本書も、第2弾となる『ブラック・ショーマンと覚醒する女たち』の新聞広告を見て気づいたブラック・ショーマンシリーズの始まりとなる本。奥書を見ると、書下ろし作品として、2020年11月に単行本が刊行され、2023年11月に文庫化されている。
こちらが文庫の表紙カバー
プロローグでは、アメリカ、ラスベガスでのマジックショーのシーンが描かれる。
第1章は、都内のあるホテルのブライダルサロンに居るカップルの会話シーンに切り替わる。会話するのは中條健太と真世。真世の姓は少し先で、神尾とわかる。父はもと中学校の教師。健太と真世は婚約していて、ブライダルサロンで打ち合わせをしていた。真世は中学時代の同窓会に参加するべきかどうか、逡巡していた。というのは、同窓会には恩師が招かれるのだが、小さな町だったゆえに、その恩師は実の父親なのだ。
このストーリーは、2019年に確認された新型コロナウィルス感染症(COVID-19)の蔓延が、治療薬の効果の確認により予防接種が進み、一段落した時期であるが、ステイ・イン・トウキョウがいつまた発令されるかもしれないという状況を背景にしている。読者にとっては実にリアル感を伴う状況であり、そうだろうな・・・と実感できるところが、読者を引き込む要因にもなる。刊行当初は特にそうだったのではないか。
真世は婚約中で心が高揚している時期だと思うが、月曜日の午後、ある電話連絡を受け、愕然とする。名もなき町、生まれ故郷の警察からの連絡。父・神尾英一が自宅で殺害されたという。真世は急遽故郷に戻り、警察署の死体安置室で、親族として父親の確認を迫られることに・・・。
3月初めの月曜日の朝、遺体の第一発見者で通報者となったのは、地元で酒屋を営む真世の中学時代の同級生、原口浩平だった。
火曜日の朝、真世は刑事の依頼を受け、自宅の現場に赴く。父が使っていた居間は足の踏み場もないほどに様々なものが散らばっていた。現場を実見しつつ刑事たちの質問に答えなければならない。
そんな矢先、現場にミリタリージャケットを着た男が現れる。その男は真世の叔父だった。住民票には、被害者英一の弟、神尾武史の名が記載されているのだった。突然に叔父が現れてきたことに、一瞬真世は驚く。叔父武史は真世の父英一からは12歳も年下の弟なのだ。
武史は東京の恵比寿で「トラップハンド」というバーを経営していると言う。子供の頃に一度会っただけの叔父。父の説明では、マジシャンになるという夢を抱いて渡米したということくらいしか知らない叔父だった。その叔父がなぜ父が殺されたこのタイミングで突然現れたのか。
刑事の質問に武史は「いわれなくても嘘をつく気はない。帰ってきたのは二年ぶりくらいだ。何となく帰る気になってね」「・・・どうしても理由がほしいというのなら、虫の知らせってことにしておこう」(p63)武史はけむに巻いたような返答をした。
なぜこのタイミングで、と真世の抱いた疑問は、後に武史から明かされることになる。
武史は実家での異変を推測して戻ってきて、実兄が殺害されたことを知った。この後、武史は名もなき町の警察に犯人究明を任せるのではなく、己で犯人を見つけ出すという行動に出る。その決意を真世に告げ、真世にも協力させて、行動を始める。、
犯人の探求の頭脳部分は叔父の武史が担い、独自に行動する一方、指示を出して真世を探求の先鋒として駒のように使う。二人が協力して犯人の究明を行うというストーリーが進展していく。
情報収集する過程で、武史は真世が参加を逡巡している同窓会、そこに参加する予定の同級生の中に犯人がいるはずだと、推理を煮詰めていくことに・・・・。
このストーリーのおもしろさは、叔父武史の人格には疑問を抱き、いやな思いを味わいながらも、人の心理を的確に分析して見抜き、柔軟にその場その場で言葉巧みにシナリオを描き実行していく明敏な頭脳と推理力。様々な仕掛けを巧みに取り入れて情報収集をしていく凄腕。真世の行動への的確な指示と先読みの能力。真世が懸命に、警察や同級生との対応をこなしていく姿にある。警察と刑事は、結果的に武史への情報提供先にすぎない立場に後退していくところが、このストーリー展開の妙味とも言える。
