っていた。出羽、つまり羽州である。

 なぜ、源吾がスカウトされたのか。その縁は「序」に描かれる。「火喰鳥」と呼ばれる源吾と左門が九段坂飯田町の火事現場で出会っていた。
 なぜ、戸沢家は源吾を必要としたのか。戸沢家の「方角火消し」組織が壊滅の危機に瀕していたからだ。元々新庄藩火消組は優秀で実績もあった。しかし、華がなかった。さらに、前頭取真鍋幸三が諌言した上切腹して果てた。さらに2ヵ月前には、火消しを率いていた鳥越蔵之介が赤羽橋傍の火事場で殉職していたのである。それは不審火で狐火とうわさされた火事だ。そこで左門が「火喰鳥」の異名をとった源吾の特殊技能と経験に目をつけたという次第。この時、源吾は30歳になっていた。

 源吾の当面の仕事は、新庄藩火消組の再建である。組織再建の為に家老が準備したのはたった200両。源吾のスカウトに奔走した左門は自前の金30両を源吾に手渡す。
 この第1作のおもしろいところは、火消組の核になる人材と火消し人足の必要人数をいかにして集めるかという苦労である。それがストーリー前半での読ませどころとなる。
 鳥越蔵之介の殉職後、息子の新之助が火消方頭取並の役職についていた。だが、彼は火消しという職務に全く無関心という状態。源吾はこの新之助を如何にその気にさせるかという難題を背負うことになる。源吾との関わりの中で、徐々に新之助の行動変容がみられるようになる。さらに源吾にとって思わぬ側面で新之助の能力が発揮されていく。
 勿論、火消組の再建途上にあっても、江戸に火事が起これば出動しなければならない。
 この第1作からトピック風に事項を抽出すると、次の諸点がストーリーに織り込まれていく。
1. 人材のスカウト
 中核とすべき人材の確保:落ち目になってきている力士の荒神山寅次郎に目をつける経緯(第1章)。山彦と呼ばれる山城座の軽業師・彦弥を火消組に引き入れる経緯(第2章)。そして、風読みの人材の確保。当初、源吾はかつて「火喰鳥」として活躍していた頃、親爺と呼び親しんでいた「加持孫一」を迎えようと探す。結果的にはその息子である星十郎を捜し当てて戸沢家に仕官させる。この経緯が興味深い(第3章)。
 火消人足の確保:源吾はかつてより知っていた口入れ稼業「越前屋」に越前からの火消人足採用の交渉をする。越前屋は三代目松太郎の代になっていた。源吾は松太郎と交渉するのだが、なにせ原資の制約がある。この交渉に、源吾は妻の深雪を引っ張り出す。深雪が交渉を仕切り、新之助が記憶力の良さを発揮するのだからおもしろい(第1章)。

2. 火事現場への出動が「ぼろ鳶」の嘲りから「羽州ぼろ鳶組」と敬意を得る転換へ
 新庄藩火消組は、火事装束に金をかけるゆとりはなかった。壊滅寸前の組織の再建下では尚更である。火消組の面々はばらばらな装束で火事場出動をくり返す。それが江戸の町人には「ぼろ鳶」と揶揄の対象になっていた。町人は火事への対処や実績と関係なく、見た目の華やかさで反応していた。源吾は火事場での実力、実績を基盤にして、みかけの「ぼろ鳶」ではなく、火消組の本来の力量を気づかせる方向にしむける。この敬意への転換が興味深い。

3, くり返し起こる不審火「狐火」 それを絶つ手段はあるのか。
 田沼意次の政策には幕閣内に反対派もいた。反対派の人物が江戸で頻繁に発生する不審火の黒幕になっていた。火付盗賊改方頭、長谷川宣雄、通称長谷川平蔵が、源吾の自宅を訪ねて来たことで、源吾と長谷川との関わりが始まり深まっていく。
 源吾は、火消しの立場で「狐火」の実行犯の究明に力を注いでいく。また、引き起こされた不審火の火元周辺の消火には困難が伴う。その発火の原因判断に星十郎の知識が発揮される。そして、実行犯の一人に目星がついていく。
 実行犯に不審火を起こさせる根本原因に、哀しい背景があったことも明らかになる。
 この「狐火」騒動がストーリー後半の山場となっていく。

