遊心逍遙記その2

ブログ「遊心逍遙記」から心機一転して、「遊心逍遙記その2」を開設します。主に読後印象記をまとめていきます。

『夏の戻り船 くらまし屋稼業』  今村翔吾   ハルキ文庫

2025-01-23 23:22:25 | 今村翔吾
 くらまし屋稼業第3弾!! 表稼業は飴細工屋の堤平九郎、居酒屋の「波積屋」で働く七瀬、そして「波積屋」の常連客の赤也。この3人がチームとなり、当人から依頼を受け、誰にも知られずに江戸からくらましてしまうという裏稼業を実行する。痛快なエンターテインメント時代小説である。

だれをくらますのか? 阿部将翁。元幕府の採薬使[31年前の享保6年(1721)から10年前
           まで]。 将軍吉宗の直々の要請。本草家としては異端的存在。
どこへくらますのか? 盛岡藩閉伊通豊間根(ヘイイドオリトヨマネ)村に。阿部本人の依頼。

 今回のくらましには、いくつかの条件がさらに本人から付いた。平九郎にとってはくらますという仕事を成し遂げる上で大きな制約要素となる。阿部は、目的地まで船を使い、皐月(5月)15日に到着してほしいと言う。さらに、己がくらましを受ける当日まで今の自宅に留まっていられるかどうかはわからないとつけ加える。その事情と軟禁される可能性のある場所を2カ所、平九郎に告げた。

 本書は2018年12月、文庫の書下ろし作品として刊行された。

 読了後に改めてなるほどと思ったのが第1章の見出し「一生の忘れ物」である。これが阿部将翁にとって、くらまし屋の平九郎に難題を持ち掛ける根源となるキーワードだったのだ。

 さて、依頼人の将翁は年老いて躰が弱ってきていることを熟知していた。
 この半年の間に、市井の本草家が次々に神隠しのように姿を晦ましていて、消える者の年齢が徐々に高くなってきている事態が発生していた。その対象には幕府の役付本草家は避けられていた。役目を離れてしまった将翁は、最後に姿を消した者が五十過ぎの者だったので、次は己が狙われている番かと感じている。幕府は本草家の行方不明は何者かに連れ去られているからと考えているようなのだ。それ故か、将翁の所に小石川薬園奉行配下の与力・住岡仙太郎が度々将翁を訪れるようになっていた。また、同心が将翁の近辺に張り付いてもいた

 将翁は、古巣の小石川薬園に駕籠で向かう途中、養生所の近くで、町医者の小川笙船に出会う。将翁の弟子だ。将翁はこの笙船からくらまし屋の情報を伝え聞く。将翁は、帰路、監視の同心をうまくごまかして、浅草寺の雷門のほど近くに出店をしている平九郎に接触した。それがこのストーリーの始まりとなる。

 将翁の危惧どおり、下男の弁助と共に間もなく軟禁されることになる。そこは小川笙船が将翁に伝えたとおり、ここ3年ほど前に幕府が高尾山に設営した隠し薬園だった。平九郎らにとって、俄然、くらまし実行のハードルが高くなる。

 このストーリーの全体の構造が読者にとってはおもしろい。

 将翁は、既に己の余命が残り少ないことを自覚し始めている。そこで、最後にやりとげたいことが一つあった。「一生の忘れ物」にしないための最後の行動である。それが最初の「どこに」という場所に絡む。勿論、平九郎は目的地に、期日までに到着させることをくらまし屋として、契約するだけである。なぜか?は、現地に着くまで平九郎にも謎のままとなる。読者にも最期まで気を持たせつづけることに・・・・・。ストーリーの最終ステージへの進展につれて、感情移入してしまう。その理由があきらかになると、読者にとって涙は自然の帰結と言える。たぶん・・・・・。私にはそうだった。

 将翁をターゲットに、彼をかどわかそうとねらう謎の輩が現れる。彼らもまた、高尾山の隠し薬園を目指す。
 平九郎たちのくらまし計画と行動。かどわかしを狙う輩の行動。この二つは互いにその存在を知らぬままで、パラレルに独自行動を進行させていく。両者の動きを知るのは、読者だけである。そこがおもしろさを加えていく。

