終戦の日あれこれ

いうまでもなく終戦65周年のこの日、報道各種に接しながら自分の「あの日」を思い出す。その日、天皇のいわゆる玉音放送はラジオの聴ける人は、「内地」であれ「外地」であれ全員がきいたはずだといわれる。今的にいえば100%の聴取率のはずだった。実際どうだったかは分からない。
しかし当時ラジオを聞くことのできなかった地が少なからずあった。私のいた和寒町の三和地区はまだ電気がなく、もちろんラジオもない。だから、終戦のニュースはたしかこの日の夕方、市街地に馬車で使いに行った祖父が帰ってきて伝えたと記憶している。

1学期の終わりまで「鬼畜米英」「神州不滅」と言っていた先生が、夏休みが終わり2学期が始まった日から全く逆のことを言い出した。記憶は教科書のページを墨で塗ることだった。そのとき小学校2年生(「国民学校」といっていた)。
母方の、わが一家は私の父を除いて戦争の犠牲者は(幸い)いない。日本では310万人が死んだ。日本が占領し戦争をおしつけた地域ではその何倍の人が犠牲になっている。

今日のお盆の寺参りで、そういう戦争で犠牲になった無数の人を思って焼香した。そこにいた坊さんに焼香のマナーを聞くと「一度合掌し、香を一回だけ香炉に入れます。そして合掌します」という。お香を額にいただいたり、二度三度と香炉に入れるなどは(浄土真宗では)しないと言う。このことをずっと前に聞いたことがあったが、何か手抜きをしているように思われるようで少々気がかりだったが…。

そんなことも含めて終戦の今日の感想である。
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