遊心逍遙記その2

ブログ「遊心逍遙記」から心機一転して、「遊心逍遙記その2」を開設します。主に読後印象記をまとめていきます。

『伏蛇の闇網 警視庁公安部・片野坂彰』   濱 嘉之   文春文庫

2024-11-25 22:56:44 | 濱嘉之
 警視庁公安部・片野坂彰シリーズの第6弾! 文庫のための書下ろしとして、2024年10月に刊行された。
 本作はまさに直近の世界情勢を片野坂彰をリーダーとする警視庁公安部長付特別捜査班が情報収集し、片野坂を中核に分析し論じあうというインテリジェンス・ストーリー、情報小説である。現下の世界情勢をこういう視点から見つめることができるものか、というところが、フィクションという形式を介して、大いに参考になる。

 本作はこれまでのシリーズとはちょっと全体構成の趣が違うという印象をまず抱いた。一つの特別捜査事案がメイン・ストーリーになって、いくつかのサブ・ストーリーが織り込まれていき、結果として集約統合されていくという展開とはかなり異なる。いわば、短編連作の底流に一つのテーマが横たわっていて、それぞれの短編のある局面が、その一つのテーマと接合していくというイメージである。
 
 片野坂は特別捜査班のリーダーであり、4人の部下がいる。しかし、片野坂は上司・部下という上下関係を主体とする一班ではなく、それぞれが専門領域での優秀な捜査員であり、お互いが同僚だという意識でのチーム作りを実践している。それぞれのメンバーは、己の担当する領域でテーマを主体的に追及しいく。特別捜査班全体での情報の共有化を図りつつ、海外各地域に分散し単独で諜報活動に従事していくとともに、片野坂の提起する特定事案の解決にチームプレイを発揮する。今回は、このそれぞれの活動を描くという側面の比重がこれまでの作品より大きくなり、ストーリーに色濃く反映されていると思った。

 これは、本作の目次をご紹介すれば、そこにその一端が現れていると思う。
 短編連作風の作品と感じる一つの要因は、各章での主体となり諜報活動をする人物が明確な点である。個々の主人公が片野坂と連絡を取り、一方で同僚間の相互協力とコミュニケーションを密にしている。目次と併せて主体となる人物を明記しておこう。

  目次              主体として活動する特別捜査員
    プロローグ         片野坂彰警視正  本筋の事案の始まり
  第1章 ロシア情勢       香川潔警部補
  第2章 中国情勢        壱岐雄志警部
  第3章 中東情勢        望月健介警視
  第4章 福岡          片野坂彰警視正
  第5章 経過報告        片野坂がメンバーと活動状況を共有化
  第6章 新たな問題       緊急事案への対処:片野坂・香川・壱岐
  第7章 事件捜査        緊急事案が事件捜査に転じる
  第8章 海外警察の拠点摘発   片野坂の扱う本筋の事案の解決へ
    エピローグ

 プロローグで、片野坂が京都の八坂の塔の近くに現れる。土地鑑のある地域から始まると情景のイメージが湧きやすく一層ストーリーに入り込みやすくなる感じがした。
 片野坂はそこから京都の中心地区に移動し、とあるビルにある監視カメラに情報収集のための小細工を加える。それは片野坂が友人から入手した情報を契機に、ある事象の殲滅をテーマとして着手する始まりとなる。ここからまず面白いのは、ウィーンを拠点とする白澤香葉子警部のもとに、監視カメラに加えた細工を通して得られる情報を送信し、白澤がリモートでアクセスして、そこを起点に情報源を遡っていき、さらに関連情報をハッキングするというルートを構築していくところにある。片野坂が国土防衛のために取り組む事案は、その進め方が頭からグローバルな展開となる点である。このシリーズに引き込まれるのは、グローバルな情勢分析感覚がベースにあることだ。
 では、片野坂が友人から協力依頼を受ける形で得た情報を契機に取り組み始めたのは何か? 中国公安が、日本に秘密警察の「海外派出所」を設営して、留学生などの在日同朋を脅迫する一方で、チャイニーズマフィアと連携して大規模詐欺に関与しているという事象だった。京都に海外派出所の一つがあることと場所を片野坂が特定した。片野坂はこの京都から得られる情報を起点に、日本に設営された中国の秘密警察派出所の殲滅を一挙に行うことを決意する。これがこの第6弾のメイン・ストーリーに相当する。

 しかし、この事案だけを主体に捜査を展開していくストーリーの構成になっていないところが面白いところである。片野坂は、ロシア、中国、中東の各エリアで活動している同僚たちと、コミュニケーションを取り、情報を共有しながら、片野坂の視点で諜報活動の目標について助言・指示したり、危険性の評価などをしたりする。また、各捜査員の入手情報は、ウィーンの白澤のもとに中継拠点として集約される。一方、白澤は情報源へのハッキング活動により、片野坂以下4名に収集・分析した情報をフィードバックする。このスケールの広がりが、このシリーズの魅力的なのだ。