 隠し薬園は薬園奉行の管轄。だが、そこに将翁を軟禁することで、別の問題が発生する。本草家が次々に消えていて、将翁がそのターゲットになっている前提で、正体不明の謎の者たちに将翁を奪われないという防御が必要になるということ。一方、幕府上層部からの指令により、将翁からすみやかに秘事を聞き出さねばならないのだ。
 将翁が軟禁された時点で、道中奉行や御庭番が防御態勢の中に組み込まれていく。にわか仕立ての防御体制は、駆り出された当事者たちの上層部の命令発信者の思惑の違いにより、必ずしもうまく機能するかどうかが不確定要素となる。ここに、もうひとつの面白味の源が潜む。著者はなかなか巧妙に幕府側の組織構造を組み込んでいく。
 高尾山に軟禁して、将翁から聞き出す役目は、先に記した住岡が担う。彼には立身出世願望があり、ここで手柄を立てたいと思っている。高尾山を管轄する薬園奉行配下の担当者たちとは別に、将翁を防御するために腕のたつ配下の者を連れてきている。
 さらに指示を受けて道中奉行が警戒に加わる。そのリーダーが篠崎瀬兵衛なのだ。この任務の意味がすっきりと呑み込めない故に、瀬兵衛はこの任務に就かされた配下の者たちのことを第一に考える。お庭番は瀬兵衛にとっても正体がつかめない不気味な存在に見える。
 篠崎瀬兵衛は、平九郎にとって既に関りを持つ場面があった道中奉行である。第2作でその関りが生まれている。瀬兵衛は勘働きに優れ、記憶力や分析力に秀でた存在なのだ。敵に回せば手強い相手と言える。勿論、高尾山に瀬兵衛が敵側に居ることを、平九郎は知る由もない。

 つまり、高尾山の隠し薬園を舞台に、三つ巴の争いになる状況が徐々に生み出されていく。その渦中で、平九郎たちは、体力の弱っている将翁をいかに高尾山から救出し、くらましを成功させる段取りにつなげていけるのか。
 平九郎たちが、高尾山からまず将翁を救出するために仕掛けた作戦のトリックがやはり読ませどころとなっていく。
 さらに、平九郎と謎の輩とが接触し、刃を交えねばならなくなる場面がやはり盛り上がる。見せ場と言えよう。併せて、瀬兵衛の行動も興味深い。
 
 くらまし屋稼業シリーズ、第5章で、平九郎の過去の一端が回想として挿入される。平九郎の妻となった初音との出会いの回想である。読者にとっては、平九郎の過去が少し明らかになる点がうれしい。そこに、くらまし屋稼業をしている平九郎が時折思い出す言葉が記されている。
   人に良くしていれば、必ず巡ってくるものです。 p239

 この第3作、平九郎がぽつりと言う「出逢いと別れか」が末尾近くに出て来る。 p271
 この言葉がこのストーリーのテーマになっている。
 その後に「まだ終わっちゃいねえよ」 p271
 これも平九郎の言である。そう、平九郎にはやるべきことがあるからだ。
 
 このシリーズの次作はどういう進展をするのか。楽しめることだろう。

 ご一読ありがとうございます。


こちらもお読みいただけるとうれしいです。
『じんかん』     講談社
『戦国武将を推理する』      NHK出版新書
『春はまだか くらまし屋稼業』   ハルキ文庫
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『じんかん』    今村翔吾   講談社

2024-12-15 15:32:57 | 今村翔吾
 この歴史時代小説を読もうと思ったのは、先月(11月)著者の『戦国武将を推理する』(NHK出版新書)を読んだのがきっかけ。『戦国武将を推理する』の読後印象はご紹介済み。この新書の最後に取り上げられていたのが、松永久秀。
 本書は、「小説現代」2020年4月号に掲載後、大幅に加筆・修正され、2020年5月に単行本が、2024年4月に文庫本が刊行されている。

   文庫表紙

 この『じんかん』はその松永久秀を主人公にして、松永久秀像のコペルニクス的展開を試みた小説と言える。

 松永久秀は若い頃、九兵衛と称した。天台宗の本山寺に世話になっていた時、寺の住職宗慶和尚から三好元長のことを聞く。そして、三好元長様に合ってみたいと宗慶に乞う。このときに、少し端折るが次の会話が交わされる。
 「お主は何を知りたい」
 「人は何故生まれ、何故死ぬかを」
 「それは途方も無いことよ・・・・未だかって誰一人として辿り着いた者はいないだろう。そもその答えなど無く、人は死にたくないから生きているだけやも知れない」
 「三好様の夢が叶えば、死は有り触れたものではなくなるはずです。その先に人は何たるかの答えがあるのではないか。そう思うのです」
 「お主のその性質は、僧にむいていると思うのだがな・・・」
 「和尚に申し上げるのは憚れますが・・・・私は福聚金剛より、遍照金剛の生き方に心惹かれます」
 「実践・・・・か」
 「この目で確かめとうございます」
 「人間(じんかん)の何たるかを知る・・・・か」
 この会話の続きに、”人間。同じ字でも「にんげん」と読めば一個の人を指す。今、宗慶が言った「じんかん」とあh人と人とが織りなす間。つまりはこの世という意味である”と本文がつづく。(p113-114)

 本書のタイトル「じんかん」はここに由来する。三好元長に会い、元長の宿願を聞いた九兵衛は、その宿願に共鳴して、戦国の世において己もその宿願の実現に協力しようと決意し行動する。久兵衛は松永久秀と名乗り、徐々に戦国大名に成り上がっていく。