4. 「火喰鳥」の復活
 松平家の火消しで「火喰鳥」の名を馳せた源吾が、宝暦15年に松平家を辞し、浪人となる。源吾は火消しとしての自信を喪失していた。その源吾が、火消組の再建を引き受ける立場に・・・・。己を鼓舞し、事態に立ち向かう源吾は、気力と行動力を取り戻していく。
 「火喰鳥」の魂と行動力の復活がストーリーの底流となっている。
 ここで触れておこう。「序」の場面は、また伏線となり、「第5章 雛鳥の暁」の末尾の場面に呼応していく。お楽しみに・・・・。
 
5. 暦の編纂権の確執
 江戸幕府と京の朝廷との間の確執の一例として、「暦」の問題がエピソード風に話材となっている。江戸幕府が編纂させた貞享暦(当初、大和暦)と京の土御門家の編纂する暦との対立経緯。
 
 最後に、火消し松永源吾の思考として記される印象的な文をいくつかご紹介したい。
*火消しとは日常に彩りを加えるものではなく、失われそうになる日常を保つ存在でしかない。つまり消して当たり前と思われている。その証拠に、人々は火消の腕を論じず、恰好や振る舞いにばかり注目する。  p169

*それでも火事があるからこそ出番があるのであって、新しい消防道具の開発、燃えない建材、日々の予防習慣、その当然を維持する力を高めて行いけば、行きつく先は火消しなど無用でしかない。いわば火消しは己の存在意義を消すために、日々命を賭していることになる。  p169

*たった一人で済んだのではなく、たった一人も死なせてはならんのだ!
 火消の本分は命を守ること。それ以外にねえ。    p202-203

*火消しは火を鎮めたときだけ、羽織や半纏を裏返しに着て帰路に就く。火消装束の裏地はいわば己の生き方を表すもの。それ以外を着飾るのは無用だ。  p203

 著者はストーリーテラーであると思う。楽しく読める火消魂物語である。

 ご一読ありがとうございます。

補遺
江戸の火消   :「東京消防庁」
火消  :ウィキペディア
(1) 江戸時代の大火  :「消防防災博物館」
(2) 江戸時代の防火対策  : 「消防防災博物館」
(3) 火消組織       : 「消防防災博物館」
火除明地     :「空き地図鑑」

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『塞王の楯』   集英社

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『教場0 刑事指導官風間公親』    長岡弘樹    小学館

2023-06-06 21:19:12 | 諸作家作品
 警察学校の教場教官である風間公親の短編連作集である教場シリーズが、この『教場0』により、風間公親の刑事としての過去に遡る。本書もまた、短編連作集で6話が収録されている。「STORY BOX」(2014年6月号~2017年6月号)に各短編が掲載された。大幅に加筆改稿が行われ、2017年10月に単行本が刊行された。2019年11月に文庫化されている。     文庫本の表紙

 単行本の奥書を読むと、目次構成と収録された短編の初出発表の順が異なることがわかる。目次の構成順と初出との関係を対比しておこう。
   第一話 仮面の軌跡       2014年6月号
   第二話 三枚の画廊の絵     2017年3月号
   第三話 ブロンズの墓穴     2016年9月号  初出「百度を踏む男」
   第四話 第四の終章       2016年6月号  初出「二重舞台」
   第五話 指輪のレクイエム    2016年12月号  初出「償い」
   第六話 毒のある骸       2017年6月号
 順序が改編されているので、初出と単行本での加筆改稿を対比的に読むとどのように整合性が取られているかと言う点で面白いかもしれない。

 さて、冒頭に記したが、本書は風間の刑事としての過去に遡る。風間はT県県警本部捜査一課強行犯に所属していた。本書のタイトルに「刑事指導官」と冠してある。それはなぜか。県下の各署に所属し、経験3か月の刑事が1名、定期的に本部に派遣され、現職刑事風間公親から3か月間、実際に発生した事件の捜査を行う中でみちりと教えを受けることになる。つまり、風間道場と呼ばれる刑事育成システムが確立されていて、風間は刑事指導官を担当していたのだ。1対1の実践教育である。風間は生徒となった新米刑事に、「転属願」を書くかと突きつける。刑事の素質がないと判断すれば、地域の交番で貢献しろというのだ。
 そして、どういう経緯で、風間が義眼を装着することになったかが第六話で明らかになる。この点が教場教官風間公親という立場にリンクしていく。