 第1章~第3章のロシア・中国・中東各地域の情勢分析とグローバルな相互関係についての描写は、ほぼリアルタイムな世界の情勢・情報が扱われている。その情報分析を一つの視点として受け止めると有益である。見方が広がることは間違いない。リアルな情報が巧みに織り込まれ、その動向がこの5人のメンバーの分析の俎上に上ってくるのだから、おもしろい。
 
 3人の特別捜査員がこのストーリーではどこに出かけているかだけはご紹介しておこう。特別捜査班の全員が片野坂の指示で警視庁本部庁舎で一堂に会するのは、クリスマスイヴの前日になる。それまで、片野坂は日本で単独捜査。白澤はウィーンで主にハッカーとしての業務に従事し、ストレートに帰国。あとの3人は以下の通り。
 香川:ウラジオストク→(シベリア鉄道・北ルート)→モスクワ→サンクトペテルブルク
 壱岐:上海・長江河口地域→香港→江西省の南昌市
 望月:フォレストシティ(マレーシア・ジョホール州)→モルディブ

 全員が集合して会合した後、片野坂は皆に1月15日の集合を告げ、それまでは有給休暇を取るように指示する。だが、年が明けてから、思わぬ新たな問題が発生する。それは公安部のサイバー犯罪特別捜査官の出奔事件である。その重要性に鑑みて、片野坂は即刻捜査に取り組む。そこに香川と壱岐が加わっていく。サブ・ストーリーの進展なのだが、それがまた、片野坂の事案に繋がっていく。外国と国内が絡むと、広いようで狭い裏社会の繋がりが露呈する。まあ、そんなものかも・・・・と思ってしまう。
 このサブ・ストーリー、リアルにあるかもと思うような話であり、興味深い。

 本作は、メイン・ストーリーと思う片野坂の取り組む事案を描くボリュームが相対的に少ない。それ以外の世界情勢の話題と分析に結構拡散している。なので、世界情勢の論議をフィクションを介して読むことに関心がない人にはお勧めとはいいがたい。
 フィクションを介しながらも、ここまで一つの視点で、世界情勢と過去の歴史の一端を取り上げ、読み解き、書き込んでいるところが興味深くおもしろいと思う。

 香川潔警部補の発言は、いつも過激で極端な側面があるのだが、それ故に思考の刺激になる。香川と片野坂の会話をいつも楽しみながら読める。
 最後に、香川が毒舌・揶揄でネーミングし、会話に頻出させるあだ名を挙げておこう。
    プー太郎、チン平、黒電話頭。
 小説ならではのあだ名ではないか。

 ご一読ありがとうございます。


補遺
CISSPとは  :「ISC2」
OSCPとは? :「CONPUTERFUTURES」
ガスプロム  :ウィキペディア
鬼城(地理学):ウィキペディア
恐れていた事態が起こった「中国の不動産業界」…中国で「完成はしたけれど住む人がいない」マンションが急増   :「現代ビジネス」
南昌市   :ウィキペディア
江西省・南昌市 概況説明資料  :「JETRO」
ヒズボラ  :ウィキペディア
バース党  :「日本国際問題研究所」
ハマース  :ウィキペディア
フーシ   :ウィキペディア
イスラエル国   :「外務省」
イスラエル    :ウィキペディア
モルディブ共和国 :「外務省」
モルディブ    :ウィキペディア
AIアシスタントとは?   :「RAKUTEN」
生成AIのパワーを活用する :「intel」
生成AI    :「NRI](野村総合研究所)

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『天空の魔手 警視庁公安部・片野坂彰』  文春文庫
『プライド2 捜査手法』   講談社文庫
『孤高の血脈』   文藝春秋
『プライド 警官の宿命』   講談社文庫
『列島融解』   講談社文庫
『群狼の海域 警視庁公安部・片野坂彰』  文春文庫

「遊心逍遙記」に掲載した<濱 嘉之>作品の読後印象記一覧 最終版
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『天空の魔手 警視庁公安部・片野坂彰』  濱嘉之  文春文庫

2024-06-20 21:12:22 | 濱嘉之
 警視庁公安部・片野坂彰シリーズの第5弾! 2023年5月に書き下ろしの文庫が刊行された。ネット検索してみると、現時点(6/20)では、後続第6弾は刊行されていない。

