京極夏彦さんの最近の本を数冊読んだ。そこでこのデビュー作から読み始めてみることにした。読み通していけるか未知数だが、できるだけ出版の時間軸に沿って読んでみたい。時には近年の作品を挟みながら・・・・。
冒頭の表紙は手許の文庫本1998年9月第1刷の表紙。
こちらは現在の新刊カバーの表紙である。
カバーのデザイン一つでかなり印象が変わるな、という感じ。私的には第1刷のカバーの方が怪奇性が横溢しているように思う。一方、よく見ると文庫版のカバーに連続性が維持されている側面もある。
元々の作品は、奥書を読むと1994年9月に講談社ノベルスとして刊行された。30年前に出版されていた。文庫版で四半世紀の経過、時代の変遷がカバーのデザインにも反映しているということなのかもしれない。
いずれにしても、このデビュー作自体がロングセラー作品になっていることが新版カバーでの出版になっていることでわかる。
私は最近の書楼弔堂のシリーズを京極夏彦作品として先に読んで、本作に回帰した。共通するのは、本屋の主を登場させていることである。書楼弔堂の主は元禅僧という背景がある。一方、本作は京極堂という古本屋を営む一方で、神社を預かる神主であり、陰陽師・祈祷師でもある人物が登場する。いずれの人物も培われた宗教的背景を持ち、共に博学で造詣が深い。またストーリーの中では当初は准主役的な位置づけにいる点が共通しているように思う。そして、主役にシフトしていく。
ストーリーの雰囲気としては、書楼弔堂を読んでいたので、馴染みやすさがある。
蘊蓄を傾ける知的論議にかなりのページが費やされていく点が共通する。本作でいうなら、怪奇現象、憑き物という世界の話が民俗学的考察の視点から論じられたり、たとえば不確定性原理までが俎上にのぼるなど科学的な論議もなされる。ストーリーのバックグラウンドとして、長々とした知的対話の場面がある。それも導入段階から続く。こういうところが、読者を惹きつけるか、本書を放り出すかの岐路になりそうである。
本書を開くと、鳥山石燕筆「姑獲鳥(ウブメ)」の絵が載っている。『画図百鬼夜行』に収録された絵。それに続いて、姑獲鳥とは何かの説明が見開きページに4つの原典から引用されている。この姑獲鳥のイメージがこのストーリーの根底にある。のっけから異様な文、文脈が判読しがたい文が見開きページで続く。ここまでがプロローグになるようだ。
さて、主な登場人物をまず簡略に紹介しよう。
関口巽 :文筆家。後述の京極堂、榎木津、藤野は学生時代からの友人。
学生時代以来粘菌の研究を続けていた元研究者。鬱病を患った時期がある。
京極堂 :本名は中禅寺秋彦。京極堂と称する古本屋の主。関口と同学年。
神社の神主。陰陽師であり祈祷師。
榎木津礼次郎 :神保町で「薔薇十字探偵社」を営む私立探偵。社名は京極堂の命名。
旧華族の家柄。総一郎という兄が居る。天真爛漫な性格。
人には見えないものを見ることができる特異な能力を持つ。
木場修太郎 :戦時中関口の部隊に属した戦友。生き残ったのは関口と木場のみ。
東京警視庁の刑事。
久遠寺涼子 :榎木津の探偵事務所に行方不明の調査依頼にくるクライアント。
雑司ヶ谷にある久遠寺医院の長女。梗子(キョウコ)という妹が居る。
中禅寺敦子 :京極堂の妹。稀譚社という中堅出版社の編集者。榎木津の調査する案件
に関わって行く。
藤野牧朗 :ドイツに留学し、帰国後久遠寺梗子と結婚。失踪したとされる当事者。
このストーリーの現在時点は、昭和27年の夏。榎木津の探偵事務所に、久遠寺涼子が訪れ、妹の夫であり婿養子となった藤野牧郎の失踪について調査依頼に来る。その時、関口は榎木津の探偵事務所に来ていた。榎木津はこの依頼を受諾。関口は藤野牧郎が学生時代の友人であることは伏せて、この事案に探偵助手という名目で参画していく。
