第39代横綱 前田山英五郎
愛媛県が生んだ大相撲の横綱である。
今日は、横綱前田山生誕の地、八幡浜市保内町の喜須来小学校で(財)日本相撲協会と(財)日本相撲連盟が協力して少年相撲教室を開催した。
私は、「相撲の意義、心得、作法」の講義を担当するため、春日館相撲道場の道場生4人(よしかず君、たいち君、だいち君、まさひろ君)を自分の車に乗せて保内町に向かった。
開会式では、楯山親方(元玉春日)、玉乃島関、玉皇、玉希真の4人と一緒に講師として紹介された後、相撲の歴史、神事としての側面、相撲の所作、作法の意味について説明した。
講義の掴みとして、恒例であるクイズ形式で出題し、正解者に相撲グッズをプレゼント。
「愛媛県出身で横綱になった人が一人だけいます。しこ名と名前を言ってください?」
「はい! 前田山英五郎です!」
「玉春日関のしこ名は、片男波部屋の力士のしこ名につく「玉」と高校の時に下宿して稽古に励んだ春日館道場の「春日」を取って「玉春日」ですが、前田山のしこ名の由来は?」
「はい! 病気(右上腕部骨髄炎)を手術して治してくれたお医者さん、前田先生の「前田」をいただいたしこ名です!」
地元の小学生が見事パーフェクトに答えてくれました。八幡浜市では、3大偉人の一人として、みんな知っているようです。
講義の後は、相撲健康体操の実技
相撲健康体操が終わったら昼食です。お弁当、チャンポン、すいかまで出していただきました。非常においしかったです。
お昼からは、地元の小学生が力士に挑戦。楯山親方が
「みんな本気でぶつかって来てください! 私たちも本気でやります!」
「エエェ~~~ツ」(小学生たち本気で怖がってました)
楯山親方は、ときどき真顔で冗談を言います。
小学校のグラウンドに消防ホースで作った土俵、暑い中、楯山親方と他の4力士は汗だくになりながら一生懸命に全員(153人)に胸を出してくれました。子供たちも本物の力士との取り組みで興奮気味です。
相撲教室が終わった後は、喜須来小学校児童による前田山記念相撲大会
男の子も女の子もみんな最後まで一生懸命に相撲を取っていました。
全日程が終わった後、楯山親方と前田山の銅像(等身大)の前で記念撮影しました。
私は愛媛県出身の相撲愛好家でありながら、保内町に行ったことがありませんでした。今回は、たまたま少年相撲教室があったから行ったと言えば、それまでですが。
13年間幕内を務めて、5月30日に引退した玉春日と私を今は亡き前田山関が自分の地元に招待してくれたのだと行く前から考えていきました。私の中では、絶対に間違いありません。
なので、大会が終わった後に前田山関の銅像の前まで半ば強引に楯山親方を連れて行って一緒に写真を撮りました。
前田山の銅像の前で保内町に行く前から、すでに頭でイメージしていた写真が撮れました。夢のようなショットです。相撲ずくしの一日、良い思い出になりました。
銅像の前は、石なのですが太陽の陽射しで焼けて、みんなこの後、「足の裏が熱い!」と悲鳴を上げていました。私は革靴を履いていたので大丈夫でした。ごめん!
愛媛県が生んだ大相撲の横綱である。
今日は、横綱前田山生誕の地、八幡浜市保内町の喜須来小学校で(財)日本相撲協会と(財)日本相撲連盟が協力して少年相撲教室を開催した。
私は、「相撲の意義、心得、作法」の講義を担当するため、春日館相撲道場の道場生4人(よしかず君、たいち君、だいち君、まさひろ君)を自分の車に乗せて保内町に向かった。
開会式では、楯山親方(元玉春日)、玉乃島関、玉皇、玉希真の4人と一緒に講師として紹介された後、相撲の歴史、神事としての側面、相撲の所作、作法の意味について説明した。
講義の掴みとして、恒例であるクイズ形式で出題し、正解者に相撲グッズをプレゼント。
「愛媛県出身で横綱になった人が一人だけいます。しこ名と名前を言ってください?」
「はい! 前田山英五郎です!」
「玉春日関のしこ名は、片男波部屋の力士のしこ名につく「玉」と高校の時に下宿して稽古に励んだ春日館道場の「春日」を取って「玉春日」ですが、前田山のしこ名の由来は?」
「はい! 病気(右上腕部骨髄炎)を手術して治してくれたお医者さん、前田先生の「前田」をいただいたしこ名です!」
地元の小学生が見事パーフェクトに答えてくれました。八幡浜市では、3大偉人の一人として、みんな知っているようです。
講義の後は、相撲健康体操の実技
相撲健康体操が終わったら昼食です。お弁当、チャンポン、すいかまで出していただきました。非常においしかったです。
お昼からは、地元の小学生が力士に挑戦。楯山親方が
「みんな本気でぶつかって来てください! 私たちも本気でやります!」
「エエェ~~~ツ」(小学生たち本気で怖がってました)
楯山親方は、ときどき真顔で冗談を言います。
小学校のグラウンドに消防ホースで作った土俵、暑い中、楯山親方と他の4力士は汗だくになりながら一生懸命に全員(153人)に胸を出してくれました。子供たちも本物の力士との取り組みで興奮気味です。
相撲教室が終わった後は、喜須来小学校児童による前田山記念相撲大会
男の子も女の子もみんな最後まで一生懸命に相撲を取っていました。
全日程が終わった後、楯山親方と前田山の銅像(等身大)の前で記念撮影しました。
私は愛媛県出身の相撲愛好家でありながら、保内町に行ったことがありませんでした。今回は、たまたま少年相撲教室があったから行ったと言えば、それまでですが。
13年間幕内を務めて、5月30日に引退した玉春日と私を今は亡き前田山関が自分の地元に招待してくれたのだと行く前から考えていきました。私の中では、絶対に間違いありません。
なので、大会が終わった後に前田山関の銅像の前まで半ば強引に楯山親方を連れて行って一緒に写真を撮りました。
前田山の銅像の前で保内町に行く前から、すでに頭でイメージしていた写真が撮れました。夢のようなショットです。相撲ずくしの一日、良い思い出になりました。
銅像の前は、石なのですが太陽の陽射しで焼けて、みんなこの後、「足の裏が熱い!」と悲鳴を上げていました。私は革靴を履いていたので大丈夫でした。ごめん!