 このシリーズの魅力は、実にリアルタイムなテーマ設定でインテリジェンス要素に満ちるコンテンツを扱ったフィクションだという点にある。
 最初にこのストーリーのキーワードを列挙してみよう。ドローン、eスポーツ、ミニ富岳、中国による台湾侵攻の想定、テルミット弾、対日有害活動の抑止、費用対効果、シュミレーションゲーム、ロボットの応用、衛星画像技術、SAR衛星、現地実験というところか。
 これらのキーワードが公安部の片野坂彰の頭脳の中でどのようにリンクしているのかが、このストーリーであり、それが実にリアルに結びついていくところを楽しめる。けれども、それがリアルに感じられるだけ余計に、この現実世界をリアルタイムで考える上でのインテリジェンスとなる。
 
 科学技術はコインのようなもの。平和利用と軍事利用の両面をもつ。どちらの側面で使うか。それは人間に課せられた選択である。このストーリーでは、ある目的のもとで、あるターゲットに対しドローンを飛ばすという行為が中心にストーリーが進展していく。
 プロローグは、群馬県の山間にある牧場に30人程度の選抜された青少年が、ドローンを操作し、最終的には高度50mから目標の直径2mの円内に3kgの重りを落とし、ドローンを出発地点に帰還させるという競技である。いわゆるeスポーツの一種といえる。
 この競技現場に片野坂は、警視庁警備局担当審議官五十嵐雄一警視監を伴って来ていた。ミニ富岳を1台レンタルして、この競技大会をオブザーブした。片野坂の脳裡には、公安の観点から、ドローンを実戦的に使うという発想があった。この競技大会はその発想を実現化する一歩だったのだ。それは五十嵐審議官への己の発想と実現化へのプレゼンでもあった。
 この競技大会での優勝者と準優勝者は、新規ソフト開発への参加権を獲得できるのだった。
 
 外見上はゲームソフト開発の会社を立ち上げ、eスポーツとしてドローンを使ったゲームソフトを開発する。eスポーツとしては、ドローン操縦は人間である。操縦には人間のスキル、ノウハウが累積され磨かれていく。しかし、それをコンピュータによる操縦という形に技術転換させたソフト開発を実現することが片野坂のねらいだった。つまり、ドローンを公安的観点から、対日有害活動の抑止に使う技術開発と技術確立である。
 その為には、ソフト開発をする特定の会社や資材調達をする会社などの基盤環境整備が勿論、マル秘レベルで必要となる。
 一方でそのソフト開発は、操縦者の操作という次元に落とし込み、形を変えることで、eスポーツのゲームソフトとしての販売ができる。採算性という側面が存在する。おもしろい領域に片野坂は着目したのだ。

 片野坂の脳裡には、直近の有事として、中国による台湾侵攻が想定され、かつその延長線上に、中国の日本国領海侵犯がリンクしており、そこに公安部としての立場での関与の限界と関与方法への独自の思考が渦巻いているのだ。

 このストーリーは、勿論、第一段階は実戦的ドローン作戦の実機とソフトの開発というプロセスがある。そして、実機とソフトの性能テストが成されねばならない。第二段階は、片野坂が想定して開発したドローン作戦のシミュレーション技術が、本当に実戦的なものといえるか。その調査と検証は不可欠である。公安部長の許可を取り、片野坂はアメリカに飛ぶ。
 片野坂の元同僚であり、NSBの上席調査官であるレイノルド・フレッチャーにまず相談を投げかけることから始まって行く。NSBはFBIの内局の1つ。連邦捜査局国家保安部である。
 片野坂が持参したのは、ドローンを使ったウクライナでの戦い方のゲーム感覚でのシミュレーションだった。この相談が、さらに実戦的なブラッシュアップへとつながっていく。
 第三段階は、現地実験へとステップアップすることに・・・・・。

 これをメインの大筋とすれば、ここに幾つもの筋が織り込まれていく。
1. リアルタイムで発生してきた様々な公安領域絡みの事象に関連した情報話
2. この第5作から、新人が加わる。片野坂の部下・望月の外務省時代の同僚で32歳の一等書記官、東大卒。中国の北京大使館と上海・瀋陽の領事館勤務経験あり。語学では「チャイナ・スクール」のエースとみなされていた男。現在は外務省アジア大洋州局北東アジア第二課勤務である。名前は壱岐雄志(イキユウジ)。本シリーズの愛読者にとっては、楽しい側面となる。片野坂のチームが教化されるのだから。
3. 片野坂はチームメンバーに、ロシア軍と中国人民解放軍の詳細な動向調査が喫緊の問題と判断し、その調査を指示する。メンバーが協力してこの課題に取り組んでいく。
 壱岐にとっては、トレーニングの要素を含めた実戦の調査活動となる。
4. 時事、世界情勢に関連した会話が、様々な関連情報を含んでいて、リアルタイムな豆知識情報を副産物として提供してくれる。

