遊心逍遙記その2

ブログ「遊心逍遙記」から心機一転して、「遊心逍遙記その2」を開設します。主に読後印象記をまとめていきます。

『月ぞ流るる』   澤田瞳子   文藝春秋

2024-07-23 23:32:01 | 澤田瞳子
 平安時代後期に『大鏡』という歴史物語が書かれた。これに先立つ歴史物語の始まりとなったのは『栄花物語』。『栄花物語』は正編・続編から構成される。正編を書いたのは赤染衛門と言われている。その赤染衛門が本作では朝児という名前で登場する。
 朝児の夫、大江匡衡は61歳で没した。二十歳の秋から、かれこれ30余年も連れ添った相手の死である。朝児が喪に服し、56歳の秋を迎えた時点からこのストーリーは始まる。そして、『栄花物語』として知られる物語を朝児が書き始める決意をかためるまでを描く。なぜ書くのかという朝児の思いが本作のテーマとなる。いわば、栄花物語を書こうと朝児が思ったバックグラウンドを描くストーリー。藤原道長が栄華を極めていく過程で発生する、道長と居貞(オキサダ:三条天皇)との政治的確執が中軸に据えられる。さらに、その渦中で生み出された一つの悲劇の解明がミステリーとして扱われていく。朝児がその解明に一役担う立場になる。。
 本作は、公明新聞(2019.7.1~2020.6.30)に連載された後、2023年11月に単行本が刊行された。

   天の河 雲の水脈にてはやければ 光とどめず月ぞ流るる

 『古今和歌集』に載る詠み人知らずの歌。ここに詠みこまれた「月ぞ流るる」が本書のタイトルとなっている。
 朝児が『古今和歌集』のこの歌が眼に止まったときの読み取り方は、次のように記されている。「天の川にかかった雲が風に流されてどんどん動いていく様を、まるで月が流されて行くかのようだと詠ったもの。夜の光景をおおらかに切り取った一首である。同じ空にかかる月と雲ですら、時に仲違いしたかの如く別の方角に流されてゆく。ならば同じ血を分け合った親子が異なることを考えたとて、何の不思議もない、そう気づけば美しい夜の景色を詠んだ歌の底に、多くの思いが渦を巻いているかのようだ」(p89)
 この歌が、このストーリーのクライマックスにも登場する。この歌が返歌として使われる。そこに新たな解釈が浮かび上がってくる。歌の奥行きが広がりシンボリックな歌となる。

 さて、本作の主人公朝児の身辺に変化が生まれ始める。
 一つは、宇治の妙悟尼の誘いにより、権僧正・慶円が東山山麓の顕性寺で法華八講を催す場に朝児が出向く。妙悟尼の誘いは、実は朝児を慶円に引き合わせるという意図があった。慶円に面談した朝児は、慶円の弟子である頼賢に和漢の書を学ばせる師となって欲しいと依頼を受ける羽目になる。それは頼賢が心中に抱く宿願に朝児が関わりを持つ端緒となる。
 慶円は叡山の高僧。加持祈祷に霊験あらたかで、先帝一条天皇に続き、三条天皇の崇敬をうけている僧であり、藤原道長とは対立する立場でもあった。
 居貞が東宮であった時、藤原道長の父・兼家の娘である綏子(スイシ)を妃としていた。綏子と源頼定の不義により生まれた子が頼賢だった。この子を居貞鍾愛の女御である藤原原子が長じて叡山に僧として入山させるままで育てたいと居貞に嘆願した。原子(淑景舎女御)は藤原道隆の娘であり、一条天皇の中宮となった定子の妹である。頼賢は原子のもとで生育していく。その原子が22歳の時に、口、鼻、耳から鮮血を流して死んだ。頼賢はその死を目撃した。その後、頼賢は叡山に移る。頼賢は、原子の死は、居貞の皇后で既に敦明親王を成している娍子(セイシ)が殺害を企んだものと考えていた。頼賢は娍子を敵視し、その証拠を掴むのが己のなすべき事と思い定めていた。このことを頼賢から聞かされた朝児は、頼賢の宿願達成の行動に巻き込まれていく。
 原子を殺害した証拠探しというミステリーが、このストーリーで、太い流れとして進展していく。読者の関心を喚起する大きな柱になる。

 二つめは、朝児が再び、女房勤めをすることに。その経緯が頼賢に絡む側面を持ちながら進展していく。
 朝児は若い頃、大納言・源雅信の姫君・倫子付きの女房として働いていた。そして、道長と倫子の娘であり、一条天皇の中宮となった彰子に仕える。道長一門を盛り立てるサポーター役の一人となった。
 その後、上記の通り、朝児は大江匡衡の妻として生きる。朝児の娘の一人・大鶴は道長の二女・妍子のもとで既に女房として勤めていた。つまり、母娘が女房として仕えることになる。
 父道長の思惑により、妍子は即位した居貞(三条天皇)のもとに入内していた。一方、道長は東宮となった孫の敦成を天皇にするために、できるだけ速やかに居貞(三条天皇)を退位させようと政治的画策を繰り返す。一方、居貞(三条天皇)は天皇であり続けることに固執する。道長と居貞(三条天皇)の間には政治的確執が渦巻いている。
 妍子は居貞(三条天皇)に冷たくあしらわれる状況にいて、居貞(三条天皇)の寵愛を切望する立場だった。妍子は居貞(三条天皇)との間に子を成したが、生まれたのは女児だった。このことに道長は失望する。

 女房勤めを再開した朝児は、宮廷内での政治的な権謀術数、確執を間近に観察する機会に触れるようになる。宮廷における様々な人々の生き様と思いを見て考え始める。
 次の箇所などは、その一例の記述と言えるだろう。
「ろくな後ろ盾のない娍子を寵愛して皇后の座を与え、その所生の皇子・皇女を慈しむ帝の情愛ある行動には、一抹の感嘆すら覚える。
 誰もがとかく易きに流れ、力ある者ばかり勝つ無常のこの世で、もしかしたら帝一人だけが哀しいほどに澄み、自分を含めた世人はみな濁れる酒に酔いしれているのではあるまいか」 (p196)
 
