遊心逍遙記その2

ブログ「遊心逍遙記」から心機一転して、「遊心逍遙記その2」を開設します。主に読後印象記をまとめていきます。

『恋する組長』  笹本稜平   光文社文庫

2024-12-31 23:30:15 | 笹本稜平
 『ボス・イズ・バック』を2024年8月に読んだ。その時、本書の方が同じシリーズの初本であることに気づいた次第。そこで順番が逆になるが本書を読んでみた。
 本書は「小説宝石」(2002年1月号~2006年12月号)に不定期に短編が掲載され、2010年3月に文庫本が刊行された。第2弾『ボス・イズ・バック』と同様で、この第1作も、短編連作集である。本書には6編が収録されている。
 このシリーズ、著者の早逝により、残念ながらこれら2作で終わりとなった。
 本書のタイトルは、収録短編の最後のタイトルが使われている。
 
 本書に収録された6編はそれぞれ独立した短編。特に相互関係を気にせずに、どれからでも気軽に読める。

 本書の特徴は、主人公が「おれ」という一人称で語る短編の集まり。「おれ」は首都圏の周辺に位置するS市で私立探偵事務所を営んでいる。この私立探偵の顧客が、もっぱらS市にある3つの暴力団であり、それぞれの暴力団から仕事を得ているという点が特異なところ。東と西の指定広域暴力団の系列に連なるのが2つ。一つは関東系傘下の山藤組。もう一つが猪熊一家。そして、地場の独立系暴力団の橋爪組がある。
 この背景設定でおもしろいのは、私立探偵としては3つの暴力団から調査仕事を得なければ事務所を営んでいける収入を維持できないというところにある。相互に対立しあう暴力団のそれぞれと友好な関係を維持しなければならないというきわどさがある。そこが、ストーリーのおもしろみに繋がっていく。
 「おれ」の営む私立探偵稼業は、きわどい線を行くことがあっても、少なくとも一応カタギの立場で仕事を行っている。ゆえに、どこまで行動に踏み込めるかという観点で、読者として興味を引く側面が出てくる。

 この私立探偵事務所には、由子という電話番が居る。「おれ」の視点ではそうなる。この事務員が犬好きでけっこう役立つ場面があったりするからおもしろい。
 主な登場人物として警察官が欠かせない。ここにはS署刑事課第一係で殺しや強盗を専門とする刑事、門倉権蔵が登場する。「おれ」は彼をゴリラと呼んでいる。暴力団筋ではゴリラでたいがい通じるという刑事。暴力団関係とは、ちょっとズブズブの側面を持つ刑事でもある。
 暴力団というヤクザの世界を扱っているが、収録短編はいずれも、シリアスな話にならずに、コミカルタッチの話材となっていて、気楽に読めるところが読ませどころとも言える。

 ごく簡略に各編をご紹介し、読後印象にも触れてみたい。

< 死人の逆恨み >
 おれの事務所で、首つり死体がぶら下がっていた。死んでいたのは街金を営む窪木徹治という地場の暴力団の企業舎弟。咽喉の周りに「吉川線」らしき引っかき傷はある。自殺か他殺か?
 おれは自分でホシを探そうと考え行動を起こす。その矢先、死体の件は由子が警察に通報し、一方、おれは窪木の妻・雅恵から警察より先に犯人を捜してくれという仕事の依頼を受ける。犯人は窪木の実の息子と言うのだ。勿論、おれはこの仕事を引き受ける。
 これは生命保険金に絡んだ話。
 なぜ窪木が事務所に入れたのか? そのオチがおもしろい。

< 犬も歩けば >
地場の暴力団山藤組組長の山藤虎二が溺愛するブルテリア種の犬が行方不明となった。名前はベル。ベルちゃん探しを依頼される。犬好きの由子はその犬のことを知っていた。由子の出番となる。犬探しのポスター作戦から始まる。犬を見つけた時には、その傍に老婆の死体があった。庭からはさらに人骨が見つかることに・・・・。
 ベルちゃんが思わぬ事件を掘り起こすきっかけになる。
 犬の認識・意識次元と人間世界の次元とのギャップのおもしろさと悲喜劇を楽しめる短編。

< 幽霊同窓会 >
 山藤組の若頭、近眼のマサが行方不明になり三日が経つ。暴力団間の抗争はない。そこで、おれはマサの行方探しの依頼を受ける。マサの居場所を突き止めたが、そこでマサは、刑務所時代に知り合った立石金吾の幽霊が出たと怯えていた。その立石は1年前に死んでいるのだ。マサのムショ暮らし時代の同窓生が集まって、厄払いをしようという話に発展する。だが、幽霊同窓会の根っこには、金塊話が絡んでいた。おれが幽霊のカラクリに気づくことに・・・・。
 「おれはいったい誰なんだ」という自問がオチなのだが、哀れさがまといつく。