 このストーリー、フィクションではあるが、重要な点に気づかせてくれる。
 ドローンの利用が戦争そのものを変える段階に入っていること。
 衛星画像技術の進化によって、かつての軍事的極秘情報が手に取るように即座にわかる時代になってきたこと。
 他にもあるだろうが、この2点が印象的である。

 ストーリーを楽しみながら、思考材料となる情報を副産物として提供してくれる小説だと思う。
 ご一読ありがとうございます。

補遺
ドローンとは? 国土交通省の定義や語源、ヘリ・ラジコンとの違いも解説
                      :「ドローンナビゲーター」
ドローンとは?意外と知らないドローンの定義を簡単に解説  :「mazex」
無人航空機  :ウィキペディア
日本水中ドローン協会 ホームページ
ウクライナ「ドローン戦」で変貌する戦争 :「REUTERS」
[密着]ウクライナ軍”ドローン部隊”徹夜の任務で目標『バンキシャ!』 YouTube
  2024年5月19日放送「真相報道バンキシャ!」より との付記あり
仏大統領"支援"のホンネは?/ウクライナ「新ドローン部隊」発足・・・G7サミットの舞台裏【6月14日(金)#報道1930】|TBS NEWS DIG
衛星データ入門  SAR(合成開口レーダ)のキホン 
   ~事例、分かること、センサ、衛星、波長~
    :「宇畑 SORABATAKE」

国土地理院で利用している主なSAR衛星  :「国土地理院」
光学衛星とSAR衛星の違い     :「SPACE SHIFT」

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『プライド2 捜査手法』  濱 嘉之  講談社文庫

2024-02-12 21:01:53 | 濱嘉之
 プライド・シリーズの第2弾、書き下ろし文庫。2024年1月に刊行された。
 田園調布署管内の3駐在所それぞれに勤務する警察官たちの家族付き合いから、同年齢の息子達が幼馴染みとなる。その3人が歩んだ径路は異なるが、結果的に警察官になっていた。警察庁、警視庁というピラミッド型警察組織の中で、3人は警察組織での階級も職域も全く異なるが、幼馴染みの絆が、警察組織の壁を乗り越えて、法の下での正義のために情報交換し、協力し合い、重要な事件の解決への推進力となっていく。いわば、警察、警察官のプライドを実践するというストーリーである。

 この『プライド2』では、本城清四郎が中心になり、清四郎が幼馴染みの高杉隆一と大石和彦とコンタクトをとり、3人の協力関係が進展する。
 本城清四郎は私立大学に進み、大学時代はゴルフ三昧。その特技でかなりの人脈を作っている。結果的に警視庁に入庁する道に進み、組織犯罪対策部で現場一筋の捜査にやり甲斐を感じて邁進し、巡査部長に留まっている。ようやく昇任試験に目を向け始めたところ。捜査での情報分析能力を認められている。
 高杉隆一は高校卒業後警視庁に入庁。警察学校時代に一週間の世話係となった上原の薫陶と影響を受け、警察官としての能力を発揮する上で昇任の重要を認識し意識した。順調に昇任試験に合格。隆一は海外研修としてFBI派遣をも経験している。今の階級は警視庁警視。丸の内署の刑事課長である。
 大石和彦は、東大卒業後、キャリアとして警察庁に入庁。公安分野のキャリアの道を歩む。在ロシア日本大使館参事官として3年間赴任し、2003年4月に帰国。今は警察庁警視正。警備局警備企画課第二理事官。このストーリーの進展中、2005年(平成17年)3月末、警視庁公安部公安総務課長に異動する。
 3人のこの職域とキャラクターが、このストーリーの広がりという点で面白さを加える背景となっていく。

 プロローグは、2004年(平成16年)4月に、本城清四郎が組織犯罪対策部長に呼び出される。巡査部長時代最後の仕事として、コールドケース-迷宮入りの未解決事件-から事件を抽出して、その解決に取り組んでほしいと指示される場面から始まる。
 清四郎は平成元年から16年分のコールドケースのデータから2件に絞り込んだ。一件は永田町を中心としたマル暴絡みの詐欺事件。もう一件は渋谷区内で発生した不動産奪取案件。こちらは北朝鮮による拉致問題にも裏で関係するもので、警察官僚も関わっていた。 清四郎は、キャリアの太平組対三課長に部長の指示を報告した後、太平課長に警視庁公安部公安総務課内にある相関図ソフトを活用することを進言した。太平課長はこの相関図ソフトを知らなかった。この相関図ソフトが公安部ではここしばらくお蔵入りになっていた実態から始まるところがおもしろい。頻繁なキャリアの人事異動に伴う引き継ぎの不十分さを皮肉っていることにもなる。清四郎の進言から、この相関図ソフトが復活することに。かつて高杉隆一の世話係を担当した上原がこのとき、公安総務課の理事官になっていた。彼は隆一を介して清四郎を知っていた。人のつながりの妙である。
 公総課長のところで、清四郎が取りかかろうと考えている事件に絡んで、過去の事件関連から5人のデータを説明し、上原理事官が相関図ソフトの検索エンジンにデータを入力した。その結果、新たに相関図が生成された。それが、まさにパンドラの箱をあけた気分をその場にいた者に感じさせることになる。
 なぜか? その相関図には、ヤクザ、政治家、新興宗教団体・世界平和教関係者の名前が含まれていたからだ。