関口は、学生時代に、この久遠寺医院を訪れ、藤野の恋文を代理として持参し、少女の久遠寺梗子に手渡した記憶があった。藤野が恋慕した梗子に恋文を書けと助言したのは京極堂だった。
久遠寺医院を訪れた榎木津と関口、中禅寺敦子は、涼子に案内され、妹夫婦が住居としていた元小児科病棟だったという建物に行き、部屋を検分する。部屋を見るなり、榎木津は「ここで惨劇が行われた訳だ」(p250)語った。さらに、絨毯の隅の血痕にも気付く。その血痕が失踪したとされる牧朗のものと言う。
牧朗が最後に入ったのは、書庫だったと涼子は言う。その部屋は内側から小さな閂をかければ、部屋の外からは開けることができない。密室を構成する状態の部屋だった。その部屋には、現在妹の梗子が使っているという。涼子はその部屋に入る。引き続き榎木津が入口から少し入り、部屋を見た瞬間にその部屋から離れる。
関口が理由を問うと、榎木津は「やることなんて何もないよ。強いていうなら、僕らに残されたできることは、ただひとつ、警察を呼ぶことだけだよ」(p268)と。また、榎木津は牧朗と梗子の寝室に居た時点で、「蛙の顔をした赤ん坊」が見えたとも関口に語っていた。
榎木津はこの後、その場から退出してしまった。関口が引き継いで涼子からの依頼の件をこの後探索していく羽目になる。牧朗は本当に失踪してしまったのか・・・・。
関口は、梗子に紹介される。また、その部屋には第二の扉があり、その状態も確認した。関口は牧朗の研究ノートや日記を調査のために借用する。それらの資料は京極堂が読み、分析することでこの案件に関わっていく。
梗子は妊娠20ヶ月という異常な状態にあることが判る。一方で、久遠寺医院では、産まれたばかりの赤ん坊がいなくなるという事件が度々あったらしいという噂が流れていた。一昨年の夏から暮れにかけて、木場刑事はこの赤ん坊失踪事件を担当していたという。さらに、木場は、久遠寺の出自が香川であることから、所轄に調査依頼をしていた。そして、久遠寺の出身の村では、かつては御殿医という名家ではあるが、おしょぼ憑きという憑物筋だという噂があることを知らされたと言う。
このミステリーが具体的に動き出していく。
本作は、関口の視点からストーリーが進展していく。その進展のプロセスで、関口は恋文に関わる彼の記憶あるいは幻想を探索のプロセスに重層化して思考し始めることにもなる。また、このミステリーの謎解きに、陰陽師、祈祷師である京極堂が更に関わりを深めていく。このステージでは京極堂がいわば主役になる。独擅場となっていく。
奇想天外とも感じるが、じつに論理的な展開、実に意外な顛末へと突き進む。
本作にはいくつかのテーゼが下敷きになっている。以下は京極堂の発言である。
1. この世には不思議なことなど何もないのだよ。関口君。 p23
2. 関口君。観測する行為自体が対象に影響を与える--ということを忘れるな。
不確定性原理だ。正しい観測結果は観測しない状態でしか求められない。
主体と客体は完全に分離できない--つまり完全な第三者というのは存在しえない
のだ。君が関与することで、事件もまた変容する。 p172
3. およそ怪異は遍く生者が確認するんだ。つまりね、怪異の形を決定する要因は、生
きている人、つまり怪異を見る方にあるということだ。 p321
4. 憑物筋の習俗は今も根強く生きている。これを無視することはできない。 p348
5. 地域の民俗社会にはルールがある。呪いが成立するにも法則というものがある。
p544
百鬼夜行の世界と現代ミステリーとの結合。不思議と思わせる状況を書きつらね、それを論理的理論的に突き崩していく。これがデビュー作だとは! 実におもしろかった。
ご一読ありがとうございます。
こちらもお読みいただけるとうれしいです。
『書楼弔堂 炎昼』 集英社文庫