武史が犯人究明のために使う手口と仕掛けが実に興味深く、かつおもしろい。マジシャンの手練が実に巧妙に発揮されていく。それがこのミステリーの新機軸になっている。
ストーリー進展の中で、真世が叔父武史にどのような印象を折々に抱いていくか。その箇所をスキャンニングして目に止まった範囲で抜き出してみよう。抽出ページの表記は省略する。
ふつう姪にそこまでたかる?/ それぐらいの芸当は朝飯前だろう/ デリカシーがなさすぎる/ この叔父にはいくつもの顔があるようだ/ いい加減なところは多いが、この叔父は抜け目がなく頼りになる/ あの人物は謎が多い。油断できない/ 人間性は最低ではないか。まるで詐欺師だ/ 鍵師の技術まで持っているらしい。一体何なのか、この男は/ と、まあこういう印象として受け止められた叔父である。それが実像か、武史の演技かは、つかめない・・・・。
とはいえ、神尾武史の人間心理への功名な働きかけ方と、鋭利な論理及び推理の展開が読ませどころになっていく。単なる元マジシャンとは思えない。こいつは何者?と言いたくなる。謎多き人物。おもしろいキャラクターが創出されたものだ。
さて、この名もなき町の中学校の同窓会に集まる主なメンバーをご紹介しておこう。
本間桃子 主婦。夫は単身赴任。コロナ禍もあり子供と実家に帰省中と言っている。
同窓会の幹事役の一人。本間は旧姓で、結婚後は池永姓。
原口浩平 「原口商店」という酒屋を継いだ経営者。酒の新製品販売方針を企画中。
地元の「萬年酒蔵」とのタイアップのために急いでいる。
杉下快斗 あだ名はエリート杉下。IT企業を起業し成功。親は資産家。
テレワークを標榜し、家族と一緒に帰省し、仕事を進めている。
釘宮克樹 中学時代は漫画オタクで漫画家志望。零文字アズマを主人公とする「幻脳ラ
ビリンス」という漫画がヒットし、有名漫画家になる。
この漫画シリーズはこの名もなき町をモデルにする作品。通称「幻ラビ」
九重梨々香 有名広告代理店「報通」に勤務。今は、「幻ラビ」関連の仕事を担当。
釘宮の実質的マネージャー役としてふるまっている。美人。
柏木広大 地元の有力企業「柏木建設」の副社長。町興しのために、「幻ラビ・ハウ
ス」建築を請け負うが、コロナ禍で建築中止となる。幻ラビ関連新企画を
仲間と検討している。中学時代のあだ名はジャイアン。
沼川 地元で居酒屋を経営。
牧原 地元の地方銀行に勤めている。幻ラビ絡みで柏木と連携。
中学時代のあだ名はスネ夫。
当初の同窓会の計画では、この時に白血病で病死した津久見直也の追悼会を同窓会の途中で行うという案が出ていた。同窓会に招かれる恩師・神尾英一は、桃子にとっておきのは話をしようとだけ述べていたという。
津久見直也と釘宮克樹は仲がよかった。
恩師の死により、危ぶまれたが同窓会は実行され、津久見の母の申し出で追悼会は中止となる。
神尾英一の姿をまねた武史が登場し、最後に実兄殺害の犯人について、皆の前で一人一人に質問をしながら、謎解きを進めていくという趣向がおもしろい。
「エピローグ」の末尾は「黒い魔術師は颯爽と出ていった」という叙述で終わる。タイトルにあるブラック・ショーマンという語句は、ここに由来するようである。
勿論、プロローグに照応しているエピローグであり、出ていくのは神尾武史。
それが、どこの場所からか、観客に相当するのは誰かは、お楽しみに。
読者に最後の最後にストーリーの結末のつけかたを託する The End に仕立てられていて、おもしろい。
ご一読ありがとうございます。
こちらもお読みいただけるとうれしいです。
『希望の糸』 講談社
『あなたが誰かを殺した』 講談社
『さいえんす?』 角川文庫
『虚ろな十字架』 光文社