< ゴリラの春 >
S署刑事課の門倉権蔵ことゴリラが、おれに浮気調査の依頼に来た。ゴリラが惚れて結婚したフィリピン女性である。マリアは帰化して愛と名乗る。浮気の相手はS市在住の画家、藤堂博一だという。おれは、愛ちゃんと藤堂を見張るという行動から始める。そして、愛ちゃんの過去、藤堂の画家としての裏のカラクリを明らかにできることで、思わぬ方向へ・・・・。
 画家の裏のカラクリ、どこかにありそうな話のようでリアルな感じがおもしろい。
 この短編、直接には暴力団とからまない。過去話のなかでは少し絡んでいるが。

< 五月のシンデレラ >
 近眼のマサはインテリやくざ。私立の名門K大法学部卒。後輩で経済学部卒、インターネット上の広告ビジネスの会社の社長で岸川達也という男を由子の結婚相手にと、マサがおれの事務所に持ち込んでくる。岸川は郷里のS市に錦を飾り、ゆくゆくは政界進出をねらっているのだ。由子の家はS市で由緒があるからと言う。由子は舞い上がる。だが、おいしい話にはウラが・・・・。筋立てのおもしろさのある短編。
 知らぬ家宝を知ることになるという由子の家系についてのオチも楽しめる。

< 恋する組長 >
病院で精密検査を受けた門倉ことゴリラが入院して手術を受けることに。これが一つの伏線になる。一方、おれは、橋爪組の事務所に出向き、若頭からけちな調査仕事を依頼された時、組長に密かに頼まれた人探しに仰天する。あるきっかけでエキゾチックな相貌の女性に恋をしたという。その女を探してほしいという仕事。稼ぐためには仕事として受ける。だが、その女性がなんとゴリラの奥さん、愛ちゃんだった。おれは組長とゴリラとの板挟みになる羽目に。組長を怒らせることなく、愛ちゃんを如何にあきらめさせるか。そこがこのストーリーの山場。そこに医療ミスを織り込んでいるところが興味深い。

 それぞれ全くつながりのない話なので、おもしろいと思われる短編から読まれるといいのではないか。
 ちょっとコミカルなユーモアあふれる短編集である。気分転換によい。

最後に、今年もあとわずかで終わりの時刻になりました。
お立ち寄りいただいた皆様ありがとうございます。
良いお年をお迎えください。




こちらもお読みいただけるとうれしいです。
『ボス・イズ・バック』    光文社文庫
『引火点 組織犯罪対策部マネロン室』  幻冬舎文庫
『特異家出人 警視庁捜査一課特殊犯捜査係堂園晶彦』 小学館文庫
『卑劣犯 素行調査官』   光文社文庫
『流転 越境捜査』   双葉社
「遊心逍遙記」に掲載した<笹本稜平>作品の読後印象記一覧 最終版
                     2022年12月現在 29冊





 
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『ボス・イズ・バック』    笹本稜平   光文社文庫

2024-09-22 18:30:20 | 笹本稜平
 笹本稜平さんの作品をゆっくりとしたペースで読み継いでいる。本書は、「小説宝石」の特別編集「宝石 ザ ミステリー」のシリーズ(2011~2014年)に5編、「小説宝石」(2015年8月号)に1編が掲載された後、2015年10月に単行本が刊行された。2017年10月に文庫化されている。6編からなる短編連作集である。

 著者作品を読み継いできた印象からは、ちょっと異色な短編集と言える。
 主人公は私探偵。「おれ」という自称で登場する。私立探偵が主人公というのは奇異ではない。顧客のほとんどがS市を地場として仕切り縄張り争いをしている暴力団なのだ。S市最大の暴力団が山藤組。この他に猪熊組一家、橋爪組が存在する。おれは、じかに犯罪の片棒を担ぐ話でない限り、およびがかかれば仕事を引き受ける。それぞれの組とは等距離外交という方針をとり、どの組とも仕事上の付き合いがある。これ自体がちょっと異色な設定といえるのではないか。暴力団を顧客とする弁護士や会計士もいるだろうからそのこと自体は他にも同種の関係があるだろうけれど、ストーリーの主人公に登場させるという点が異色である。さらにその話の内容がちょっとコミカルなタッチのものになっているからおもしろい。暴力団の幹部たちにもそれぞれの個人生活がある。たとえば、山藤組の組長、山虎はこわもての組長なのだが、可愛げのないブルテリアのベルちゃんと称する犬が愛しくてしかたがないという犬好きなのだ。このベルちゃんは人に?みついたら離さないという必殺技を持っている。組員の下っ端で犬の世話係は噛まれたりして往生している犬なのだ。だが、このベルちゃん、おれの探偵事務所の電話番をする由子とは実に相性が良い。山虎から直接に犬の世話を頼まれるくらいなのだ。この短編集、ベルちゃんの出番がちゃんと組み込まれているのだから、おもしろい。
 暴力団からの依頼案件を扱った短編集なのだが、暴力団に対する社会批評的側面を扱う次元とは、位相をずらせた局面をこれら短編のモチーフにしている故か、気軽に楽しみながら、さてどうするの・・・・と読み進めるられておもしろい。ユーモラスでもある。

