笹本稜平さんの作品をゆっくりとしたペースで読み継いでいる。本書は、「小説宝石」の特別編集「宝石 ザ ミステリー」のシリーズ(2011~2014年)に5編、「小説宝石」(2015年8月号)に1編が掲載された後、2015年10月に単行本が刊行された。2017年10月に文庫化されている。6編からなる短編連作集である。
著者作品を読み継いできた印象からは、ちょっと異色な短編集と言える。
主人公は私探偵。「おれ」という自称で登場する。私立探偵が主人公というのは奇異ではない。顧客のほとんどがS市を地場として仕切り縄張り争いをしている暴力団なのだ。S市最大の暴力団が山藤組。この他に猪熊組一家、橋爪組が存在する。おれは、じかに犯罪の片棒を担ぐ話でない限り、およびがかかれば仕事を引き受ける。それぞれの組とは等距離外交という方針をとり、どの組とも仕事上の付き合いがある。これ自体がちょっと異色な設定といえるのではないか。暴力団を顧客とする弁護士や会計士もいるだろうからそのこと自体は他にも同種の関係があるだろうけれど、ストーリーの主人公に登場させるという点が異色である。さらにその話の内容がちょっとコミカルなタッチのものになっているからおもしろい。暴力団の幹部たちにもそれぞれの個人生活がある。たとえば、山藤組の組長、山虎はこわもての組長なのだが、可愛げのないブルテリアのベルちゃんと称する犬が愛しくてしかたがないという犬好きなのだ。このベルちゃんは人に?みついたら離さないという必殺技を持っている。組員の下っ端で犬の世話係は噛まれたりして往生している犬なのだ。だが、このベルちゃん、おれの探偵事務所の電話番をする由子とは実に相性が良い。山虎から直接に犬の世話を頼まれるくらいなのだ。この短編集、ベルちゃんの出番がちゃんと組み込まれているのだから、おもしろい。
暴力団からの依頼案件を扱った短編集なのだが、暴力団に対する社会批評的側面を扱う次元とは、位相をずらせた局面をこれら短編のモチーフにしている故か、気軽に楽しみながら、さてどうするの・・・・と読み進めるられておもしろい。ユーモラスでもある。
各編について、簡単に触れておこう。
<ボス・イズ・バック>
本書のタイトルに使われた標題の一編。山藤組の組長、山虎が、突然に組を解散し、引退して堅気になると言い出す。托鉢して日本全国を行脚する。極道稼業の垢にまみれた心を清めたいと言う。おれはベルちゃんの世話を頼まれる。勿論、世話の謝礼は出る。
山虎は1週間後に、喜多村和尚のもとで得度式をするという。喜多村和尚は一癖も二癖もある生臭坊主。おれはこの話には裏がると直観し、この謎解きに首を突っ込んでいく。坊主がらみのオチになるところがナルホド!
山虎は元の稼業に舞い戻る。つまり、ボス・イズ・バックである。これで今後もおれは生業を続けられるという次第。
現代社会の潮流の一面をうまく取り出した、ありそうな・・・・筋立てに納得!
<師走の怪談
S署きつての悪徳刑事、門倉権蔵、通称ゴリラが探偵事務所にやってくる。おれへの頼み事。ゴリラの妻がおめでたで、これを機会に、隣の町内の一戸建ての物件を買おうと考えている。その物件を調査してほしいという。現物を見たところ格安の良い物件と思えるので、念のために調べてほしいという依頼。
おれは由子と夫婦を装ってその物件の下見に行く。担当者はマルカネ不動産の丸山兼弘の名刺を出した。由子は所長と丸山の話を聞いていた印象から、ワケあり物件との印象を抱く。
おれは、由子の抱いた印象の根拠を究明していくことに・・・・・。
これもありえる話だな・・・・そんな印象を残すストーリー展開がおもしろい。
<任侠ビジネス>
山虎の姪・夢子を女房とする近眼(チカメ)のマサは、サンライズ興産の社長であり、山藤組の企業舎弟である。その近眼のマサが3ヵ月ほど前に宝くじを当て、5億5000万円を得たという。マサは介護ビジネスを立ち上げるという。外観上やくざとの関係を切り、許認可等を円滑に行う上からも、この新会社の社長をおれの名義で行いたいという。それなりの報酬を支払うということでもあり、おれはこの社長職に一枚かむことにした。
そんな矢先に、マサの妻、夢子がおれに疑問をもらしてきた。宝くじで5億5000万円手に入れたという話は本当だろうかと。おれはその裏取り調査を始める羽目になる。介護ビジネスの社長職の件が絡んでくるのだから。
いくつも裏側の手練手管が出てくるところが興味深い。暴力団関係者の預貯金問題もその一つ。
<和尚の初恋>
金と女に目がない朴念寺の喜多村和尚に依頼を受けた調査についての話である。ここ1週間ほど、和尚の見る夢の中に幼馴染の久美ちゃんが出てくるという。おれは、50年ほども音信不通になっている本名、木村久美子という女性の調査を引き受けることになる。調査費用の値切り方の交渉がユーモラスだ。
