もう二度と船には乗るまいと思っても虫が起きてきた。鰺釣りに行こうということに
なり馴染の富士丸にお願いする。やはり止めとけばよかった。今夜は月が出てお
り食いが悪い。
酔いはないものの釣れない釣りは堪える。そろそろ十時半になるが釣果は何もな
いに等しい有様。と、突然に船の周りにキラキラと腹を光らせながらサバの大群が
押し寄せてきた。集魚灯の灯りにつられてきたのだ。竿を上げ見える所で釣れる。
幾らでも釣れるのだ『空針でやれ』と船頭が大きな声をした。サバは何かにエキサ
イトしているから餌をつけなくても擬似針のままで釣れるとの指示だ。針は三本つ
いており上の針に食いついたサバを外していると海の中にある針にも食いつき下
から引っ張る。外した針に注意しないと予期しない方向に糸が引っ張られ、手に食
い込みでもしたら大変なことになる。そんな強い引きをしている。
サバは横走りする。その感触をたっぷりと楽しませてもらった。三十センチを少し越
すものだったが三十分あまりの間に皆のクーラーが一杯になった。『切りがない、
帰るぞ』船頭に促されて竿を納めた。皆の家の冷蔵庫はサバで一杯になったことだ
ろう。
ゴンズイとヘイズ鯛
秋もたけなわ山では松茸も採れる頃、冲泊という港のテトラの上で釣りをした。特に
目的の魚があったのではなく、何でもよかった。そこで初めてヘイズ鯛を釣り上げた。
十五㌢あるかないかの大きさだ。その時は名前も知らなかったが図鑑で調べて分か
った。時々、餌盗りの小魚がかかる。すると見慣れない五㌢ほどの魚の背に針が掛
かり上がってきた。
『何だ、こいつは』と指ではねのけようとしたところ、突然そいつが指に食らいついた。
まさか、嚙むとは思わないし、あっという間の出来事だ。口を見るとマムシが顎を外し
た時のように何倍にもなっている。上下にエイリアンのような鋭い牙がある。さほど痛
みはないし傷口は小さいのにおびただしい血が流れタオルで押さえても中々、止まら
ない。止血後、大事はないだろうと釣りを始めた。
家に帰って暫くは何事もなかったが何か熟っぽくなってきた。段々と身体がだるくなり
どうも調子が悪い。一晚寝ればよくなるだろうと思った。しかし症状は段々悪くなり熱
も高くなってきたようだ。疲れが出るような釣りではないし風邪をひいたのでもないこと
は、はっきりしている。翌日になっても変化なく会社を休むことにした。まさか魚に嚙ま
れて熱が出たと言う訳にもいかず『風邪気味なので』と説明する。結局、二日も休むは
めになった。どうも魚はゴンズイらしく、熱が出るような毒性云々は書いてなかったがこ
いつの精だと今でも信じている。