自宅から最も遠い西国札所27番へ~
令和6年西国巡礼播州路 計画の要諦
・10/12~14日の三連休に24~27番と番外花山院へ。西国巡礼は例年紅葉の時期を見計らい11月半ばだったが、日没が早く行動時間が短すぎた。
・今回、27番圓教寺書写駐車場までは片道530㎞。なんと昨年の1番青岸渡寺巡礼(片道510㎞)よりも遠い。自宅から最も遠い西国札所である。
・同様前日の夕方に出発し、夜間を長距離移動に充てる。
・札所に近く、かつ朝食が早い宿に泊まる。
・山門近くに駐車場がある山寺でも、参道があれば山歩きする。
・開門時間前に参道の山歩きを終え参拝時間を確保。すなわち朝一番は、長い山歩きがある播州清水寺か圓教寺。花山院と中山寺は開門が9:00からなので収まりの良い時間帯に。
・時間に余裕があったら国宝のある加東市の朝光寺、小野市の浄土寺や、加西市の五百羅漢寺、鶉野飛行場の紫電改、立杭焼などなど...に立ち寄りたいと思っていた。
・最終日4日目は短距離移動でAM中の帰宅を目指す。3日目に中山寺を立った後は長野県境の岐阜県恵那、中津川で一泊休息したかったが空宿はなく、土岐市に泊まった。
巡礼二日間の計画と実際↓
巡礼1日目 中国道(E2A)宝塚付近の大自然渋滞に予定変更を迫られる><。
・前日は長野市を16:00に出て、大阪伊丹空港近隣の宿に23:00に到着した。
・翌朝は6:30に朝食。予定していた7:00の出発は忙しすぎて無理だった。準備万端整え7:30に宿を立ち、中国道池田ICに入ると即大渋滞に巻き込まれた。
・三田西ICまで行くはずだったが、このままでは巡礼が不可能になると判断し、宝塚ICで、たった1区間で下りた。
・下道も含め渋滞を抜けたのは9:00近く。宿を出て1時間30分弱の走行距離がたったの13㎞。予定を大きく変更し、翌日訪れるはずだった花山院から巡礼する。
番外:花山院菩提寺 札所巡礼の心得を知る
・参道は急勾配の舗装路。道中眺望がなく、山門まで車で行けたことを幸いとした。
・花山法皇殿に上がり読経。別世界のような、落ち着いた良い雰囲気の境内である。
・だが渋滞の時間ロストが気になり余裕がない。境内を一回りしたつもりが、有名な幸せの七地蔵尊も花山法皇御廟所も、見ず終い。「十二尼妃の墓」の存在も失念。
・納経所に御朱印をいただきに行くと、横の写経道場に「写経納経してこその巡礼、札所巡りは御朱印集めのスタンプラリーではない」旨の心得が目に留まる。
・今の世にも西国巡礼が伝わるのは、平安時代にこの花山法皇の三十三所巡礼再興があったからこそ、の心得掲示であり、番外だからいいか...と、花山院の分の写経を持参しなかったことを恥じ入り、後悔した。
・ここにいつまた来られるかも知れず、かと言って今時間があるわけでもない。それでも道場で写経できるかたずねてみたが、写経教室開催時のみとのことで、今はどうにもならない。
・展望所から有間富士や小豆島を眺めてみても気はそぞろ。後で道具を買い宿で写経して、帰り道に納経できれば良いが...と忙しなく思いを巡らせた。
(時間と場所さえあれば境内での写経もおかしくないと思う。)
25番:播州清水寺(天台宗 本尊:十一面千手観世音菩薩(秘仏))
・田んぼの中の県道を播州清水寺へ急ぐ。車で山門駐車場まで行ってしまえば渋滞の時間ロストが挽回できる。
・しかしこれは巡礼であり、山の参道を行くことが、古人の心意気と今の自分を重ね合わせられるただ一つの体験なのだ。
・山門駐車場までバスもあり登山口にも停車するが、1日2便1台の運行ゆえにどうしても前後の行動と時間が合わない。よって予定どおり、帰りも歩く覚悟でいた。
・今回予定の24番中山寺は電車駅にも近くだし、次回の巡礼で!と決心し登山道を進む。
・登山道は1.8㎞、実際の歩行時間は40分だった。杉林に囲まれた緩い坂道で、S字カーブは上の道へガッツンガッツンよじ登りショートカット。参道の眺望は時折、わずかに三田の町が覗く程度。