『書楼弔堂 破暁』 集英社文庫
『書楼弔堂 待宵』 集英社
[遊心逍遙記]に掲載 : 『ヒトごろし』 新潮社
冒頭の表紙は手許の文庫本1998年9月第1刷の表紙。
こちらは現在の新刊カバーの表紙である。
カバーのデザイン一つでかなり印象が変わるな、という感じ。私的には第1刷のカバーの方が怪奇性が横溢しているように思う。一方、よく見ると文庫版のカバーに連続性が維持されている側面もある。
元々の作品は、奥書を読むと1994年9月に講談社ノベルスとして刊行された。30年前に出版されていた。文庫版で四半世紀の経過、時代の変遷がカバーのデザインにも反映しているということなのかもしれない。
いずれにしても、このデビュー作自体がロングセラー作品になっていることが新版カバーでの出版になっていることでわかる。
私は最近の書楼弔堂のシリーズを京極夏彦作品として先に読んで、本作に回帰した。共通するのは、本屋の主を登場させていることである。書楼弔堂の主は元禅僧という背景がある。一方、本作は京極堂という古本屋を営む一方で、神社を預かる神主であり、陰陽師・祈祷師でもある人物が登場する。いずれの人物も培われた宗教的背景を持ち、共に博学で造詣が深い。またストーリーの中では当初は准主役的な位置づけにいる点が共通しているように思う。そして、主役にシフトしていく。
ストーリーの雰囲気としては、書楼弔堂を読んでいたので、馴染みやすさがある。
蘊蓄を傾ける知的論議にかなりのページが費やされていく点が共通する。本作でいうなら、怪奇現象、憑き物という世界の話が民俗学的考察の視点から論じられたり、たとえば不確定性原理までが俎上にのぼるなど科学的な論議もなされる。ストーリーのバックグラウンドとして、長々とした知的対話の場面がある。それも導入段階から続く。こういうところが、読者を惹きつけるか、本書を放り出すかの岐路になりそうである。
本書を開くと、鳥山石燕筆「姑獲鳥(ウブメ)」の絵が載っている。『画図百鬼夜行』に収録された絵。それに続いて、姑獲鳥とは何かの説明が見開きページに4つの原典から引用されている。この姑獲鳥のイメージがこのストーリーの根底にある。のっけから異様な文、文脈が判読しがたい文が見開きページで続く。ここまでがプロローグになるようだ。
さて、主な登場人物をまず簡略に紹介しよう。
関口巽 :文筆家。後述の京極堂、榎木津、藤野は学生時代からの友人。
学生時代以来粘菌の研究を続けていた元研究者。鬱病を患った時期がある。
京極堂 :本名は中禅寺秋彦。京極堂と称する古本屋の主。関口と同学年。
神社の神主。陰陽師であり祈祷師。
榎木津礼次郎 :神保町で「薔薇十字探偵社」を営む私立探偵。社名は京極堂の命名。
旧華族の家柄。総一郎という兄が居る。天真爛漫な性格。
人には見えないものを見ることができる特異な能力を持つ。
木場修太郎 :戦時中関口の部隊に属した戦友。生き残ったのは関口と木場のみ。
東京警視庁の刑事。
久遠寺涼子 :榎木津の探偵事務所に行方不明の調査依頼にくるクライアント。
雑司ヶ谷にある久遠寺医院の長女。梗子(キョウコ)という妹が居る。
中禅寺敦子 :京極堂の妹。稀譚社という中堅出版社の編集者。榎木津の調査する案件
に関わって行く。
藤野牧朗 :ドイツに留学し、帰国後久遠寺梗子と結婚。失踪したとされる当事者。
このストーリーの現在時点は、昭和27年の夏。榎木津の探偵事務所に、久遠寺涼子が訪れ、妹の夫であり婿養子となった藤野牧郎の失踪について調査依頼に来る。その時、関口は榎木津の探偵事務所に来ていた。榎木津はこの依頼を受諾。関口は藤野牧郎が学生時代の友人であることは伏せて、この事案に探偵助手という名目で参画していく。
関口は、学生時代に、この久遠寺医院を訪れ、藤野の恋文を代理として持参し、少女の久遠寺梗子に手渡した記憶があった。藤野が恋慕した梗子に恋文を書けと助言したのは京極堂だった。
