世界最初の皇帝(始皇帝)

皇帝というのは、王よりも一段と強制力をもって全国を支配統制した大権力者というような意味だ。日本では天皇と言って、天をも支配する大王といった意味なのだろう。
それまで中国では王はいたが、BC221年、あの広大な中国を支配する大王が登場した。秦の始皇帝だ。ファースト皇帝。読んで字の通りだ。日本ではまだ弥生時代が始まったころのこと。つまり稲作がスタートした時期だ。
この始皇帝(ファーストエンペラー)は、広い中国を統一するために、自分を批判する者を厳罰に処する方針で臨んだ。批判的書を出しても同じ。これを焚書坑儒と言った(書は燃やす、儒学者は穴に埋める)。そして始皇帝は、自分は一般の人間ではない、神に近い者だ、死んではいけない、ということで、徐福に命じて「東の海に不老長寿の薬がある。これを探してもって参れ」と命じた。東は日本。日本に、徐福が着いたという伝説がある場所が11か所あるのだそうだ。(熊野、佐賀の吉野ヶ里の近くなど)。
始皇帝は他に天下を支配するために、大規模な土木工事も行った。そして自分が死んで後に住む大宮殿を造らせた。こういうことが当時の人びとをどれほど苦しめたか、想像に難くない。だから秦帝国は始皇帝が死んで間もなく滅ぶことになってしまった。
陳舜臣という人が書いた「秦の始皇帝」という書を読み出したので、この印象的なことを抜き出しただけのことだが…。その後、中国でも日本でも似たような専制君主が登場してきたことは周知のとおり。
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