 各編について、簡単に触れておこう。

<ボス・イズ・バック>
 本書のタイトルに使われた標題の一編。山藤組の組長、山虎が、突然に組を解散し、引退して堅気になると言い出す。托鉢して日本全国を行脚する。極道稼業の垢にまみれた心を清めたいと言う。おれはベルちゃんの世話を頼まれる。勿論、世話の謝礼は出る。
 山虎は1週間後に、喜多村和尚のもとで得度式をするという。喜多村和尚は一癖も二癖もある生臭坊主。おれはこの話には裏がると直観し、この謎解きに首を突っ込んでいく。坊主がらみのオチになるところがナルホド!
 山虎は元の稼業に舞い戻る。つまり、ボス・イズ・バックである。これで今後もおれは生業を続けられるという次第。
 現代社会の潮流の一面をうまく取り出した、ありそうな・・・・筋立てに納得!

<師走の怪談
 S署きつての悪徳刑事、門倉権蔵、通称ゴリラが探偵事務所にやってくる。おれへの頼み事。ゴリラの妻がおめでたで、これを機会に、隣の町内の一戸建ての物件を買おうと考えている。その物件を調査してほしいという。現物を見たところ格安の良い物件と思えるので、念のために調べてほしいという依頼。
 おれは由子と夫婦を装ってその物件の下見に行く。担当者はマルカネ不動産の丸山兼弘の名刺を出した。由子は所長と丸山の話を聞いていた印象から、ワケあり物件との印象を抱く。
 おれは、由子の抱いた印象の根拠を究明していくことに・・・・・。
 これもありえる話だな・・・・そんな印象を残すストーリー展開がおもしろい。

<任侠ビジネス>
 山虎の姪・夢子を女房とする近眼(チカメ)のマサは、サンライズ興産の社長であり、山藤組の企業舎弟である。その近眼のマサが3ヵ月ほど前に宝くじを当て、5億5000万円を得たという。マサは介護ビジネスを立ち上げるという。外観上やくざとの関係を切り、許認可等を円滑に行う上からも、この新会社の社長をおれの名義で行いたいという。それなりの報酬を支払うということでもあり、おれはこの社長職に一枚かむことにした。
 そんな矢先に、マサの妻、夢子がおれに疑問をもらしてきた。宝くじで5億5000万円手に入れたという話は本当だろうかと。おれはその裏取り調査を始める羽目になる。介護ビジネスの社長職の件が絡んでくるのだから。
 いくつも裏側の手練手管が出てくるところが興味深い。暴力団関係者の預貯金問題もその一つ。

<和尚の初恋>
 金と女に目がない朴念寺の喜多村和尚に依頼を受けた調査についての話である。ここ1週間ほど、和尚の見る夢の中に幼馴染の久美ちゃんが出てくるという。おれは、50年ほども音信不通になっている本名、木村久美子という女性の調査を引き受けることになる。調査費用の値切り方の交渉がユーモラスだ。
 調査を始めると、和尚の初恋相手の問題は、朴念寺に近い山林の開発問題と絡んでいく・・・・。おれはS署のゴリラを巻き込んで、この問題解決に邁進する。
 かつての清純な恋の思い出と、現在の欲の絡んだ思惑の絡み合う問題とに接点があったというところがおもしろい。

<ベルちゃんの憂鬱>
 山虎の屋敷の前を通り探偵事務所に通勤している由子が、山虎に声をかけられた。相談事があると言う。三日前からベルちゃんが縁の下に潜り込み出てこないのだ。山虎の呼びかけにも、ドッグフードを準備しても相手にしない。おれはこの犬事件に巻き込まれていく羽目になる。発端は犬の問題なのだが、パラレルに組同士の縄張り争いの動きが潜行していた。意外なきっかけからおれがそのことに気づく。勿論然るべき手を打つ。
 一方、ベルちゃんの思わぬ行動があきらかとなっていく。
 ハッピーエンドで終わるところが楽しい。ホームドラマ調のユーモラスがある。

<由子の守護神>
 由子が失踪する事件が起こる。失踪して3日が経つ。おれはS署のゴリラに捜索の相談を持ち掛けた。一方、おれは近眼のマサから頼み事を受ける。組員の砂田富夫探しである。山虎のお気に入りの壺を割ったために怯えて逃げたらしい。だが、怪我の功名で、割れた壺が二重底であり、そこにお宝が隠されていたのだ。山虎は砂田に報奨金をやりたい気持ちになっているという。
 由子の失踪と砂田の逃走に接点が見つかる。だが、おれにとっての砂田探しは頓挫することに・・・。一方、由子探しには、おれの前にベルちゃんが現れる!
 意外な展開のオチとなる。まさにユーモラスなオチなのだ。

 組織としての暴力団の行動ではなく、暴力団に一括りにされる人間の個々人に着目し、そこに題材を見つけた短編連作である。探偵の「おれ」は、いわばテーマの引き出し役になっているように思う。気楽に楽しめる一冊!
 
