鬼役第4弾! 2006年に文庫で刊行されていたものに、大幅加筆修正し改題されて、2012年7月に文庫本が刊行された。
本所には、短編連作として、「月盗人」「懸崖の老松」「暗闇天女」「末期の酒」の4編が収録されている。
御小姓組番頭橘右近から、蔵人介の裏の役目を指示される状況が発生するが、本書でも蔵人介は橘右近との信頼関係になんとか距離を保ち、組み込まれてしまうことを回避できている。橘右近に呼びつけられれば、面前に出向かねばならないのだが、暗殺役については、その遂行について微妙なバランスを維持しているところがこの
シリーズの方向性として興味をそそる。
文庫 新装版表紙
さて、収録の短編それぞれについて、読後印象を織り交ぜながら、簡略にご紹介したい。
< 月盗人(ツキヌスット)>
目安箱が盗まれた。橘右近に呼び出された矢背蔵人介はそのことを聞く。右近は己の失脚を狙った者の仕業だと激高する。蔵人介は橘の配下ではないと抗弁するも、「不逞の輩を見つけだし、斬罪するのじゃ」と告げられる。探索は公人朝夕人(くにんちょうじゃくにん)である例の男がする。悪者を見過ごすような男ではないと見込んで期待していると述べるにとどめるという老練さ。目安箱を盗むという行為に、蔵人介の好奇心、厄介な虫が疼きだす。公人朝夕人の土田伝右衛門が蔵人介に不埒者は強敵だと言い、路銀を用意してきていた。盗難の前日にあった直訴には、塩竃にある神社の神官の直訴が含まれていて、仙台藩の黒脛巾組の残党が絡んでいるらしく、既に御庭番が斬られているとも言う。
伊達家仙台藩の内奥に巣くう闇の勢力に蔵人介は串部六郎太とともに挑んでいく羽目になる。
このストーリー、蔵人介の家庭内で、息子の鐵太郎の教育について嫁と姑間での意見の相違問題がパラレルに進展していくところがおもしろい。
斬られた御庭番には妹がいた。妹も隠密とはいえ、兄の遺恨を内奥に潜めながらの働きをする。タイトルの「月」が重要な意味をもっていた。
< 懸崖の老松 >
元鬼役で役を退いて十年になる磯貝新兵衛が矢背家を訪ねてくる。七年前に息子が城中で起こした事件の真相を知り、敵討ちの助力を蔵人介の義母志乃に頼ってきたのである。志乃は長刀の達人だ。
一方、西ノ丸恒例の鷹狩りが駒場野にて行われる際の弓競べに蔵人介の妻幸恵が出ることになる。幸恵は弓では小笠原流の免許皆伝なのだ。この弓競べで二年連続で頂点に立った名人が今回も出る。西の丸書院番二番組組頭、塚越弥十郎である。幸恵が出るのには裏があった。
塚越弥十郎は、磯貝の話では息子の死の元凶となる相手だった。
弓競べの当日、蔵人介は駒場野にて鬼役の務めをすることになる。蔵人介は碩翁を介してこの弓競べに巻き込まれていく。
このストーリーのおもしろい点は、志乃と橘が旧知の仲だったということである。
磯貝の頼みが志乃を動かし、その結果、巡り巡って蔵人介が最後に関わっていく羽目になる。
このストーリー、息子の死に関わる磯貝新兵衛の遺恨が根源にある。
< 暗闇天女 >
勘定方亀山喜平の死体が発見された。義弟の綾辻市之進は亀山の行状を調べていた。亀山は近江税所藩を強請っていたようだ。市之進は心中に見せかけた殺しだと言う。死んだ女は亀山とは無関係。亀山は辰巳芸者に金を注ぎ込んでいた。亀山の探索をしている間に、市之進はその辰巳芸者初吉、本名お初に岡惚れしてしまったと言う。
蔵人介はお初に会ってみようと、お茶屋『万作』に出向く。万作で、蔵人介は同朋衆の道阿弥に出くわし、税所藩留守居役の接待だと聞き出す。万作の亭主は蔵人介に、これ以上深入りすれば命を縮めるもとになりますぞと告げられる。それが逆に蔵人介の心に火をつけた。是が非でもこの一件を暴くと。
心中の形で殺された女は蝋燭問屋『日野屋』の娘お幸。なぜお幸が巻き込まれたのか。その真因も明らかになっていく。
