オーストラリア人男性Robert Vickers氏は、何年も悩み抜いた末のある日、大量のドライアイスを用意して意図的に自分の左脚を傷つけた。外科手術によって切断せざるを得なくするのが狙いだった。
Vickers氏のこの行為は意図的なもので、同氏は病院で目が覚めたら片脚がなくなっていたその時の気持ちを、「究極のエクスタシー」と表現している。
Vickers氏は、精神医学界で近年「身体完全同一性障害」(BIID:Body Integrity Identity Disorder)と呼ばれる障害を持つ、数少ない患者の1人だ。この障害を持つ患者は、四肢の1本かそれ以上を切断したいとの願望を口にするが、その理由は、それらが自分の体の一部だとは思えないからだという。
この障害については、このような精神状態が脳の生理的状態によって引き起こされるのか、それとも因果関係が逆なのかについて、精神医学の世界と神経科学の世界で議論の的となっている。両陣営とも、最近の研究によって新たな裏付けを得ており、生物学的現象と心理学的現象を切り離すことの難しさが浮き彫りにされている形だ。
コロンビア大学のMichael First教授(精神医学)は、この障害の「発見」において先駆的役割を果たした1人だ。同教授の最新の研究では、ある種の精神障害の人は、身体障害を持つことに固執するようになり、BIIDはその一類型にすぎないことが示唆されている。
その一方で、カリフォルニア大学サンディエゴ校のPaul McGeoch氏による最近の研究は、BIIDを、右頭頂葉の機能不全から来るまったくの神経疾患として説明しようとしているようだ。
脳のこの部位は、[自分の体の構造や機能、大きさなどのイメージについての]「ボディマップ」(「脳の中の身体地図」)をコントロールしていると見られている。同氏の研究チームが、機能的磁気共鳴映像法(fMRI)を使って、BIIDを自己申告した4人の患者を検査したところ、患者が切断したがっている身体部位を触っても、患者の右頭頂葉に反応が起きないことが確認された(一般の人の場合には右頭頂葉に反応が見られる)。
McGeoch氏と共に論文を書いた大学院生David Brang氏は、「この現象は心理学的な問題だと考えられて来たが、神経的な問題であることが明らかになった」と語っている。
これに対してFirst教授は、fMRI研究の重要性を無視するわけではないが、このことをBIIDの原因とする見方には異議を唱えている。「McGeoch氏の観察したものは、精神疾患が脳に及ぼした影響にすぎない」とFirst教授は言う。
First教授は現在、四肢を切断したいわけではないが何らかの形でその機能を損ねたいと考えている少数の人々を対象に、新たな研究を進めている。この研究は、カリフォルニア大学で神経生理学の観点から観察された現象の背後に、根深い精神障害が存在することを示唆するものであるかもしれない。
First教授が聞き取り調査を行なった47人の中には、例えば体に麻痺を起こしたいと考えている人がいる。こうした人は、自分の健康な身体が、内なる自己認識とは一致しないと感じているという。
今回の研究は、四肢の切断を望んでいる人を対象にFirst教授が以前行なった同様の精神鑑定に連なるものだ。今回の被験者たちも、感じ方や願望に関して、BIIDの患者らと重なる部分が多いことが明らかになった。
いずれのグループも、物心ついてからずっと、身体障害を得たいという願望があったと表明している。これらの人々は、障害のあるふりをしたり、時々は意図的に自分の体を傷つけて障害を得ようとしたりしている。First教授によると、自分の体を麻痺させるために、背骨にアルコール注射を試みたと報告した患者も1人いたという。
「子供の頃から、われわれは障害のある人々を、絶えず様々な理由で目にしてきた。一部の子供たちは、障害のある人を見て、自分もあんな風になりたいと決意する」と、First教授は言う。
[BIIDは、広い意味では自傷行為に含まれると見られるが、BIIDを扱うサイトの解説によると、「BIIDは性同一性障害と最も近い類似性を見せ、またその共通点として、幼年の頃からそうした自身の身体に対する違和感を感じる」「(4歳から5歳ころ)明確な記憶として初めて四肢切断者を見たとき、自身の身体をそれに近づけたいという強い欲求を抱く」「四肢が全て揃っていることに対して、"不完全性"を感じ、逆に四肢が切断された状況に"完全性"を見出す」などのケースがあるという。First教授の研究を含め、BIIDについて紹介する記事はこちら。]
一方、神経科学研究の成果が役立つ可能性のある分野の1つとしては、四肢切断を望むBIID患者の治療プログラムの改善が挙げられる。矯正トレーニングの追加により、脳が再び四肢を自身のものとして受け入れられるようにできるかもしれない。ただし、このような治療が、身体の麻痺を望む人々に対しても有効かどうかは不明だ。
[カリフォルニア大学サンディエゴ校神経科学研究所の所長を勤めるヴィラヤヌル・S・ラマチャンドラン氏は、幻肢、半側空間無視、共感覚など奇妙な脳神経系の現象を扱った著作『脳のなかの幽霊』(邦訳角川書店)で知られるが、存在しない手足が激しく痛む幻肢痛の治療において、自己の身体イメージを操作する「ミラーボックス」と呼ばれる単純な装置を考案することで成功し、脳血管疾患などによる片麻痺のリハビリテーションにも応用されている]
