遊心逍遙記その2

ブログ「遊心逍遙記」から心機一転して、「遊心逍遙記その2」を開設します。主に読後印象記をまとめていきます。

『千里眼の教室』  松岡圭祐  角川文庫

2024-08-03 14:26:40 | 松岡圭祐
 千里眼新シリーズの第5弾。新シリーズを読み継いでいる。新シリーズと言っても、この第5弾は平成19年(2007)5月に文庫の初版が発行された。
 
 岐阜県立氏神工業高校は過疎化した地域の公立高校が合併し、普通科、工業科、農業科が混在する奇妙な学校で、学習指導要領で必須とされる世界史の未履修問題が是正されないままの学校である。落ちこぼれの生徒が集まる学校でもあった。この氏神工業高校の生徒たちが、学校長はじめ教師達全員が学校の敷地から出払ってしまったタイミングをとらえて、学校に籠城し、生徒の自治による独立国家、氏神高校国の建国を宣言した。日本国という領土内に、突然に独立国が宣言された。このストーリーは、この氏神高校国の建国から終焉までの顛末譚である。
 自衛隊の戦闘機が一機、雷鳴のような轟音を響かせながらかなりの低空飛行で飛び去って行った直後に学校の体育館の方向で青い光が瞬くという現象が生じた。それからしばらくの時間が過ぎて、校舎の屋外スピーカーが、氏神高校国建国宣言を告げた。これが事件の始まりだった。

 このストーリー、冒頭は、岬美由紀が津島循環器脳神経科病院の五十嵐哲治院長を見つけ、出頭を勧める場面から始まる。五十嵐には、台湾製の時限式爆発物を海外のブローカーから購入した容疑がかけられていた。五十嵐は酸素欠乏症が脳細胞のいくつかを破壊し人が暴力的になり、いじめの原因となるという持論を主張していた。その主張を実証するために、時限爆弾をどこかに仕掛けた。五十嵐は説得する美由紀の前から逃亡する。この逃亡と美由紀の追跡場面がまず奇想天外な活劇風であり、映画のイントロにしたら観客を惹きつける市街破壊場面になることだろう。だが、イントロ場面にそれほど金をかけられないか・・・・・。まずフィクションのおもしろさがぶつけられている。

 このストーリー、氏神高校国建国後の内部状況をまず描きあげていく。旧生徒会役員が氏神高校国行政庁となり、生徒自身による民主的な自治を国家として独立運営すると決定し、実行するという。独立運営するといっても、どのようにして・・・という疑問から、読者は興味津々とならざるを得ない。
 学校敷地内に集団籠城するとして、ライフラインをどうするのか。食料をどのように確保するのかなど、次々に疑問が出てくる。一方で、これは単なる一時的憂さ晴らしの茶番劇の一幕か・・・そんな疑念も芽生える。
 いやいや、なかなか筋立てに理屈が通り、整合性が築かれていくのだから、おもしろさが増す。
 建国と宣言されれば、マスコミレベルの好奇心だけでは済まされず、日本政府も対応を迫られるという側面が当然生まれてくる。学校に籠城する高校生の集団を相手に、国家権力を行使するところまで行くのかどうか・・・・。
 
 ここには、氏神高校国という建国による国家という組織構築のシミュレーションがある。想定外の状況に投げ込まれた高校生達の心理変化、集団社会への適応などが描き込まれていく。
 ストーリーの進展に沿う氏神高校国描写関連の章見出しを一部ご紹介しておこう。
 「貴族・平民・奴隷」「処刑の真実」「統治官・補佐・平民」「貨幣経済とは」「数値と漫画」「独立国と女たち」・・・・と進展する。運営機構の確立、秩序の確立、運営資金源の確保、食料入手ルートの確保、方針と行動目標の設定と、独立国のメカニズムが動き出すのだから、なかなかに興味深いストーリー展開となる。
 最もおもしろいのは、「習研ゼミのセンター試験向け大学模試を、全国民にて行うものとする」という目標設定がなされ、それが進展していくことである。

 岬美由紀がどう関与するのか?
 五十嵐哲治を追跡した美由紀は、五十嵐が爆弾を仕掛けたのは氏神工業高校と推測した。そして、岐阜に所在の高校に向かうのだが、爆弾は作動してしまった。学校は氏神高校国として建国宣言された。学校を取り巻く待機所で数日を状況監視に費やした後、美由紀は、日本国代表使節団に加わり、学校内に入る。そして、使節団の中でただ一人、氏神高校国に残留する。美由紀の目的は、五十嵐が仕掛けた爆弾の爆発の証拠確保とその結果の事実確認であった。それは氏神高校国の実態把握とも関連していた。そして、美由紀は事実を解明する。