お初は蔵人介に言った。自分と付き合った男は皆金がたまらない。私は貧乏神の生まれ変わり。貧乏神を暗闇天女とのいうのだと。タイトルはここに由来する。
この短編は、日野屋庄左衛門と辰巳芸者お初のそれぞれの遺恨が根底にある。
義弟に協力する形ではあるが、主体的に蔵人介の正義が発露される顛末譚の好編だ。
< 末期の酒 >
魚問屋『駿河屋』主人の接待を受けた帰路、蔵人介と串部六郎太は、月代頭の侍が刺客に遭う現場に出くわした。刺客に対峙し蔵人介が来国次を抜き放つことになる。刺客は阿田福面をつけていた。串部はその男が富田流の小太刀を使う手練と見抜く。尋常の勝負では負けていたと蔵人介が思ったほどの手練だった。
殺された男は「七つ屋に諮られた」と言い残す。蔵人介はその顔を見て、御台所組頭の佐川又三郎だと気づいた。これが始まりとなる。
義母の志乃は佐川の末期の言葉から、御家人株の売買と御家人株の流しを推測する。
蔵人介は息子鐵太郎と共に溜池の馬場に行く。城勤めを辞めた潮田藤左衛門が凧揚げをしていた。そこで鐵太郎は凧揚げのコツを潮田から教えてもらうことに。蔵人介は城で、潮田と過去に多少の縁があった。二人の会話から賄吟味役だった潮田が城務めを辞めた経緯が明らかになっていく。
蔵人介は、佐川の死の原因を究明するために、自ら七つ屋こと門前屋重五郎の所に金を借りたいと仕掛けていく。
佐川の遺恨と阿多福面の男の腕が蔵人介が己の意志で動く原因となっている。この短編もまた、蔵人介の裏の顔とはリンクしてない。ただの人斬りに対する怒りである。
本書は、短編連作の根底で、「遺恨」が共通項になっている。それが本書のタイトルには反映していると言える。
ご一読ありがとうございます。
こちらもお読みいただけるとうれしいです。
『乱心 鬼役参』 光文社文庫
『刺客 鬼役弐』 光文社文庫
『鬼役 壱』 光文社文庫
『太閤暗殺 秀吉と本因坊』 幻冬舎
本所には、短編連作として、「月盗人」「懸崖の老松」「暗闇天女」「末期の酒」の4編が収録されている。
御小姓組番頭橘右近から、蔵人介の裏の役目を指示される状況が発生するが、本書でも蔵人介は橘右近との信頼関係になんとか距離を保ち、組み込まれてしまうことを回避できている。橘右近に呼びつけられれば、面前に出向かねばならないのだが、暗殺役については、その遂行について微妙なバランスを維持しているところがこの
シリーズの方向性として興味をそそる。
文庫 新装版表紙
さて、収録の短編それぞれについて、読後印象を織り交ぜながら、簡略にご紹介したい。
< 月盗人(ツキヌスット)>
目安箱が盗まれた。橘右近に呼び出された矢背蔵人介はそのことを聞く。右近は己の失脚を狙った者の仕業だと激高する。蔵人介は橘の配下ではないと抗弁するも、「不逞の輩を見つけだし、斬罪するのじゃ」と告げられる。探索は公人朝夕人(くにんちょうじゃくにん)である例の男がする。悪者を見過ごすような男ではないと見込んで期待していると述べるにとどめるという老練さ。目安箱を盗むという行為に、蔵人介の好奇心、厄介な虫が疼きだす。公人朝夕人の土田伝右衛門が蔵人介に不埒者は強敵だと言い、路銀を用意してきていた。盗難の前日にあった直訴には、塩竃にある神社の神官の直訴が含まれていて、仙台藩の黒脛巾組の残党が絡んでいるらしく、既に御庭番が斬られているとも言う。
伊達家仙台藩の内奥に巣くう闇の勢力に蔵人介は串部六郎太とともに挑んでいく羽目になる。
このストーリー、蔵人介の家庭内で、息子の鐵太郎の教育について嫁と姑間での意見の相違問題がパラレルに進展していくところがおもしろい。
斬られた御庭番には妹がいた。妹も隠密とはいえ、兄の遺恨を内奥に潜めながらの働きをする。タイトルの「月」が重要な意味をもっていた。