 ご一読ありがとうございます。

こちらもお読みいただけるとうれしいです。
『引火点 組織犯罪対策部マネロン室』  幻冬舎文庫
『特異家出人 警視庁捜査一課特殊犯捜査係堂園晶彦』 小学館文庫
『卑劣犯 素行調査官』   光文社文庫
『流転 越境捜査』   双葉社
「遊心逍遙記」に掲載した<笹本稜平>作品の読後印象記一覧 最終版
                     2022年12月現在 29冊

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『引火点 組織犯罪対策部マネロン室』  笹本稜平  幻冬舎文庫

2024-07-15 17:49:13 | 笹本稜平
 マネロン室シリーズは、『突破口』に引き続く第2弾。平成30年(2018)3月に単行本が刊行され、令和2年(2020)10月に文庫化された。2021年11月著者逝去により、このシリーズはこの二作にとどまる。

 マネロン室とは、警視庁組織犯罪対策部総務課マネー・ロンダリング対策室の略称。犯罪収益解明捜査一係から四係までで構成されている。その四係に所属する樫村恭祐警部補と上岡章巡査部長が四係捜査班の中核人物になっていく。
 樫村と上岡は、仮想通貨ビットコインの取引所の一つであるビットスポットという企業がマネーロンダリングの窓口として使われているのではないかという疑念を抱き捜査をしていた。ストーリーは、ビットスポットのCEO(最高経営責任者)で気鋭の女性ベンチャー企業家である村松祐子に樫村が接触して、任意の事情聴取として面談の機会を作る場面から始まる。この面談シーンでは、話材に現実に起こったマウントゴックス事件が取り上げられていて、冒頭からリアル感が巧みに織り込まれている。
 樫村が軽く村松に接触を試みた後、今度は村松が樫村に相談事を持ち掛けてくる、会社宛で村松にレターパックが届き、中には血のついた小型ナイフと「村松、次はおまえだ」と書いた名刺大のカードが入っていた。一方で、ここ1ヵ月ほど、村松の個人アドレスに不審なメールが届くようになったという。樫村の助言で、村松は会社のスタッフに指示して、オフィス所在地を管轄する愛宕警察署に被害届を提出する。それにより村松を公に保護対象者として扱う契機が生まれる、レターパックや脅迫メールのデータの提供を受けたことで、樫村は捜査の端緒を得る。
 そんな矢先に、世田谷にある村松の自宅が火災に遭う。それも放火と判明する。村松は樫村に相談を持ちかけた時点から、ホテル生活に切り替えていたので、火災に巻き込まれることは回避できた。世田谷署は放火事件として捜査を開始する。
 樫村の携帯にメールが着信する。「警察は手を出すな」という一行メール。発信者欄には<フロッグ>とある。その発信者名は、村松への脅迫メールと同じ。樫村は衝撃を受ける。村松に関係する周辺の問題事象は悪化の方向にステップアップする。

 村松は樫村に相談した後、愛宕署から数百メートルのところにあり、会社にも近い位置の著名なホテルに生活拠点を移した。ところが、愛宕署ではロビーに捜査員が張り付いて警護にあたっていたのだが、無断で行方をくらましたのだ。失踪するという事態の発生は何を意味するのか。
 村松のこれまでの行動と自宅の火災は、一連の狂言、自作自演なのか。疑問が付きまとっていく。

 マネロン室の捜査のターゲットは、ビットスポットを中継にして資金洗浄が行われている事実を掴むことである。ここで、上岡が、違法サイトでの薬物購入とビットコインを使っての決済、資金の移動状況を解明するおとり捜査のアイデアを出す。薬物や銃器等に関してはおとり捜査を適法とする最高裁判例があるのだ。
 組対部五課の薬物捜査第三係の三宅係長、公安部のサイバー攻撃対策センター第四係の相田係長とマネロン室第四係の須田係長、樫村らが、草加マネロン室長の下で、チームを組むことになる。違法サイトでの薬物購入は上岡が担当し、薬物捜査係のメンバーが購入薬物の発注・受取人になる。ビットコイン決済での資金の移動・移転の解明はサイバー攻撃対策センターが担当するという協力態勢である。
 このおとり捜査がどのように進展していくか。その中で、ビットスポットがどのように関わるのかがメイン・ストーリーといえる。

 ここに村松の相談事と失踪という側面がパラレルに織り込まれていく。当初、村松はビットスポットが小規模の組織であり、顧客とは厳正な手続きで対応し、役員を含めて意思疎通は緊密であり、一丸となって運営に当たっていると強調していた。しかし、村松の失踪を契機に、樫村はCOO(最高執行責任者)の肩書を持つ谷本と村松の秘書である西田と接触するようになる。その結果、西田を介して、村松とナンバーツーの谷本との関係が緊密とは言えない状況であることが明らかになっていく。ビットスポットでの主導権争いが行われていたのだ。これに村松の失踪がどのような関係しているのか・・・・。
 さらには、樫村たちがターゲットとしている捜査とビットスポットの内部事情との間には、関わりがあるのかどうか。それは別次元の問題なのか。
 