 読者にとっては、道長が全盛を極める時代の宮廷がどのような状況であったかを本作で具体的に想像しやすくなる。なぜ、御所で火災が頻繁に発生したのかの一因もなるほどと感じられることだろう。きれい事だけでは終わらない平安時代の世界が垣間見える。

 朝児が道長から女房勤めを要請された日、道長の屋敷で朝児は藤式部と出会う。そして、藤式部から「赤染どのほどのお方が家に籠もっておられるのはもったいない。一度、物語の一つでも書いてみてはいかがかな」(p113)と勧められる。
 この時、朝児と一緒に居た頼賢に、藤式部は物語論を語る。これは著者自身の物語論を重ねているように受け止めた。
「御坊は物語の意義をしかと考えたことがなかろう。よいか。この世のいいことや悪いこと、美しいことに醜いこと。それを誰かに伝えるべく、手立てを尽くし、言葉を飾って文字で描いたものが物語じゃ。つまり紛うことなき真実が根になくては、物語とはすべて絵空事になる。いいか、物語とはありもせぬ話を書いているふりをして、実は世のあらゆる出来事を紡ぐ手立てなのじゃ」(p114)と。
「ええい、歯がゆい。赤染どの、そうでなくともそなたは大江家の北の方。あれほどの和歌の才に加え、数多の史書を読んでこられたそなたであれば、『源氏物語』を超える物語が書けることは間違いあるまいに」(p115)
 この出会いが、朝児に一つの課題を投げかける契機になったとするところも、興味深い。

 このストーリー、ミステリー仕立てで流れを進展させながら、藤原道長、居貞(三条天皇)、妍子、頼賢という人物像を描こうとしたものと受け止めた。そして、朝児(赤染衛門)がなぜ『栄花物語』という新しい形式の物語のジャンルを開拓しようとしたのか。そこに朝児(赤染衛門)の人物像が反映されていると思う。
 たとえば、人物像を端的に描写した一節に次の箇所がある。
*満ちた月は、必ずや欠ける。その道理を知りつつもなお道長は、その手に望月を?まずにはいられぬのか。だとすればもはやそれは、滅びへとひた走る愚行でしかない。 p288
*人は他者と互いの悲しみ苦しみを補い合うことでつながり、その欠けを糧に育つ。ならば、この宮城において真に孤独で哀れな人物は、あの道長なのかもしれない。 p434
*誰かを強く憎むのは、自分自身を厭う行為の裏返しだ。ならばこれ以上誰かを憎悪し続けては、幼い自分にあれほどの慈愛を注いでくれた原子を裏切ってしまう。←頼賢 p394

 そして、その先に朝児は己が何を描きたいのかをつかみ取る。それが何かは、本書を開いてお読みいただきたい。

 ご一読ありがとうございます。

こちらもお読みいただけるとうれしいです。
『のち更に咲く』   新潮社
『天神さんが晴れなら』   徳間書店
『漆花ひとつ』  講談社
「遊心逍遙記」に掲載した<澤田瞳子>作品の読後印象記一覧 最終版
                    2022年12月現在 22冊
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『一夜 隠蔽捜査10』   今野敏   新潮社

2024-07-20 23:33:17 | 今野敏
 竜崎伸也を主人公とする隠蔽捜査シリーズは、著者の手がけるシリーズ物の中では特に好きな愛読シリーズである。このシリーズ、3.5、5.5、9.5という番号づけが途中に組み込まれているので、タイトルは隠蔽捜査10であるが、このシリーズとしては第13弾の長編小説となる。「小説新潮」(2022年10月号~2023年9月号)に連載された後、2024年1月に単行本が刊行された。

 余談であるが、このシリーズには2つの受賞歴がある。2006年に『隠蔽捜査』が吉川英治文学新人賞となる。2017年に「隠蔽捜査」シリーズが吉川英治文庫賞を受賞している。シリーズ物としては定評を得ていることがうかがえる。

 さて、竜崎伸也は現在神奈川県警本部に異動し、部長官舎のマンション暮らしで、公用車通勤し、刑事部長の要職についている。原理原則論と論理的思考、現場主義を基盤とする竜崎の信条は微動だにしない。読者としてはそこが実に魅力的なのだ。

 このストーリー、小田原署に行方不明届が出されたと、竜崎が阿久津重人参事官から報告を受けるところから始まる。行方不明届はよくあることなので、なぜ阿久津がわざわざ報告するのか竜崎は不審に思う。この行方不明者が大問題となっていく。
 最近また大きな文学賞を受賞した小説家の北上輝記が行方不明の当人だった。小説を読まない竜崎はこの時、この作家の名前すら知らなかった。
 小田原署の副署長がたまたま届けの記録を見て、署長に報告。それが県警本部に上り竜崎が報告を受けることになった。副署長はこの小説家のファンだった。竜崎はまず箝口令を敷けと指示を出す。その直後、竜崎は本部長から呼び出しを受けた。
 佐藤実県警本部長にこの行方不明届が伝えられていた。佐藤本部長は北上輝記の大ファンだった。佐藤は伝手を頼って北上と横浜の中華街で食事を共にしたことがあるという。佐藤は竜崎に特殊班(SIS)を動かそうと思うのだが、と投げかける。捜査においてSISを動かすかどうかは、竜崎刑事部長の専権事項だろうと言う。ここでの会話が楽しい。そこに竜崎のスタンスが即座に出ている。
「そんなことはありません。板橋捜査一課長が(SISの)出動を命じることもできます」
「あ、そうなの?」
「はい」
「でも、捜査一課長にその気がなくても、部長が言えば、誰でも逆らえないよね?」
「考えろというのは、つまり、特別扱いしろということですか?」
「いやあ、強要はできないよ。だから、相談してるんだ。俺、ファンなんだよね」
「北上輝記のですか?」
竜崎は、「相手によって捜査に力を入れたり手を抜いたりという差をつけることはできません。それは、さきほども申しました」と。    (p10)
 竜崎の真骨頂が直ちに本部長に対しても出ている。これがスタート地点になるのだから、おもしろい。どこかの高級官僚群のように、忖度などしないのだ。
 さてどうなる。