・最後に昔の山門があった大きな階段を上り終えると、城壁のように立派な石垣白塀が目に飛び込んでくる。この山中にこの巨大な施設をどう拵えたのか想像がつかない。
・その先の階段の上で清々堂々と扉を開いている大講堂を見上げると、おおらかに迎え入れられるようであった。
薬師堂と地蔵堂
・薬師堂の「十二神将」、地蔵堂のお地蔵さんは著名な東京芸術大学出身者の作品で、ひときわ目を引く。精緻で格調高く、いつまでも鑑賞していられる。
・昭和50年に登山口から現山門駐車場まで車道が開通し、山門、薬師堂、地蔵堂などの再建工事が続々と進んだようである。(昭和48年刊のガイド本では台風などで荒廃したままの播州清水寺をよそに、田畑を売り払いニュータウン化とゴルフ場造成に舞い上がる近隣地域を嘆く記述がある。)
・境内は広い。根本中堂への階段は、張り切って参道を登った疲れが一気に出て、腹が減った。
・清水茶屋に下り、昆布うどん、ぜんざいをすすりながらタクシーを呼んで下るか思案していたら、登山口まで車で送っていただける御利益に授かった。
・一乗寺を参拝できる目途が立ったことが大変にありがたく、朝の渋滞で失われた時間を嘆く忙しなさは心から消え去った。
26番:法華山一乗寺(天台宗 本尊:聖観音(秘仏))
・播州清水寺登山口と一乗寺の間は35㎞。歩くと丸1日かかるではないか。
・国道372号線に入ると間もなく加東市の東経135度=日本標準時子午線の標柱を見つけた。交通量が多く停車できず残念。
・国道372号は旧街道から発展した道で水田地帯をひた走る。巡礼はさぞ過酷な平野歩きだったか...と思っていたが、巡礼者が体を休めた旅籠や茶屋があった旧街道の町中を国道は迂回しているわけで、よく調べて町中を通ってみたかった(イ)。この道で21番穴太寺に行くのも趣がある旅となろう。
・一乗寺は境内から離れたところに知る人ぞ知る山門がある。最寄りの坂本集落に山門までの旧道の碑があり、駐車できれば参道を歩きたかったが、見つかりそうになく一乗寺駐車場へ。(ロ)
※(イ)加東市の道標(ロ)加西市の道標
「旧街道に残る道標」(とても詳しい。)
いにしえの粋を伝える、天井へ花形に打ち付けられた納札
・境内に入ると「孝徳天皇勅願創建 西国二十六番 天台宗別格本山 法華山一乗寺」と彫られたぶっとくでかい、堂々たる寺標(寺の名が刻まれた石柱)がある。
・本堂は長い階段の正面になくZ字に配置され、三重塔に見え隠れ全体が独特な立体感がある。
・平成12年から20年にかけて、平成11年の台風災害で被災した本堂の大規模な解体再築、基礎から改修した大工事があったとのこと。開山堂への道脇には砂防水路があり災害時に沢が暴れた事を偲ばせた。
・国宝三重塔(平安時代承安元年:1171年に建立)を見ていて思い出した。本堂の天井を見なければ。
・納札本堂の天井へ花形に打ち付けられた納札は、ここだけでしか見られないという。・・・たいへんに粋でおつなものである。
・いにしえ巡礼者は33枚の札を持ち歩いていたのか?同じ形のものだから、ここだけで頒布/販売していたのかも。
・今は紙の納札に願い事を書き、納札箱にはらりと入れる。目に見える証を残すことは難しい。
・このお寺も坂道階段移動が多く清水寺登山の疲労が出た。
・前立の観音像が拝観できる宝物館は要予約ということだったが、見るべきだった。巡礼は一日一所が理想であろう。
・一乗寺は周りを囲む山々を蓮の葉に見立て、その中心に建立されたとのこと。山に囲まれているせいで、うす暗くなるのが早い。
・再び帰りも同じ道をたどり、山門で車を降りてみる。参道は落ち葉に延々と埋もれていた。
・県道372号を姫路市内へ。このカンカンの夕陽を浴びながら田んぼ道を宿へ急ぐ、いにしえ巡礼者もいただろう。
(巡礼2日目につづく)