 村松の自宅の火災事件は、世田谷署が担当する放火犯の追跡捜査としてパラレルに進展していく。この事件がどのように絡んでいるのか。そこにも謎が含まれる。地道な捜査が積み重ねられていく。そして遂に・・・・・。

 個別の事件捜査の担当の壁を越えた情報の共有化が事件解明への大きな梃子となっていく。この局面が一つの読ませどころに繋がっていく。

 このストーリーの根底に、著者が仮想通貨とはどういう世界かを描こうとした意図があると思う。そこにはリアル通貨とは全く違うフェーズに切り替わって行く危うさが現れる。
*ビットコインは、サトシ・ナカモトなる謎の人物の論文をもとに2009年に運用が開始された。 (p15)
*(運用とは)ナカモト論文をもとに有志のプログラマーが結集してつくったオープンソースのプログラムをせかいの人々が利用するようになったという意味であり、そのこと自体、歴史的にも画期的な出来事だった。 (p15)
*仮想通貨はたしかに便利なものかもしれないが、そこには国境の概念がなく、金融当局のコントロールも利かない。おれたちがいま乗り出している国際的なマネーロンダリングの規制も、その領域では絵に描いた餅になりかねない。 (p430)
*ブロックサイズ(取引履歴をまとめたデータの集まり)がシステム上の上限に達しつつあることを原因とするビットコインの分裂の状況、その結果と新仮想通貨発行の状況描写
  (この項は要約表記、p455-457)
他にも各所に関連事項が書き込まれている。この世界が垣間見える。

 著者は、仮想通貨の世界における規模のメリットが悪用される可能性に着目しているようだ。村松の秘書西田と樫村との会話の中で、こんなことを語らせている。
「ビットコインの世界は、いま引火点に近づいていると、村松はよく言っていました。
 有害な勢力がそれを利用することによって、ビットコインが歪められた方向に発展するターニングポイントを、CEOはそう呼んでいたようです。」(p437)
 タイトルの「引火点」はここに由来するようだ。

 このストーリーのおもしろさは意外な着地のさせ方にある。その意外性をお楽しみいただきたい、この落とし所、よく考えているなと思う。

 お読みいただきありがとうございます。


補遺
ビットコイン :「NRI」
BTC(ビットコイン)とは  :「ビットバンクプラス」
暗号資産(仮想通貨)って何?  :「全国銀行協会」
マウントゴックス事件とは? ビットコインが消失した事件の全貌を知る:「DMMBitcoin」
マウントゴックス、10年越しに債権者へのビットコイン返済  :「COINPOST」
Torブラウザーとは?どういった経緯で産み出されたのか? :「サイバーセキュリティ情報局」(Canon)
史上最大の闇サイト「Silk Road」から、30億ドル超ものビットコインを盗んだ男の手口
         :「WIRED」
米司法省が押収したシルクロードのビットコイン20億ドル、新たなウォレットに移動
        :「COINTELEGRAPH コインテレグラフジャパン」
8・01ビットコインの分裂騒動とは何だったのか  :「東洋経済ONLINE」

 ネットに情報を掲載された皆様に感謝!

(情報提供サイトへのリンクのアクセスがネット事情でいつか途切れるかもしれません
その節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。
その点、ご寛恕ください。)


こちらもお読みいただけるとうれしいです。
『特異家出人 警視庁捜査一課特殊犯捜査係堂園晶彦』 小学館文庫
『卑劣犯 素行調査官』   光文社文庫
『流転 越境捜査』   双葉社
「遊心逍遙記」に掲載した<笹本稜平>作品の読後印象記一覧 最終版
                     2022年12月現在 29冊
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『特異家出人 警視庁捜査一課特殊犯捜査係堂園晶彦』 笹本稜平 小学館文庫

2024-03-10 00:23:41 | 笹本稜平
 読み継いでいる愛読作家の一人。残念なことに2021年11月に逝去された。享年70歳。
 本書は2010年8月に単行本が刊行され、2014年9月に文庫化された。末尾の「本書のプロフィール」によると、完全改稿しての文庫化とのこと。
 シリーズ化されそうなタイトルづけなのだが、出版時期を考えると単発の作品にとどまったようである。