 竜崎流が早速発揮される。午後10時半頃に、竜崎は小田原警察署に到着た。捜査本部の準備がされていた。竜崎は副署長と板橋課長の話を聞く。北上が車で連れ去られるところを目撃した者がいると言う。特殊班中隊(SIS)が既に小田原署に来ていると板橋課長が竜崎に告げる。竜崎と板橋課長との会話が一段落した時点で、「今からここは捜査本部だ」と竜崎が承認した。

 ここから捜査本部の有り様が面白味を加えることになる。なぜか?
 普通、捜査本部が立つと、本部の刑事部長はポイントとなる場面、捜査会議に列席するだけである。竜崎は捜査本部の設置された小田原署に、ほぼ詰めるという行動を取り始める。最前線の現場の状況、情報を己自身で知り、的確な判断と指示をするという信念である。勿論、これは板橋課長並びに小田原署の署長・副署長にとっては、いわば異例の状況に近い。捜査本部がどのように進展するのか。つまり、竜崎がどのような立ち位置で捜査本部に詰めるかが、読者にとっての興味となる。まずは板橋課長と竜崎との間で捜査の進め方についての判断等の関係が重要にならざるを得ない。板橋課長にとって本部運営のやりづらさがまず障害にならないかである。

 一つ大きな変動要素が加わってくる。小説家の梅林賢と名乗る男が誘拐捜査にボランティアとして協力できると小田原署に来たのだ。本部が誘拐事件としての公式発表をしていない時点での申し出である。小田原署の内海副署長はこの小説家を知っていた。北上輝記と親交があったはずで、北上と同じくらい有名だと言う。梅林に応対した者は、本人が誘拐されたことは推理すれば誰でもわかる、自分なら捜査の手伝いができると語っていると報告した。
 板橋課長は追い返せと言う。竜崎は興味があるので自分が応対すると引き受ける。竜崎の判断理由は明確である。1.現場の仕事に、俺は必要ではない。板橋課長が現場のトップであることを明確にした。2.梅林がどのように誘拐と推理したかを知りたい。また、小説家同士にしかわからないことがあるはずだ。それが捜査のヒントになるかもしれない。
 捜査本部とは切り離した小田原署内の部屋にて竜崎が梅林に対応していくことになる。勿論、進行中の捜査情報は一切梅林には語れないという制約、大前提で、竜崎が梅林に応対するというサブ・ストーリーが捜査プロセスのストーリーとパラレルに進行していく。通常の捜査にはありえないこのサブ・ストーリーの進展がおもしろい。そこには小説家の世界を内側から眺めた話も登場するので、読書好きには興味が持てるだろう。竜崎がどのように梅林に対応するかが読ませどころとなる。

 誘拐事件捜査という本筋のストーリーと並行していくつかの傍流が組み込まれていくところが、本書の構成として興味深い。3つの流れが上記2つの流れに併存していく。読者にとっては、それらの傍流が本流にどのように絡むのかが楽しみになる。
1. 竜崎の息子の邦彦が、ポーランド留学から帰国してくることになった。竜崎が結果的に、小田原署に赴いた日である。帰国した邦彦は留学経験を踏まえて、東大を退学すると母親に考えを告げたのだ。竜崎は妻から、邦彦の東大退学の意思についての対応と対話の下駄を預けられる。さて、竜崎どうする? が始まる。

2. 八島圭介が新任の警務部長として異動してきた。八島は竜崎の同期である。竜崎は相手にしていないのだが、八島は竜崎をライバル視している。本部長と竜崎の関係を常に注視しているのだ。北上誘拐事件についても、いち早くそれを知ると、竜崎に絡んでくるようになる。いわば竜崎の失点ねらいというところでの関心である。要所要所で竜崎は対応を迫られる立場になる。こういう類いの人物はどこの世界にも居るのではないかと思う。こういう傍流の組み込みは、俗っぽさをリアルに反映させてストーリーに面白さを加える要素となる。
 一例だが、八島警務部長は、竜崎と連絡がとれないと、捜査本部の板橋課長に「くれぐれもヘタを打つな」と連絡をいれたのだ。勿論、竜崎は板橋に「警務部長が言ったことなど、気にしなくていい。俺が電話しておく」と即座に応え、対処したのだが。

3. 阿久津参事官が竜崎に警電で、東京の杉並区久我山で発生した殺人事件の概要を報告してくる。竜崎の同期である伊丹刑事部長が扱う事件である。
 竜崎が梅林との面談を繰り返し、対話を重ねていると、東京でのこの殺人事件の被害者の名前に聞き覚えがあると梅林が、全く関係がない話なのだがとふと漏らした。
 竜崎は伊丹に連絡を入れてみる。伊丹は梅林に直接話を聞けないかと言い出す。伊丹は梅林のファンの一人だった。梅林のふと漏らしたことがどう展開するのか。興味津々とならざるを得ない。

 SISのメンバーは北上輝記宅に詰めているが、誘拐犯からは一向に要求事項の連絡が入らない。誘拐については箝口令を敷いた状態で、報道媒体には情報が流れてはいない。SISは誘拐犯の考えがつかめない。そんな最中に、SNSに北上が誘拐に遭ったという書き込みが発生し、拡散された。ここから動きが出始める。
 犯人から被害者宅に誘拐を公表しろという電話連絡が入る。普通の誘拐事件とは様相の異なる事態へとさらに一歩踏み出していくことに・・・・・。
 誘拐されて72時間を超えると、被害者の生存率が格段に下がるという経験則がある。
 読者にとってはおもしろい展開となってくる。

 タイトルの「一夜」は、小説家の梅林賢が竜崎の息子邦彦に語る次の一文に出てくる。「人生なんて、一夜もあればすかり変わってしまうこともあるということだ」(p329)に由来する。