 フィクションならではの要素がいくつか組み込まれているものの、ストーリーの流れには整合性があり、現代社会の問題に対する風刺性、特に学校教育についての問題点への切り込みが加えられている。一方エンターテインメント性も十分に織り込まれていておもしろい。

 本作の各所に書き込まれたメッセージのいくつかを引用して終わりたい。
*突然の変化が訪れ、従うべきものが変わっても、どうすることもできない。集団がそちらに向かえば、ひとりだけ流れに逆らって生きることはできない。きづけば、驚くほど柔軟な自分がいた。   p86
*修学旅行も、学徒が兵役に出るときの団体行動の予行のためにおこなわれたのが始まりだ。出陣という目的があったころは、まだ集団も統率がとれていた。しかし目的を失い、形式だけが残って、団体教育は行き詰まった。   p114
*アメリカの心理学者ゴールドスタインとローゼンフェルトによれば、心になんらかの弱みを持った人は、同じ境遇の人たちとの仲間に加わることで安心を得ることができるらしい。生徒たちを支えているものが同胞意識だとすると、そこまで生徒たちを追い込んだmんがなんなのか、はっきりさせる必要がある。  p159
*子供たちが自活できることを主張する。それはすなわち、親への対抗意識にほかならない。   p172
*誰もが生きて、よりよい生活を営むための競争に参加している。同一の目的を与えられた集団が、こんなにまとまるものとは思わなかった。共存と繁栄は、いつの世でも平和をもたらすものだ。  p198

 ストーリーの底流になっているキーワードは「酸素」である。この酸素がどのように作用するのか。例によって、最後はどんでん返しが仕組まれている。そこがおもしろいところ!!

 そして、次の箇所に、著者の問いかけが重ねられているように受け止めた。
 ”正しいのは生徒たちだ。十代の子供たちが、社会の大いなる矛盾に疑問を突きつけている。われわれは、真摯に耳を傾けるべきではないか。
 それに、氏神高校国は本当に平和や平等を乱しているのだろうか。
 平和、平等。われわれの社会に、そんなものはあるのだろうか。たしかにかつては存在していた。だが、いまはどうなのだろう。
 それらが存在するのは、むしろ氏神高校国のなかではないのか。”    p268

 本書のタイトルに「教室」が使われている。それは美由紀が氏神高校国に残留し、内部からこの氏神高校国を観察し、彼らの信頼を獲得するに至ること。独立国家の終焉において、美由紀が一働きすることになることに由来するのだろうと思う。

 ご一読ありがとうございます。

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『探偵の探偵 桐嶋颯太の鍵』    角川文庫
『千里眼 トオランス・オブ・ウォー完全版』上・下   角川文庫
『ecriture 新人作家・杉浦李奈の推論 Ⅵ 見立て殺人は芥川』   角川文庫
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『千里眼 ミッドタウンタワーの迷宮』  松岡圭祐  角川文庫

2024-06-22 12:12:50 | 松岡圭祐
 遅ればせながら千里眼新シリーズを読み継いでいる。本作は新シリーズの第4弾書き下ろし。平成19年(2007)3月に文庫版が刊行された。
 2007年1月にこの新シリーズの最初の3作が同時刊行されて、その後奇数月にこのシリーズが順次作品化されると公表されていたようだ。

 岬美由紀の友達である高遠由愛香が、東京ミッドタウンタワーの地上150mにあるオフィスフロアから巨大望遠鏡で2人の中国人に監視されている場面から始まる。この監視活動が、このストーリーに敷かれた伏線となる。
 場面は一転する。美由紀は雪村藍を伴って、百里基地で行われる航空祭に出かける。藍のリクエストでもあったが、美由紀は航空祭での講演依頼を受けていた。基地内で美由紀は偶然にも元上官の坂村久蔵元三等空佐を見かけて話しかけた。美由紀は坂村との会話中に、彼の表情に嫌悪や警戒心を働いた兆候を読み取った。会話はわずかの間だったが、坂村は知られたくない隠し事を抱いているように美由紀は感じた。坂村との出会い、ここにも伏線が敷かれていく。