 本書の興味深い所は、事件の発生自体は、まず犯人の視点から書き込まれる。読者は最初に事件内容を知る。次に事件の現場に駆けつけた風間と新米刑事(生徒)が現場を検分して、そこで何に気づくかを読む立場になる。風間は新米刑事に気づかせる工夫をさりげなく行うが、直接には教えない。新米刑事に己の目で確認させ、究極まで考えを突き詰めさせる方向に追い込んで行く。事件解決への糸口を発見させる方向に指導していく。答えを出す期限を切る。出来ないなら「転属願」を提出し、刑事の畑から去れと告げ、行動で示す。
 この短編連作の醍醐味は新米刑事の立ち位置に読者が身を置きながら読み進めることになる。新米刑事のイライラ感、焦り、落胆、恐怖感、失望感、必死感、閃き、希望、達成感・・・・・に触れるところだろうか。当然ながら、事件の捜査は風間の指摘を受ける新米刑事(生徒)の視点を軸に描き出されて行く。
 以下、各短編について、少しご紹介していく。

<第一話 仮面の軌跡>
 1.新米刑事 県北部にあるM書の刑事・瓜原潤史
 2.事件
  「ワンルームの学生向けアパートでの女子大生遺体発見事件」
  「第一協同交通タクシー内での殺人事件」
    ホストクラブ経営者芦沢憲太郎はタクシーで日中弓をX町のXビルまで送る。
    日中は仮装パーティの後、芦沢と賭けをしタクシー内では仮装用マスクを装着。    芦沢に別れ話をするが、こじれてしまい、日中は車内で芦沢を刺す。
    下車後、日中は芦沢の住所を運転手に教え着くまで起こさないようにと指示。
    W町でタクシーの現場を検分し、運転手に事情聴取する事から捜査が始まる。
 3.風間の教え:人と会ったら、相手のにおいをを嗅いでみろ。
 4.読後印象 :運転手に事情聴取した折の運転手の発言・言葉遣いに風間が着目。
    ナルホドである。結果的に芦沢がいわばダイイング・メッセージを残した事に
    なる伏線の織り込みがおもしろい。

<第二話 三枚の画廊の絵>
 1.新米刑事 県北西部のK署の刑事・折本直哉
 2.事件 「熊之背山の五合目登山口付近での遺体発見、殺人死体遺棄事件」
   『画廊コーサカ』の経営者で画家の向坂善紀が歯科医苅部達郎を過って殺す。
   手首と頭部を切断し、胴体は熊之背山に、他は別の場所に埋設遺棄した。
   向坂は朝子と離婚し息子匠吾の親権も喪失。4年前に朝子は子連れで苅部と再婚。
   向坂と苅部は親交があった。高坂は匠吾に画家の才能を見出していた。
   匠吾は、進学先について悩んでいた。苅部は歯科医への道を勧めていた。
   「熊之背山に頭部のない遺体 祠の移設先調査で発見」の報道がなされた。
   風間と折本は発見現場の検分から始めるが、どのようにこの捜査を進めるのか。
 3.風間の教え:分からないなら絵を描け。できるだけ正確に模写すること。
 4.読後印象 :偶発的殺人の隠蔽工作が生み出す結末。折本は、瓜原潤史から「女は
   男で変わる。男は女で変わる」ことを風間道場で学んだと聞いていた。なるほど。
   折本は向坂に熊之背山の風景を描き、画廊前のショーケースに置くことを依頼する
   この依頼が興味深い伏線として動き出すところがいい。人間心理の奥深さを描く。

<第三話 ブロンズの墓穴>
 1.新米刑事 県中央部のS署の刑事・荒城達真
 2.事件 「翠川小学校ロータリー前殺人事件」
   佐柄美幸の息子研人は急に不登校となる。研人はいじめにあい、そのいじめには
   担任の諸田伸枝先生も加担していたと言う。息子の発言を信じる美幸は諸田に面
   会を求めるが拒否される。それが重なり強引に美幸は学校に押しかけた。諸田は
   美幸を無視する。美幸は諸田を殺す計画を周到に立て、実行する。
   偽装された殺人現場。現場に臨場した風間と荒城。風間は現場の状況を荒城に説
   明させることから始めて行く。また、現場を離れた場所で荒城に掴みかかれと指
   示し、疑似格闘の後の現場写真を荒城に記録させる。
 3.風間の教え:視界にあるものを言葉にする。とにかく証拠を見つける。現場百遍。
 4.読後印象 :周到な計画にも想定外のもれがある。殺人現場で説明出来ない事実の
   存在。それに気づけるかどうか。その証拠発見への論理的推理力があるかどうか。
   思わぬ誤算を扱っているところが巧みである。