 最後に、本作に出てくる竜崎の信条や観察による思考に現れるフレーズをご紹介しておこう。竜崎のキャラクターをイメージしやすくなるのに役立つだろう。
*捜査情報を漏らしたら、俺はクビになる。  p12
*キャリア同士は親しくなる必要などないのだ。どうせ、みんな二年ほどで異動になるのだ。  p13
*東大には再興の教授陣と研究機関がある。教育機関としてこれ以上の環境はない。
 豊かな文脈もある。  p49
*大学は職業専門学校じゃないんだ。  p82
*本部長が心配したからといって、捜査が進むわけじゃない。  p89
*約束すると、嘘をつくことになりかねません。  p112
*事件に派手も地味もない。  p127
*追い詰められたら、人間はリスクのことなど忘れて犯罪に走ることがあります。p130
*捜査情報を守ろうとするあまり、亀のように甲羅の中に閉じ籠もってはいけない。p131
*「理屈が通っている」などとわざわざ考えるときはたいてい理屈が通っていないのだ。p152
*強くなければ謙虚にはなれない。  p159
*間違ってはいけないのはネットやSNSが悪いわけじゃない。悪いのはそれを利用する犯罪者だ。 p189
*そもそも俺は、自分が警察官であることを前提で物事を考えている。だから、他の職業のことなど、考えたこともない。  p244
*自分の人生に、そういうものは必要だろうか。
 そして、必要ではないという結論に至った。
 読みたければ読めばいいし、観たければ観ればいい。それだけのことだ。  p335

 ご一読ありがとうございます。

こちらもお読みいただけるとうれしいです。
『遠火 警視庁強行犯係・樋口顕』    幻冬舎
『天を測る』       講談社
『署長シンドローム』   講談社
『白夜街道』       文春文庫
『トランパー 横浜みなとみらい署暴対係』   徳間書店
『審議官 隠蔽捜査9.5』   新潮社
『マル暴 ディーヴァ』   実業之日本社
『秋麗 東京湾臨海署安積班』   角川春樹事務所
『探花 隠蔽捜査9』  新潮社
「遊心逍遙記」に掲載した<今野敏>作品の読後印象記一覧 最終版
                      2022年12月現在 97冊

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『くらまし屋稼業』  今村翔吾   ハルキ文庫 

2024-07-16 15:07:26 | 今村翔吾
 2018年7月にハルキ文庫(時代小説文庫)刊の新シリーズとして始まった。手元の文庫は2021年12月刊の第10刷。本書は、ハルキ文庫の書き下ろし作品である。

 一般的には、内表紙、目次と続き、プロローグや序章という体裁でストーリーが始まる。本書の体裁はちょっとひねってある、内表紙のすぐ続きに6ページの序章があり、その後に改めて内表紙・主な登場人物・目次(この中に先の序章の見出しも組み込まれている)・地図が続く。第1章が始まる前に、「くらまし屋七箇条」がでんと1ページに載る。以下の通りである。
  一、依頼は必ず面通しの上、嘘は一切申さぬこと。
  二、こちらが示す金を全て先に納めしこと。
  三、勾引(カドワ)かしの類いでなく、当人が消ゆることを願っていること。
  四、決して他言せぬこと。
  五、依頼の後、そちらから会おうとせぬこと。
  六、我に害をなさぬこと。
  七、捨てた一生を取り戻そうとせぬこと。
     七箇条の約定を守るならば、今の暮らしからくらまし候。
     約定破られし時は、人の溢れるこの浮世から、必ずやくらまし候。

 「くらます」とは、「(姿などを)誰にも気が付かれないように隠す」(新明解国語辞典・三省堂)という意味である。現在地での生活状況、生活空間からその存在を消してしまうという目的をサポートして実行させる役割を担うというのが、「くらまし屋」稼業ということになる。七箇条の約束を破棄すれば、「必ずやくらまし候」のくらましは、約束を反故にした本人を抹殺するという意味であろう、

 本作を読み始めて、真っ先に私が連想したのは、池波正太郎作『仕掛人・藤枝梅安』シリーズと、かつて、藤田まことが中村主水を演じたテレビ番組「必殺仕置人」シリーズだった。仕掛人・仕置人シリーズは、依頼を引き受けた相手を必殺するというストーリーである。本作は行方・存在をくらますのを手助けするというストーリー。
 1.依頼人のオフアー(特定の場所を経由)、2.依頼内容の詳細確認と合意、3.金銭の授受、4.依頼内容の実行、というプロセスは同じ。Xという対象者を必殺しその存在を消すのと、依頼人側の存在を隠し新たに生きるための援助をするのは、全く逆方向の展開になる。
 発想を逆転させたところがおもしろい。多分、池波作藤枝梅安が、このくらまし屋創作の根っ子にあるのだろうと思う。

 角川春樹事務所のホームページを見ると、このシリーズは現在8巻が刊行されている。これで完結かどうかは知らない。触れていないように思う、未確認。

 さて、この第1作に移ろう。
 第1作の読後知識として、このシリーズの主人公群像にまず触れておこう。
堤平九郎:表の稼業は飴細工屋。浅草など各所で露店を出している。くらまし屋本人
     元武士。タイ捨流を学んだ後、井蛙流の師につく。全てを模倣する流儀。
七瀬:日本橋堀江町にある居酒屋「波瀬屋」で働く20歳の女性。平九郎の裏稼業協力者
   智謀を発揮する
赤也:「波積屋」の常連客。美男子。演技と変装に長ける。平九郎の裏稼業協力者
茂吉:居酒屋「波積屋」の主人。常連客の平九郎の素性等を知る存在として描かれる。
   平九郎の裏稼業のために場所の提供を暗黙裡に了解。七瀬、赤也のことも承知

