「障害者が安楽死できる社会を」
容疑者が衆議院議長に宛てた手紙に書かれていたらしいのですが・・・
「ご決断頂ければいつでも作戦を実行致します。日本国と世界平和の為に何卒よろしくお願い致します」
(テレ朝ニュース:植松容疑者の手紙を入手 「作戦内容」詳細明らかに
→http://news.tv-asahi.co.jp/news_society/articles/000080018.html)
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人間は、
「障害者」か、「非障害者(健常者)」のどちらか、
というものではありません。
その境界は便宜上のものであるし、
一人の人が行き来することだってあります。
一口に「知的障害者」と言っても、
軽度、中度、重度、最重度・・・
人それぞれです。
それは健常者が人それぞれであるのと全く同じことです。
例えば、
最重度の知的障碍者ともなれば、
「大人の体格・体力を持つ赤ん坊」だと言われます。
そりゃ、その介護は「ストレス」も貯まるでしょう。
けれど、
そういう「ストレス」ごとき(!)で殺人に至るという、
その動機に納得できるはずもありません。
(後付の)いかなる「確信」があろうとも、です。
確かに衝撃的な事件です。
しかし、だからこそ、
センセーショナルに「別世界」の出来事であるかのように扱ったり、
「予告」への対応が云々といった見当違いな方向へ関心を向けたり、
そういうのは、違うと思います。
これを期に、
いろんな事を半端にタブー視せず、
きちんと「表沙汰」にしたら良いのです。
介護従事者の労働環境を含めた施設のありようや、
入所者の実態を冷静に伝え、受け止めなければなりません。
「壁」の向こうに押し込めて安心するのではなく、
「自分と連続した存在」として、彼らと共に在ることが必要なんです。
事件があろうとなかろうと、
まず、それこそが「次」を防ぐ近道だと、
私は信じます。
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*手紙全文 毎日新聞:相模原殺傷 衆院議長宛て手紙 全文
→http://mainichi.jp/articles/20160727/k00/00m/040/020000c
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