千里眼新シリーズの第7弾! 岬美由紀には出生後の幼少期の記憶がほとんどない。だが、特定のシーンが時折、脳裏にフラッシュバックし思い浮かぶことがある。それは美由紀が特定の要素が重なる窮地の状況に陥った人に遭遇し、その人を助けなければと美由紀が暴走する場合に発生する。それが何を意味するのか、美由紀自身にもわからなかった。
美由紀が想起するシーンの持つ意味、その幼少期の哀しい事実が遂に明らかになる。美由紀自身が己の過去を探り出し、元凶となった根源に立ち向かう行動に邁進する。そのプロセスがこのストーリーである。読者も知りたい美由紀の過去が明らかになる。
本書は文庫書下ろし作品で、平成19年(2007)9月に刊行された。
北茨木市の五浦海岸の断崖絶壁から足を滑らせて転落した畔取直子は救助されたものの記憶をなくしていた。畔取直子と面談した茨城県警の廣瀬警部補は本庁からのファックス情報をもとに、臨床心理士の岬美由紀と連絡を取ろうとする。
ストーカー被害に遭い、恐怖を感じているという雪村藍のアパートの部屋を訪れ、面談した美由紀は藍に自立訓練法の要領を教える。その時、携帯電話にメールを受信。これが畔取直子に関わり合う契機となる。美由紀は、藍の話の中でストーカーのことに思いが及ぶと、強い嫌悪感を感じ一瞬我を忘れる自分がいたと自己分析する。読了後に振り返ると、雪村藍への美由紀の助言のワンシーンに既にこのストーリーの伏線が敷かれていたことに気づいた。
美由紀は、畔取夫妻の屋敷を訪ね、廣瀬警部補の立ち合いのもとで、夫と名乗る利夫から事情を聴き、直子に簡単なテストを行った。直子が記憶を失っているのは事実だった。直子は誰かから封筒と図面を渡されていたことを思い出す。「私はサインドだよ。ご存じと思いますが」(p29)と美由紀に語っていた利行は、図面が目の前に出て来るなり、それを持って立ち去った。直子に異変が起こる。夫と偽証し、その立場を悪用されたことを美由紀と廣瀬に告発したのだ。美由紀の内心にスイッチが入る。美由紀は利行と名乗った男・防衛省の防衛政策局調査課嵩原利行を追跡し、土浦駐屯地を巻き込む事件に拡大する。
この小説の一つのスタイルになっているが、冒頭の小活劇がまず読者を惹きつける。
これは美由紀には義憤に駆られ、歯止めが利かなくなる行動に及ぶ側面があるという事例でもある。それがなぜ起こるのか? その動因の究明がこのストーリーなのだ。
さらに、警察では処理できない図面の問題。闇に紛れてしまうことを潔しとしない美由紀は、「どうせ警察は圧力で動けないでしょう。手をこまねいて待つくらいなら、一線を越えた方がましよ」(p65)と告げ、真実を追求する道を選択した。
図面について、美由紀は伊吹直哉に電話連絡を入れる。そして、図面の入手経緯を説明した上で、その図面はそれらしくイラストレーターが仕上げた偽物の基地図面で、色校のコピーだと所見を告げた。伊吹に図面を持ち去った理由を尋ねられ、美由紀は「真実はさっさと暴かないと、被害者の女性がいつまでも苦悩を引きずることになる。理由はそれだけよ」(p80)と答える。これがきっかけで、伊吹は美由紀を心配し、彼女の事実究明に関わっていく。
一方、臨床心理士の嵯峨敏也は、美由紀が人を救おうとして、突発的に暴力的な行為に及ぶとき、その状況を細分化すると一定の傾向があると分析し始めていた。先輩臨床心理士の舎利弗浩輔に己の所見を話してみる。解離性障害に近い症状がみられ、その原因は幼少のころに虐待を受けたのではないかと推論を進めていく。
藍がストーカー行為に遭い恐怖を抱くようになった原因が解明され、そこからノウレッジ出版社に行き着く。美由紀はノウレッジ出版社を調べる過程で、偽の図面の究明とさらには、大きな陰謀の実行を阻止するための行動を迫られることになる。
芋づる式に問題が連鎖的に関連していく。おもしろい構成になっていて、ストーリーが盛り上がっていく。
人を救うために暴走的行動をとった美由紀は、検察官による公訴を受け、東京地裁で裁判を受ける被告人となる。裁判において嵯峨は弁護人側で美由紀の精神鑑定者の役割を担ていく。