調査を始めると、和尚の初恋相手の問題は、朴念寺に近い山林の開発問題と絡んでいく・・・・。おれはS署のゴリラを巻き込んで、この問題解決に邁進する。
かつての清純な恋の思い出と、現在の欲の絡んだ思惑の絡み合う問題とに接点があったというところがおもしろい。
<ベルちゃんの憂鬱>
山虎の屋敷の前を通り探偵事務所に通勤している由子が、山虎に声をかけられた。相談事があると言う。三日前からベルちゃんが縁の下に潜り込み出てこないのだ。山虎の呼びかけにも、ドッグフードを準備しても相手にしない。おれはこの犬事件に巻き込まれていく羽目になる。発端は犬の問題なのだが、パラレルに組同士の縄張り争いの動きが潜行していた。意外なきっかけからおれがそのことに気づく。勿論然るべき手を打つ。
一方、ベルちゃんの思わぬ行動があきらかとなっていく。
ハッピーエンドで終わるところが楽しい。ホームドラマ調のユーモラスがある。
<由子の守護神>
由子が失踪する事件が起こる。失踪して3日が経つ。おれはS署のゴリラに捜索の相談を持ち掛けた。一方、おれは近眼のマサから頼み事を受ける。組員の砂田富夫探しである。山虎のお気に入りの壺を割ったために怯えて逃げたらしい。だが、怪我の功名で、割れた壺が二重底であり、そこにお宝が隠されていたのだ。山虎は砂田に報奨金をやりたい気持ちになっているという。
由子の失踪と砂田の逃走に接点が見つかる。だが、おれにとっての砂田探しは頓挫することに・・・。一方、由子探しには、おれの前にベルちゃんが現れる!
意外な展開のオチとなる。まさにユーモラスなオチなのだ。
組織としての暴力団の行動ではなく、暴力団に一括りにされる人間の個々人に着目し、そこに題材を見つけた短編連作である。探偵の「おれ」は、いわばテーマの引き出し役になっているように思う。気楽に楽しめる一冊!
ご一読ありがとうございます。
こちらもお読みいただけるとうれしいです。
『引火点 組織犯罪対策部マネロン室』 幻冬舎文庫
『特異家出人 警視庁捜査一課特殊犯捜査係堂園晶彦』 小学館文庫
『卑劣犯 素行調査官』 光文社文庫
『流転 越境捜査』 双葉社
「遊心逍遙記」に掲載した<笹本稜平>作品の読後印象記一覧 最終版
2022年12月現在 29冊
著者作品を読み継いできた印象からは、ちょっと異色な短編集と言える。
主人公は私探偵。「おれ」という自称で登場する。私立探偵が主人公というのは奇異ではない。顧客のほとんどがS市を地場として仕切り縄張り争いをしている暴力団なのだ。S市最大の暴力団が山藤組。この他に猪熊組一家、橋爪組が存在する。おれは、じかに犯罪の片棒を担ぐ話でない限り、およびがかかれば仕事を引き受ける。それぞれの組とは等距離外交という方針をとり、どの組とも仕事上の付き合いがある。これ自体がちょっと異色な設定といえるのではないか。暴力団を顧客とする弁護士や会計士もいるだろうからそのこと自体は他にも同種の関係があるだろうけれど、ストーリーの主人公に登場させるという点が異色である。さらにその話の内容がちょっとコミカルなタッチのものになっているからおもしろい。暴力団の幹部たちにもそれぞれの個人生活がある。たとえば、山藤組の組長、山虎はこわもての組長なのだが、可愛げのないブルテリアのベルちゃんと称する犬が愛しくてしかたがないという犬好きなのだ。このベルちゃんは人に?みついたら離さないという必殺技を持っている。組員の下っ端で犬の世話係は噛まれたりして往生している犬なのだ。だが、このベルちゃん、おれの探偵事務所の電話番をする由子とは実に相性が良い。山虎から直接に犬の世話を頼まれるくらいなのだ。この短編集、ベルちゃんの出番がちゃんと組み込まれているのだから、おもしろい。
暴力団からの依頼案件を扱った短編集なのだが、暴力団に対する社会批評的側面を扱う次元とは、位相をずらせた局面をこれら短編のモチーフにしている故か、気軽に楽しみながら、さてどうするの・・・・と読み進めるられておもしろい。ユーモラスでもある。
各編について、簡単に触れておこう。
<ボス・イズ・バック>
本書のタイトルに使われた標題の一編。山藤組の組長、山虎が、突然に組を解散し、引退して堅気になると言い出す。托鉢して日本全国を行脚する。極道稼業の垢にまみれた心を清めたいと言う。おれはベルちゃんの世話を頼まれる。勿論、世話の謝礼は出る。
山虎は1週間後に、喜多村和尚のもとで得度式をするという。喜多村和尚は一癖も二癖もある生臭坊主。おれはこの話には裏がると直観し、この謎解きに首を突っ込んでいく。坊主がらみのオチになるところがナルホド!