 この『プライド2』のタイトルは『捜査手法』である。このストーリー、まさにその捜査手法自体にフォーカスを当てる展開になっている。清四郎が採りあげたコールドケースに対して、水と油のように分かれていた公安警察と刑事警察が事件解決のために情報交換を密に行う展開が始まっていく。つまり、捜査手法の異なる点をクリアしつつ、事件解決のために協力する姿が描き込まれていくという次第。
 コールドケースを扱う故に、その事件当時の社会背景を踏まえた事実関係の再捜査と情報収集並びに情報の分析がストーリー進展の中心になっていく。

 フィクションという形ではあるが、平成10年代(1998~)頃の日本並び世界の政治経済状況がもろにこのストーリーに反映している。いわば情報小説の色彩が濃厚になっている。当時の社会状況、世界状況を思い起こしてとらえなおしてみる上で、情報分析の機微が内包されていると言える。
 フィクションに仮託して描かれていく場面の会話に、例えば次の事項が登場する。
 世界平和教の霊感商法について。少年法と犯罪少年のデータ抹消について。名簿商法の横行。霊園問題。政治家に対するハニートラップ。財政投融資問題の一側面。静音保持法制定の経緯。空き家対策問題・・・・。まさに、現実世界を考える上でも、ここには考える材料が豊富に書き込まれている。

 本作で興味深いと感じたのは、反社会勢力の裏社会においても、関東と関西に構造的・風土的な相違点があることだ。捜査の一環として清四郎は武田班長と一緒に関西に出張し情報収集するとともにその差異を実感するというサブストーリーが第3章として織り込まれている。社会構造的な一側面にフォーカスして、フィクションの形で実態を反映させ、切り込んでいるのだろう。
 
 大石和彦が警視庁の公安総務課長に就任した時点(第4章)から、清四郎、隆一との関わりが密になっていく。ここからの展開がやはりおもしろい。幼馴染みの絆で結ばれた上に、警察官としてのプライドが彼等の協力関係を一層緊密にしていく。それが当面の事件解決への梃子になる。このあたりがやはり読ませどころと言える。

 清四郎を主軸にした事件解決のための関連情報捜査が幅広く描かれていく故に、取り組んだコールドケースでの容疑者の捜査追跡ストーリーという局面が少しショートカットされている感を受ける。その局面の具体的描写が少ないように思う。
 これは、相関図で表れた広がりと政治家の関与部分をいずれ確実に叩くために、今回はピンポイントで最大の弱点だけを潰すという解決策に持ち込む政治案件となることによるせいかもしれない。
 逆に捕らえると、事件処理という点で、このシリーズがさらに続くことが明白になったとも言える。和彦が公総課長になったことが今後さらに、ストーリーをおもしろくしていくのではないか。今後の展開に期待したい。

 情報小説の側面が強く表に出て来ている印象がのこった。この情報小説という側面は考える材料として、私の好みであるので、今後の進展を楽しみにしている。

 エピローグは、2006年初夏の日曜日の昼前に、隆一、清四郎、和彦の3人が地中海料理屋のテーブル席で会話をする場面で終わる。会話の一部として以下のような発言が書きこまれている。
「国会というところはまさに魑魅魍魎の巣だからな。特に比例代表で出てくるような議員の中には、なんでこんな奴が国民の代表なんだ・・・・と思ってしまう輩もいるのが事実だ」 p384
「とはいえ、企業からの政治献金は規制が掛からないままになっているんじゃないのか」 p385
「実はそうなんだ。政治家の発想が国民からますます乖離していることを、一旦政治家になってしまうと忘れてしまうんだな。・・・・・・」 p385
 この会話、現在の状況を重ねてみると、今も何ら変わっていない思いを強くする。
 ここにも著者のアイロニーが込められているのではないか。
 高潔な政治家不在。政治屋の蔓延・・・・・・それが変わらぬ現実なのか。