 織田信長は、徳川家康に松永久秀を評して、人がなせぬ大悪を一生の内に三つもやってのけた男だと説明した。著者はこの小説の導入部でこう記す。一つは、三好元長の死後、嫡子長慶に取り立てられて重臣となったが、長慶の死後三好家への謀反により、権勢を高めるに至った。二つ目は子の久通に指示し室町十三代将軍足利義輝を殺害した。三つめは、三好三人衆との戦いの折に東大寺大仏殿他を焼き払った。天下の悪人。特に大仏殿を焼き払った悪人として世間に流布している。
 だが、このストーリー、それは久秀を貶めるための虚像だという風に久秀の生涯を語りあかしていく。実に興味深い進展となるところが読ませどころ。松永久秀のイメージをポジティブな方向に推し広げていく。松永久秀のイメージ形成に一石を投ずる小説である。

 本作は7章で構成される。第1章 松籟の孤児/ 第2章 交錯する町/ 第3章 流浪の聲/ 第4章 修羅の城塞/ 第5章 夢追い人/ 第6章 血の碑/ 第7章 人間へ告ぐ
導入部は、小姓頭の一人である狩野又九郎が安土城の天守に居る織田信長に松永久秀謀叛の知らせを伝えに行く場面。信長の気性を熟知する又九郎は信長の怒りを諸にぶつけられることを恐れ緊迫感を抱きつつ、久秀からの二通の書状を伝える。
 傍に控える又九郎の前で、楼下を見下ろしつつ、嘆息交じりに「奴は進めようとしているのだ」と発するところからこのストーリーが具体的に始まっていく。

 ストーリー構成として面白い点がある。松永久秀が信長に降伏、恭順した後、信長は直接、久秀の過去・来歴を語られた機会があると又九郎に言う。そして、又九郎を壁として、信長は松永久秀のこれまでの人生を語り始める。上記の7章構成は、信長が語る久秀の来歴であり、久秀の立場に立って語る内容となっている。そのため、各章の冒頭には、天守に居る信長が又九郎に対して久秀について語る様子がまず描かれる。その後に久秀の来歴が語り続けられる。二重構造という設定は勿論意図的である。

 このストーリー、久秀が語る己の火鴉壺・来歴を、聞き取った信長が己の内に受け止めた松永久秀像を、信長の視点というフィルターを介在させて久秀を語るという形になっている点のおもしろさにある。
 松永久秀を3つの悪を成した大悪人と建前では語りつつ、久秀の思考と信条、スタンスを基本的に信長は是とし、ポジティブに受け止め共感すら抱いている側面がああると、私は感じた。そこが、いい。

 信長の語りを聞き終えた又九郎は、信貴山城の久秀の謀叛に対して、信長の使者となるように命じられる。この時、又九郎は久秀に是非とも会ってみたいという高揚した状態に至っている。久秀と面談し、己の使命に尽力していく。

 このストーリー、出自不明とされる久秀の少年期から始まり、三悪を働くに至った経緯や信長に二度謀叛を働くに至る経緯などが、久秀の人生の時間軸に沿って進展していく。 三大悪を重ねた松永久秀像という一般的なイメージが、次々に覆されていく進展が興味深く、惹きつけられるところとなっていく。
 例えば、堺が堺商人「会合衆」によって自主的に運営される自治都市になるにあたって、三好元長の信念・宿願が起点となり、それに久兵衛改め松永久秀が協力していくというっストーリー展開は実に興味深い。我々は、堺が会合衆の運営により、高い自衛力と経済力を持った自治都市であり、環濠都市であったことを史実として学んでいる。だが、自治都市への転換がどのようにして実現したのかは不詳。このストーリーでの語りに裏付けがあるのかどうか、私は知らないが、そこにフィクションが織り込まれているとしても、自然な流れてであり、楽しめる。さらに、この自治都市への転換という理念が、松永久秀の信念・宿願につながっていくのだから、おもしろいのだ。
 

 最後に、本作から印象深い箇所を引用し、ご紹介したい。
*「平蜘蛛にそのような過去があったとは、考えたこともございませんでした」(又九郎)
 「世に出た後のことだけを見て、その前のことには興味を示さぬ。それは人も同じこと
  よ」(信長)p249 → 茶道好きにとってはおもしろい箇所かも
*「世には幾万の嘘が蔓延り、時に真実は闇へと溶けてゆくものよ・・・・
  結局は声の大きさであろうな」(信長)  p384

*「馬鹿な・・・・義継は久秀がいなければあ滅ぼされていたのです。十二万石でも十分
 過ぎるほどではありませんか」(又九郎)
「感謝など喉元を過ぎれば忘れ、妬心を抱けば、やがて憎悪へと変わる。ひととはそ