 さて、本作は有村礼次郎という84歳の老人の行方がわからなくなったということに端を発する。葛飾区在住、一人暮らしの老人の行方不明。いなくなったのは6日前から5日前にかけてで、通報してきたのは、その老人と親しい近所の加藤奈々美という小学校5年生の子だった。警察が動くまで、幾度も交番に訴えてきたという。
 無差別連続殺人事件の特別捜査本部が店仕舞いして、事件捜査に借り出されていた特殊犯捜査係の堂園は、待機番で一休みしていた。午前8時に特殊犯捜査第二係長・高平から電話でたたき起こされる。奈々美という少女の訴えてきた事案について語り、高平は堂園にその状況をあたってみろと指示をした。高平が「いまのところ特異家出人と通常の家出人の境界線上というところだな」と判断しているレベルの事案だった。亀有警察署刑事課主任の浜中良二がこの事案を高平係長に連絡してきたのだ。
 このストーリー、堂園が亀有警察署の浜中に堂園がコンタクトするところから始まって行く。
 有村礼次郎は大正13年、鹿児島県曽於郡志布志町生まれ、終戦の年の昭和20年、21歳のときに東京に籍を移し、その後も何度か戸籍所在地を東京都内で移している。現在地には20年以上も暮らしながら、近所との付き合いは殆ど無し。中古の家を即金で購入して移り住み、修繕をする程度で住み続けている。周辺の人々は有村は相当な資産家であると噂しているという。奈々美の話では、小学校3年の時に、学校帰りに公園のベンチに座り苦しそうな老人を見かけたので、119番に通報し、救急車の到着まで、老人の側で胸を擦ってあげていた。それがきっかけで奈々美は有村と親しくなり、お爺ちゃんと呼び仲良しになり、有村の家に出入りするようになった。有村から家の合鍵を託されるようになっていた。少女が有村を心配する様子と状況を考え、有村の捜査を堂園は約束する。
 堂園から電話で報告を受けた高平は、所轄が了解ならこのヤマを特殊犯捜査第二係で仕切ろうと判断する。
 令状を取り、有村宅に鑑識課員を入れ、家宅捜査から始まる。捜査結果からみて、有村が何者かに拉致された可能性が高くなる。
 有村の周辺を調べると、彼が骨董品の根付コレクターとして有名で、時価2億円のコレクションを有することと、相当の資産を保有することが分かる。預金通帳や有価証券の類をしまっていると担当の銀行員が聞いていた自宅の金庫は空の状態だった。
 犯人が有村の身柄を必要とするのは、彼の資産を金に換えるために有村が必要だというだけである。用が済めば殺される・・・・。まさに、特殊犯捜査係の出番といえる事案だった。殺人犯捜査なら、有村が遺体で発見されてから捜査が始まる。
 奈々美の熱心な捜査願いがなければ、有村の失踪は誰にも知られず事件にもならないで、闇から闇に消えたかもしれないのだ。

 殺人事件の捜査とは異なり、有村が拉致されたこの事件は、時間との勝負となっていく。有村の資産が引き出される操作が始まってしまえば、有村は即座に消される可能性が高くなる。
 有村を救出し、事件を解決するためには、事件を捜査していることを犯人たちに気づかせないために、マスコミの注目を浴びない形で極力隠密裡に捜査を進行させる必要がある。
 捜査は、近隣周辺、金融機関や骨董店等への聞き込み捜査と拉致された目撃者探しから始まって行く。鑑識の結果と目撃者の発見から、元暴力団員・中俣勇夫が拉致に関わっていること、逃走に使われた車が鹿児島ナンバーであることなどが分かってくる。

 一方、そんな最中に堂園は父親からの着信があり、実家に電話を入れると、鹿児島に住む祖父の弟の長男、堂園多喜男の死、それも自殺を知らされる。事件を抱えていることと年齢が亡くなった祖父と同じで、鹿児島県出身で名前が有村礼次郎と問われるままに告げると、父親は思い当たることがあるという。父親が調べて有村は祖父と同級生だったようだと言う。思わぬことから、有村は堂園の祖父とのつながりが出て来た。父親から送信されてきた祖父と写る有村の写真を見て、子供の頃の古い記憶を堂園は思い出した。
 有村の拉致された可能性の高いこの事案に、どこかで祖父との関わりもある因縁が堂園の心をよぎる。
 
 このストーリーの展開で面白い点がいくつかある。
*有村を救出するための捜査の過程で、祖父と有村が友人関係という過去の接点、その因縁が、堂園の心に引き起こす心理。それが堂園の捜査行動の底流に織り込まれていく。堂園はどう対処していくのかへの関心が読者に生まれる。
*捜査の実質的な舞台が鹿児島に移る。鹿児島県警の捜査を主体に、鹿児島に飛んだ堂島と浜中は、県警の捜査に協力するという立場で当初は事件に関わることになる。鹿児島県警と警視庁との組織関係の問題が関わってくる。堂園がどのように対応していくかに関心が高まっていかざるをえない。
*堂園の視点を介して、鹿児島県警という地方警察組織と警視庁の組織とが対比的に描き込まれる。その類似点、相違点の描写が興味深い。フィクションであるが、たぶんかなり実態を活写している面があるように思われる。
*事件の進展過程で、捜査を取り仕切る主体が誰かという点が、ストーリーにリアル感を加えている。
*有村はまだ生きているか? その緊迫感が徐々に高まっていく経緯は、読ませどころになっている。
*そして、遂に、奈々美が誘拐されるという事件までもが発生することに・・・・・。
 ストーリーの構成がやはりうまい。
*終戦の直前直後の九州の状況が織り込まれていくことにより、当時の社会情勢の一端が想像しやすくなる。当時の現実が巧みに織り込まれているように感じる。日本史の教科書には出て来ないような現実の一端がフィクションの中にリアルに織り込まれているように思う。
*最後に、有村礼次郎の過去が明らかになる。このクライマックスへの導入がこのストーリーであるとも言える。読者を引きこんでいくストーリー構成はさすがである。