 青空ではブルーインパルスのアクロバット飛行が行われ、航空祭の会場となった基地内には、無数の自衛隊機の展示とともに、ミグ25フォックスパットがデモンストレーション飛行のために待機していた。そこに、突然に警報ととも緊急事態発生の報せが伝わる。勿論、美由紀は条件反射的に指定場所に駆けつける。そこで見たのは段ボールの小箱に横たわる物体。外観は「パキスタン製小型戦略核爆弾、ヒジュラX5」。液晶タイマーが作動していて、7分後に爆発と分かる。容器は溶接されていて壊せない。本物かどうか、悠長な論議をしている暇はない。即決行動が要求されるのだ。この小型戦略核爆弾にどう対応するか? 集まった幹部自衛官らが戸惑う中で、美由紀が決然と行動に出る。その後を伊吹が追いかける。これがこのストーリーの最初の山場となる。のっけから読者をぎゅっと惹きつける展開。007シリーズで、最初に1つの見せ場が急速に進展して観客を惹きつけるアプローチに似ている。まずは読者があっけに取られる対処を美由紀が決断し実行するというダイナミックなプロセスが描き出されていく。
 その間に、地上では思わぬことが発生していた。フランス空軍がつい最近開発した通称カウアディス攻撃ヘリのプロトタイプが一機、航空祭で展示されていたのだが、それが核爆弾騒ぎの中で消えていた。坂村元三等空佐がその攻撃ヘリに乗り込み、発進させたという複数の証言があると菅谷三佐が語った。なぜ、彼が? これもまた布石となる。

 さて、メイン・ストーリーは? 東京ミッドタウンのガーデンテラス内に、由愛香が都内15番目の店、フランス料理の専門店「マルジョレーヌ」を開店する直前からストーリーが始まる。この店の開店準備と並行して、由愛香は賭博行為に手を染めていた。由愛香は元麻布に所在する中国大使館内で開かれるカジノに招待され、そこで賭博をしていた。その結果、破滅の瀬戸際まで来ていたのだ。
 ある日、美由紀は白金にある由愛香の店を訪れて、その店が閉店となっていることを知る。心配し、由愛香に会って事情を尋ねた美由紀は、由愛香が賭博行為に嵌まり、破産の瀬戸際に居ることを知る。
 美由紀は由愛香に同行し、このカジノでの賭博のカラクリを暴き、由愛香を破産から救出しようと決断する。そのために美由紀はそのカジノでの賭博資金として、己の預金を全額資金として持参する挙に出る。
 メイン・ストーリーのテーマは、友人由愛香を賭博癖と破産の苦境から立ち直らせることである。そこに構想の一ひねりが加わって行くところが楽しみどころなのだ。

 美由紀が由愛香に同行し、大使館内のカジノに行くには、前段のサブ・ストーリーがあった。
 東京ミッドタウン・メディカルセンターで、同僚の臨床心理士徳永良彦が担当しているクライアント又吉光春のカウンセリングに美由紀が関わることになる。それに起因する。徳永に又吉のカウンセリングを依頼しているのは、国税局査察部の小平隆だった。又吉の携わる仕事と彼の金の使い方、日常行動との間に大きなギャップがあり、その収入源について、マルサが疑問を抱いていたのだ。美由紀は又吉と対話し、彼の話を聞く中で又吉が嘘を語っていないと判断する。しかし、その話の内容自体は実に奇妙なのだ。そこで美由紀は独自の調査行動をとる。又吉に案内されて東京ミッドタウンタワーの31階オフィスフロアーを見てみる。そこであることに気づく。美由紀は警視庁捜査一課の岩国警部補とコンタクトをとる。その結果、1つの解釈に確信を持つ。それが由愛香の陥っている問題事象にリンクしていく。この謎解きが読者にとっては楽しみとなる。

 このストーリーのおもしろいところは、由愛香を賭博依存と破産の泥沼から救い出すつもりが、思わぬ裏切りから、状況が悪化し、美由紀が、大切な人の命と国家機密を賭けたカードゲームを行わねばならない苦境に突き進んでいくという進展にある。そこにはある罠が仕掛けられていた・・・・・。
 
 中国大使館内で、美由紀がリベンジのカードゲームを行うことと、美由紀の最後の闘いの場が、東京ミッドタウンタワーになることだけに触れておこう。

 最後に、本作の舞台になる東京ミッドタウンについて付記しておきたい。
 六本木交差点に程近く、かつては防衛庁の庁舎が存在していた場所。そこに緑豊かな複合施設が建設された。ミッドタウンタワーは高さ248m、地上54階、地下5階で、直線が主体の直方体の建物。東京ミッドタウンは、タワーを中心として複数のビルで構成されているという設定となっている。高級志向のエリアである。 p68~69
 
