遊心逍遙記その2

ブログ「遊心逍遙記」から心機一転して、「遊心逍遙記その2」を開設します。主に読後印象記をまとめていきます。

『チェーン・ディザスターズ』   高嶋哲夫   集英社

2025-03-06 18:54:36 | 高嶋哲夫
 ごく近未来に自然災害が連鎖的に発生する状況を科学的にシミュレーションし、その予測状況とその災害連鎖に対処する政府と民間人の活動を描きあげたフィクションである。想像力をわきたたせ、リアルに直近未来を感じさせるところにこの小説の醍醐味がある。

 本書は、2024年11月に書下ろし単行本が刊行された。
 目次の裏面ページに、「2024年10月現在の、最新の研究をもとにしておりますが、災害の設定はあくまで著者によってシミュレーションされたものです。また、実在の地名・施設等が登場しますが、実際とは異なる描き方がされている場合があります」と付記されている。

 202X年に、チェーン・ディザスターズが起こる。
、7月18日。午後2時18分。 東海地震・東南海地震が連動して発生。
   愛知県沖30キロの海溝で、マグニチュード9.2の巨大地震が起こる。
   神奈川から紀伊半島までの太平洋岸約200km。最大震度7。20mを超える津波。
 その4日後。南海地震が起こる。
   室戸岬沖10キロで地震発生。高知震度7、和歌山震度6強。25mの津波。
   この時点で、半割れ状態で起こった南海トラフ巨大地震がすべて出そろう。
   太平洋岸の都市はほぼ全滅;横浜・静岡・名古屋・大阪・徳島・高知
 日数経過後、午後2時12分、東京で首都直下型地震が起こる。
   東京震度7、横浜市震度6、さいたま市震度6強、千葉市震度6強
 日数経過後、台風8号が日本本土に接近し、日本列島を襲来する。
   台風の進路:高知南部をかすめ~紀伊半島~名古屋~東京~太平洋に抜ける
   中心気圧910ヘクトパスカル、平均風速62m、大雨を伴う
 日数経過後、午前9時26分、富士山頂上付近で噴火。
   富士山近辺の市町村に、まず噴火警戒レベル最高の5が発表される。
 日数経過後、午後1時25分。静岡で地震が起こる。マグニチュード4.5
静岡市震度5強、東京震度5弱。富士山の噴火に起因する地震。
 
 この小説に描かれる202X年の半年余りの期間に起こったチェーン・ディザスターズの発生経緯を抽出してみた。
 南海トラフ大地震、首都直下型地震、巨大台風、富士山噴火、これらが連鎖して起こったら、日本はどうなるのか?
 この小説は、この事態に取り組む状況をシミュレーションして、描き出す。

 第1の危機時点で、環境大臣の早乙女美来(サオトメミク)が名古屋市に赴き、被災状況を視察するところから始まる。早乙女美来は、高知を地盤とする二世議員。視察の過程で、ボランティアで避難所を運営する利根崎高志(トネザキタカシ)を知る。半導体設計のベンチャー企業、資本金50億円の「ネクスト・アース」のCEOで36歳。彼は避難所を運営するだけでなく、県にノートパソコン100台と非常用発電機20台、インターネット方式による災害のためのソフトウェアを無償で提供していた。
 南海トラフ大地震が起こる前から、民間人の観点で、利根崎は自社の非常事態対応体制を構築する一方で、災害発生を想定した準備を整えていた。早乙女は彼のスタンスを知るとともに、実際の活動状況と行動力を知る。それが利根崎との関わりの始まりとなる。

 首都直下型地震が起こり、長瀬総理他多数の閣僚や議員において、死亡・重傷・入院等の事態が発生。国会の機能は停止状態。早乙女は総理より防災大臣となることを託される。環境大臣としての経験すら浅い早乙女が、視察体験をベースに、政府の指令塔として連鎖していく災害に対する対策に立ち向かっていく。早乙女の意志と行動がこのストーリーの実質的な始まりとなる。
 そして、早乙女の立場はステップアップしていく。
 ここから先は、本書を開けていただきたい。
 
 南海トラフ大地震については新聞やテレビの報道で、研究結果から想定される災害規模、数値データなどを見聞してきてきている。しかし、抽象的な理解から一歩踏み込んだ状況、全体像のリアルな想像にはなかなか深まらない。それぞれの災害事象の想定を見聞しても、それが短期間にまさに連鎖して発生するという複合的事態をトータルでイメージするのは難しい。総合して想像するには及ばなかった。
 本作は、まさにそれをシミュレーションして、具体的な災害の事態を描き込んでいく。悲惨な災害状況が全体像としてリアルにイメージしやすくなってくる。災害規模の数値データを、被災者視点の状況として捉えられた描写が具体的に重ねられることにより、リアルさが増していく。本作はまさにイメージ具象化の一助となる。

