『ボス・イズ・バック』を2024年8月に読んだ。その時、本書の方が同じシリーズの初本であることに気づいた次第。そこで順番が逆になるが本書を読んでみた。
本書は「小説宝石」(2002年1月号~2006年12月号)に不定期に短編が掲載され、2010年3月に文庫本が刊行された。第2弾『ボス・イズ・バック』と同様で、この第1作も、短編連作集である。本書には6編が収録されている。
このシリーズ、著者の早逝により、残念ながらこれら2作で終わりとなった。
本書のタイトルは、収録短編の最後のタイトルが使われている。
本書に収録された6編はそれぞれ独立した短編。特に相互関係を気にせずに、どれからでも気軽に読める。
本書の特徴は、主人公が「おれ」という一人称で語る短編の集まり。「おれ」は首都圏の周辺に位置するS市で私立探偵事務所を営んでいる。この私立探偵の顧客が、もっぱらS市にある3つの暴力団であり、それぞれの暴力団から仕事を得ているという点が特異なところ。東と西の指定広域暴力団の系列に連なるのが2つ。一つは関東系傘下の山藤組。もう一つが猪熊一家。そして、地場の独立系暴力団の橋爪組がある。
この背景設定でおもしろいのは、私立探偵としては3つの暴力団から調査仕事を得なければ事務所を営んでいける収入を維持できないというところにある。相互に対立しあう暴力団のそれぞれと友好な関係を維持しなければならないというきわどさがある。そこが、ストーリーのおもしろみに繋がっていく。
「おれ」の営む私立探偵稼業は、きわどい線を行くことがあっても、少なくとも一応カタギの立場で仕事を行っている。ゆえに、どこまで行動に踏み込めるかという観点で、読者として興味を引く側面が出てくる。
この私立探偵事務所には、由子という電話番が居る。「おれ」の視点ではそうなる。この事務員が犬好きでけっこう役立つ場面があったりするからおもしろい。
主な登場人物として警察官が欠かせない。ここにはS署刑事課第一係で殺しや強盗を専門とする刑事、門倉権蔵が登場する。「おれ」は彼をゴリラと呼んでいる。暴力団筋ではゴリラでたいがい通じるという刑事。暴力団関係とは、ちょっとズブズブの側面を持つ刑事でもある。
暴力団というヤクザの世界を扱っているが、収録短編はいずれも、シリアスな話にならずに、コミカルタッチの話材となっていて、気楽に読めるところが読ませどころとも言える。
ごく簡略に各編をご紹介し、読後印象にも触れてみたい。
< 死人の逆恨み >
おれの事務所で、首つり死体がぶら下がっていた。死んでいたのは街金を営む窪木徹治という地場の暴力団の企業舎弟。咽喉の周りに「吉川線」らしき引っかき傷はある。自殺か他殺か?
おれは自分でホシを探そうと考え行動を起こす。その矢先、死体の件は由子が警察に通報し、一方、おれは窪木の妻・雅恵から警察より先に犯人を捜してくれという仕事の依頼を受ける。犯人は窪木の実の息子と言うのだ。勿論、おれはこの仕事を引き受ける。
これは生命保険金に絡んだ話。
なぜ窪木が事務所に入れたのか? そのオチがおもしろい。
< 犬も歩けば >
地場の暴力団山藤組組長の山藤虎二が溺愛するブルテリア種の犬が行方不明となった。名前はベル。ベルちゃん探しを依頼される。犬好きの由子はその犬のことを知っていた。由子の出番となる。犬探しのポスター作戦から始まる。犬を見つけた時には、その傍に老婆の死体があった。庭からはさらに人骨が見つかることに・・・・。
ベルちゃんが思わぬ事件を掘り起こすきっかけになる。
犬の認識・意識次元と人間世界の次元とのギャップのおもしろさと悲喜劇を楽しめる短編。
< 幽霊同窓会 >
山藤組の若頭、近眼のマサが行方不明になり三日が経つ。暴力団間の抗争はない。そこで、おれはマサの行方探しの依頼を受ける。マサの居場所を突き止めたが、そこでマサは、刑務所時代に知り合った立石金吾の幽霊が出たと怯えていた。その立石は1年前に死んでいるのだ。マサのムショ暮らし時代の同窓生が集まって、厄払いをしようという話に発展する。だが、幽霊同窓会の根っこには、金塊話が絡んでいた。おれが幽霊のカラクリに気づくことに・・・・。
「おれはいったい誰なんだ」という自問がオチなのだが、哀れさがまといつく。
< ゴリラの春 >
S署刑事課の門倉権蔵ことゴリラが、おれに浮気調査の依頼に来た。ゴリラが惚れて結婚したフィリピン女性である。マリアは帰化して愛と名乗る。浮気の相手はS市在住の画家、藤堂博一だという。おれは、愛ちゃんと藤堂を見張るという行動から始める。そして、愛ちゃんの過去、藤堂の画家としての裏のカラクリを明らかにできることで、思わぬ方向へ・・・・。