 のようなものよ」(信長)  p436

*人間にある見えぬ人の意思が、人々が神と名付ける何かが、常に己の足を引いているこ
 とはずっと感じている。
 だが、それでも九兵衛はまだ諦めない。彼らのように支援してくれる者もいる。この得
 体の知れぬ力に抗える、己が歩んできた軌跡、その中で関わってきた人々との縁ではな
 いか。人間に潜む意思に目鼻があるとすれば、己が一向に諦めぬことに顔をゆがめって
 いることだろう。 (松永久秀の心理)  p448-449

*たった一人のために命を燃やすとは、何と清々しいことか。ただそれまでに漫然と生き
 ていては味わえぬ。一生の中で多くの出逢いと別れを繰り返したからこそ、尊いと思え
 るのだろう。
 「なるほど、そういうことか」 
 ふと人の一生が妙に腑に落ちた。  p509
→九兵衛の最後の心境の描写である。
    「たった一人のために」とは、誰のためにか。お読みいただき味わってほしい。

 読者は、ここに描きこまれた松永久秀に親近感をいだくに違いない。

 ご一読ありがとうございます。



補遺
インターネットで既に紹介されている人物群像と本書に描き出された人物群像を対比してみるのも面白いと思う。本書はあくまでフィクションではあるが・・・・。

松永久秀   :ウィキペディア
三好元長   :ウィキペディア
三好長慶   :ウィキペディア
三好三人衆  :ウィキペディア 
足利義輝   :ウィキペディア
足利義昭   :ウィキペディア
細川氏    :ウィキペディア
筒井順慶   :ウィキペディア
堺の歴史   :「堺観光ガイド」
貿易都市として栄えた堺  川﨑勝俊 :「財務省」
武野紹鴎   :ウィキペディア
多聞山城   :ウィキペディア
信貴山城   :ウィキペディア

ネットに情報を掲載された皆様に感謝!

(情報提供サイトへのリンクのアクセスがネット事情でいつか途切れるかもしれません
その節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。
その点、ご寛恕ください。)

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『戦国武将を推理する』   今村翔吾   NHK出版新書

2024-11-17 14:00:51 | 今村翔吾
 英雄8人をプロファイリング!
 今年、2024年3月に刊行されたエッセイ集。

 本書は、1章1武将で、8章構成。
 織田信長、豊臣秀吉、徳川家康、武田信玄、上杉謙信、伊達政宗、松永久秀、石田三成が取り上げられている。「英雄」という言葉から、松永久秀、石田三成を即座にカウントする人はそれほど多くはないかもしれない。私は思い浮かばなかった。
 著者はこの8人を選んでいる。まず、それがおもしろい。なぜ、この8人をとりあげたのかはエッセイの中で語られている。

 「はじめに」において、著者は、史料に拠る実証主義の歴史学者に比べて作家は気楽なものと言いながら、「突飛な話にし過ぎては、読者が興醒めしてしまうかもしれない。そのためには対象となる人物や時代を良く知らねば、こうではないかという想像すら思い浮かばないのだ」と記す。人物や時代を知るために、著者が小説を生み出す舞台裏でどのようなことをしているかの様子をこのエッセイ集で垣間見ることができる。
 それを、次の文でさらりと抽象化して語っている。「仮に物証はなくとも、行動パターン、過去の経歴、身体的特徴などさまざまなものから人物像の輪郭を限りなく明確にしていく。いわば、それは歴史上の人物のプロファイリングである。私は小説を書く過程において意識して、あるいは無意識にでも必ずしている」と。
 「そういった意味では、本書は創作しているときの私の頭の中を、余すところなく語り尽くし、文章に書き起こしたものといえるかもしれない」と記す。

 章を読み進めていくと、人物プロファイリングを行うために、著者が相当に史料を渉猟し、時代と人物を明確に想像するための下準備を重ねている様がよくわかる。日本史研究における歴史解釈の変化や動向が語られたり、戦国武将の行動事象についてその解釈に様々な仮説があることを列挙してくれている。そのうえで、時代小説作家として己の解釈、仮説を語っていく。おもしろいのは、著者が己の小説の中でどのような人物造形をしたかについて、随所で触れている点である。これは著者自身の作品PRにもなっていて一石二鳥という感じ。著者の作品群で知らなかったものに気づく機会にもなった。

 本書は読みやすい。ここに登場する人物の行動や思考法を語る際に、現代社会において誰しもが見聞あるいは経験している事象や行動、用語などを譬えに使って語られている箇所が多いからである。身近に感じられ、ピンとくるところがある。
 「第1章 織田信長」を例にとるだけでも、流通革命、ジャイアントキリング、ランナーズハイ、スティーブ・ジョブス、ファストファッション、ヘッドハンティング、燃え尽き症候群、大河ドラマや映画での信長役を引き合いに出す、などを譬えに利用している。すんなりとイメージしやすくなるのは、この語り口に一因があるようだ。
 他章でも、会社の合併・子会社化などで権力構造を譬える例がある。「後輩ムーブ」「親ガチャ」「コミュ力オ化け」「無理ゲー」などという語句も使われていて、おもしろい。