 さあ、この新シリーズ第4作をお楽しみいただきたい。
 
 ご一読ありがとうございます。


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『千里眼の水晶体』  松岡圭祐  角川文庫

2024-05-25 21:21:38 | 松岡圭祐
 千里眼新シリーズが始まった時、この第3弾までの3冊が一挙に刊行された。つまり、本書もまた平成19年(2007)1月の刊行である。

 今年、78歳になるジェフリー・E・マクガイアが回想する。それは終戦直後の1945年8月20日に、日本国内の夏場でも涼しげな気候の山村で行った軍事行動の記憶。日本軍が開発した生物兵器”冠摩”を秘匿する建物と兵器を確保せよという命令だった。冠摩は日本軍がインドネシアの蚊から抽出したウィルスを培養させたもので、このウィルスは亜熱帯性の気候と気温のなかでなければ生きられないという。
 実際の軍事行動は、呆れるほど小さな木造の小屋から、ミルクのビンくらいのサイズ、コルクの蓋で液体が入っていったビンを確保するだけで終わった。小屋の番人だった一人の日本兵は、ライフル銃と拳銃を乱射した後、日本刀で自決した。何とも不可解な記憶なのだ。この回想がいわばプロローグ。読者にはこれがどのように繋がるネタなのか予想もつかない。

 ストーリーは、国土交通省航空局の職員で羽田空港事務所に勤務する米本亮が、臨床心理士会事務局を訪れるところから始まる。着陸した飛行機から外に出たがらない乗客に対応するために臨床心理士に臨場を要請する依頼だった。応対した舎利弗浩輔は岬美由紀を推薦した。同僚と喫茶店に居て、山形県での大規模な山火事のニュース映像を見ていた岬美由紀は舎利弗から電話連絡を受け、羽田空港に急行する。
 美由紀は篠山里佳子という極端な不潔恐怖症の女性に対処し、飛行機から空港近くのホテルへの移動を納得させる。だが、部屋に入るなり、バスルームに駆け込み、シャワーを使いつづけるという状況。夫の篠山正平は、山形を本社とする古美術品買い取り業の会社の課長で、東京支社設立により転勤となり、妻と一緒に、東京で住む場所を探しに来たという。
 その状況の中に、山形県警の葦藻祐樹警部補が現れる。その葦藻の風姿は里佳子からすれば真っ先に不潔なイメージを誘発させるものだった。ここらあたり、読者を楽しませる設定になっている。葦藻は山形県の山火事は放火であり、実行犯と見られる容疑者は既に身柄を拘束されていて、その犯行に篠山里佳子の関わりがあるとみられている言う。
 篠山夫妻を観察している美由紀には、彼らが嘘をついていないと分かっている。葦藻は篠山里佳子を現地に同行し、任意で事情を聞きたいと主張する。美由紀は現状で里佳子を現地に同行することは土台無理な話と判断し、里佳子の話を聞いておき、美由紀が現地に代行として行こうと主張する。それが契機となり、美由紀は山形県の山火事事件の捜査に巻き込まれて行く。
 葦藻は目撃証言と入手証拠をもとに、里佳子の関与を裏付けようと試みていくが、美由紀が次々に反論を繰り出していく。さらに、放火の容疑者に美由紀は会わせてもらうことで、容疑者の竹原塗士の自白が嘘であると見抜く。このストーリーで、まずこの反論プロセスが読ませどころとなる。おもしろい。

 美由紀が山形県に居る間に、東京では緊急事態が発生していた。美由紀と篠山正平は、警視庁のヘリで来た米本に言われ、急遽東京に引き返す。千代田区立赤十字医療センターに直行する。美由紀たちは血液検査の後、予防接種をした上で、化学防護服を着こむという手順を踏まされる。篠山里佳子は顔中に赤い斑点を発症させていた。息はあるが、意識はほとんど不明という状態に陥っていたのだ。
 何と、その総合病院に、美由紀の友人雪村藍が緊急搬送されてきた。由愛香が付き添って来ていた。雪村藍の症状は里佳子の症状とうりふたつだった。

 千代田区立赤十字医療センターの20階の大会議室で防衛省の関係者と美由紀は会うことになる。そこで、防衛大学の授業でも触れられていた冠摩というウィルス兵器について極秘事項として聞かされた。現在の緊急事態がその冠摩を原因とする感染だという。
 不潔恐怖症の悩みをもつ人々が真っ先に感染する状況が急激に進行していた。
 山形県内でも同種の症状が続出しているという。葦藻が美由紀にその後の竹原の自供内容を連絡してきた。その時にこの症状に触れた。さらに竹原は西之原夕子という女のことを自供したという。その女がこの症状のことを口にしていたことも。