画家の裏のカラクリ、どこかにありそうな話のようでリアルな感じがおもしろい。
この短編、直接には暴力団とからまない。過去話のなかでは少し絡んでいるが。
< 五月のシンデレラ >
近眼のマサはインテリやくざ。私立の名門K大法学部卒。後輩で経済学部卒、インターネット上の広告ビジネスの会社の社長で岸川達也という男を由子の結婚相手にと、マサがおれの事務所に持ち込んでくる。岸川は郷里のS市に錦を飾り、ゆくゆくは政界進出をねらっているのだ。由子の家はS市で由緒があるからと言う。由子は舞い上がる。だが、おいしい話にはウラが・・・・。筋立てのおもしろさのある短編。
知らぬ家宝を知ることになるという由子の家系についてのオチも楽しめる。
< 恋する組長 >
病院で精密検査を受けた門倉ことゴリラが入院して手術を受けることに。これが一つの伏線になる。一方、おれは、橋爪組の事務所に出向き、若頭からけちな調査仕事を依頼された時、組長に密かに頼まれた人探しに仰天する。あるきっかけでエキゾチックな相貌の女性に恋をしたという。その女を探してほしいという仕事。稼ぐためには仕事として受ける。だが、その女性がなんとゴリラの奥さん、愛ちゃんだった。おれは組長とゴリラとの板挟みになる羽目に。組長を怒らせることなく、愛ちゃんを如何にあきらめさせるか。そこがこのストーリーの山場。そこに医療ミスを織り込んでいるところが興味深い。
それぞれ全くつながりのない話なので、おもしろいと思われる短編から読まれるといいのではないか。
ちょっとコミカルなユーモアあふれる短編集である。気分転換によい。
最後に、今年もあとわずかで終わりの時刻になりました。
お立ち寄りいただいた皆様ありがとうございます。
良いお年をお迎えください。
こちらもお読みいただけるとうれしいです。
『ボス・イズ・バック』 光文社文庫
『引火点 組織犯罪対策部マネロン室』 幻冬舎文庫
『特異家出人 警視庁捜査一課特殊犯捜査係堂園晶彦』 小学館文庫
『卑劣犯 素行調査官』 光文社文庫
『流転 越境捜査』 双葉社
「遊心逍遙記」に掲載した<笹本稜平>作品の読後印象記一覧 最終版
2022年12月現在 29冊
本書は「小説宝石」(2002年1月号~2006年12月号)に不定期に短編が掲載され、2010年3月に文庫本が刊行された。第2弾『ボス・イズ・バック』と同様で、この第1作も、短編連作集である。本書には6編が収録されている。
このシリーズ、著者の早逝により、残念ながらこれら2作で終わりとなった。
本書のタイトルは、収録短編の最後のタイトルが使われている。
本書に収録された6編はそれぞれ独立した短編。特に相互関係を気にせずに、どれからでも気軽に読める。
本書の特徴は、主人公が「おれ」という一人称で語る短編の集まり。「おれ」は首都圏の周辺に位置するS市で私立探偵事務所を営んでいる。この私立探偵の顧客が、もっぱらS市にある3つの暴力団であり、それぞれの暴力団から仕事を得ているという点が特異なところ。東と西の指定広域暴力団の系列に連なるのが2つ。一つは関東系傘下の山藤組。もう一つが猪熊一家。そして、地場の独立系暴力団の橋爪組がある。
この背景設定でおもしろいのは、私立探偵としては3つの暴力団から調査仕事を得なければ事務所を営んでいける収入を維持できないというところにある。相互に対立しあう暴力団のそれぞれと友好な関係を維持しなければならないというきわどさがある。そこが、ストーリーのおもしろみに繋がっていく。
「おれ」の営む私立探偵稼業は、きわどい線を行くことがあっても、少なくとも一応カタギの立場で仕事を行っている。ゆえに、どこまで行動に踏み込めるかという観点で、読者として興味を引く側面が出てくる。
この私立探偵事務所には、由子という電話番が居る。「おれ」の視点ではそうなる。この事務員が犬好きでけっこう役立つ場面があったりするからおもしろい。
主な登場人物として警察官が欠かせない。ここにはS署刑事課第一係で殺しや強盗を専門とする刑事、門倉権蔵が登場する。「おれ」は彼をゴリラと呼んでいる。暴力団筋ではゴリラでたいがい通じるという刑事。暴力団関係とは、ちょっとズブズブの側面を持つ刑事でもある。
暴力団というヤクザの世界を扱っているが、収録短編はいずれも、シリアスな話にならずに、コミカルタッチの話材となっていて、気楽に読めるところが読ませどころとも言える。
ごく簡略に各編をご紹介し、読後印象にも触れてみたい。
< 死人の逆恨み >
おれの事務所で、首つり死体がぶら下がっていた。死んでいたのは街金を営む窪木徹治という地場の暴力団の企業舎弟。咽喉の周りに「吉川線」らしき引っかき傷はある。自殺か他殺か?