 ご一読ありがとうございます。

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『孤高の血脈』   文藝春秋
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『孤高の血脈』  濱嘉之    文藝春秋

2023-12-15 21:59:58 | 濱嘉之
 濱嘉之さんの小説を読み継いでいる。本書が出版されているのを知らずにいたのだが、たまたま目にとまった。今まで警察小説の領域の作品群を読み継いできた。その核になってきたのは「情報」である。本作も警察小説かと思って読み始めたのだが違った。初めて警察ものとは異なる領域での長編小説を楽しむ機会になった。
 本書は、書き下ろし作品で、2022年11月に単行本が刊行されていた。単行本としての出版に接したのも、私は初めてである。ずっと文庫で読み継いできた。

 本作は医療分野を題材にしている。東北の拠点都市で医療法人清光会中東北総合病院を経営する池田家が舞台となる。プロローグはこの総合病院の創立150周年記念の宴席場面から始まって行く。
 この時点での理事長兼院長は池田利雄。次男であり、アメリカに留学して腹腔鏡手術の分野に習熟し、中東北総合病院の医者となって名医と呼ばれる地位を確立するに至る。
 池田家の男子は医者になり、女子は医者にはならずに、医者と結婚することで、池田家一族が一体となり、総合病院の中核を担う。そして病院の発展拡大を図ってきた。
 このストーリーは、総合病院経営者として利雄が能力を発揮し病院を拡大していくプロセスを主体にしつつ、利雄が己の躓きに気づいた時の対処までを描き出して行く。その背景として、池田診療所規模からこの総合病院を確立するに至った先代院長池田利宗の時代を前史部分として織り込みながらストーリーが展開されていく。

 池田利宗はシベリア抑留経験をした。そのとき、大久保弘之という建築家と抑留地で知り合い、終生の友人関係を築く。大久保は帰国後、建築家として建築業界では一流人となって、一方で政財界等との人脈を築いていく。利宗は外科医であり、医家である幸田家から池田家の婿養子に入り、池田診療所を継ぐ。そして、診療所を病院に格上げしさらに総合病院化して行った。この時、利宗の医大時代からの友人で外科医の田邊宏一郎が利宗に協力する形で病院に入る。彼もまた利宗の終生の友人である。
 さらに、利宗の実の兄、幸田宗春は医者で、当初医者として利宗の病院経営に協力していたのだが、途中から医者としてではなく病院経営のサポートに専念して、病院に関わる周辺事業にも着手し、利宗の病院経営の円滑化と事業拡大に関わっていく。

 利雄の兄・利邦は外科医の道を歩み、父の片腕となっている。利邦は医者として優れているが学者肌の性格。利雄には姉が二人いる。長女多恵子の夫・山県篤志は産婦人科医。次女有希子の夫・伊勢哲朗は耳鼻咽喉科医。それぞれ中東北総合病院の医療分野を担っている。多恵子と有希子は専業主婦。一方、利雄には双子の弟と妹がいて、弟の利典は小児科医。利典は病院経営にはあまり関心を示さない。妹の恵理子は弁護士となっている。
 
 利雄は子供の頃から姉二人に疎まれていた。特に兄弟姉妹の中で最も優秀とみなされていた有希子は利雄を毛嫌いしていた。学業面で利雄はいわば落ちこぼれ。彼一人だけ中高一貫で全寮制の学校に行かされることになる。医者を目指すが志望校には入れず、長い浪人生活をする。その時、利雄をサポートし、人生経験をさせたのは伯父の宗春だった。志望校には入れないままで医者となった利雄は、勧められてアメリカに留学する。この時の検分と体験が医者としての転機となっていく。
 雄はある時点で生涯の秘密を知らされることになる。それが利雄の生き様に関わって行く。
 利雄は徐々に中東北総合病院で己の立場を築き上げ、戦略的に行動して、理事長兼院長へと上り詰めていく。その過程で血族内での確執が深まっていく。
 病院経営に対する己の才能に目覚めて、能力を発揮していくのだが、そこにもその才能を底上げするある秘密が隠されていた。

 このストーリーの興味深いところは、いくつかの重要な要素が巧みに組み込まれているところにある。
1.地方の名家・池田家が総合病院を経営するという立場の及ぼす影響。
2.池田池の血族内の人間関係。そこに関わる秘められた問題事象。兄弟姉妹間の確執。
3 医療行政における中央と地方の関係
4.総合病院の経営における周辺事業との関係性。周辺事業を取り込んで行く形での拡大
 トータルなマネジメントの視点とそのノウハウ、併せてリスク・マネジメントの問題
5.医療業界の隠された闇の側面。医者と薬剤業界のつながり、医療行政とのつながり、
  医療業界と建築業界とのつながり、・・・・。