 有村老人が堂園に語る言葉をご紹介しておこう。
 「どんな草木にも花が咲くように、誰の人生にも花の咲く時期があるらしい。私の場合は枯れ木に花が咲いたようなもんだが、それでも花は花だ。たくさんの温かい心が私を魂の牢獄から救い出してくれた。棺桶に片足を突っ込んでいるが、これから私もわずかな余生を、誰かの人生に花を咲かせることに使って死にたいもんだよ」(p493)

 ご一読ありがとうございます。


補遺
一般家出人と特異行方不明者  :「相談サポート」
行方不明者届(旧捜索願)について :「家出人相談センター」
特異行方不明者とは大至急捜索すべき人 | 主な特徴と捜索方法まとめ:「人探しの窓口」
日本行方不明者捜索・地域安全支援協会 ホームページ

 ネットに情報を掲載された皆様に感謝!

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『卑劣犯 素行調査官』  笹本稜平  光文社文庫

2023-07-11 23:09:58 | 笹本稜平
 素行調査官シリーズの第4弾。多分、著者にはこのシリーズのさらなる構想があったのではないかと想像するが、この作品が本シリーズの最後の作品となった。本書は、「小説宝石」(2016年7月号~2017年12月号)に連載された後、2017年12月に刊行され、2020年7月に文庫化されている。

 児童ポルノ禁止法違反の取り締まりを主な職務とする国枝敦雄警部補はジョギングを趣味としている。自分で設定しているコースの一つで、金町浄水場の常夜灯の明かりに照らされた人気のない道路を走行している時、背後から迫ってきて急発進した乗用車に追突された。その後続けて二度轢かれ、轢き殺された。これが発端となる。
 国枝は、警視庁生活安全部少年育成課福祉犯第二係に属していた。殺害された時には、インターネット上で児童ポルノの閲覧やダウンロードができる違法な会員制ウェブサイトを捜査していた。サイバー犯罪対策課がデータの転送量が異常に多いユーザーを特定したことを契機に、柳田良雄を特定し、彼の部屋にあったパソコンのハードディスクに保存されていた大量の児童ポルノの画像や動画を押さえて、任意出頭を求めた。柳田はあくまで単純所持を主張したが、国枝たちは彼を問題サイトの運営者だと推定していた。だが、ハードディスク内のデータの解明ができず、有力な直接証拠が出て来ていない段階だった。検察に送致された後、柳田は単純所持を認めることにより、即決裁判で執行猶予付きの有罪判決を受け、放免されてしまう結果になる。国枝はそんな矢先に轢き殺されたのだ。
 初動捜査で、轢き逃げに使われた乗用車が現場から1キロほど離れた河川敷に乗り捨てられていたのが発見された。その車は生活安全部部長鹿野昭俊の自家用車と判明する。だが、その車は事件の2日前に盗まれたと鹿野は所轄署に盗難届を出していた。事件当日のその時刻には鹿野には群馬に出かけていたというアリバイがあった。
 轢き逃げ事件だが殺人の可能性が高いと判断され、捜査一課が主導し、交通部が協力する形の共同捜査として特捜本部が立つ。交通部は轢き逃げの観点で捜査を続行する。
 
 当初、現場捜査員のあいだでは、鹿野生活安全部長が犯人ではないかという冗談めいた話も囁かれていた。単純所持の処罰化を含む児童ポルノ禁止法の改正に伴って、少年育成課福祉犯係の人員増強が要求されていたのだが、鹿野部長はそれを認めなかったという背景があった。また、鹿野の自宅は足立区の綾瀬にあり、国枝の殺害現場とは5キロほどしか離れていない。さらに、国枝が殺害される4日前に、警視庁の機関誌に国枝が記した趣味のジョギングに関するエッセイが掲載されていたのだ。