 各章は、戦国武将の人物像を推理し、プロファイリングしていく叙述である。そのエッセンスの一端が各章の見出しに副題として付されている。それをご紹介しておこう。後は本書を楽しんでいただきたい。

    第1章  織田信長 - 合理精神の権化
    第2章  豊臣秀吉 - 陽キャの陰
    第3章  徳川家康 - 絶えざる変化の人
    第4章  武田信玄 - 厳しい条件をいかに生きるか
    第5章  上杉謙信 - 軍神の栄光と心痛
    第6章  伊達政宗 - 成熟への歩み
    第7章  松永久秀 - なぜ梟雄(キョウユウ)とされてきたか
    第8章  石田三成 - 義を貫く生き方

 各章末には、ここに取り上げられた戦国武将の簡略な系図と、武将本人の略年表が収載されている。

 各章に2ページの分量でコラムが載っている。本文は戦国武将という英雄を扱うのに対し、こちらは戦国時代の縁の下の力持ち的な、黒子的役割を担った一群の人々を取り上げている。英雄は本人一人で生まれるものではないという側面をこれらの人々で代表させているのかもしれない。
 穴太衆/国友衆/雑賀衆・根来衆/伊賀衆・甲賀衆/黒鍬衆/金山衆・金堀衆/海賊集衆/会合衆、を語っている。
 これらの名称を読み、即座にイメージが浮かぶなら、あなたはかなりの歴史小説愛読者なのだろう。だが、さらに一歩踏み込んだ知識を得られるコラムになっていると思う。

 私の読書遍歴からは、ここに取り上げられた8人の武将の中で、戦国時代の三大梟雄の一人と言われる松永久秀が相対的に一番遠い存在だった。本書では松永久秀のポジティブな側面をかなり推理している。著者の視点と語り口を興味深く受け止めた。著者は松永久秀を主人公にした小説『じんかん』に触れている。私には気づいていなかった一冊。また、一つ読書目標ができた。

 ご一読ありがとうございます。


こちらもお読みいただけるとうれしいです。
『春はまだか くらまし屋稼業』   ハルキ文庫
『くらまし屋稼業』  ハルキ文庫 
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『春はまだか くらまし屋稼業』   今村翔吾   ハルキ文庫

2024-09-03 16:50:15 | 今村翔吾
 くらまし屋稼業の第二弾、シリーズ化が始まる。ハルキ文庫(時代小説文庫)の書下ろし作品として、2018年8月に刊行された。エンターテインメント時代小説。

 堤平九郎は飴細工屋を生業にしているが、裏稼業が「くらまし屋」である。この裏稼業が始動するとき、チームを組むのが七瀬と赤也。七瀬は普段は日本橋堀江町にある居酒屋「波積(ハヅミ)屋」で働く女性。くらましのために智謀を発揮する。「波積屋」の主人・茂吉は平九郎の裏稼業を薄々知っていて、平九郎をサポートする。赤也は「波積屋」の常連客。変装が得意で「くらまし屋」稼業が始動すると、変装して巧みに情報収集を行う。平九郎、七瀬、赤也は絶妙なチームワークを発揮し、依頼を受諾したくらましは困難を克服して遂行する。如何にしてくらまかすかがこのストーリーの読ませどころである。

 平九郎は「くらまし屋」の仕事を引き受けるにあたって、七箇条の約定に依頼主が合意することを前提とする。本作の目次の次に「くらまし屋七箇条」が書き込まれている。「一、依頼は必ず面通しの上、嘘は一切申さぬこと」から始まり、「七、捨てた一生を取り戻そうとせぬこと」まで、条項が列挙されている。ここから始まるのがまずおもしろい。これがストーリー構築の方針になり、かつその制約要素にもなっていく。

 二年前の宝暦元年(1751)に身売り同然にお春は日本橋にある呉服屋「菖蒲(アヤメ)屋」に奉公に出てきた。お春は着の身着のままでその「菖蒲屋」から逃げ出した。なぜ、逃げ出したのか?
 武州多摩にいる母が重篤であるとの火急の知らせがきたことで、一目会いたいという思いを一心に募らせる。だが、主人の留吉は2つの理由からそれを認めようとはしなかった。だから、お春は逃げ出した。
 留吉は追っ手を差し向ける。逃げるお春は、その途中、本郷にある飛脚問屋「早兼(ハヤカネ)」の飛脚、風太に出会う。風太はお春の逃亡の手助けをするのだが、追っ手がまじかに迫ってくると、己が盾となり追っ手を足止めし、お春を逃そうと試みた。別れる前に、風太はお春にあることを教える。
 飯田町中坂通にある田安稲荷社の玉を咥えた石造りの狐の裏に風太が準備した文を人に知られずに埋めろと教えられた。訳がわからずにお春はこれを実行する。だが、その後で追っ手に発見され、菖蒲屋に引き戻され、土蔵に閉じ込められてしまう。

