「北の山・じろう」日記

内容は主に時事問題。時々株式投資関係の記事も交じります。

「百万本のバラ」の原曲に込められた意味?<2023年5月

2023-05-09 19:32:12 | ウクライナ紛争

加藤登紀子さん「歌うことで心の分断消したい」…21日にコンサート「百万本のバラ物語」
2023・5・7
https://www.yomiuri.co.jp/culture/music/20230506-OYT1T50170/

この記事を読んで疑問を感じる人は、ごく少ないと思います。何が問題だと思いますか?

加藤登紀子さんは、東大卒のインテリです。この歌がソ連で流行した時、訳詩して作詞し歌は、大流行しました。この曲をカバーする女性歌手は、多いです。それが非常に問題です。

百万本のバラの原曲
「百万本のバラ」の原曲 Dāvāja Māriņa(マリーニャの贈り物)歌詞つき
https://www.youtube.com/watch?v=1Kb0bW1mldw
Dāvāja Māriņa - Aija Kukule「マーラが与えた人生」アイヤ・ククレ(「百万本のバラ」の原曲)
https://www.youtube.com/watch?v=0uuGafmr5vE

この曲をロシアが原曲と言うことは、プロパガンダに知らないうちにかあるいは意図的に協力しています。インテリの加藤登紀子さんが知らないはずは、ないと思います。そうです。この曲の大切な部分を切り落として隠しています。「百万本のバラ」のイメージが拡大するほど、本当の原曲の意味が埋もれていきます。そうするためにロシア語版である「百万本のバラ」が作られ、曲が良かったので世界的に広まりました。

ラトビア共和国がソ連に弾圧されていた時代に作詞作曲された歌です。1981年に作曲。
ライモンド・パウルス作曲
レオン・ブリディス作詞

例えば、このブログ
マーラが与えた人生 (百万本のバラの原曲)真実の詩
https://ameblo.jp/merrymorrow/entry-12365695938.html

全く歌の意味を理解しないで記事を書いています。歌詞の日本語訳を見るには、丁度よいかもしれません。
「ラトビアの子守唄です。」には、信じられない思いがします。そこまで無知か?

大体、本当の意味を伝えるのは以下の記事です。

18日 12月 2016
「百万本のバラ」誕生秘話 原曲に込められた小国の悲劇
https://www.doshin-apple-news.jp/2016/12/18/%E7%99%BE%E4%B8%87%E6%9C%AC%E3%81%AE%E3%83%90%E3%83%A9-%E8%AA%95%E7%94%9F%E7%A7%98%E8%A9%B1-%E5%8E%9F%E6%9B%B2%E3%81%AB%E8%BE%BC%E3%82%81%E3%82%89%E3%82%8C%E3%81%9F%E5%B0%8F%E5%9B%BD%E3%81%AE%E6%82%B2%E5%8A%87/

しかし、これでもこの曲を説明しているとは言えません。
マーラとは?
ラトビア地方に伝わる聖母マーラ
「マーラは娘に生を与えたけど幸せはあげ忘れた」
何故?幸せをあげ忘れたのでしょうね?

もう少し考えると?
「幸せをあげ忘れた」のではなく「幸せをあげたいけれど今はあげられない」と言う意味に取れるでしょう?

どんな幸せをあげられなかったのでしょう?

こう考えると歌の本当の意味が分かってきます。
旧ソ連がラトビアから奪ったものは、何か?
「ラトビア民族の独立と自由です。」
これが、「マーラが娘にあげ忘れた幸せ」です。


マーラは、ラトビア民族を表しています。
つまり、この歌は?
ラトビア民族の独立の悲願が込められた歌です。
旧ソ連が弾圧支配する時代にそれをストレートに表現すれは、弾圧の対象になります。

だから、ラトビアを「女神=マーラ」に置き換え・
自由と民族の独立を「幸せをあげ忘れた」と言い換えています。

歌の大意を意訳するならば?
「今、ラトビアはソ連に弾圧支配されている
しかしラトビアには民族独立と自由を実現する権利がある
今は、出来ないけれどそれがあることを忘れてはならない
時が来たならば、それを実現しなさい」

歌詞の表面的な意味と込められた意味は、全然違うでしょう?当時のラトビアの人々には、それが分かったと思います。

そうすると、加藤登紀子さんの言っていることは、非常におかしいと思います。昔は旧ソ連、今はロシアのプロパガンダに結果として協力していることになります。
「人々の心をつなぐ歌だと信じているが、ウクライナでは戦争が始まってから歌えなくなったかもしれない。それが悲しい」
無知なのか?ゴマかしているのか?
ウクライナであろうと、ラトビア語で原曲を歌うのなら何の問題もないはずです。ラトビア民族独立の歌ですから?
「百万本のバラ物語」は世紀のパクリ!と言うべきで、嘘歌です。

プロパガンダ、捏造、すり替え、結果として真実をごまかす。歌ですら、このように利用されます。旧ソ連やロシアは、それが非常に巧みです。ロシア民謡や舞踊でロシアの本質をごまかしてしまいます。



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