 少なくともこの第1作では、平九郎、七瀬、赤也がくらまし屋チームとして行動する。
 この第1作、まず依頼人がおもしろい、浅草の丑蔵から信頼の篤い子分の万治と喜八の二人である。丑蔵は浅草界隈を牛耳る香具師(ヤシ)の元締めで、高利貸しをはじめとして手広くしのぎを行っている。万治は丑蔵の子飼いの子分。喜八はその剣術の腕を見込まれ、丑蔵から信頼を得るようになった。万治はやくざ稼業での所業に嫌気がさし、日本橋にある馴染みの小料理屋「肇屋」に勤めるお利根と堅気になり一緒に暮らしたいと思うようになる。喜八は国元に帰らねばならない理由ができた。万治と喜八は肇屋で、互いの気持ちを知り合い、一緒に丑松を裏切る決心をする。
 二人は丑蔵のしのぎである高利貸しの集金業務を行った銭をそのまま持って江戸から逃げようと計画する。だが、ひょんなことから集金の途中で裏切りが暴露して、丑蔵の怒りを買い、丑蔵の命を受けた刺客たちに追われる羽目になる。
 二人は、高輪の上津屋を本拠とする香具師の大親分、録兵衛のところに逃げ込んだ。窮鳥懐に入れば・・・・を建前に、録兵衛は一旦二人をかばう。禄兵衛は丑蔵のしのぎなどの内情を聞き出したいという肚があった。丑蔵は勿論、執拗に万治喜八の行方を追跡する、禄兵衛の本拠地「上津屋」を襲い家捜ししても二人を捕まえたい形勢を丑蔵は示す。
 禄兵衛にとって万治と喜八が疎ましくなってくるのは道理。彼は二人に銭さえ払えば必ず逃げる手助けをしてくれる男を紹介するという。万治と喜八はその手段に合意する。そこで登場するのが「くらまし屋」の平九郎たちという次第。

 万治と喜八は上津屋に匿われている。上津屋は平静を装い続ける。丑蔵は配下の子分や浪人者を数十人規模で動員し、上津屋の周辺をくまなく監視しつつ、万治と喜八の存在を確認して引き立てようと構えている。さて、その状況下で、くらまし屋はどのように二人をくらます計画を実行するのか。ここに極めつけの方法が持ち込まれていく。この顛末は実におもしろい。読者を引きこんでいくエンターテインメント性が高く、実に楽しめる。この脱出シーンを映像化したら、おもしろいだろうなと思う。
 この脱出劇成功でめでたしめでたしにならないところが真骨頂。ひとひねりがあり、なるほどの読ませどころとなっていく・・・・。この先は語れない。

 このストーリー、万治の依頼によりくらます対象者にお利根が入っている。この時、お利根は肇屋に勤めているままの状態。丑蔵は遂にお利根が万治の女であることに気づいてしまう。くらまし屋の平九郎はお利根を如何にくらますか。くらましの第二段がつづくところが、この第1作の構想の妙でもある。この第二段の展開が凄まじい。

 この第1作で、著者はくらまし屋の裏稼業を単なるまやかし、絵空事に堕さないように、読者に合理性を感じさせるある手段を導入している。ひそかな仕組みをサポート体制として築いている。このあたりも読者を惹きつける一要因になると思う。くらまし屋にリアル感を加える。

 この第1作に、シリーズのテーマとして据えられていると思う記述箇所がある。引用してご紹介しておこう。
 「表と裏、裏と表、人は物事をそのように分ける。果たしてそれは正しいのであろうか。裏が生まれるのは、どちらかを表と定めるからではないか、
 まず人がそうである。如何な善人でも、己の守るべき者のためならば悪人になれる、喜八がそうであったように。それと同時に人を殺すのを何とも思わぬような悪人も、路傍に捨てられて雨に濡れる仔犬に餌をやることもある。
 どちらが表で、どちらが裏ということはない。人とは善行と悪行、どちらもしてのける生き物ではないか」(p272)

 最後に、次の文がさりげなく平九郎の思いとして記されている箇所がある。
「高額で人を買い漁る謎の一味。喜八にその話を聞いた時から、頭の片隅にずっと気に掛かっていた。平九郎が探し求めるもの、それの手掛かりがあるような気がしてならないのである」(p247)
「再会を誓って始めたこの稼業である。」(p269)
これらの箇所、このシリーズの根底になるようだ。このシリーズを貫いていく伏線だと思う。その意図するところを楽しみにして、シリーズを読み継ごうと思う。

 お読みいただきありがとうございます。


こちらもお読みいただけるとうれしいです。
『童の神』   ハルキ文庫
『恋大蛇 羽州ぼろ鳶組 幕間』  祥伝社文庫
『襲大鳳 羽州ぼろ鳶組』 上・下   祥伝社文庫
『黄金雛 羽州ぼろ鳶組零』 祥伝社文庫
『双風神 羽州ぼろ鳶組』   祥伝社文庫
『玉麒麟 羽州ぼろ鳶組』   祥伝社文庫
『狐花火 羽州ぼろ鳶組』   祥伝社文庫
『夢胡蝶 羽州ぼろ鳶組』   祥伝社文庫
『菩薩花 羽州ぼろ鳶組』   祥伝社文庫
『鬼煙管 羽州ぼろ鳶組』   祥伝社文庫
『九紋龍 羽州ぼろ鳶組』   祥伝社文庫
『夜哭烏 羽州ぼろ鳶組』   祥伝社文庫
『火喰鳥 羽州ぼろ鳶組』   祥伝社文庫
『塞王の楯』   集英社
                             以上
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『引火点 組織犯罪対策部マネロン室』  笹本稜平  幻冬舎文庫

2024-07-15 17:49:13 | 笹本稜平
 マネロン室シリーズは、『突破口』に引き続く第2弾。平成30年(2018)3月に単行本が刊行され、令和2年(2020)10月に文庫化された。2021年11月著者逝去により、このシリーズはこの二作にとどまる。