 田安稲荷の玉狐の下に文を埋めるのは、くらまし屋と繋がる方法の一つなのだ。風太はそれを知っていた。赤也がこの文を発見する。信濃に出向いていた平九郎は、この文のことを波積屋で赤也に知らされた。
 この依頼、裏稼業を知る敵の謀略か、本物の依頼か、本物だとしても七箇条の約定に合致するものと判断できるか。この見極めのための行動から始まっていく。
 依頼者であるお春という人物の特定作業。お春に対面し依頼内容の確認。七箇条に合致するかの平九郎の判断・・・・・・・・ストーリーは徐々に進展していく。
 勿論、平九郎たちは菖蒲屋の土蔵に閉じ込められたお春の存在を特定し、平九郎が土蔵内のお春と対話することになる。まず、ここに至る紆余曲折にエンタメ性が盛り込まれていて、その進展を楽しめる。
 お春から聞いた風太の容貌から、平九郎はある男を思いだす。
 
 平九郎はお春に確かめる。「幾ら銭を持っている」と。「七十文と少し」
 わずか七十文だというのに、平九郎はお春の依頼を引き受ける。金銭的に
引き合う仕事ではない。さらに、それは最初から七箇条の約定に対する掟破りともなる受諾だった。「二、こちらが示す金を全て先に納めしこと」に違反した。
 勿論、赤也は不承知を唱える。平九郎は赤也と七瀬に告げる。「すまねえ、今回のつとめは、俺一人でやる」と。(p134) 読者にとっては想定外の展開となっていく。
 逆に、読者には、ストーリーにおもしろい要素が加わっていくことを期待させる。エンターテインメント性が一層加わっていくことに・・・・・・・・。

 さらに、読者は、なぜ平九郎がそこまで突き進むのか。平九郎を駆り立てる背景に潜むものは何なのか。この点に関心をいだかざるを得ない。絶対にそう思うでしょう・・・・・・・・。

 この第二作にはおもしろい要素が加わる。
 一つは、万木迅十郎(ユルギジンジュウロウ)の登場だ。彼は江戸の裏社会で暗躍し、「炙り屋」を名乗る。依頼者の要望に応じて、人あるいは物を炙り出してくる稼業だ。平九郎の裏稼業「くらまし屋」とは真逆の稼業。万木迅十郎が、平九郎の障壁となる。いつ、どこで、どのように・・・・・・・・・。第一作にはその片鱗すらなかったが、本作には次の一文がさりげなく入っている。平九郎は「・・・・ 目的は完全に相反している。今まで一度だけかち合ったことがあり、その名を記憶していた」(p75) 読者にとっては、迅十郎がどの時点で出てくるのか、読み進める上で楽しみの一つになる。

 もう一つは、日本橋南の守山町にある口入屋「四三(ヨミ)屋」の主、坊次郎が加わる。平九郎がよく利用する店として。勿論、坊次郎は裏稼業の側面を併せ持つ男である。一人でお春の依頼を遂行すると決めた平九郎は坊次郎に2つの依頼をする。

 なかなか巧妙なストーリーに展開していくことに。

 このストーリー、菖蒲屋の近くに「畷屋(ナワテヤ)」という呉服屋ができるという異変が半年前に起こったという事情に一因があるのだが、その一方で、菖蒲屋の背景事情が関わっている。さらに主の留吉に裏事情があり、それを隠し通すために留吉が判断し、行動する側面が、ストーリーの進展を一層面白くしていく。

 最終章は「第五章 春がきた」である。
 お春の依頼は完遂される。だが、それで終わらないのがこの第二作。お春は江戸に戻る決心をする。そのオチが実に楽しくなる。

 エンターテインメント時代小説。楽しめる。

 ご一読ありがとうございます。

こちらもお読みいただけるとうれしいです。
『くらまし屋稼業』  ハルキ文庫 
『童の神』   ハルキ文庫
『恋大蛇 羽州ぼろ鳶組 幕間』  祥伝社文庫
『襲大鳳 羽州ぼろ鳶組』 上・下   祥伝社文庫
『黄金雛 羽州ぼろ鳶組零』 祥伝社文庫
『双風神 羽州ぼろ鳶組』   祥伝社文庫
『玉麒麟 羽州ぼろ鳶組』   祥伝社文庫
『狐花火 羽州ぼろ鳶組』   祥伝社文庫
『夢胡蝶 羽州ぼろ鳶組』   祥伝社文庫
『菩薩花 羽州ぼろ鳶組』   祥伝社文庫
『鬼煙管 羽州ぼろ鳶組』   祥伝社文庫
『九紋龍 羽州ぼろ鳶組』   祥伝社文庫
『夜哭烏 羽州ぼろ鳶組』   祥伝社文庫
『火喰鳥 羽州ぼろ鳶組』   祥伝社文庫
『塞王の楯』   集英社