美由紀に時折起こる相模原団地のイメージのフラッシュバック。嵯峨による精神鑑定の一環として、その風景の謎を確かめる目的で、裁判所を通じて美由紀は許可を取り、相模原団地を見学に行く。通行証の許可は2人分。藍が相棒として会社が終わってから現地で加わる予定だった。ランボルギーニ・ガヤルドで出かけた美由紀は、意外と早く着いたのでとりあえず一人で見学することの許可を得た。
米軍厚木基地の軍居住地区の一画に、基地施設の一部として相模原団地がある。そこは、米軍基地で働く日本人たちが住むエリアなのだ。
相模原団地を目にした途端、美由紀は脳裏にフラッシュバックする光景がまぎれもなくこの相模原団地だと認識した。
ここから第二幕が始まる。
昭和三十年代の風景そのままの団地の佇まいを眺め、子供たちの様子を見、団地内を見て歩く内に、美由紀には消されていた記憶が徐々に蘇り始める。一方、団地内の見学中にボブと呼ばれる子供が本物の拳銃を持って美由紀の前に現れた。その子の後をつけた美由紀は、おぞましい情景を目にする。それが因となり、美由紀は窮地に落ち行っていく。
雪村藍が相模原団地に着いた時には、美由紀は団地内の診療所のベッドの上に頭に包帯を巻かれて、横たわりびくりとも動かない状態だった。塚本紀久子という団地の薬剤師が、基地の医師の指示を受けて世話をしているという。美由紀が団地内で衝突事故を起こしたのだと。藍にはそれは到底信じられないことだった。今の事態に疑問を抱く。
ここから藍の活躍が始まる。美由紀との意思疎通方法に気づいたのだ。さらに、窮地の美由紀が密かに書き残していたメッセージを見つける。そして、密かに伊吹に画像添付のメールを送信した。
美由紀を事故に見せかけて抹殺しようとする得体の知れない一群の人々の存在。その連中との対決が始まっていく。
藍の働きと伊吹らの活躍で救助された美由紀は、アメリカ大使館の職員、ジョージ・ドレイクから、相模原団地事件に関連して、舌紋(Tongue Print)をとることを要求される。これにより、美由紀の過去の一端が明瞭に跡付けられる。美由紀に起こる相模原団地の光景のフラッシュバックは、美由紀の過去と重要な関連性があったのだ。
美由紀の脳に抑圧されていた記憶が徐々にリンクしていく。美由紀にフラッシュバックする他の光景もその意味がつながりを持ち始める。伊吹が美由紀の過去の記憶の一部を提示し、あのダビデも美由紀の前に現れてある事実を伝えることに・・・・。
記憶の連鎖、記憶のピースがはまっていくと、美由紀は記憶をたどり、第二の客の居場所を究明する行動に乗り出していく。伊吹が協力し、舎利弗先生が情報収集の側面で協力する。
これが、いわば第三幕といえようか。そプロセスで、現在時点で発生した事件が副次的に解決できるという付録まで織り込まれていく。この横道も面白い。
大団円で幕を閉じる。
勿論、この流れには最後に、被告人となっている美由紀の裁判の判決が残っている。
伊吹直哉の結婚式という場面がそれに続く。
ここで終わっても、このストーリー、なんら不自然ではない。
だが、「二か月後」という最終章が付いている。これを付け加えてあるのは、新たな美由紀の行動が既に始まっているということを示すのだろう。岬美由紀らしいエンディングといえるかもしれない。次作はすぐに新たな行動のスタートから始まるのだから。
ご一読ありがとうございます。
こちらもお読みいただけるとうれしいです。
『千里眼 堕天使のメモリー』 角川文庫
『千里眼の教室』 角川文庫
『千里眼 ミッドタウンタワーの迷宮』 角川文庫
『千里眼の水晶体』 角川文庫
『千里眼 ファントム・クォーター』 角川文庫
『千里眼 The Start』 角川文庫
『千里眼 背徳のシンデレラ 完全版』 上・下 角川文庫
『ecriture 新人作家・杉浦李奈の推論 Ⅸ 人の死なないミステリ』 角川文庫
『千里眼 ブラッドタイプ 完全版』 角川文庫
