食道がんと闘う自然爺の活動

自然の中での暮らしに憧れ、自作の山小屋を起点に自然と戯れていたが、平成21年10月、食道・胃がんが見つかり手術。

『回想旅行記、ヴェネチアⅡ』

2013年11月06日 17時50分41秒 | 旅行

広場からホテルに戻り食事を摂って再びサンマルコ広場に帰って来て、名物のゴンド

ラに乗る。さぞかし雰囲気のあるゴンドラの船旅になるだろうと期待に胸を膨らまして、

待望のゴンドラに乗り込む。写真で見たことしかないから何か特別な船のように思って

しまうが、細長く先端が競り上がっている格好になっているだけの船で、乗ってみると

他の船と変わりなかった。昼間に見た『溜め息の橋』の下を通り、細い水路を進むが、

水路は建屋と建屋の間にあるものでゴンドラがすれ違うことが出来る程度のものだ。奥

の方に行くに従って水路の流れは滞りやすいのかゴミが浮いていたり、ドブ川とまでは

いかないが、それに近いような場所もあり船頭が唄を歌っても似つかない風景だ。

冬の夜、しかも水上だから震えるほどではないものの、寒さは身体を冷やしていき、風

流より現実として早く下船したくなった。有名なゴンドラに乗るのは昼間がいいのか夜が

いいのか、考えたことはないが乗ってみた結果から・・・夜の方がいい、何故ならゴミや

汚れた水を真面に見なくてもいいから。 

朝の目覚めは教会の鐘の音、清々しいピーンとした空気の中で響く。朝食後からムラー

ノ島に出かけるまで時間があったので、ホテルを出て近場を散歩することにした。ホテル

を出ると島中に細い迷路のような道が張り巡らされており、ここでは『全ての道はサンマル

コ広場に通じる』と言われている。路地の角々にはそれを示すようにサンマルコ広場への

方向を示す看板が掛けられていた。初めての場所で迷路だから帰り道が分からなくなる

心配があったから、途中まではビデオを撮りながら歩いて行った。簡単な地図を見ながら

探し当てたのが魚市場、地中海で捕れた活きのいい魚介類が並べられていた。手長エビ、

スズキ、カレイなど日本でもお馴染みのものが大半で、馴染のない魚はなかった。イタリア

料理でも魚介は沢山使われているから、お客さんも多く品定めをしながら買い求めている。

ここで気づいたのがお客さんはプロのシェフや所謂、業界の人とは関係ない、普通のお父

さんのような人が買い求めていた。買うものはごく少量でレストランや食堂に使うような量と

質ではない事からの推察だ。イタリアでは魚市場で魚を買うのは男の仕事?

魚市場の一角の肉屋さんには豚のブロック肉や大きな豚足も売られており、イタリアの豚足

料理はどんなものだろうかと疑問を持つ。アメリカでもそうだったが肉屋ではブロック肉の販

売が主流のようで日本のように小さなパックはスーパーでも見かけない。その隣にはパスタ

専門店があり覗いてみると、日本では見たことのなかった色々な形のものが量り売り形式で

売られている。珍しいから数種を少量購入し話のタネに使う。

更に先に行ってみると野菜が並べられており、ここで目を引いたのは白いニンニクが山のよ

うに積まれている、というより飾られている?

クリスマスが近いと、このようにしてニンニクを飾り売りすると何かの本で読んだような気がする

が、うる覚えだからはっきりしない。野菜の種類はベローナの市場で見たものと変わりなかっ

たから、本当にチラ見で終わった。


『原発事故訓練』

2013年11月06日 17時49分27秒 | 日記

島根原発で事故が深刻化した場合の避難訓練が島根県・鳥取県の75機関、参加して

実施された。このニュースを観ていて2つのことを感じた。原発は稼働していなくても、そ

こにあるだけで事故は起こり得るから常にそれに対する備えはしておかなければならな

い。そうした観点からは住民は勿論、自治体の関係部署は常在戦場であることを忘れ

てはいけない。原発から1.5kmの所にある病院の患者は非難を必要とする事故を想定

していて、事故に関する統括は県庁だったり、オフサイトセンターであったり、市役所で

もあり、これらの場所は隣町同士のような所で原発から約10kmのところに位置する。

1.5kmの病院患者が避難しなければならないケースで、10km離れたところにいる職員は

いつまで、その場所に留まり事故対応が可能なのだろうか。今回は可能とした場合の訓

練で、その対応に手順や縦横の連携を確認できたのだと思う。しかし現実では常に『想

定外』と言い逃れされ続けている。

仮に10km範囲の人たちが避難対象となった場合、県庁、市、オフサイトセンターも避難

しなければならなくなり、事故対応に一時的にせよ空白が生まれる。

このようなシビア事故に対する想定や訓練をすれば、住民の原発反対意識が高くなるこ

とを危惧して、実施しないのではないかと疑いたくなる。

それはセンセーショナルな試行になろう。『県庁・市役所も避難した場合の訓練』

なんて銘打って計画したら、最悪の場合の覚悟も決まり、それでもいいから原発を動かせ、

いや動かすなと真剣に考えるのではないか。こんな心配をしている間に今日の新聞『全国

に被ばく拠点病院、原発事故時 体制見直し』の見出しが一面にあった。着々と原発再稼

働の準備を進めているのであろう。稼働していなくても事故になる可能性があるからの対応

であるならばいいのだが、どうもそうではないようだ。


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