 これは生物兵器”冠摩”の成り立ちや効果を知る者の計画的犯行なのか。そうだとすれば犯人は? 冠摩の開発段階で症状を中和するワクチンの研究はなされていたのか? 
 葦藻が伝えてきた情報をきっかけに、美由紀の行動が始まっていく。
 そして、すべての事象が連関して行く事に・・・・。意外な事実が根源にあった。
 本作の読ませどころは、一筋の糸口が確かな解明への道筋に転換していくプロセスにある。次々に意外な連関が明らかになっていく。
 美由紀が戦闘機を自ら操縦し、手がかりを求めてハワイ・オハフ島に飛ぶことに!!
 冠摩を原因とする感染を阻止する治療法を解明するためのプロセスが読ませどころである。読者を一気読みへと突き進ませる。

 このストーリーの興味深い点は、美由紀が直面させられる
「本心を見抜けなかったわけではない。見抜いていたから真実に気づけなかったのだ」(p183)
という思いにある。

 この美由紀の思いの直前に、美由紀に投げつけられた揶揄がある。
「・・・・なんにも気づいていなかったの? ・・・・千里眼が本心を見抜けないなんて、どうなってんの? いっぺん眼科に診てもらえば? 角膜に異常がなければ、水晶体がおかしくなってるのかもよ」(p183)
タイトル「千里眼の水晶体」はこの揶揄に由来すると言える。

 読了後に振り返り、読者の思考を右往左往させるプロットの組み立て方が実に巧妙だと感じた次第。楽しめる作品である。

 ご一読ありがとうございます。

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『千里眼 ファントム・クォーター』  松岡圭祐   角川文庫

2024-05-20 17:59:22 | 松岡圭祐
 千里眼・岬美由紀の新シリーズ。書き下ろし第2弾! とは言えど、平成19年(2007)1月刊行である。私がこのシリーズを知ったのは、シリーズが脱稿されたよりも遅かったと思うので、著者の近年の作品群とパラレルに、このシリーズを読み継いできている。

 この第2弾、新シリーズの第1作に敷かれていた伏線が浮上してくる。第1作の読後印象記の中で、次の点に触れている。
<< 美由紀がトレーニングを受けている時期に、全く離れたミラノでの場面がパラレルに挿入される。それは東大の理工学部を卒業してイタリアに渡った小峰忠志に関わる話である。彼は、遊園地用のアトラクションを製造する大手企業の子会社において、”存在するものを無いように見せる”技術として、フレキシブル・ペリスコープとなづける円筒を開発した。だが、その製造費用の巨額さでは採算に合わないと判断され、小峰を含む開発チームは解雇される。解雇された小峰に、マインドシーク・コーポレーション特殊事業課、特別顧問と称するジェニファー・レインが接触してくる。そして、2年後に南イタリアのアマルフィ海岸の崖からの自動車転落事故で小峰が事故死したことがさりげない挿話となる。これで小峰のことはストーリーからは潜行してしまう。新シリーズの次の展開への大きな伏線がここで敷かれた。>>
 <フレキシブル・ペリスコープとなづける円筒> これが、この第2作の核心になっている。

 このストーリー、実に巧みな構成になっている。映画の予告編風に、本作の小見出しに絡めて、コマ撮り風の紹介を加えてみよう。

[千里眼の女]
 冒頭、場所はシベリアの港町ナホトカ。ロシアン・マフィアのペルデンニコフに、情報屋家業のベテラン、アサエフが現代の日本で”千里眼の女”と称されるのが岬美由紀であるという情報を伝える。アサエフが得た報酬はペルデンニコフの拳銃から放たれた銃弾だった。

[ストップ安]
 美由紀は高遠由愛香(タカトオユメカ)と一緒にメルセデス・ベンツCLS550で、プレイガイドをめざす。その時、美由紀は証券会社の電光掲示板に目を止める。国内製造関連主要企業の株価が軒並み大暴落、日本以外の国では重工業を中心にあらゆる業種の株価が軒並み高騰という表示。市場が開いて間なしにストップ安がかけられていた。美由紀はその異常さに懸念を感じる。

[マトリョーシカ]
 在日ロシア大使館の館員二人がチェチェン難民の男の子が作ったという木彫りのマトリョーシカを手土産に、臨床心理士会のビルを訪れ、美由紀と面談する。チェチェン難民に対して現地に赴き、ボランティアで救助活動に加わって欲しいという依頼だった。美由紀は受諾する。明後日成田発という慌ただしいスケジュールを知らされる。