<第四話 第四の終章>
 1.新米刑事 県北東部にあるF署の刑事・早坂すみれ
 2.事件 「マンション<カーサ靑野>306号室で舞台俳優・元木伊知朗の縊死事件」
   305号室佐久田肇の隣り、306号室には劇団<サード・エピローグ>に所属し看板女
   優になった筧麻由佳が住んでいる。その部屋には、同じ劇団の俳優・元木伊知朗
   が入り浸っていた。その筧が佐久田の部屋のドアを叩き、必死の形相で助けを求
   めてきた。行くと、リビングに元木がいて首にロープを巻いていて自殺を図った。
   佐久田は自室に戻り119番に通報し、警察にも連絡を取った。
   風間の指示を受け、早坂は風間とマンションの現場に向かう。早坂は佐久田の部
   屋で筧麻由佳への事情聴取から捜査を始める。元木は次の公演では有島武郎の役
   をする予定だったという。佐久田は消防と警察に連絡をとるのに約5分くらいかか
   ったと言う。元木の縊死事件には事件性があるのか?
 3.風間の教え:ロカールの法則。人の顔を覚える有効な方法。
 4.読後印象 :元木の住まいであるアパートの部屋に貼られた写真の一枚に、元木と
   長身の看板女優とが一緒の写真があった。その女優に当たれと風間は早坂に示唆
   した。その女優・椿あさみは半年前に駅の階段から転落し大怪我を負っていた。
   この椿あさみへの早坂の聞き込み捜査が捜査の決め手になったものと推測する。

<第五話 指輪のレクイエム>
 1.新米刑事 県の南端にあるF署の刑事・大里翔子
 2.事件 「自宅でのフッ化水素ガス吸引による主婦・仁谷清香の中毒死事件」
   仁谷継秀は50歳。小さなデザイン会社に勤めて居たときに20歳年上の清香と結婚。
   今は会社を辞め、在宅で印刷物のデザイン仕事を請け負っている。妻の清香は70
   歳で半年前から「まだら認知症」の症状を見せ始めていた。仁谷は妻の介護に疲
   れで限界を感じ始める。一方で「赤芝印刷」に在籍する田瀬葵と恋人関係にあっ
   た。仁谷は己のアリバイを作りつつ清香の殺害を図る。
   帰宅した仁谷は妻清香の死を確認し、窓を開け十分な換気後に警察に通報した。
   風間と早坂が現場に入った時には、清香は電話機の前で穏やかな死に顔で倒れて
   いた。窓の全開から風間はガス中毒死と判断。大里は仁谷にまず事情聴取した。
 3.風間の教え:供述を引き出すコツ。一拍置くことと相手の動きをトレースすること。
 4.読後印象 :さりげなく記述されている死に顔のおだやかさと、清香の指先について
   いた塩がキーワードになるとは・・・・気づかなかった!

<第六話 毒のある骸>
 1.新米刑事 D署の刑事・平優羽子
 2.事件 「T大学・法医学教室助教・宇部祥宏 青酸塩服毒死事件」
   法医学教室の教授椎垣久仁臣は、予定より遅れて自分のデスクに戻った。
   デスクには、宇部による[先にテンゴクへ行ってます]のメモが置いてあった。
   「青酸塩による服毒自殺」の65歳男性遺体を司法解剖する予定があったのだ。
   椎垣はこの解剖で、切開を宇部に任す。だが、大きな失敗をした。胃袋を切開す
   る時に青酸ガス噴出の可能性を考え防毒マスクを着用することを指示していなか
   たことだ。宇部はガスを吸い倒れる。椎垣は己の落ち度をその場で隠蔽する。
   1週間後、椎垣は休養中の宇部の自宅を訪れ、宇部を毒殺した。宇部は、家を出て
   坂道を登る側に進み、途中で息絶えた。
   発見者の通報で、風間と平は現場に向かう。[先にテンゴクへ行ってます」という
   メモ用紙と坂道を登る道の途中での遺体に彼らは違和感を抱く。
 3.風間の教え:不自然な点を徹底的に考えよ。
 4.読後印象 :椎垣のちょっとした浮かれ心が、ミスを誘発し、欲望からの隠蔽意識
   が殺人へと負のサイクルを拡大する。ありそうな話。宇部が死の間際にとった行
   動が示すダイイング・メッセージを平が読み解いた。う~ん、私は解読できずに
   読了しなるほどと気づく。無念。