山虎は元の稼業に舞い戻る。つまり、ボス・イズ・バックである。これで今後もおれは生業を続けられるという次第。
現代社会の潮流の一面をうまく取り出した、ありそうな・・・・筋立てに納得!
<師走の怪談
S署きつての悪徳刑事、門倉権蔵、通称ゴリラが探偵事務所にやってくる。おれへの頼み事。ゴリラの妻がおめでたで、これを機会に、隣の町内の一戸建ての物件を買おうと考えている。その物件を調査してほしいという。現物を見たところ格安の良い物件と思えるので、念のために調べてほしいという依頼。
おれは由子と夫婦を装ってその物件の下見に行く。担当者はマルカネ不動産の丸山兼弘の名刺を出した。由子は所長と丸山の話を聞いていた印象から、ワケあり物件との印象を抱く。
おれは、由子の抱いた印象の根拠を究明していくことに・・・・・。
これもありえる話だな・・・・そんな印象を残すストーリー展開がおもしろい。
<任侠ビジネス>
山虎の姪・夢子を女房とする近眼(チカメ)のマサは、サンライズ興産の社長であり、山藤組の企業舎弟である。その近眼のマサが3ヵ月ほど前に宝くじを当て、5億5000万円を得たという。マサは介護ビジネスを立ち上げるという。外観上やくざとの関係を切り、許認可等を円滑に行う上からも、この新会社の社長をおれの名義で行いたいという。それなりの報酬を支払うということでもあり、おれはこの社長職に一枚かむことにした。
そんな矢先に、マサの妻、夢子がおれに疑問をもらしてきた。宝くじで5億5000万円手に入れたという話は本当だろうかと。おれはその裏取り調査を始める羽目になる。介護ビジネスの社長職の件が絡んでくるのだから。
いくつも裏側の手練手管が出てくるところが興味深い。暴力団関係者の預貯金問題もその一つ。
<和尚の初恋>
金と女に目がない朴念寺の喜多村和尚に依頼を受けた調査についての話である。ここ1週間ほど、和尚の見る夢の中に幼馴染の久美ちゃんが出てくるという。おれは、50年ほども音信不通になっている本名、木村久美子という女性の調査を引き受けることになる。調査費用の値切り方の交渉がユーモラスだ。
調査を始めると、和尚の初恋相手の問題は、朴念寺に近い山林の開発問題と絡んでいく・・・・。おれはS署のゴリラを巻き込んで、この問題解決に邁進する。
かつての清純な恋の思い出と、現在の欲の絡んだ思惑の絡み合う問題とに接点があったというところがおもしろい。
<ベルちゃんの憂鬱>
山虎の屋敷の前を通り探偵事務所に通勤している由子が、山虎に声をかけられた。相談事があると言う。三日前からベルちゃんが縁の下に潜り込み出てこないのだ。山虎の呼びかけにも、ドッグフードを準備しても相手にしない。おれはこの犬事件に巻き込まれていく羽目になる。発端は犬の問題なのだが、パラレルに組同士の縄張り争いの動きが潜行していた。意外なきっかけからおれがそのことに気づく。勿論然るべき手を打つ。
一方、ベルちゃんの思わぬ行動があきらかとなっていく。
ハッピーエンドで終わるところが楽しい。ホームドラマ調のユーモラスがある。
<由子の守護神>
由子が失踪する事件が起こる。失踪して3日が経つ。おれはS署のゴリラに捜索の相談を持ち掛けた。一方、おれは近眼のマサから頼み事を受ける。組員の砂田富夫探しである。山虎のお気に入りの壺を割ったために怯えて逃げたらしい。だが、怪我の功名で、割れた壺が二重底であり、そこにお宝が隠されていたのだ。山虎は砂田に報奨金をやりたい気持ちになっているという。
由子の失踪と砂田の逃走に接点が見つかる。だが、おれにとっての砂田探しは頓挫することに・・・。一方、由子探しには、おれの前にベルちゃんが現れる!
意外な展開のオチとなる。まさにユーモラスなオチなのだ。
組織としての暴力団の行動ではなく、暴力団に一括りにされる人間の個々人に着目し、そこに題材を見つけた短編連作である。探偵の「おれ」は、いわばテーマの引き出し役になっているように思う。気楽に楽しめる一冊!
ご一読ありがとうございます。
こちらもお読みいただけるとうれしいです。
『引火点 組織犯罪対策部マネロン室』 幻冬舎文庫
『特異家出人 警視庁捜査一課特殊犯捜査係堂園晶彦』 小学館文庫
『卑劣犯 素行調査官』 光文社文庫
『流転 越境捜査』 双葉社
「遊心逍遙記」に掲載した<笹本稜平>作品の読後印象記一覧 最終版
2022年12月現在 29冊