おれは自分でホシを探そうと考え行動を起こす。その矢先、死体の件は由子が警察に通報し、一方、おれは窪木の妻・雅恵から警察より先に犯人を捜してくれという仕事の依頼を受ける。犯人は窪木の実の息子と言うのだ。勿論、おれはこの仕事を引き受ける。
これは生命保険金に絡んだ話。
なぜ窪木が事務所に入れたのか? そのオチがおもしろい。
< 犬も歩けば >
地場の暴力団山藤組組長の山藤虎二が溺愛するブルテリア種の犬が行方不明となった。名前はベル。ベルちゃん探しを依頼される。犬好きの由子はその犬のことを知っていた。由子の出番となる。犬探しのポスター作戦から始まる。犬を見つけた時には、その傍に老婆の死体があった。庭からはさらに人骨が見つかることに・・・・。
ベルちゃんが思わぬ事件を掘り起こすきっかけになる。
犬の認識・意識次元と人間世界の次元とのギャップのおもしろさと悲喜劇を楽しめる短編。
< 幽霊同窓会 >
山藤組の若頭、近眼のマサが行方不明になり三日が経つ。暴力団間の抗争はない。そこで、おれはマサの行方探しの依頼を受ける。マサの居場所を突き止めたが、そこでマサは、刑務所時代に知り合った立石金吾の幽霊が出たと怯えていた。その立石は1年前に死んでいるのだ。マサのムショ暮らし時代の同窓生が集まって、厄払いをしようという話に発展する。だが、幽霊同窓会の根っこには、金塊話が絡んでいた。おれが幽霊のカラクリに気づくことに・・・・。
「おれはいったい誰なんだ」という自問がオチなのだが、哀れさがまといつく。
< ゴリラの春 >
S署刑事課の門倉権蔵ことゴリラが、おれに浮気調査の依頼に来た。ゴリラが惚れて結婚したフィリピン女性である。マリアは帰化して愛と名乗る。浮気の相手はS市在住の画家、藤堂博一だという。おれは、愛ちゃんと藤堂を見張るという行動から始める。そして、愛ちゃんの過去、藤堂の画家としての裏のカラクリを明らかにできることで、思わぬ方向へ・・・・。
画家の裏のカラクリ、どこかにありそうな話のようでリアルな感じがおもしろい。
この短編、直接には暴力団とからまない。過去話のなかでは少し絡んでいるが。
< 五月のシンデレラ >
近眼のマサはインテリやくざ。私立の名門K大法学部卒。後輩で経済学部卒、インターネット上の広告ビジネスの会社の社長で岸川達也という男を由子の結婚相手にと、マサがおれの事務所に持ち込んでくる。岸川は郷里のS市に錦を飾り、ゆくゆくは政界進出をねらっているのだ。由子の家はS市で由緒があるからと言う。由子は舞い上がる。だが、おいしい話にはウラが・・・・。筋立てのおもしろさのある短編。
知らぬ家宝を知ることになるという由子の家系についてのオチも楽しめる。
< 恋する組長 >
病院で精密検査を受けた門倉ことゴリラが入院して手術を受けることに。これが一つの伏線になる。一方、おれは、橋爪組の事務所に出向き、若頭からけちな調査仕事を依頼された時、組長に密かに頼まれた人探しに仰天する。あるきっかけでエキゾチックな相貌の女性に恋をしたという。その女を探してほしいという仕事。稼ぐためには仕事として受ける。だが、その女性がなんとゴリラの奥さん、愛ちゃんだった。おれは組長とゴリラとの板挟みになる羽目に。組長を怒らせることなく、愛ちゃんを如何にあきらめさせるか。そこがこのストーリーの山場。そこに医療ミスを織り込んでいるところが興味深い。
それぞれ全くつながりのない話なので、おもしろいと思われる短編から読まれるといいのではないか。
ちょっとコミカルなユーモアあふれる短編集である。気分転換によい。
最後に、今年もあとわずかで終わりの時刻になりました。
お立ち寄りいただいた皆様ありがとうございます。
良いお年をお迎えください。
こちらもお読みいただけるとうれしいです。
『ボス・イズ・バック』 光文社文庫
『引火点 組織犯罪対策部マネロン室』 幻冬舎文庫
『特異家出人 警視庁捜査一課特殊犯捜査係堂園晶彦』 小学館文庫
『卑劣犯 素行調査官』 光文社文庫
『流転 越境捜査』 双葉社
「遊心逍遙記」に掲載した<笹本稜平>作品の読後印象記一覧 最終版
2022年12月現在 29冊