 さて、この事件が解決し、平優羽子が風間を居酒屋に誘う。居酒屋を出て来た時に、風間の人生を変える事態が発生した。本書でその顛末をお読みいただきたい。それが、『教場』に繋がる遠因となる。だから『教場0』である。

 まさに、刑事事件をそのまま on the job training の場にしたストーリーである。
 犯罪者側の手口をまず明らかにした上で、捜査側の立場に切り替えたアプローチをするという展開がおもしろい。

 ご一読ありがとうございます。

補遺
Locard's exchange principle   From Wikipedia, the free encyclopedia
ロカールの交換原理 :ウィキペディア
ロカールの交換原理とは【用語集詳細】:「SOMPO CYBER SECURITY
好かれる人は無意識にやっている「ミラーリング効果」:「W.マイナビウーマン」
コミュニケーション力を上げる「ミラーリング」とは?|ビジネスに使える心理学①
                  :「オンスク.JP」
遺族を悩ませる「待機遺体」問題と遺体安置サービス「遺体ホテル」とは?:「SOBANI」
「死者のホテル」が繁盛する時代  :「日経ビジネス」
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『教場 2』  長岡弘樹   小学館
『教場』    長岡弘樹   小学館
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『仰天・俳句噺』  夢枕獏   文藝春秋

2023-06-04 15:09:49 | 夢枕獏
 内表紙、目次の次に、再び本書のタイトルを記したページが来て、そこに「季語は縄文の神が棲まいたもう御社(みやしろ)である」という副題が記されている。この発想がまず仰天でありおもしろいと思う。本書はエッセイ集。著者が己の過去と現在の時の流れの中で、言いたい放題を語っている感じをうける。だが、一方で、著者の創作遍歴とその当時の背景を垣間見られるという点の面白さが加わる。
 本書は、「オール讀物」(2021年6月号~2022年2月号)に連載された後、加筆され2022年6月に単行本が刊行された。

 本書から知ったこと、感じたこと、読後印象などを交えて、列挙してご紹介したい。
1.著者は2021年3月22日に「びまん性大細胞型B細胞リンパ腫」というガンになってしまった。抗ガン剤での治療を継続しながら、このエッセイともうひとつの連載だけを続けたという。その他の連載作品その他はストップ。本書を読むまでは、著者がガンになっていたことを全く知らなかった。このとき著者は70歳。「あとがき」も再入院中に記されている。

2.本エッセイ集は、その文体がコロコロと変化していく。好き勝手に書いているようにすら感じる文体もあり、その変化自体がある意味おもしろい。告白調の記述文体がいくつも出てくる。著者自身が、抗ガン剤の影響を受けてハイになった状態で書いたエッセイと後半のエッセイとでは文体が変化している点を自覚して書いている。意図的に文体を変えたわけではなさそう。でも、ここに夢枕獏の作家としての本領の一端が垣間見えるとしたら、これもまたおもしろい。

3.「第一回 真壁雲斎が歳したになっちゃた」のエッセイで知ったこと。真壁雲斎もそうだが、著者が集英社から、『仰天・プロレス和歌集』(1989)、『仰天・文壇和歌集』(1992)という「仰天和歌」の本を出しているなんてことも初めて知った。著者自身が例示している中から幾つか引用してみる。
 膝に疾るこの痛みを我問わん 膝十字固めときには言いけり
 ”とうちゃんはプロレスラーです”という作文 息子は引き出しにそっとしまいおり
 あの賞が欲しいと口にはせねど欲しいと作品が叫んでいる
 しらじらと夜は明けて原稿用紙もしらじら
 新しい濡れ場書くたびに”この女は誰なのよ”妻への言いわけ先にネタが切れ
 木枯しにコートの襟ちょっと立ててしまうきみのこころにもすんでいる北方謙三 p10