これらが複雑に絡み合っていくおもしおろさ。一方で、医療業界の情報小説的側面を併せ持っている。医薬癒着の側面など、著者が得意とする情報領域にリンクしていると言える。

 本書のタイトルは、「孤高の血族」となっていて、表紙には、「Ikeda, the noble
family」と英語が併記されている。この表記を読めば、地方におけるダントツの総合病院を経営する医家・池田家一族が、地方の名士として高潔に、気高さを持って医療分野で貢献するという意味合いが含まれていることになるのだろう。確かに地方で先進的な医療を導入しようとする先端を行く側面が描き込まれている。一方で、池田利雄という主人公が、池田家の中で、己の存在を認知させ、先代利宗よりも一層大きく質の高い総合病院に拡大して、己を疎んじてきた血族を実績で見返していこうとする。己が次世代に総合病院を引き継がせる行くという姿勢を貫こうとする。孤高の存在という立ち位置を貫き、他の血族に対し己の意思を貫徹するという思いがタイトルに込められているのではないかと受け止めた。そして、それが利雄にとって、血族に対する、いわば復讐になっていく・・・・。
 
 本作の内容から考えると、著者が新しい領域を手がけようとチャレンジした単発的な小説といえるだろう。なかなかおもしろい設定の作品となっているが、シリーズ化する意図はなさそうな登場人物設定になっていると理解した。

 ご一読ありがとうございます。

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『群狼の海域 警視庁公安部・片野坂彰』  文春文庫

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                     2022年12月現在 35冊
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『プライド 警官の宿命』  濱 嘉之  講談社文庫

2023-04-04 18:05:32 | 濱嘉之
 文庫書き下ろしの作品である。新たな「プライド」シリーズの始まりか・・・・。
 本書は、2022年9月に刊行された。

 著者のこれまでの各種シリーズを思い浮かべると、基本的フレームワークがこれまでとは一味異なっている。これが始まりならば、警察組織におけるちょっと今までとは異なった連係プレイが生み出されるストーリーが楽しめそうである。なぜそう思うのか?

 本作「警官の宿命」の主な登場人物の設定のしかたが新機軸であるからだ。
 主な登場人物は3人。高杉隆一、本城清四郎、大石和彦。この3人には共通点がある。それは、それぞれが田園調布警察署管内で長年駐在所勤務をする警察官の息子であり、幼馴染みであるということ。そして、それぞれが異なる経緯を経て、警察の道に進んだということ。これがストーリーのベースになる。
 3人が広義の警察という土俵に上がった。つまり、彼ら3人が「下克上」のある警察組織の独特な昇進システムの中に組み込まれることを意味する。さらに、事件・事案を解決して実績を積むことで評価される仕組みの中に身を投入したことになる。勿論、実績の評価は、個人の視点と警察組織の視点が絡み合って行く。

 異なる点は何か。警察の道への進み方が三者三様で全く異なる経路を辿る点である。それがまさに「警官の宿命」に絡んでいく。
 この警察物語の始まりは、まず3人がどのように異なる経路を経て、警察の道に入り、どのような形で警察組織の中で再会するかを扱っている。
 本書は「プロローグ」「第一章 高杉隆一」「第二章 本城清四郎」
    「第三章 大石和彦」「第四章 幼馴染」「第五章 再会」「エピローグ」
という構成である。まず、最初に3人がそれぞれ警察への道を選択する過程にスポットライトが当てられていく。
 最初の三章は、いわば短編連作の趣がある。半ば独立したストーリーとしても楽しめる。具体的な内容は読む楽しみにしていただくとして、ここでは3人のプロフィールの要所をご紹介しよう。

 高杉隆一:多摩川台駐在所・高杉健造の息子。高校卒業後、自らの選択として警察官になる。警視庁へ入庁。警視庁警察学校に入校し警察官人生をスタートさせる。プロローグと第一章は高杉が警察官として成長する物語を紡いでいく。
 初任科時代に上原智章という世話係が高杉を担当した。高杉は良い先輩に恵まれた。上原は、高杉の警察官人生にとり将来重要な関わりができる伏線ではないかという印象を受けた。高杉は併せて夜間大学に進学する。24歳の夏に巡査部長で玉川警察署に昇任配置。夜間大学を卒業して3年後、警部補試験に合格し、26歳の夏に築地警察署に昇任配置。警ら第二係に従事した後、刑事課知能犯捜査係第二係長として異動する。さらに「警察庁刑事局捜査第二課出向を命ずる」の辞令を受けるに至る。
 ここに至るまでの、高杉隆一の警察官人生を読者はまず楽しめる。
 3人の中ではこの高杉を中核に据えてストーリーが進展していると感じる。