『千里眼とニアージュ 完全版』 上・下 角川文庫
『ecriture 新人作家・杉浦李奈の推論 Ⅷ 太宰治にグッド・バイ』 角川文庫
『探偵の探偵 桐嶋颯太の鍵』 角川文庫
『千里眼 トオランス・オブ・ウォー完全版』上・下 角川文庫
『ecriture 新人作家・杉浦李奈の推論 Ⅵ 見立て殺人は芥川』 角川文庫
『ecriture 新人作家・杉浦李奈の推論 Ⅶ レッド・ヘリング』 角川文庫
「遊心逍遙記」に掲載した<松岡圭祐>作品の読後印象記一覧 最終版
2022年末現在 53冊
美由紀が想起するシーンの持つ意味、その幼少期の哀しい事実が遂に明らかになる。美由紀自身が己の過去を探り出し、元凶となった根源に立ち向かう行動に邁進する。そのプロセスがこのストーリーである。読者も知りたい美由紀の過去が明らかになる。
本書は文庫書下ろし作品で、平成19年(2007)9月に刊行された。
北茨木市の五浦海岸の断崖絶壁から足を滑らせて転落した畔取直子は救助されたものの記憶をなくしていた。畔取直子と面談した茨城県警の廣瀬警部補は本庁からのファックス情報をもとに、臨床心理士の岬美由紀と連絡を取ろうとする。
ストーカー被害に遭い、恐怖を感じているという雪村藍のアパートの部屋を訪れ、面談した美由紀は藍に自立訓練法の要領を教える。その時、携帯電話にメールを受信。これが畔取直子に関わり合う契機となる。美由紀は、藍の話の中でストーカーのことに思いが及ぶと、強い嫌悪感を感じ一瞬我を忘れる自分がいたと自己分析する。読了後に振り返ると、雪村藍への美由紀の助言のワンシーンに既にこのストーリーの伏線が敷かれていたことに気づいた。
美由紀は、畔取夫妻の屋敷を訪ね、廣瀬警部補の立ち合いのもとで、夫と名乗る利夫から事情を聴き、直子に簡単なテストを行った。直子が記憶を失っているのは事実だった。直子は誰かから封筒と図面を渡されていたことを思い出す。「私はサインドだよ。ご存じと思いますが」(p29)と美由紀に語っていた利行は、図面が目の前に出て来るなり、それを持って立ち去った。直子に異変が起こる。夫と偽証し、その立場を悪用されたことを美由紀と廣瀬に告発したのだ。美由紀の内心にスイッチが入る。美由紀は利行と名乗った男・防衛省の防衛政策局調査課嵩原利行を追跡し、土浦駐屯地を巻き込む事件に拡大する。
この小説の一つのスタイルになっているが、冒頭の小活劇がまず読者を惹きつける。
これは美由紀には義憤に駆られ、歯止めが利かなくなる行動に及ぶ側面があるという事例でもある。それがなぜ起こるのか? その動因の究明がこのストーリーなのだ。
さらに、警察では処理できない図面の問題。闇に紛れてしまうことを潔しとしない美由紀は、「どうせ警察は圧力で動けないでしょう。手をこまねいて待つくらいなら、一線を越えた方がましよ」(p65)と告げ、真実を追求する道を選択した。
図面について、美由紀は伊吹直哉に電話連絡を入れる。そして、図面の入手経緯を説明した上で、その図面はそれらしくイラストレーターが仕上げた偽物の基地図面で、色校のコピーだと所見を告げた。伊吹に図面を持ち去った理由を尋ねられ、美由紀は「真実はさっさと暴かないと、被害者の女性がいつまでも苦悩を引きずることになる。理由はそれだけよ」(p80)と答える。これがきっかけで、伊吹は美由紀を心配し、彼女の事実究明に関わっていく。
一方、臨床心理士の嵯峨敏也は、美由紀が人を救おうとして、突発的に暴力的な行為に及ぶとき、その状況を細分化すると一定の傾向があると分析し始めていた。先輩臨床心理士の舎利弗浩輔に己の所見を話してみる。解離性障害に近い症状がみられ、その原因は幼少のころに虐待を受けたのではないかと推論を進めていく。
藍がストーカー行為に遭い恐怖を抱くようになった原因が解明され、そこからノウレッジ出版社に行き着く。美由紀はノウレッジ出版社を調べる過程で、偽の図面の究明とさらには、大きな陰謀の実行を阻止するための行動を迫られることになる。
芋づる式に問題が連鎖的に関連していく。おもしろい構成になっていて、ストーリーが盛り上がっていく。