4.「第4回 『おおかみに蛍が一つ--』考」にはいくつか興味深い記述がある。
 *金子兜太作句「おおかみに蛍が一つ付いていた」について、論じていること。
 *日本の三大偉人は空海、宮沢賢治、アントニオ猪木と著者は主張してきた。しかし
  著者はアントニオ猪木を偉人から外した経緯を語る。
 *宮沢賢治とはある意味真逆の要素を持つ高村光太郎の詩を好きだと論じていること。 *夏井いつきさんの夫が肺癌の手術をされたという。その時の夏井いつきさんの作句
  「蛍草」と題の付けられた全12句が紹介されている。

5.著者は、ガン治療のために一時ストップしている諸連載について触れるいっぽうで、己の脳内にふつふつと新たな作品への発想が湧いてくること、その発想内容を具体的に書き、熱く語っている。作品のネタはつきないようだ。創作への強い思いを感じる。

6.仰天俳句に至る経緯の間に、著者の様々な作家人生の側面が、自由奔放というか、ハチャメチャというか、著者の思いのままに、あちら行き、こちら行きという風に織り込まれていく。
 で、著者が物語作家脳を俳句脳にする上で、影響を受けたのが、「プレバト」の俳句であり、夏井いつきさんだと記す。仰天俳句の作句までの経緯が、断片的に織り込まれるかの様に綴られ最後に着地するのだから、おもしろい。
 このエッセイ集は、「最終回 幻句のことをようやく」の最後に、著者作の俳句を「黒翁の窓」とタイトルを付け、19句載せて着地する。その最後の句は、
 おいガンよ蓮華を摘みにいかないか
   籠にワインとクラッカー入れ(いつき)  夏井いつきさんの七七の付け句
さらに、再入院の時の作句として、二句載っている。
 夜嵐にいくつ鳴るやら除夜の鐘
 野の仏桜の雨の降りませと

 他にもいろいろあるがこのくらいに留め、印象的な文を最後にご紹介しておこう。
*漢字とは何か。
 それは、世界で一番短い神話である。それは、世界で一番短い物語である。 p111
*縄文の考え方として、「この世の全てのものには霊が宿っている」というものがあります。  p204
*縄文の神とは--「それは宿神である」ということになる。
 宿は、酒であり、咲であり、佐久でもあり、坂であり、シャカであり、宿神すなわち、守宮神であり、ミシャグチ神であり、なんと我らが陰陽師、安部清明があやつるところの式神であるということになる。芸能で言えば、これは、翁ということになる。 p209
*宿神は、摩多羅神であり、宿であり、それらはつまり縄文の神ではないかと僕は思っているのである。  p216
*型あればこそ、多くの芸事は成立しているのではないか。必要なのは、この型に心をのせることだ。型を学んでこそ、”かたやぶり”なこともできるのである。  p266
*言葉にどれほどの力があるのだろうか。
 物語に、どれほどの力があるのだろうか。
 そんなことを日々考えちゃう。
 わからん。
 わからんよねえ、諸君。
 わからんが、ただ---
 仕事は、やろう。
 原稿を、やろう。
 釣りも、やろう。
 言葉には、力がある。
 言葉には、力がある。
 言葉には、力がある。
 物語には、力がある。
 ここを、死守したい。
 どれだけ空しくとも、そう言わねばならない。
 ここが、自分の住む国だからである。
 もんくあるか。            p341-342

 読者にとっては、まさに作家夢枕獏を知るためのエッセイ集と言える。
 ご一読ありがとうございます。

補遺
びまん性大細胞型B細胞リンパ腫  :「がん情報サービス」
真壁雲斎 ⇒ キマイラ・吼  :ウィキペディア
宿神    :「コトバンク」
摩多羅神  :ウィキペディア
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[遊心逍遙記]に掲載
『大江戸釣客伝』上・下  講談社文庫
『大江戸火龍改』  講談社
『聖玻璃の山 「般若心経」を旅する』   小学館文庫
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『パルウィルス』  高嶋哲夫  角川春樹事務所