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『くらまし屋稼業』  今村翔吾   ハルキ文庫 

2024-07-16 15:07:26 | 今村翔吾
 2018年7月にハルキ文庫(時代小説文庫)刊の新シリーズとして始まった。手元の文庫は2021年12月刊の第10刷。本書は、ハルキ文庫の書き下ろし作品である。

 一般的には、内表紙、目次と続き、プロローグや序章という体裁でストーリーが始まる。本書の体裁はちょっとひねってある、内表紙のすぐ続きに6ページの序章があり、その後に改めて内表紙・主な登場人物・目次(この中に先の序章の見出しも組み込まれている)・地図が続く。第1章が始まる前に、「くらまし屋七箇条」がでんと1ページに載る。以下の通りである。
  一、依頼は必ず面通しの上、嘘は一切申さぬこと。
  二、こちらが示す金を全て先に納めしこと。
  三、勾引(カドワ)かしの類いでなく、当人が消ゆることを願っていること。
  四、決して他言せぬこと。
  五、依頼の後、そちらから会おうとせぬこと。
  六、我に害をなさぬこと。
  七、捨てた一生を取り戻そうとせぬこと。
     七箇条の約定を守るならば、今の暮らしからくらまし候。
     約定破られし時は、人の溢れるこの浮世から、必ずやくらまし候。

 「くらます」とは、「(姿などを)誰にも気が付かれないように隠す」(新明解国語辞典・三省堂)という意味である。現在地での生活状況、生活空間からその存在を消してしまうという目的をサポートして実行させる役割を担うというのが、「くらまし屋」稼業ということになる。七箇条の約束を破棄すれば、「必ずやくらまし候」のくらましは、約束を反故にした本人を抹殺するという意味であろう、

 本作を読み始めて、真っ先に私が連想したのは、池波正太郎作『仕掛人・藤枝梅安』シリーズと、かつて、藤田まことが中村主水を演じたテレビ番組「必殺仕置人」シリーズだった。仕掛人・仕置人シリーズは、依頼を引き受けた相手を必殺するというストーリーである。本作は行方・存在をくらますのを手助けするというストーリー。
 1.依頼人のオフアー(特定の場所を経由)、2.依頼内容の詳細確認と合意、3.金銭の授受、4.依頼内容の実行、というプロセスは同じ。Xという対象者を必殺しその存在を消すのと、依頼人側の存在を隠し新たに生きるための援助をするのは、全く逆方向の展開になる。
 発想を逆転させたところがおもしろい。多分、池波作藤枝梅安が、このくらまし屋創作の根っ子にあるのだろうと思う。

 角川春樹事務所のホームページを見ると、このシリーズは現在8巻が刊行されている。これで完結かどうかは知らない。触れていないように思う、未確認。

 さて、この第1作に移ろう。
 第1作の読後知識として、このシリーズの主人公群像にまず触れておこう。
堤平九郎:表の稼業は飴細工屋。浅草など各所で露店を出している。くらまし屋本人
     元武士。タイ捨流を学んだ後、井蛙流の師につく。全てを模倣する流儀。
七瀬:日本橋堀江町にある居酒屋「波瀬屋」で働く20歳の女性。平九郎の裏稼業協力者
   智謀を発揮する
赤也:「波積屋」の常連客。美男子。演技と変装に長ける。平九郎の裏稼業協力者
茂吉:居酒屋「波積屋」の主人。常連客の平九郎の素性等を知る存在として描かれる。
   平九郎の裏稼業のために場所の提供を暗黙裡に了解。七瀬、赤也のことも承知

