6月8日(木) 道の駅「高田松原」に着いたところです
6月8日の長い1日が漸く終わります
道の駅「高田松原」、長~い建物の裏手にある長~い防潮堤に向かいます
防潮堤の上から道の駅「高田松原」の長~い建物を撮りました
上の方の高速道路の高架みたいな白いのがその建物です
道の駅の部分はほんの少しで大部分は震災関連の資料館等です
高くて長い防潮堤です キッチリ海と仕切られて…「我は海の子」なんて昔話
防潮堤の外側には松原を再生させるためでしょうね 沢山の松が植えられていました
この方向から津波が来たのでしょう
再生された奇跡の一本松
ユースホステルだったそうです
一本松の直ぐ傍にあります
震災時ユースホステルは休館中で無人だったそうです
でも2階建ての真っ直ぐな建物が↑あんな姿になりました
昔の道の駅です
津波が通過した4階までは見事に貫通
よく屋上に逃げず全員が高台に避難したものです 見事
見難いので↓拡大しました
実物は本当に自然に立っていました これも見事でした
4時45分 そろそろ石巻のホテルに向かいます
三陸沿岸道路 また無料高速です
麦秋なんでしょうね
あっという間だけど長かった旅、最後の宿はルートイン石巻
九州一周の時もそうでしたが今回もホテルを取るのに苦労しました
前日では中々取れないので前々日に取る訳ですが そうすると翌日の行動が規制されて
中々気ままに旅をする事が出来なくなります
震災の津波の恐ろしさを、実感させてくれます。
中学校、ユースホステルも、大切な資料ですね。
魔が旅おつかれさまでした。
ユースホステルは少し理解できましたが、
辺りはキレイな広い公園になっていました。
大惨事が起きた場所とはとても思えませんでした。
奇跡の一本松・・モニュメントとして再生(*´Д`)
ユースホステル・・こんなもののいいと僕は思うけど・・・。
最後の宿・・・二週間でしたっけ?
旅しました。
北海道だけでも1ヶ月かかりました。
その頃は国鉄の「均一周遊」といチケットが
あって北海道は1ヶ月間有効でした。
震災の怖さ・・・
後世に語り継いでいって欲しいです。
ユースホステル、これが無ければタダのだだっ広い公園です。
震災を思わせるものは無いです。
丁度2週間でした。
優雅ですねえ!
学生時代陸送のバイトをしていて、北海道の往復は
陸送車でいくことになっていましたが、道内の費用が貯まらず果たせませんでした。
奥尻はもう住めないんじゃ無いかと思うほどでした。
奇跡の一本松、立派な道の駅(記念館)を建て、
スゴイ防潮堤を作り、観光バスが来て…。
防潮堤の上で犬の散歩をさせていた方からは
強い反発の様な物を感じました。