 鹿野生活安全部長は現在警視長であり、ノンキャリアからそこまで昇進するのは極めて稀なケースでもあった。首席監察官の入江は、この殺人事件に関心を寄せる。彼はある情報を入手していた。10年前、鹿野部長は静岡県警の組織犯罪対策部長であり、その時、小学生の少女への猥褻行為により、隣県の愛知県警の事情聴取を受けたという話である。その時には証拠不十分で起訴されなかった。ただ、そういう方面の趣味が鹿野にあるという噂はかながねあったという。入江は、同期入庁である交通部交通課の二宮課長からその伝聞情報を得ていた。その情報入手のルートははっきりしていた。
 二宮課長は、入江に事実関係の確認をできないか訊いてきたという。これを契機として、入江は本郷と北本に調査を投げかけた。鹿野は、事件の当日、親類の法事で群馬の前橋に行き、ホテルに宿泊していたという。この鹿野の主張を特捜本部の捜査員はホテルに電話を入れて確認しただけにとどまるというのだ。鹿野がノンキャリアの上級官僚ということからか、アリバイの裏とりが甘いと本郷は感じた。
 国枝が取り組んでいたのは、児童ポルノ禁止法絡みの捜査であり、国枝の所属する生活安全部の部長が鹿野。国枝殺害に使われた車が、盗難届が出ていたとはいえ、鹿野部長の自家用車という微妙な関係にあった。

 北本は大いに興味をいだく。本郷と北本は前橋に赴き、鹿野のアリバイが立証できるかの調査を開始する。この前橋への出張調査で、本郷は鹿野のアリバイについて、ほころびの糸口をつかむ機会になる。
 入江が同期の片岡哲夫の話を聞く場に、本郷と北本は同席する。片岡は、警察庁刑事局刑事企画課理事官で、片岡が静岡県警にいた時代に、鹿野も静岡県警に居たのだ。片岡を通じて、伝聞情報の裏付けがほぼとれる。本来なら、警察本部から殺人事件クラスお重大事案情報は速やかに刑事企画課に集約されてくるのだが、国枝警部補轢き逃げの事件は情報が上がって来ていないと片岡が言う。そのこと自体の不可解さを片岡はまず意識していた。
 特捜本部の捜査の動きがなぜか鈍いのだ。

 このストーリーは、本郷と北本が主体になり鹿野の素行について監察調査を行うが、監察の立場を越えて、いわば殺人捜査レベルの活動領域に踏み込んで行く所にそのおもろさがある。北本の勘働きが当初結構的中し好結果を生むという転がり方をしていくところも楽しめる。
 入江は同期ネットワークをフルに活用するとともに、執務室に居てできる周辺調査に積極的に取り組んでいく。特捜本部の捜査を眺めて居ると、鹿野の捜査をはばむことに更に上級官僚が関わっていると推測せざるを得ない状況が見え始める。入江のキャリア警察官人生を賭ける局面に突入していくことに・・・・・・。
 本郷と北本以外の配下の監察官を信頼できない入江は、調査のパワーアップと称して、鹿野の行動確認をアウトソーシングする。つまり、私立探偵の土居沙緒里と彼女の父・敏彦を活用する。この二人がその経験と特技を活かしていくところがおもしろい。当然ながら総合力はアップしていく。読者にとっては、土居親子がどこまで活躍するかが読み進める楽しみになる。
 国枝の部下で、一緒に事件に取り組んでいた荒井巡査部長と木川巡査は、国枝が轢き殺された後、事件の担当替えを命じられていた。荒井は本郷から事情聴取を受けた際に、本郷に好感を抱いていた。それで荒井は本郷と連携をとる道を選択する。一方で、担当替えを命じられたとはいえ、荒井と木田は柳田良雄の件の捜査を突き進めて行くことが、国枝の無念を晴らすことになると確信する。己の私的時間と私費を使い、警察官の職を賭けて、柳田の身辺の張り込み捜査を継続する行動に出る。柳田が有料の児童ポルノサイトを運営する当事者であることを立証しようと試みる。そのために囮捜査を手段としてとろうとすらすることに・・・・。彼らの行動が、また新たな糸口を掴む契機になっていく。
 
 「類は友を呼ぶ」という。己の性癖を隠すために、上級官僚が結託するという構図。警察組織での権限を悪用し特捜本部に影響を及ぼしている。上級官僚にはその周辺に常に迎合する輩が集まっている。それらの取り巻きが意向を忖度して行動し、活動を阻害していく。特捜本部の動きの悪さはそこに起因した。その上級官僚とは果たしてだれなのか。鹿野が国枝を轢き殺した犯人なのか。
 常に、警察組織内には勢力争いが渦巻き、組織内で発生した重要な事件には、勢力争いが絡んでいく。

 遂に警察組織内で発生した国枝警部補轢き殺し事件の加害者が明らかに。入江、本郷、北本の行動を中核にして、事実解明に協力した各部署の連携が実を結ぶ。まさに卑劣犯の犯行が暴かれていく。警察機構を震撼させる事実が明らかになる。
 入江たちは、また一つ、警察組織の浄化を為し遂げるのだ。
 著者の死によって、このシリーズがこの作品で中断となったのは残念である。
 
 ご一読ありがとうございます。


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『流転 越境捜査』   双葉社
「遊心逍遙記」に掲載した<笹本稜平>作品の読後印象記一覧 最終版
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