[ステルス・カバー]
 由愛香との待合場所にメルセデスで向かおうとした美由紀に、リムジンが接近してきた。運転手に後部座席へ誘われる。航空自衛隊の広門空将が居て、防衛政策局の佐々木洋輔を紹介される。車内で佐々木が美由紀に円筒形のフレキシブル・ペリスコープに関する資料を見せる。それをトマホークに被せれば、見えない巡航ミサイルが出現すると語る。対策チームに美由紀が参画するようにとの要請だった。対策チームは3日後から稼働すると言う。

 ここで第1作の伏線が恐怖の武器に関連付けられて、浮上してくる。だが、美由紀は臨床心理士として、ボランティア活動に出向くことを選択する。
 この第2作のおもしろいところは、最初から最後まで、底流として、セブン・エレメンツ来日公演のチケット獲得のための行動譚が織り込まれていくところにある。美由紀の日常生活の一面がこのストーリーでいわばオアシスになっている。
 美由紀のマンションに、萩庭夕子と名乗る研修予定の大学生が訪れる。だが、それは偽名でクライアントの水落香苗だった。彼女の挙動から美由紀は直ちに見抜いた。一泊させて、翌朝同僚に香苗を引き渡すことを美由紀は予定に組み入れた。翌朝9時過ぎ、メルセデスで同僚の所を経由し、香苗を託した後に羽田に向かうつもりだったが、美由紀はメルセデスでの移動中に想定外の事態に遭遇する。香苗は美由紀の状況に巻き込まれていくことに・・・・・。マトリョーシカが禍となる。

[ゲーム]~[ガス室]
 場面は一転する。美由紀が意識を取り戻す。美由紀は全く覚えのない場所に居た。そこはアンデルセンの童話の挿絵に似た景色なのだ。二世紀ほど前のデンマーク風の二階建ての屋敷と森が見える広場。美由紀は調べてみると何も身に所持していない。近くのベンチには、奇妙なプラスチックの物体を見つける。板チョコほどの大きさで、二つ折り、液晶画面が付いたロールプレイングゲーム機だった。そのゲーム機の液晶画面に出ている景色は、美由紀が今居る空間と同一だ!!!
 美由紀はゲーム機の液晶画面にシンクロナイズするゲームの世界に投げ込まれて居るのだ。なぜ、そんな事態になったのか?
 ゲーム機を手にしながら、美由紀はこの非現実的なゲームの世界のルールを体験学習により解析し、ルールを発見・理解しつつ、この世界でまずはサバイバルしなければならない。そんな窮地に美由紀は立たされた。

 このストーリー展開の飛躍が、まずおもしろいではないか!
 ロールプレイング・ゲームを日頃楽しむ世代には、実に楽しいストーリー展開として読めることだろう。それを楽しむことのない世代にとっても、この設定は異相空間の話として楽しめる。
 
 美由紀にとって、このゲームが進行するリアルな空間は、最終目的をつかめぬまま、今、ここで直面しサバイバルを迫られた喫緊の課題になっていく。ここが、ファントム・クォーター(幻想の地区)なのだ!

 美由紀とユベールがサバイバルした。セスナ172Nで、美由紀は島から脱出する。

[教官]
 美由紀が脱出して4日が過ぎた。美由紀は市谷にある防衛省A棟内のある会議室で、広門空将と佐々木と面談せざるを得ない状況に居る。ここから現実の世界が始まっていく。
 あのファントム・クォーターで美由紀が直面した世界と日本の現実の世界が繋がっていく。美由紀がファントム・クォーターで掴んだ恐るべき事実と、広間と佐々木が懸念する事態が直結する。
 さて、ここからこのストーリーは、第二の山場へと昇り詰めていくことになる。
 ひとこと触れておこう。課せられたことは見えざる武器を操る組織の行動を如何に阻止するかである。
 岬美由紀が活躍する場面が進展する。そのプロセスを本書でお楽しみいただきたい。

 2点付け加える。一つは遂に由愛香等は、代々木体育館でのセブン・エレメンツのステージを観客として体験できることになる。
 もう一つは、クライエントの水落香苗の抱えた悩みに美由紀が対応し、紆余曲折を経て、香苗は認知療法で快癒に向かう。そのミニ・ストーリーがきっちりと織り込まれていく。中途半端な登場のさせ方にしないところが実におさまりとしてよい。

 第二の山場においても、トリッキーな落とし所がちゃんと組み込まれている。著者はやはり実に巧みなストーリーテラーだと思う。

 ご一読ありがとうございます。

こちらもお読みいただけるとうれしいです。
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『千里眼 The Start』 松岡圭祐  角川文庫