『マスカレード・ゲーム』 集英社
「遊心逍遙記」に掲載した<東野圭吾>作品の読後印象記一覧 最終版
2022年12月現在 35冊
こちらが文庫の表紙カバー
プロローグでは、アメリカ、ラスベガスでのマジックショーのシーンが描かれる。
第1章は、都内のあるホテルのブライダルサロンに居るカップルの会話シーンに切り替わる。会話するのは中條健太と真世。真世の姓は少し先で、神尾とわかる。父はもと中学校の教師。健太と真世は婚約していて、ブライダルサロンで打ち合わせをしていた。真世は中学時代の同窓会に参加するべきかどうか、逡巡していた。というのは、同窓会には恩師が招かれるのだが、小さな町だったゆえに、その恩師は実の父親なのだ。
このストーリーは、2019年に確認された新型コロナウィルス感染症(COVID-19)の蔓延が、治療薬の効果の確認により予防接種が進み、一段落した時期であるが、ステイ・イン・トウキョウがいつまた発令されるかもしれないという状況を背景にしている。読者にとっては実にリアル感を伴う状況であり、そうだろうな・・・と実感できるところが、読者を引き込む要因にもなる。刊行当初は特にそうだったのではないか。
真世は婚約中で心が高揚している時期だと思うが、月曜日の午後、ある電話連絡を受け、愕然とする。名もなき町、生まれ故郷の警察からの連絡。父・神尾英一が自宅で殺害されたという。真世は急遽故郷に戻り、警察署の死体安置室で、親族として父親の確認を迫られることに・・・。
3月初めの月曜日の朝、遺体の第一発見者で通報者となったのは、地元で酒屋を営む真世の中学時代の同級生、原口浩平だった。
火曜日の朝、真世は刑事の依頼を受け、自宅の現場に赴く。父が使っていた居間は足の踏み場もないほどに様々なものが散らばっていた。現場を実見しつつ刑事たちの質問に答えなければならない。
そんな矢先、現場にミリタリージャケットを着た男が現れる。その男は真世の叔父だった。住民票には、被害者英一の弟、神尾武史の名が記載されているのだった。突然に叔父が現れてきたことに、一瞬真世は驚く。叔父武史は真世の父英一からは12歳も年下の弟なのだ。
武史は東京の恵比寿で「トラップハンド」というバーを経営していると言う。子供の頃に一度会っただけの叔父。父の説明では、マジシャンになるという夢を抱いて渡米したということくらいしか知らない叔父だった。その叔父がなぜ父が殺されたこのタイミングで突然現れたのか。
刑事の質問に武史は「いわれなくても嘘をつく気はない。帰ってきたのは二年ぶりくらいだ。何となく帰る気になってね」「・・・どうしても理由がほしいというのなら、虫の知らせってことにしておこう」(p63)武史はけむに巻いたような返答をした。
なぜこのタイミングで、と真世の抱いた疑問は、後に武史から明かされることになる。
武史は実家での異変を推測して戻ってきて、実兄が殺害されたことを知った。この後、武史は名もなき町の警察に犯人究明を任せるのではなく、己で犯人を見つけ出すという行動に出る。その決意を真世に告げ、真世にも協力させて、行動を始める。、
犯人の探求の頭脳部分は叔父の武史が担い、独自に行動する一方、指示を出して真世を探求の先鋒として駒のように使う。二人が協力して犯人の究明を行うというストーリーが進展していく。
情報収集する過程で、武史は真世が参加を逡巡している同窓会、そこに参加する予定の同級生の中に犯人がいるはずだと、推理を煮詰めていくことに・・・・。
このストーリーのおもしろさは、叔父武史の人格には疑問を抱き、いやな思いを味わいながらも、人の心理を的確に分析して見抜き、柔軟にその場その場で言葉巧みにシナリオを描き実行していく明敏な頭脳と推理力。様々な仕掛けを巧みに取り入れて情報収集をしていく凄腕。真世の行動への的確な指示と先読みの能力。真世が懸命に、警察や同級生との対応をこなしていく姿にある。警察と刑事は、結果的に武史への情報提供先にすぎない立場に後退していくところが、このストーリー展開の妙味とも言える。