< 懸崖の老松 >
元鬼役で役を退いて十年になる磯貝新兵衛が矢背家を訪ねてくる。七年前に息子が城中で起こした事件の真相を知り、敵討ちの助力を蔵人介の義母志乃に頼ってきたのである。志乃は長刀の達人だ。
一方、西ノ丸恒例の鷹狩りが駒場野にて行われる際の弓競べに蔵人介の妻幸恵が出ることになる。幸恵は弓では小笠原流の免許皆伝なのだ。この弓競べで二年連続で頂点に立った名人が今回も出る。西の丸書院番二番組組頭、塚越弥十郎である。幸恵が出るのには裏があった。
塚越弥十郎は、磯貝の話では息子の死の元凶となる相手だった。
弓競べの当日、蔵人介は駒場野にて鬼役の務めをすることになる。蔵人介は碩翁を介してこの弓競べに巻き込まれていく。
このストーリーのおもしろい点は、志乃と橘が旧知の仲だったということである。
磯貝の頼みが志乃を動かし、その結果、巡り巡って蔵人介が最後に関わっていく羽目になる。
このストーリー、息子の死に関わる磯貝新兵衛の遺恨が根源にある。
< 暗闇天女 >
勘定方亀山喜平の死体が発見された。義弟の綾辻市之進は亀山の行状を調べていた。亀山は近江税所藩を強請っていたようだ。市之進は心中に見せかけた殺しだと言う。死んだ女は亀山とは無関係。亀山は辰巳芸者に金を注ぎ込んでいた。亀山の探索をしている間に、市之進はその辰巳芸者初吉、本名お初に岡惚れしてしまったと言う。
蔵人介はお初に会ってみようと、お茶屋『万作』に出向く。万作で、蔵人介は同朋衆の道阿弥に出くわし、税所藩留守居役の接待だと聞き出す。万作の亭主は蔵人介に、これ以上深入りすれば命を縮めるもとになりますぞと告げられる。それが逆に蔵人介の心に火をつけた。是が非でもこの一件を暴くと。
心中の形で殺された女は蝋燭問屋『日野屋』の娘お幸。なぜお幸が巻き込まれたのか。その真因も明らかになっていく。
お初は蔵人介に言った。自分と付き合った男は皆金がたまらない。私は貧乏神の生まれ変わり。貧乏神を暗闇天女とのいうのだと。タイトルはここに由来する。
この短編は、日野屋庄左衛門と辰巳芸者お初のそれぞれの遺恨が根底にある。
義弟に協力する形ではあるが、主体的に蔵人介の正義が発露される顛末譚の好編だ。
< 末期の酒 >
魚問屋『駿河屋』主人の接待を受けた帰路、蔵人介と串部六郎太は、月代頭の侍が刺客に遭う現場に出くわした。刺客に対峙し蔵人介が来国次を抜き放つことになる。刺客は阿田福面をつけていた。串部はその男が富田流の小太刀を使う手練と見抜く。尋常の勝負では負けていたと蔵人介が思ったほどの手練だった。
殺された男は「七つ屋に諮られた」と言い残す。蔵人介はその顔を見て、御台所組頭の佐川又三郎だと気づいた。これが始まりとなる。
義母の志乃は佐川の末期の言葉から、御家人株の売買と御家人株の流しを推測する。
蔵人介は息子鐵太郎と共に溜池の馬場に行く。城勤めを辞めた潮田藤左衛門が凧揚げをしていた。そこで鐵太郎は凧揚げのコツを潮田から教えてもらうことに。蔵人介は城で、潮田と過去に多少の縁があった。二人の会話から賄吟味役だった潮田が城務めを辞めた経緯が明らかになっていく。
蔵人介は、佐川の死の原因を究明するために、自ら七つ屋こと門前屋重五郎の所に金を借りたいと仕掛けていく。
佐川の遺恨と阿多福面の男の腕が蔵人介が己の意志で動く原因となっている。この短編もまた、蔵人介の裏の顔とはリンクしてない。ただの人斬りに対する怒りである。
本書は、短編連作の根底で、「遺恨」が共通項になっている。それが本書のタイトルには反映していると言える。
ご一読ありがとうございます。
こちらもお読みいただけるとうれしいです。
『乱心 鬼役参』 光文社文庫
『刺客 鬼役弐』 光文社文庫
『鬼役 壱』 光文社文庫
『太閤暗殺 秀吉と本因坊』 幻冬舎