2024-04-13 21:05:19 | 松岡圭祐
 千里眼クラシック・シリーズを読み終え、今、新シリーズの第1弾を読み終えた。
 とは言え、本書は平成19年(2007)1月刊行の文庫書き下ろし作品で、はや17年前の作品ということになる。新シリーズになり、カバー表紙のモデルも代わっている。

 この新シリーズ、岬美由紀がなぜ防衛大学に進学し二等空尉になり、その後自衛隊を除隊し、臨床心理士という新たな人生を踏み出したのかという経緯が導入部となる。これは巧みな導入部になっている。なぜか?
 クラシック・シリーズを読み継いでいる読者にとっては、岬美由紀が楚樫呂島の大地震と津波の被害の際に無断で救難ヘリを操縦し救助活動に参加した事件についての事実上の査問会議の内容が明らかになるからである。リエゾン精神科医、笹島雄介の所見発言により美由紀の上司である坂村三佐は、その時の判断と行為を糾弾され、その結果解任となる。その解任理由には承服できないと、美由紀は己の意志で除隊した。美由紀は笹島の所見の誤謬を証明したいがために、心理学を学び臨床心理士になる決意をした。それが新たな人生の始まりだった。この側面はクラシック・シリーズには触れていず、楚樫呂島での臨床心理士友里佐知子との出会いの側面が色濃かったように思う。記憶違いがあるかもしれないが・・・・。いずれにしろ、部入部で美由紀の過去の側面が再認識できる。
 一方、クラシック・シリーズを読まずに、この新シリーズから読む読者には、二等空尉で除隊し、カウンセラーに転身した美由紀の過去のキャリアと経緯の大枠を理解でき、この第一作のストーリーに、すんなりと入っていける仕組みになっている。

 臨床心理士になるトレーニングとして、美由紀が品川にある赤十字福祉センターの臨床精神医学棟で、臨床心理士の舎利弗から指導を受けるという状況は、クラシック・シリーズを読んできた読者にも、初めての内容になっている。美由紀が舎利弗の指導を受けて自己トレーニングを積むことで、千里眼と人から称される能力が開発される経緯は、精神医学、心理学に関心を抱く人には特に興味深いところになると思う。科学的知識と訓練により、己の身体能力と統合されて形成された美由紀の能力ということを納得できる流れになっている。

 美由紀がトレーニングを受けている時期に、全く離れたミラノでの場面がパラレルに挿入される。それは東大の理工学部を卒業してイタリアに渡った小峰忠志に関わる話である。彼は、遊園地用のアトラクションを製造する大手企業の子会社において、”存在するものを無いように見せる”技術として、フレキシブル・ペリスコープとなづける円筒を開発した。だが、その製造費用の巨額さでは採算に合わないと判断され、小峰を含む開発チームは解雇される。解雇された小峰に、マインドシーク・コーポレーション特殊事業課、特別顧問と称するジェニファー・レインが接触してくる。そして、2年後に南イタリアのアマルフィ海岸の崖からの自動車転落事故で小峰が事故死したことがさりげない挿話となる。これで小峰のことはストーリーから潜行してしまう。新シリーズの次の展開への大きな伏線がここで敷かれた。

 さて、この The Start は、狭義の導入部の後、臨床心理士資格を取得できる前の段階で、いくつかのエピソードを織り込みながら進行する。その挿話を簡略に並べておこう。
 *宮崎にある航空大学校に出向いて笹島雄介に会い、笹島の誤謬を指摘する。
  この時、笹島は両親を飛行機事故で亡くしていたことを聞かされる。
 *マンションの隣人の湯河屋鏡子の部屋が荒らされた事件に頼まれて関わっていく。
 *臨床心理士資格の面接試験の状況
 *大崎民間飛行場内の6階建てビルからの飛び降り自殺懸念のニュースに反応する
おもしろいのは、飛び降り自殺懸念の事件を解決できた直後に、美由紀は現場でトレーニングの指導者だった舎利弗から資格に合格したと臨床心理士のIDカードを受け取るのである。
 ここまでが、広義の導入部、つまり美由紀の過去のストーリー。著者はあの手この手で読者を楽しませてくれる。あちらこちらに、美由紀の知性と鋭さを散りばめていく。
 そして「現在」につながる。現在とは、クラシック・シリーズの最終巻「背徳のシンデレラ」の事件から1年以上過ぎた時点である。