Vickers氏のこの行為は意図的なもので、同氏は病院で目が覚めたら片脚がなくなっていたその時の気持ちを、「究極のエクスタシー」と表現している。
Vickers氏は、精神医学界で近年「身体完全同一性障害」(BIID:Body Integrity Identity Disorder)と呼ばれる障害を持つ、数少ない患者の1人だ。この障害を持つ患者は、四肢の1本かそれ以上を切断したいとの願望を口にするが、その理由は、それらが自分の体の一部だとは思えないからだという。
この障害については、このような精神状態が脳の生理的状態によって引き起こされるのか、それとも因果関係が逆なのかについて、精神医学の世界と神経科学の世界で議論の的となっている。両陣営とも、最近の研究によって新たな裏付けを得ており、生物学的現象と心理学的現象を切り離すことの難しさが浮き彫りにされている形だ。
コロンビア大学のMichael First教授(精神医学)は、この障害の「発見」において先駆的役割を果たした1人だ。同教授の最新の研究では、ある種の精神障害の人は、身体障害を持つことに固執するようになり、BIIDはその一類型にすぎないことが示唆されている。
その一方で、カリフォルニア大学サンディエゴ校のPaul McGeoch氏による最近の研究は、BIIDを、右頭頂葉の機能不全から来るまったくの神経疾患として説明しようとしているようだ。
脳のこの部位は、[自分の体の構造や機能、大きさなどのイメージについての]「ボディマップ」(「脳の中の身体地図」)をコントロールしていると見られている。同氏の研究チームが、機能的磁気共鳴映像法(fMRI)を使って、BIIDを自己申告した4人の患者を検査したところ、患者が切断したがっている身体部位を触っても、患者の右頭頂葉に反応が起きないことが確認された(一般の人の場合には右頭頂葉に反応が見られる)。
McGeoch氏と共に論文を書いた大学院生David Brang氏は、「この現象は心理学的な問題だと考えられて来たが、神経的な問題であることが明らかになった」と語っている。
これに対してFirst教授は、fMRI研究の重要性を無視するわけではないが、このことをBIIDの原因とする見方には異議を唱えている。「McGeoch氏の観察したものは、精神疾患が脳に及ぼした影響にすぎない」とFirst教授は言う。
First教授は現在、四肢を切断したいわけではないが何らかの形でその機能を損ねたいと考えている少数の人々を対象に、新たな研究を進めている。この研究は、カリフォルニア大学で神経生理学の観点から観察された現象の背後に、根深い精神障害が存在することを示唆するものであるかもしれない。
First教授が聞き取り調査を行なった47人の中には、例えば体に麻痺を起こしたいと考えている人がいる。こうした人は、自分の健康な身体が、内なる自己認識とは一致しないと感じているという。
今回の研究は、四肢の切断を望んでいる人を対象にFirst教授が以前行なった同様の精神鑑定に連なるものだ。今回の被験者たちも、感じ方や願望に関して、BIIDの患者らと重なる部分が多いことが明らかになった。
いずれのグループも、物心ついてからずっと、身体障害を得たいという願望があったと表明している。これらの人々は、障害のあるふりをしたり、時々は意図的に自分の体を傷つけて障害を得ようとしたりしている。First教授によると、自分の体を麻痺させるために、背骨にアルコール注射を試みたと報告した患者も1人いたという。
「子供の頃から、われわれは障害のある人々を、絶えず様々な理由で目にしてきた。一部の子供たちは、障害のある人を見て、自分もあんな風になりたいと決意する」と、First教授は言う。
[BIIDは、広い意味では自傷行為に含まれると見られるが、BIIDを扱うサイトの解説によると、「BIIDは性同一性障害と最も近い類似性を見せ、またその共通点として、幼年の頃からそうした自身の身体に対する違和感を感じる」「(4歳から5歳ころ)明確な記憶として初めて四肢切断者を見たとき、自身の身体をそれに近づけたいという強い欲求を抱く」「四肢が全て揃っていることに対して、"不完全性"を感じ、逆に四肢が切断された状況に"完全性"を見出す」などのケースがあるという。First教授の研究を含め、BIIDについて紹介する記事はこちら。]
一方、神経科学研究の成果が役立つ可能性のある分野の1つとしては、四肢切断を望むBIID患者の治療プログラムの改善が挙げられる。矯正トレーニングの追加により、脳が再び四肢を自身のものとして受け入れられるようにできるかもしれない。ただし、このような治療が、身体の麻痺を望む人々に対しても有効かどうかは不明だ。
[カリフォルニア大学サンディエゴ校神経科学研究所の所長を勤めるヴィラヤヌル・S・ラマチャンドラン氏は、幻肢、半側空間無視、共感覚など奇妙な脳神経系の現象を扱った著作『脳のなかの幽霊』(邦訳角川書店)で知られるが、存在しない手足が激しく痛む幻肢痛の治療において、自己の身体イメージを操作する「ミラーボックス」と呼ばれる単純な装置を考案することで成功し、脳血管疾患などによる片麻痺のリハビリテーションにも応用されている]