 マネロン室とは、警視庁組織犯罪対策部総務課マネー・ロンダリング対策室の略称。犯罪収益解明捜査一係から四係までで構成されている。その四係に所属する樫村恭祐警部補と上岡章巡査部長が四係捜査班の中核人物になっていく。
 樫村と上岡は、仮想通貨ビットコインの取引所の一つであるビットスポットという企業がマネーロンダリングの窓口として使われているのではないかという疑念を抱き捜査をしていた。ストーリーは、ビットスポットのCEO(最高経営責任者)で気鋭の女性ベンチャー企業家である村松祐子に樫村が接触して、任意の事情聴取として面談の機会を作る場面から始まる。この面談シーンでは、話材に現実に起こったマウントゴックス事件が取り上げられていて、冒頭からリアル感が巧みに織り込まれている。
 樫村が軽く村松に接触を試みた後、今度は村松が樫村に相談事を持ち掛けてくる、会社宛で村松にレターパックが届き、中には血のついた小型ナイフと「村松、次はおまえだ」と書いた名刺大のカードが入っていた。一方で、ここ1ヵ月ほど、村松の個人アドレスに不審なメールが届くようになったという。樫村の助言で、村松は会社のスタッフに指示して、オフィス所在地を管轄する愛宕警察署に被害届を提出する。それにより村松を公に保護対象者として扱う契機が生まれる、レターパックや脅迫メールのデータの提供を受けたことで、樫村は捜査の端緒を得る。
 そんな矢先に、世田谷にある村松の自宅が火災に遭う。それも放火と判明する。村松は樫村に相談を持ちかけた時点から、ホテル生活に切り替えていたので、火災に巻き込まれることは回避できた。世田谷署は放火事件として捜査を開始する。
 樫村の携帯にメールが着信する。「警察は手を出すな」という一行メール。発信者欄には<フロッグ>とある。その発信者名は、村松への脅迫メールと同じ。樫村は衝撃を受ける。村松に関係する周辺の問題事象は悪化の方向にステップアップする。

 村松は樫村に相談した後、愛宕署から数百メートルのところにあり、会社にも近い位置の著名なホテルに生活拠点を移した。ところが、愛宕署ではロビーに捜査員が張り付いて警護にあたっていたのだが、無断で行方をくらましたのだ。失踪するという事態の発生は何を意味するのか。
 村松のこれまでの行動と自宅の火災は、一連の狂言、自作自演なのか。疑問が付きまとっていく。

 マネロン室の捜査のターゲットは、ビットスポットを中継にして資金洗浄が行われている事実を掴むことである。ここで、上岡が、違法サイトでの薬物購入とビットコインを使っての決済、資金の移動状況を解明するおとり捜査のアイデアを出す。薬物や銃器等に関してはおとり捜査を適法とする最高裁判例があるのだ。
 組対部五課の薬物捜査第三係の三宅係長、公安部のサイバー攻撃対策センター第四係の相田係長とマネロン室第四係の須田係長、樫村らが、草加マネロン室長の下で、チームを組むことになる。違法サイトでの薬物購入は上岡が担当し、薬物捜査係のメンバーが購入薬物の発注・受取人になる。ビットコイン決済での資金の移動・移転の解明はサイバー攻撃対策センターが担当するという協力態勢である。
 このおとり捜査がどのように進展していくか。その中で、ビットスポットがどのように関わるのかがメイン・ストーリーといえる。

 ここに村松の相談事と失踪という側面がパラレルに織り込まれていく。当初、村松はビットスポットが小規模の組織であり、顧客とは厳正な手続きで対応し、役員を含めて意思疎通は緊密であり、一丸となって運営に当たっていると強調していた。しかし、村松の失踪を契機に、樫村はCOO(最高執行責任者)の肩書を持つ谷本と村松の秘書である西田と接触するようになる。その結果、西田を介して、村松とナンバーツーの谷本との関係が緊密とは言えない状況であることが明らかになっていく。ビットスポットでの主導権争いが行われていたのだ。これに村松の失踪がどのような関係しているのか・・・・。
 さらには、樫村たちがターゲットとしている捜査とビットスポットの内部事情との間には、関わりがあるのかどうか。それは別次元の問題なのか。
 
 村松の自宅の火災事件は、世田谷署が担当する放火犯の追跡捜査としてパラレルに進展していく。この事件がどのように絡んでいるのか。そこにも謎が含まれる。地道な捜査が積み重ねられていく。そして遂に・・・・・。

 個別の事件捜査の担当の壁を越えた情報の共有化が事件解明への大きな梃子となっていく。この局面が一つの読ませどころに繋がっていく。

 このストーリーの根底に、著者が仮想通貨とはどういう世界かを描こうとした意図があると思う。そこにはリアル通貨とは全く違うフェーズに切り替わって行く危うさが現れる。
*ビットコインは、サトシ・ナカモトなる謎の人物の論文をもとに2009年に運用が開始された。 (p15)
*(運用とは)ナカモト論文をもとに有志のプログラマーが結集してつくったオープンソースのプログラムをせかいの人々が利用するようになったという意味であり、そのこと自体、歴史的にも画期的な出来事だった。 (p15)
*仮想通貨はたしかに便利なものかもしれないが、そこには国境の概念がなく、金融当局のコントロールも利かない。おれたちがいま乗り出している国際的なマネーロンダリングの規制も、その領域では絵に描いた餅になりかねない。 (p430)
*ブロックサイズ(取引履歴をまとめたデータの集まり)がシステム上の上限に達しつつあることを原因とするビットコインの分裂の状況、その結果と新仮想通貨発行の状況描写
  (この項は要約表記、p455-457)
他にも各所に関連事項が書き込まれている。この世界が垣間見える。

 著者は、仮想通貨の世界における規模のメリットが悪用される可能性に着目しているようだ。村松の秘書西田と樫村との会話の中で、こんなことを語らせている。
「ビットコインの世界は、いま引火点に近づいていると、村松はよく言っていました。
 有害な勢力がそれを利用することによって、ビットコインが歪められた方向に発展するターニングポイントを、CEOはそう呼んでいたようです。」(p437)
 タイトルの「引火点」はここに由来するようだ。

 このストーリーのおもしろさは意外な着地のさせ方にある。その意外性をお楽しみいただきたい、この落とし所、よく考えているなと思う。

 お読みいただきありがとうございます。


補遺
ビットコイン :「NRI」
BTC(ビットコイン)とは  :「ビットバンクプラス」
暗号資産(仮想通貨)って何?  :「全国銀行協会」
マウントゴックス事件とは? ビットコインが消失した事件の全貌を知る:「DMMBitcoin」
マウントゴックス、10年越しに債権者へのビットコイン返済  :「COINPOST」
Torブラウザーとは?どういった経緯で産み出されたのか? :「サイバーセキュリティ情報局」(Canon)
史上最大の闇サイト「Silk Road」から、30億ドル超ものビットコインを盗んだ男の手口
         :「WIRED」
米司法省が押収したシルクロードのビットコイン20億ドル、新たなウォレットに移動
        :「COINTELEGRAPH コインテレグラフジャパン」
8・01ビットコインの分裂騒動とは何だったのか  :「東洋経済ONLINE」

 ネットに情報を掲載された皆様に感謝!