武史が犯人究明のために使う手口と仕掛けが実に興味深く、かつおもしろい。マジシャンの手練が実に巧妙に発揮されていく。それがこのミステリーの新機軸になっている。
ストーリー進展の中で、真世が叔父武史にどのような印象を折々に抱いていくか。その箇所をスキャンニングして目に止まった範囲で抜き出してみよう。抽出ページの表記は省略する。
ふつう姪にそこまでたかる?/ それぐらいの芸当は朝飯前だろう/ デリカシーがなさすぎる/ この叔父にはいくつもの顔があるようだ/ いい加減なところは多いが、この叔父は抜け目がなく頼りになる/ あの人物は謎が多い。油断できない/ 人間性は最低ではないか。まるで詐欺師だ/ 鍵師の技術まで持っているらしい。一体何なのか、この男は/ と、まあこういう印象として受け止められた叔父である。それが実像か、武史の演技かは、つかめない・・・・。
とはいえ、神尾武史の人間心理への功名な働きかけ方と、鋭利な論理及び推理の展開が読ませどころになっていく。単なる元マジシャンとは思えない。こいつは何者?と言いたくなる。謎多き人物。おもしろいキャラクターが創出されたものだ。
さて、この名もなき町の中学校の同窓会に集まる主なメンバーをご紹介しておこう。
本間桃子 主婦。夫は単身赴任。コロナ禍もあり子供と実家に帰省中と言っている。
同窓会の幹事役の一人。本間は旧姓で、結婚後は池永姓。
原口浩平 「原口商店」という酒屋を継いだ経営者。酒の新製品販売方針を企画中。
地元の「萬年酒蔵」とのタイアップのために急いでいる。
杉下快斗 あだ名はエリート杉下。IT企業を起業し成功。親は資産家。
テレワークを標榜し、家族と一緒に帰省し、仕事を進めている。
釘宮克樹 中学時代は漫画オタクで漫画家志望。零文字アズマを主人公とする「幻脳ラ
ビリンス」という漫画がヒットし、有名漫画家になる。
この漫画シリーズはこの名もなき町をモデルにする作品。通称「幻ラビ」
九重梨々香 有名広告代理店「報通」に勤務。今は、「幻ラビ」関連の仕事を担当。
釘宮の実質的マネージャー役としてふるまっている。美人。
柏木広大 地元の有力企業「柏木建設」の副社長。町興しのために、「幻ラビ・ハウ
ス」建築を請け負うが、コロナ禍で建築中止となる。幻ラビ関連新企画を
仲間と検討している。中学時代のあだ名はジャイアン。
沼川 地元で居酒屋を経営。
牧原 地元の地方銀行に勤めている。幻ラビ絡みで柏木と連携。
中学時代のあだ名はスネ夫。
当初の同窓会の計画では、この時に白血病で病死した津久見直也の追悼会を同窓会の途中で行うという案が出ていた。同窓会に招かれる恩師・神尾英一は、桃子にとっておきのは話をしようとだけ述べていたという。
津久見直也と釘宮克樹は仲がよかった。
恩師の死により、危ぶまれたが同窓会は実行され、津久見の母の申し出で追悼会は中止となる。
神尾英一の姿をまねた武史が登場し、最後に実兄殺害の犯人について、皆の前で一人一人に質問をしながら、謎解きを進めていくという趣向がおもしろい。
「エピローグ」の末尾は「黒い魔術師は颯爽と出ていった」という叙述で終わる。タイトルにあるブラック・ショーマンという語句は、ここに由来するようである。
勿論、プロローグに照応しているエピローグであり、出ていくのは神尾武史。
それが、どこの場所からか、観客に相当するのは誰かは、お楽しみに。
読者に最後の最後にストーリーの結末のつけかたを託する The End に仕立てられていて、おもしろい。
ご一読ありがとうございます。
こちらもお読みいただけるとうれしいです。
『希望の糸』 講談社
『あなたが誰かを殺した』 講談社
『さいえんす?』 角川文庫
『虚ろな十字架』 光文社
『マスカレード・ゲーム』 集英社
「遊心逍遙記」に掲載した<東野圭吾>作品の読後印象記一覧 最終版
2022年12月現在 35冊