2023-06-03 21:13:13 | 高嶋哲夫
 プロローグには3つの異なる場面が点描される。最初の場面は、極東シベリアの村、スタロスコエの永久凍土の洞窟内でのマンモスの発見と搬出。次の場面は、パリで開催された地球温暖化防止会議の様子。最後の場面は、シカゴ大学近くのアパートの一室をシカゴのFBI支局の5人による捜査。通報を受け捜査に入った部屋は、自然保護を謳う過激派集団のグレート・ネイチャーが使っていた様で、そこにはある物体の写真が貼ってあった。全体が染めたような濃紺で、端に三つの小さな輪がついていて、棒状で目が3つあり、エボラウィルスに似ているけれども違うという物体だった。
 コロナウィルスによるパンデミックは終息化した。だが、それから直近の時点で、この3箇所の異なる点描が絡み合っていき、パンデミック再来の可能性という悪夢をもたらす。これは直近未来SF小説である。
 本書は、書き下ろし作品として、2023年3月に単行本が刊行された。

 主な登場人物をまず挙げよう。
カール・バレンタイン: 主人公。32歳。プリンストン大学、遺伝子研究所の教授。
   医学部卒業後、遺伝子工学の研究を続ける。ここ3年間は休職扱い。2020年に始
   まったコロナ禍では、アメリカ疾病予防管理センター(CDC)の顧問として働
   き、コロナ禍の終息化に大きな役割を果たす。だがカールもコロナに感染し、そ
   の間にコロナに感染した母を亡くし、それがトラウマになっている。
ニック・ハドソン: 41歳。ナショナルバイオ社の副社長。大学ではカールの先輩。
   生命工学の博士号を持つ研究者。ある時期から経営者に転進し、コロナ期には製
   薬会社と連携して、ワクチン、抗ウィルス薬の開発に貢献。新しい分野を探求す
   る企画の責任者。
ジェニファー・ナッシュビル:博士号を持ち、CDCのメディカルオフィサー。
   カールの医学部時代の同級生。コロナ禍のときはジェニファーがカールをCDC
   に誘った。ジェニファーはカールが行うウィルス追跡に同行していく。
ダン・ウェルチ: カールの大学時代の友人。1年間、カールのルームメートになる。
   生化学研究室の優秀な学生だったが、グレート・ネイチャーに入会。大学を去る。
   ダンはアンカレッジからCDC宛てでカールに特別便を送ってきた。ジェニファ
   ーがそれを気にした。中身は冷凍ボックス。上面に「パルウィルス」と書いたラ
   ベルが貼られていた。本書のタイトルは、ここに由来する。
レオニード・イスヤノフ: モスクワ大学生物資源学科の大学院生。シベリアの生物研究
   シベリア研究所で博士論文を作成中。シベリアに密入国したカールらに協力する。
ルドミラ・オスペンスカヤ: レオニードと同じ大学院生。カールらに協力する。

 ストーリーは、ニックがカールに仕事を依頼したことから始まる。ナショナルバイオ社の研究所のP3レベル実験室で、3本の試験管中の細胞から遺伝子を取り出し、その修復作業の依頼である。秘密厳守を条件に3万ドルでの仕事。半額が前金として振り込まれていた。カールは「カプセルツール」と呼ばれる防護服を着て、作業に入る。サンプルの肉片は古いものだった。カールは遺伝子を抽出し、切り貼りをしてアセンブルを終了する。しかし、その肉片の中に、おそらく不活性で死んでいるようだが、未知のウィルスが存在することに気づいた。カールの勘ではエボラに似ているが大きさは培近いものだった。
 ニックが州立病院に入院した。当初、ウィルス性腸炎と診断されたのだが、カールはそのウィルス自体について不審を感じる。担当医と院長に己の考えを伝えるとともに、ジェニファーに連絡をとる。エボラに似ているがエボラじゃない。そのウィルスがカールには気にかかる。これが、そのストーリーの発端となる。