 本城清四郎:中谷駐在所・本城誠三郎の息子。日大附属高校に進学し、高校ではそれまでの剣道をやめてゴルフ部に入る。大学に進学後、ゴルフと遊びに専念。大学卒業を控え、就職の内定を得られない本城は警察官への道を選択する。三次試験も合格し、私大を卒業後、警察学校に入校。警察官人生が始まる。本城はまず三鷹警察署に配属され、交番勤務からスタート。巡回連絡での人間関係で本城のゴルフ歴が役立つというところがちょっとおもしろい。清四郎は卒配から3年目の夏に、警視庁刑事部の巡査刑事専科を終了していた。刑事課の空きができた時点で、本城は三鷹署刑事課暴力団担当刑事に任命され、巡査長に昇格する。
 第二章では、本城清四郎の少し型破りな警察官人生が描き出される。一歩誤れば脱落する要素もある経緯がおもしろい。
 この章は清四郎が警察官人生初の衝撃を受ける時点で終わる。「幼馴染の高杉隆一が三鷹署の刑事課長代理として赴任してきたのだった」(p198)隆一は警部になっていた。

 大石和彦:小池駐在所・大石栄の息子。大石もまた剣道をしていたが、アメリカン・フットボールをやりたいという理由で都立青山高校に進み、一浪の後、東大文科一類に合格。法学部に進学し、大学三年で司法試験に合格。国家Ⅰ種試験に上位で合格し、大学卒業後、警察庁に入庁する。警察庁警部補を拝命して警察大学校初任幹部科に入校し、大石はキャリアの道を歩み始める。
 第三章では、大石和彦をいわばモデルとして、警察のキャリア組がどのような職務遍歴をどれくらいの期間で積み上げて行くかという状況が描き込まれていく。この第三章でちょっとおもしろいのは、目黒警察署長になった大石が、アメフト部の後輩の案内を得て、東大駒場寮の実態把握を内密で行う場面が織り込まれる点である。大石のキャラクターを知る上でも興味深い。

 「第四章 幼馴染」は、大石和彦の母の葬儀の折に3人が出会う場面となる。既に彼らは32歳、警察の道を歩む3人には警官の宿命として階級の上でも格差が生まれていた。
 大石和彦は警視庁警務部教養課長で警視。高杉隆一は三鷹署刑事課長代理で警部。本城清四郎は三鷹署刑事課暴力団担当刑事。明記はないが文脈から判断すると巡査部長か。
 葬儀で3人が出会った後は、再び3人それぞれの警察官人生を歩み出す。その経緯がなかなか興味深い設定になっていておもしろい。それぞれの経験の違いが後に効果を発揮し出すのだから。

 第四章後半から第五章かけてがこの警察物語の大きな山場となっていく。
 FBIに1年間研修に派遣された高杉隆一は、帰国後警視庁刑事部捜査第二課の第二知能犯捜査情報担当係長に就任する。一方、本城清四郎は巡査部長のまま八王字署のマル暴担当に異動していた。高杉と本城が連携して、巨大宗教団体に絡む霊園の土地に絡んだ大がかりな詐欺事件を扱う形になる。
 また、3年間、在ロシア日本大使館に参事官として赴任していた大石和彦が帰国すると、大石は警察庁警備局警備企画課の第二理事官”チヨダの校長”になる。大石の友人でバンド仲間・北野からの相談事がきっかけになり、高杉・本城・大石は、ペドフィリアに絡んだ事案を扱う形に進展する。逮捕者が53人に及び、霞が関を大騒ぎにさせる事件となる。
 彼ら3人の友情と絆が、重要な事件の解決への連携プレイとして結実する。それぞれの警察組織内における立場と能力、持ち味の違いが事件解決への相互補完にもなり、相乗効果を発揮していく。「大石の幼馴染軍団」というネーミングが生まれるに至る。

 このストーリー、3人がそれぞれ30代後半に入り、ほぼ同時期に人生の伴侶を見出すという側面も織り込まれていくので、ちょっと和める要素も盛り込まれていて楽しめる。
 
 今後、おもしろい状況が生まれてきそうな予感がする。シリーズとして第2弾を期待したい。

補遺
特集 警察学校 警察官への第一歩  :「警察庁 都道府県警察官採用案内」
警察大学校 Webサイト
昇任制度(キャリアステップ)    :「警察庁 都道府県警察官採用案内」
小児性愛障害  :「MSDマニュアル」
子どもへの性加害は「平均週2~3回」小児性犯罪者のすさまじい実態:「文春オンライン」
「小児性愛」という病――大型ショッピングモールのトイレなど死角が性被害の犯行現場に。無抵抗な男児も狙われる現実  :「ダ・ヴィンチ」
ペドフィリア  :ウィキペディア

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