 本作のテーマは、チエーン・ディザスターズが起こった状況下で、人々の命を護る。これ以上死傷者を増やさない。建物などは壊れても人さえ生き残れば修理と再建はできる(p124-125)。正しい決断は多くの命を救う(p168)ということにあると受け止めた。
 副次的テーマは、チエーン・ディザスターズのシミュレーション予測の現実妥当性を追求することになるのだろう。

 利根崎の視点からという形で、いくつか問題提起が書き込まれている。この点はまさに南海トラフ大地震の発生確率が高いと予想される現実世界で、どれだけ実際に考慮され、対策の準備がなされているかを問いかけてみたくなる箇所でもある。
*個人情報保護は大災害時には関係ない。優先すべきは人命だ。  p24
*災害は各地にある様々な被害をもたらしている。その被害は地域によって違うんだ。政府の最大の過ちは、すべてを東京目線で考え、日本全国に一律にそれを押し付けようとすることだ。  p30
*政府は常に(想定が:私的補足)甘すぎる。災害は常に複合的だ。  p106

 このシミュレーション小説を読んでいて、現実世界で気になる事項がいくつか出てきた。次の諸点について、対策・リスク管理ができているのだろうか・・・・・・。
・災害に対するソフトウェア関連
  非常事態下における個人情報の取り扱い・開示の基準
  被災者確認情報の通信ソフト;個人のスマホとリンクして通信できるレベルのもの
  避難所の運営ソフト
   これについては、次の会話文が出て来る。
   <政府にも避難所運営システムがあるでしょ。前防災大臣が1年かけて作った。
   費用はたしか16億円。現在、被災地の多くで使ってる。評判は最低だけど。
   災害を知らない者が作った最低のソフトだって>  p38
<現場では使い勝手が悪いって評判ね。現場を無視したソフトだって> p38
   この会話に相当するような事実があるのだろうか。フィクションだとするなら、
   この局面にはどのような対策システムが準備されているのか。
  医薬品を含む災害支援物資の配送・配給システム
・通信塔や通信設備が破壊された状況下での緊急対応システム・通信網の確立
・非常用電源車などの緊急電源設備の準備・配備
・首都直下型地震により、国会議員の相当数が死去・入院している場合の国会運営
 不勉強で知らないが、現行法には既に規定があるのだろうか。
・自然災害連鎖発生のもとでの自衛隊の活用範囲と想定準備

 ケーススタディを読んでいる気にもさせる直近未来SF小説である。
 本作にはこの国の現実を知るための材料がいっぱい詰まっている気がする。

 本書の末尾に、文庫本として『M8』『TSUNAMI 津波』『東京大洪水』『富士山噴火』が著者の災害関連書籍として出版されている告知ページがある。時折気になりながら、文庫入手後に積読本になっていることを再認識した。遅ればせながら順次読み継いでいき、逆に本作との関連を意識してみたいと思っている。

 ご一読ありがとうございます。


補遺  少し調べてみた。リストにまとめておきたい。
南海トラフ巨大地震編 シミュレーション編(3分03秒)    :「内閣府」
南海トラフ地震で想定される震度や津波の高さ  :「気象庁」 
南海トラフ地震特設ページ  :「大阪管区気象台」  
南海トラフ巨大地震に備えて 「ゆっくりすべり」を検知する「ひずみ計」が延岡市北方町に設置           :「mrt」
南海トラフ巨大地震   :ウィキペディア
首都直下地震の被害想定(概要)   :「防災情報のページ」(内閣府)   
いつ起きてもおかしくない首都直下型地震から命をどう守るのか【専門家解説】
                  :「東洋大学」
大地震はいつ来る?   :「東京都耐震ポータルサイト」
地震       トップニュースが1からわかる  :「NHK」
震度7 何が?  トップニュースが1からわかる  :「NHK」
富士山ハザアードマップについて  :「防災情報のページ」(内閣府)
富士山の噴火史について   :「富士市」
富士山噴火の可能性とリスク 災害手帳  :「YAHOO! JAPAN 天気・災害」
富士山噴火シミュレーション「前回宝永噴火から300年 いつ噴火してもおかしくない」   
                        YouTube
「富士山噴火」で何が起きる…!? 最新調査でわかってきた富士山の「本当の姿」
      サイエンスZERO  :「NHK」
富士山は噴火する? 被害の範囲や噴火の歴史を紹介 :「防災ニッポン」(讀賣新聞)

 ネットに情報を掲載された皆様に感謝!

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その点、ご寛恕ください。)



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『パルウィルス』   角川春樹事務所

「遊心逍遙記」に掲載した<高嶋哲夫>作品の読後印象記一覧 最終版
 2022年12月現在
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