 病院でニックが目を覚ますと、カールとジェ二ファーは病室でニックに質問をする。そして、カールが見た肉片がマンモスのものと判明する。2万7000年前の二歳程度の子供のマンモスがほぼ完全な形で見つかったという。ニックは3年前からマンモスのクローン再生のプロジェクトを立ち上げているという。マンモスがシベリアの永久凍土から発掘され、アラスカのアンカレッジにあるナショナルバイオ社の研究施設に送られたとニックは言った。
 カールとジェニファーは、1万年まえに絶滅し、永久凍土の中に閉じ込められたマンモスの死体内のウィルスについて議論する。カールはアンカレッジに搬入されたマンモスを宿主とするウィルスが、次のパンデミックの原因になる可能性を深刻に考え、アンカレッジに向かう決断をする。勿論、ジェニファーもCDCのメディカルオフィサーという観点から、カールに同行する。

 カールとジェニファーは、サンフランシスコからアンカレッジを経由してサンバレーに赴く。サンバレーでは、エボラに似たウィルスの出現により、パンデミックの兆候が出始めていた。サンバレーの市長に協力し、カールとジェ二ファーはこの未知のウィルスとの戦いを始めることに・・・。これがストーリーの最初の山場となっていく。
 勿論、カールにはマンモスとウィルスとの関連が常に脳裏にある。
 
 サンバレーに居るカールに、上記したCDCのカール宛てでダンからの特別便が届く。カールはジェニファーとともに、カリフォルニア大学サンバレー校のP3ラボを借りて、ダンが記したパルウィルスを、P3ラボでできる範囲内で調べることに・・・・。
 このパルウィルスを調べたことが、「これもマンモス由来のウィルスなのか。ダンもニックのマンモスに関係しているのか」(p177)という疑問を生む。
 カールはマンモスを追跡するとともに、ダンの思考を追跡することになっていく。
 やっとコロナが終息化してきた最中で、新たなパンデミック再来の根源を絶つためにはマンモス発見現場の確定とウィルスの存在の調査が緊急課題となっていく。マンモスの追跡は、カールとジェニファーのシベリアへの密入国を決断させる。
 シベリアでは、レオニードとルドミラという二人の大学院生が協力者となってくれる。 シベリアでのマンモス追跡が密入国の経緯から始まり、遂にマンモスを発見する。さてどのように対処するか・・・。これがこのストーリーの第二の山場となっていく。

 ダンがニックの狙いとしたマンモスに協力していたことは判明するが、ダンがカールに送りつけたパルウィルスには辿り付けない。カールは改めて、ダンの思考を追跡し始める。そして、原点に戻って、ダンの思考と足跡を追跡する第3の山場が始まっていく。

 地球温暖化が、シベリアの永久凍土層に変化を及ぼし、3万年前のマンモスたちの死体が現出する事態を発生させつつある。マンモスの体内に所在した未知のウィルスが地上に現出してくる可能性。また、永久凍土に内在している未知のウィルス他が、凍土の融解により地上に現れてくる可能性。この小説は、直近未来のSFをここに描き出していく。
 決して絵空事ではない想定と言える。
 カールとジェニファーは人類にパンデミックをもたらすウィルスを撲滅する立場で活動している。しかし、未知のウィルス等を発見し、新たな生物兵器開発を狙うという人々の存在も考えられる。このストーリーでは、その可能性、それが人類にもたらす脅威の側面にも触れている。

 コロナ禍を体験した今、実にリアル感を伴う直近未来のSF小説になっている。
 ウィルスの「変異」を扱っていくところが、読者に実感を伴わせて恐ろしい。ここ数年のコロナ禍、このパンデミックの推移の総体が、このストーリーの根底にあると言える。
 一気読みしてしまった。
 
 ご一読ありがとうございます。

補遺
意外と知らない「パンデミック」の定義とは? :「FUJIFILM Future CLIP」
パンデミック :「総合南東北病院」
バイオセーフティーレベル  :ウィキペディア
ウイルスって何だろう? 正しく知って感染症予防  :「サワイ健康推進課」
エボラウイルス病(エボラ出血熱) Ebola virus disease :「厚生省検疫所 FORTH」
エボラ出血熱とは  :「NIID 国立感染症研究所」
サイトカインストームって何? :「感染症と免疫のQ&A」
オートクレーブ  :ウィキペディア
マンモス   :ウィキペディア
永久凍土とは :「北極域研究共同推進拠点」
リチャード・ドーキンス  :ウィキペディア
気候変動枠組条約締約国会議(COP) :「全国地球温暖化防止活動推進センター」
生物・化学兵器を巡る状況と日本の取組(概観) :「外務省」

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