人を救うために暴走的行動をとった美由紀は、検察官による公訴を受け、東京地裁で裁判を受ける被告人となる。裁判において嵯峨は弁護人側で美由紀の精神鑑定者の役割を担ていく。
美由紀に時折起こる相模原団地のイメージのフラッシュバック。嵯峨による精神鑑定の一環として、その風景の謎を確かめる目的で、裁判所を通じて美由紀は許可を取り、相模原団地を見学に行く。通行証の許可は2人分。藍が相棒として会社が終わってから現地で加わる予定だった。ランボルギーニ・ガヤルドで出かけた美由紀は、意外と早く着いたのでとりあえず一人で見学することの許可を得た。
米軍厚木基地の軍居住地区の一画に、基地施設の一部として相模原団地がある。そこは、米軍基地で働く日本人たちが住むエリアなのだ。
相模原団地を目にした途端、美由紀は脳裏にフラッシュバックする光景がまぎれもなくこの相模原団地だと認識した。
ここから第二幕が始まる。
昭和三十年代の風景そのままの団地の佇まいを眺め、子供たちの様子を見、団地内を見て歩く内に、美由紀には消されていた記憶が徐々に蘇り始める。一方、団地内の見学中にボブと呼ばれる子供が本物の拳銃を持って美由紀の前に現れた。その子の後をつけた美由紀は、おぞましい情景を目にする。それが因となり、美由紀は窮地に落ち行っていく。
雪村藍が相模原団地に着いた時には、美由紀は団地内の診療所のベッドの上に頭に包帯を巻かれて、横たわりびくりとも動かない状態だった。塚本紀久子という団地の薬剤師が、基地の医師の指示を受けて世話をしているという。美由紀が団地内で衝突事故を起こしたのだと。藍にはそれは到底信じられないことだった。今の事態に疑問を抱く。
ここから藍の活躍が始まる。美由紀との意思疎通方法に気づいたのだ。さらに、窮地の美由紀が密かに書き残していたメッセージを見つける。そして、密かに伊吹に画像添付のメールを送信した。
美由紀を事故に見せかけて抹殺しようとする得体の知れない一群の人々の存在。その連中との対決が始まっていく。
藍の働きと伊吹らの活躍で救助された美由紀は、アメリカ大使館の職員、ジョージ・ドレイクから、相模原団地事件に関連して、舌紋(Tongue Print)をとることを要求される。これにより、美由紀の過去の一端が明瞭に跡付けられる。美由紀に起こる相模原団地の光景のフラッシュバックは、美由紀の過去と重要な関連性があったのだ。
美由紀の脳に抑圧されていた記憶が徐々にリンクしていく。美由紀にフラッシュバックする他の光景もその意味がつながりを持ち始める。伊吹が美由紀の過去の記憶の一部を提示し、あのダビデも美由紀の前に現れてある事実を伝えることに・・・・。
記憶の連鎖、記憶のピースがはまっていくと、美由紀は記憶をたどり、第二の客の居場所を究明する行動に乗り出していく。伊吹が協力し、舎利弗先生が情報収集の側面で協力する。
これが、いわば第三幕といえようか。そプロセスで、現在時点で発生した事件が副次的に解決できるという付録まで織り込まれていく。この横道も面白い。
大団円で幕を閉じる。
勿論、この流れには最後に、被告人となっている美由紀の裁判の判決が残っている。
伊吹直哉の結婚式という場面がそれに続く。
ここで終わっても、このストーリー、なんら不自然ではない。
だが、「二か月後」という最終章が付いている。これを付け加えてあるのは、新たな美由紀の行動が既に始まっているということを示すのだろう。岬美由紀らしいエンディングといえるかもしれない。次作はすぐに新たな行動のスタートから始まるのだから。
ご一読ありがとうございます。
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『千里眼 堕天使のメモリー』 角川文庫
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「遊心逍遙記」に掲載した<松岡圭祐>作品の読後印象記一覧 最終版
2022年末現在 53冊