 少なくともこの第1作では、平九郎、七瀬、赤也がくらまし屋チームとして行動する。
 この第1作、まず依頼人がおもしろい、浅草の丑蔵から信頼の篤い子分の万治と喜八の二人である。丑蔵は浅草界隈を牛耳る香具師(ヤシ)の元締めで、高利貸しをはじめとして手広くしのぎを行っている。万治は丑蔵の子飼いの子分。喜八はその剣術の腕を見込まれ、丑蔵から信頼を得るようになった。万治はやくざ稼業での所業に嫌気がさし、日本橋にある馴染みの小料理屋「肇屋」に勤めるお利根と堅気になり一緒に暮らしたいと思うようになる。喜八は国元に帰らねばならない理由ができた。万治と喜八は肇屋で、互いの気持ちを知り合い、一緒に丑松を裏切る決心をする。
 二人は丑蔵のしのぎである高利貸しの集金業務を行った銭をそのまま持って江戸から逃げようと計画する。だが、ひょんなことから集金の途中で裏切りが暴露して、丑蔵の怒りを買い、丑蔵の命を受けた刺客たちに追われる羽目になる。
 二人は、高輪の上津屋を本拠とする香具師の大親分、録兵衛のところに逃げ込んだ。窮鳥懐に入れば・・・・を建前に、録兵衛は一旦二人をかばう。禄兵衛は丑蔵のしのぎなどの内情を聞き出したいという肚があった。丑蔵は勿論、執拗に万治喜八の行方を追跡する、禄兵衛の本拠地「上津屋」を襲い家捜ししても二人を捕まえたい形勢を丑蔵は示す。
 禄兵衛にとって万治と喜八が疎ましくなってくるのは道理。彼は二人に銭さえ払えば必ず逃げる手助けをしてくれる男を紹介するという。万治と喜八はその手段に合意する。そこで登場するのが「くらまし屋」の平九郎たちという次第。

 万治と喜八は上津屋に匿われている。上津屋は平静を装い続ける。丑蔵は配下の子分や浪人者を数十人規模で動員し、上津屋の周辺をくまなく監視しつつ、万治と喜八の存在を確認して引き立てようと構えている。さて、その状況下で、くらまし屋はどのように二人をくらます計画を実行するのか。ここに極めつけの方法が持ち込まれていく。この顛末は実におもしろい。読者を引きこんでいくエンターテインメント性が高く、実に楽しめる。この脱出シーンを映像化したら、おもしろいだろうなと思う。
 この脱出劇成功でめでたしめでたしにならないところが真骨頂。ひとひねりがあり、なるほどの読ませどころとなっていく・・・・。この先は語れない。

 このストーリー、万治の依頼によりくらます対象者にお利根が入っている。この時、お利根は肇屋に勤めているままの状態。丑蔵は遂にお利根が万治の女であることに気づいてしまう。くらまし屋の平九郎はお利根を如何にくらますか。くらましの第二段がつづくところが、この第1作の構想の妙でもある。この第二段の展開が凄まじい。

 この第1作で、著者はくらまし屋の裏稼業を単なるまやかし、絵空事に堕さないように、読者に合理性を感じさせるある手段を導入している。ひそかな仕組みをサポート体制として築いている。このあたりも読者を惹きつける一要因になると思う。くらまし屋にリアル感を加える。

 この第1作に、シリーズのテーマとして据えられていると思う記述箇所がある。引用してご紹介しておこう。
 「表と裏、裏と表、人は物事をそのように分ける。果たしてそれは正しいのであろうか。裏が生まれるのは、どちらかを表と定めるからではないか、
 まず人がそうである。如何な善人でも、己の守るべき者のためならば悪人になれる、喜八がそうであったように。それと同時に人を殺すのを何とも思わぬような悪人も、路傍に捨てられて雨に濡れる仔犬に餌をやることもある。
 どちらが表で、どちらが裏ということはない。人とは善行と悪行、どちらもしてのける生き物ではないか」(p272)

 最後に、次の文がさりげなく平九郎の思いとして記されている箇所がある。
「高額で人を買い漁る謎の一味。喜八にその話を聞いた時から、頭の片隅にずっと気に掛かっていた。平九郎が探し求めるもの、それの手掛かりがあるような気がしてならないのである」(p247)
「再会を誓って始めたこの稼業である。」(p269)
これらの箇所、このシリーズの根底になるようだ。このシリーズを貫いていく伏線だと思う。その意図するところを楽しみにして、シリーズを読み継ごうと思う。

 お読みいただきありがとうございます。


こちらもお読みいただけるとうれしいです。
『童の神』   ハルキ文庫
『恋大蛇 羽州ぼろ鳶組 幕間』  祥伝社文庫
『襲大鳳 羽州ぼろ鳶組』 上・下   祥伝社文庫
『黄金雛 羽州ぼろ鳶組零』 祥伝社文庫
『双風神 羽州ぼろ鳶組』   祥伝社文庫
『玉麒麟 羽州ぼろ鳶組』   祥伝社文庫
『狐花火 羽州ぼろ鳶組』   祥伝社文庫
『夢胡蝶 羽州ぼろ鳶組』   祥伝社文庫
『菩薩花 羽州ぼろ鳶組』   祥伝社文庫
『鬼煙管 羽州ぼろ鳶組』   祥伝社文庫
『九紋龍 羽州ぼろ鳶組』   祥伝社文庫
『夜哭烏 羽州ぼろ鳶組』   祥伝社文庫
『火喰鳥 羽州ぼろ鳶組』   祥伝社文庫
『塞王の楯』   集英社
                             以上
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