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こちらもお読みいただけるとうれしいです。
『特異家出人 警視庁捜査一課特殊犯捜査係堂園晶彦』 小学館文庫
『卑劣犯 素行調査官』   光文社文庫
『流転 越境捜査』   双葉社
「遊心逍遙記」に掲載した<笹本稜平>作品の読後印象記一覧 最終版
                     2022年12月現在 29冊
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『天保悪党伝』  藤沢周平   角川文庫

2024-07-07 23:02:38 | 藤沢周平
 ゆっくりとしたペースで、藤沢周平さんの作品を読み継いでいる。
 本書は平成4年(1992)3月に単行本が刊行され、平成5年11月に文庫化された。上掲の文庫カバーは初版発行の時の表紙である。
  
こちらは後継の表紙で、右側は新装版の表紙。

 本作は短編連作による時代小説。短編が6つ収録されている。それぞれ一人の人物に焦点を当てて主人公にした短編作品なのだが、それぞれの相互に人間関係が生まれ、それが網の目のように絡み合っていき、全体で天保時代の悪党伝にもなっている。
 登場する人物名をまず挙げてみよう。片岡直次郞(直侍)、金子市之丞、森田屋清蔵、くらやみの丑松、三千歳、河内山宗俊の6人。

 各短編にはタイトルに続いて、「天保六花撰ノ内・○○」という副題が付いている。その○○に該当するのが、上記の直侍・金子市・森田屋・くらやみの丑松・三千歳・河内山宗俊である。
 「天保六花撰」と「河内山宗俊」いう言葉が頭にひっかかり少し調べてみて、なるほどと思った。講談という芸能分野で、明治初年に二代目松林伯圓が、実録本『河内山実伝』をネタ本にして、六歌仙にちなみ6人の悪党が活躍する世話講談を『天保六花撰』と題して創作したという。この世話講談を明治14年(1881)に河竹黙阿弥が歌舞伎世話物に脚色し、「天衣紛上野初花(クモニマゴウウエノハツハナ)」という演目にした。こういう背景があったのだ。『河内山実伝:今古実録巻』という本が、国立国会図書館のサイトで閲覧できる。

 つまり、本作『天保悪党伝』は、「天保六花撰」を題材にした藤沢流の翻案創作であり、和歌でいうなら本歌取りという形でのフィクションといえるだろう。
 余談だが、ウィキペディアを読むと、次の作家たちも「天保六花撰」を題材に作品を創作している。
『河内山宗俊』子母沢寛(1951年)/『すっ飛び駕』子母沢寛(1952年)
『河内山宗俊 ふところ思案』島田一男(1954年)/『天保六道銭』村上元三(1955年)
『闇の顔役』島田一男(1970年)/『河内山宗俊 御数寄屋太平記』広瀬仁紀(1994年)
『贋作天保六花撰』北原亞以子(1997年)

 まず天保という時代を押さえておこう。天保元年は1830年。第11代将軍家斉の末期で、1837年に徳川家慶が第12代を継承する。1833年から1839年にかけては天保の大飢饉が発生し、将軍の代変わりの1837年には大坂で大塩平八郎の乱が起こっている。その少し前、1834年2月、江戸では大火が発生し、1838年4月にも再び江戸は大火に見舞われる。同年5月には江戸で奢侈禁令が発布され、1841年5月、天保の改革が始まる。天下泰平の世は爛熟に至り、一方飢饉や江戸大火で、世の歪みが大きくなってきている。そんな時代を背景とした時代小説である。

 悪党というのは、「悪人。[一人についても、おおぜいについても言う]」(新明解国語辞典・三省堂)と説明されている。ここでは6人出てくるのでおおぜいの意味での悪党になる。悪人という言葉の対語は善人になるのだろう。悪人とは? これにも悪辣非道な極悪人から、善人面した悪人、さらに世に言う義賊まで、悪人にも様々な幅がある。ここに出てくる天保の悪党はどうだろうか? その日の生活に明け暮れる江戸の一般庶民にとっては、悪党として怯える側面を感じるとしても、江戸の世間話の渦中にはいれば、その悪ぶりに喝采するという気分をも抱く存在なのではないか。そんな悪党列伝のように感じる。心底から憎むべき悪人と感じさせない生き様がここに登場する悪党のおもしろいところ。
 松林伯圓が創作した「天保六花撰」に登場する悪人自身の内容を知らないので、本作の悪党の所業との比較のしようがない。だが、この短編連作で構成されていく悪党たちはそれぞれに悪行の有り様が異なる。そのバリエーションが読み手を惹きつける。。一方で彼らの人間関係が繋がり、相互の関係が広がっていくところもおもしろい。

 各編毎に何を扱っているかと多少の読後印象をご紹介する。

<蚊喰鳥 天保六花撰ノ内・直侍>
 片岡直次郞は80俵取り御鳥見の御家人だが将軍家の御狩場巡視の勤めを放り出し、吉原の妓楼大口屋の花魁三千歳の許に通う金を稼ぎたいために博奕に耽っている。勿論、ままならない。大河内宗俊に協力し松江の18万石松平出雲守の屋敷に出向いて、一芝居打ち、一人の娘を救出するという顛末譚と、直侍が吉原から花魁三千歳を逃げ出させる挙に及びその後始末の顛末譚が中心となる、この後始末に森田屋が絡んでくることに。
 タイトルの蚊喰鳥とは、蝙蝠(コウモリ)のこと。子供たちが細い竹竿を振り回し蝙蝠を追う様子を見て、「いまおれは、追う方ではなく追われる蚊喰鳥の方だなと直次郞は思った」(p53)と著者は記す。状況に流されるプロセスでの直次郞の行為が悪なのだ。