久遠寺医院を訪れた榎木津と関口、中禅寺敦子は、涼子に案内され、妹夫婦が住居としていた元小児科病棟だったという建物に行き、部屋を検分する。部屋を見るなり、榎木津は「ここで惨劇が行われた訳だ」(p250)語った。さらに、絨毯の隅の血痕にも気付く。その血痕が失踪したとされる牧朗のものと言う。
牧朗が最後に入ったのは、書庫だったと涼子は言う。その部屋は内側から小さな閂をかければ、部屋の外からは開けることができない。密室を構成する状態の部屋だった。その部屋には、現在妹の梗子が使っているという。涼子はその部屋に入る。引き続き榎木津が入口から少し入り、部屋を見た瞬間にその部屋から離れる。
関口が理由を問うと、榎木津は「やることなんて何もないよ。強いていうなら、僕らに残されたできることは、ただひとつ、警察を呼ぶことだけだよ」(p268)と。また、榎木津は牧朗と梗子の寝室に居た時点で、「蛙の顔をした赤ん坊」が見えたとも関口に語っていた。
榎木津はこの後、その場から退出してしまった。関口が引き継いで涼子からの依頼の件をこの後探索していく羽目になる。牧朗は本当に失踪してしまったのか・・・・。
関口は、梗子に紹介される。また、その部屋には第二の扉があり、その状態も確認した。関口は牧朗の研究ノートや日記を調査のために借用する。それらの資料は京極堂が読み、分析することでこの案件に関わっていく。
梗子は妊娠20ヶ月という異常な状態にあることが判る。一方で、久遠寺医院では、産まれたばかりの赤ん坊がいなくなるという事件が度々あったらしいという噂が流れていた。一昨年の夏から暮れにかけて、木場刑事はこの赤ん坊失踪事件を担当していたという。さらに、木場は、久遠寺の出自が香川であることから、所轄に調査依頼をしていた。そして、久遠寺の出身の村では、かつては御殿医という名家ではあるが、おしょぼ憑きという憑物筋だという噂があることを知らされたと言う。
このミステリーが具体的に動き出していく。
本作は、関口の視点からストーリーが進展していく。その進展のプロセスで、関口は恋文に関わる彼の記憶あるいは幻想を探索のプロセスに重層化して思考し始めることにもなる。また、このミステリーの謎解きに、陰陽師、祈祷師である京極堂が更に関わりを深めていく。このステージでは京極堂がいわば主役になる。独擅場となっていく。
奇想天外とも感じるが、じつに論理的な展開、実に意外な顛末へと突き進む。
本作にはいくつかのテーゼが下敷きになっている。以下は京極堂の発言である。
1. この世には不思議なことなど何もないのだよ。関口君。 p23
2. 関口君。観測する行為自体が対象に影響を与える--ということを忘れるな。
不確定性原理だ。正しい観測結果は観測しない状態でしか求められない。
主体と客体は完全に分離できない--つまり完全な第三者というのは存在しえない
のだ。君が関与することで、事件もまた変容する。 p172
3. およそ怪異は遍く生者が確認するんだ。つまりね、怪異の形を決定する要因は、生
きている人、つまり怪異を見る方にあるということだ。 p321
4. 憑物筋の習俗は今も根強く生きている。これを無視することはできない。 p348
5. 地域の民俗社会にはルールがある。呪いが成立するにも法則というものがある。
p544
百鬼夜行の世界と現代ミステリーとの結合。不思議と思わせる状況を書きつらね、それを論理的理論的に突き崩していく。これがデビュー作だとは! 実におもしろかった。
ご一読ありがとうございます。
こちらもお読みいただけるとうれしいです。
『書楼弔堂 炎昼』 集英社文庫
『書楼弔堂 破暁』 集英社文庫
『書楼弔堂 待宵』 集英社
[遊心逍遙記]に掲載 : 『ヒトごろし』 新潮社