 この新シリーズ第1作のメインストーリーは、美由紀が高遠由愛香(タカトオユメカ)と待ち合わせて会話をしている時に、ふと目をひいた写真週刊誌の表紙の見出し”旅客機墜落、全員死亡の日”がきっかけとなる。フリーライター好摩牛耳(43)、またまたお騒がせ情報。今度は旅客機墜落。その記事に好摩の顔写真も掲載されていた。「好摩が本当に旅客機墜落の事実を知っていて、その秘密を暴露したのだとしたら、この表情は理にかなったものといえる」(p129)、この男が真実を語っている可能性があると美由紀は感じた。その墜落予告は3日後だった。
 ひと晩かかりで、美由紀は好摩についてのインターネット情報を収集する。そして、写真週刊誌の版元を訪ねることから始めて行く。版元の編集長を助手席に乗せ、美由紀は好摩の事務所兼仕事場を訪れる。書庫で発見したのは、吊されたロープに首を巻きつけたスーツ姿の好摩のだらりと垂れ下がった姿だった。
 デスクの上には、JAIのロゴが刻印されたジャンボ旅客機の整備用の図面類が散らばっていた。
 好摩のスーツのポケットには、遺書らしきものが入っていた。本庁捜査一課の七瀬卓郎警部補は、その現場に自殺の疑いもあるので、好摩の生前の精神状態を推量するための専門家として、笹島雄介を呼び寄せた。美由紀は再び笹島と対面することになる。
 七瀬警部補はあくまで好摩を他殺/自殺両面で捜査するという認識であり、旅客機墜落予告の線は眼中にない。美由紀との認識ギャップは埋められない。
 美由紀は旅客機墜落予告をした好摩について、独自に関連情報を収集する行動に歩み出す。笹島はそれに協力すると言う。美由紀は好摩が直近に取り組んでいた事案について、調べ始める。このストーリーの進展でおもしろいのは、様々な意外な豆知識が美由紀の説明の中に織り込まれていくことである。これは他のシリーズにも共通する一面であり、おもしろい。好摩が取り組んでいた事案から、中華料理店でアルバイトをしている20歳の吉野律子が糸口となる。いわばそこから芋蔓式に事象がつながっていくことに・・・・・。
 それが意外な展開を経て行く結果になる。
 なんと、美由紀は飛行機墜落予告の対象となった飛行便を突き止めるに至るのだが、美由紀自身がその飛行機に笹島とともに搭乗する。
 その時点で既に美由紀は犯人を推定していた。美由紀はどうするつもりなのか!?

 搭乗するまでの経緯そのものが実に波瀾万丈となる。その先がさらに意外な展開へ。ここが読ませどころなので、これ以上は語れない。

 このストーリーの掉尾に、上記のジェニファー・レインが登場する。ここに小峰の一周忌という表現が浮上する。さらに、「またしても出しゃばってきたか、岬美由紀。だが、今度こそ邪魔させない」(p266)という彼女の執念が吐露される。
 今後おもしろくなりそう・・・・。

 新シリーズの始まりとなるこの第1作に記された美由紀の思いを引用しておこう。
*人の感情が見えるようになって、わたしにはわかる。人の本質はそんなに闇にばかり閉ざされてはいない。誰もが信頼を求めてる。信じられる前に、まず信じようと努力する。疑心暗鬼は信頼に至るまでの道のりの途中でしかない。  p262
*わたしは一方的に、人の感情を読んでしまう。相手がわたしの心をたしかめることさえないうちに。  p262
*この能力とともに歩んでいく。わたしが心を読むことによって、救える人がいるかぎり。 p272

 最後に、本書には「著者あとがき」が付されている。その中の次の文をご紹介しておきたい。新シリーズでは、科学的視点が求められる設定については極力リアルに描くと著者は言う。
*かつて「すべては心の問題」と見なされていた精神面の疾患は、脳内のニューロンに情報伝達を促進する神経伝達物質の段階で起きる障害に原因を求めるなど、より物理的で現実的な解釈が主流となってきました。ひところ流行った「抑圧された幼少のトラウマ」を呼び覚まして自己を回復する「自分探し」療法は、いまや前時代的な迷信とされつつあるのです。  p276

 精神医学、心理学の領域も大きく変容しつつあるようだ。

 ご一読ありがとうございます。

補遺
アメリカ精神医学会    :ウィキペディア
精神障害の診断と統計マニュアル(DSM) :ウィキペディア
境界性パーソナリティー障害(BPD)について・基礎情報・支援情報:「NHKハートネット」
ヘンリク・ヴィニャフスキ :ウィキペディア

 ネットに情報を掲載された皆様に感謝!

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