<闇のつぶて 天保六花撰ノ内・金子市>
 金子市之丞は鳥越川の甚内橋を南に渡った猿屋町に貸し道場を借りて神道無念流の看板を掲げている。市之丞もまた、花魁三千歳の許に通う一人。そのための資金づくりに、辻斬り行為を行う悪党。その金子の行為を丑松は目撃する。そして金子に近づき、己の妹お玉を探し出す話に協力するように持ちかける。岡っ引で女郎屋を営み、裏では賭場の胴元をしている五斗米市兵衛が妹を何処へか売ったと丑松は言う。金子はこの一件に協力する。
 また、丑松が河内山から得たネタで遠州屋をゆする仕事に金子は加担する。それが献残屋を営む森田屋清蔵を知る機会となる。
 辻斬りをする金子も悪党だが、彼が関わる悪行の相手側もまた、悪党ばかりというところが、おもしろい。読み進めていると、悪党たちの相対化という視点と心理が動き出してしまう。悪とは何か?
 タイトル「闇のつぶて」は、森田屋が金子に告げた一言をさす。お楽しみに。

<赤い狐 天保六花撰ノ内・森田屋>
 森田屋清蔵が、人知れず付きまとう男を煙に巻こうとする行動の描写から始まる。森田屋は金子市之丞の道場に出向く。森田屋は本庄藩藩主の氏家志摩守にひと泡吹かせるために、金子の助力を頼みに来た。前金5両。成功報酬10両と言う。金子はこの依頼に乗る。
 森田屋は、本庄藩江戸家老の小保内に、元値3000両で、七梱(コリ)の抜け荷の取引を交渉した。この時、本庄藩は東叡山御普請お手伝いの費用を捻出する必要に迫られていた。森田屋はこの取引で十分に賄え、お釣りがくる位だと保証する。この取引を仕掛けた背景には、森田屋自身の過去に恨みの原因があった。タイトル「赤い狐」は原因に関係する。
 因果関係を考えると、悪党を生み出すのは何なのか、悪とは何か、に戻っていく。
 このループ、様々な事象に共通して存在している気がしてならない。

<泣き虫小僧 天保六花撰ノ内・くらやみの丑松>
 丑松が料理人であることがこの短編で初めてわかる。河内山の賭場で3両ちょっとすった丑松は、河内山の紹介を受け、花垣の料理場に勤め始める。花垣の内情がわかるにつれ、丑松はおかみさんは地獄の中に居ると感じるようになる。その原因は政次郎という客だった。本作は花垣の顛末譚である。丑松に頼まれて、金子市之丞が助っ人となる。助っ人料に対する二人の駆け引きとその推移が興味深い。
 悪党の丑松が、さらに上を行く悪党に対峙するストーリー。ここにも悪の相対化が見られる。
 読者としては、結末に、ほんの少し安堵する心が動くことだろう。着地点が良い。
 くらやみの丑松と通称されているのに、タイトルがなぜ「泣き虫小僧」なのか。それは読んでのお楽しみに・・・・・。

<三千歳たそがれ 天保六花撰ノ内・三千歳>
 ここまでの短編連作の中で、花魁三千歳が3つの短編の各主人公との関係で点描されてきている。だがここで、三千歳自身が悪党の一人に加わることになる。
 片岡直次郞と金子市之丞は、三千歳の許に通った。直次郞に連れられて吉原を逃げるということもした。その後、吉原に舞い戻るという経緯を経る。結果的に三千歳は直次郞に貢ぐ形の関係だった。直次郞が間夫的存在に過ぎなくなって行くとさすがに愛想をつかす。そして金子との関係が深まるが、こちらもやがて三千歳が貢ぐ形の関係になっていく。そこに三千歳の本性的な業があるのだろう。花魁としては損な性格である。異なるのは森田屋清蔵との関係だけ。
 ならば、なぜここで悪党に列するのか。それは三千歳が河内山からの依頼を引き受ける羽目になることによる。水戸藩で行われているという影富が事実かどうかの一端を客の一人である水戸藩の家臣、比企東左衛門から聞き出すという役割を三千歳が担ったことによる。私にはそれしか理由を読みとれない。
 この短編、悪党伝の中では、少し異色。一番哀しいストーリー。三千歳あわれ・・・・。

<悪党の秋 天保六花撰ノ内・河内山宗俊>
 河内山宗俊は、御三家の一つ水戸藩が小石川屋敷で行っている影富の証拠をつかみ、それをもとにゆすりの計画を立てる。江戸を離れていた森田屋清蔵が、己の思惑と違う局面が生まれていたので、戻ってきていた。河内山宗俊のゆすりの計画に加担する。
 本作はこの水戸藩の影富についてのゆすりの顛末譚が主題になっている。
 それとパラレルに、森田屋清蔵が己に課した後始末の人助け譚が描かれる。そこに金子が登場するところが妙味である。
 河内山宗俊の水戸藩ゆすりには形として成功する。だが、思わぬオチが待ち受けている。このオチは「悪」という視点ではどう考えればよいのだろうか。著者は興味深い投げかけをしているような気がするのだが・・・・。ここにも、悪の相対化という視点が蠢いているように私は思う。

 ご一読ありがとうございます。


補遺
天保六花撰  :「コトバンク」
天保六花撰  :ウィキペディア
河内山実伝:今古実録巻1,2 栄泉社 :「国立国会図書館」
河内山宗春   :ウィキペディア
 ネットに情報を掲載された皆様に感謝!

(情報提供サイトへのリンクのアクセスがネット事情でいつか途切れるかもしれません
その節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。
その点、ご寛恕ください。)


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『秘太刀馬の骨』  文春文庫
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『夜消える』    文春文庫
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「遊心逍遙記」に掲載した<藤沢周平>作品の読後印象記一覧 最終版
                       2022年12月現在 12冊

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