毎日新聞2016年4月26日 19時54分(最終更新 4月26日 19時54分)
(以下は、2016年4月20日、違憲訴訟の会決起集会における、共同代表伊藤真による報告の全文です。)
現在、この国では前代未聞の事態が進行しています。
安保法制はまさに、日本を戦争する国に変えるものです。このように国柄を変えることは本来、それによって加害者にも被害者にもなる主権者国民の意思でなければできないことのはずです。最高裁が「違憲状態」と断じた正当性のない選挙で過半数の議席を得ただけの政権、しかも、先の衆議院選挙で自民党・公明党を合わせた得票率が有権者のわずか24%に過ぎないような政権が、憲法を無視して日本の国柄を変えてしまうことは、まさに国民の憲法制定権、すなわち主権の侵害であり、法的には一種のクーデタに他なりません。
この前代未聞の事態に対しては、これまでとは全く異なる、前例のない手段で対処しなければなりません。党派を超えた総掛かり行動や2000万人署名、そして選挙において共産党を含む野党で統一候補を擁立して闘うことも、前例のない画期的なことであります。ならば、法律家としても、前例のない規模と質の訴訟を提起しなければなりません。
私たちは、安保法制が違憲であり、違憲の法律の存在を認めることなどできないという怒りとともに、憲法を無視する態度、法を何とも思わない態度を、許すことができません。この国は法の支配の国であり、立憲民主主義国家であったはずです。単なる数の力で何でも自分の思うとおりに押し通そうとする政治が、なんの歯止めもなく、このまま放置されてしまうことは、企業も社会も家庭もあらゆる場面で、法を無視することがまかり通ることにつながります。これはあってはならないことです。
司法を通じて、この異常事態から脱却し、政権与党による憲法破壊のクーデタを阻止し、日本の憲法価値を守り、立憲主義と民主主義を取り戻すために、法律家は、その職責を果たさなければならないと考えます。
今なぜ、安保法制違憲訴訟を提起するのか。その理由は2つあります。第1に、弁護士としての職責を果たし、司法の役割を問うため、第2に、何よりも、安保法制廃止に向けての国民運動の一環として必要と考えるからです。
まず、私達は今この時点において、多くの市民の皆さんの声を受けて、弁護士の使命として、違憲訴訟という手段で安保法制廃止への行動を起こすことが必要だと考えました。
第一に、今現在、実際に、この無謀極まる安保法制の閣議決定や国会での採決強行によって、すでに平和的生存権などの基本的人権を侵害されて、現実に苦しんでいる方が多数いらっしゃるということです。さらに、これから予定されているこの安保法制に基づく南スーダンへのPKO派遣、中東への自衛隊派遣、集団的自衛権行使などの政府の行為によって、より一層の被害が拡大しようとしています。具体的な被害が生じている場合に、それを救済することは、司法の第一の重要な役割であることは言うまでもありません。
また、法律が施行され、いつでも違憲違法な自衛隊の出動が可能となった今、これを事前に差し止めなければ、命に関わる重大な被害が市民に生じてしまいます。戦争という最大の人権侵害が起きてからでは手遅れなのです。この緊急事態に臨んで,誰かが犠牲になる事件が起きるまで傍観することなど、法律家として決してできません。
私達の違憲訴訟提起に対しては、様々な考えがあることかと思います。しかし、具体的に苦しんでいる方が目の前にいるのに、また具体的な危険が迫っているのに、これを単なる間接民主制の下における政治的敗者の個人的な憤慨、不快感、挫折感または単なる不安感にすぎない、などといって放置していいものであるはずがありません。
また、裁判官の中にも、憲法尊重擁護義務を負う法律家として、このような違憲の安保法制が放置される事態は、立憲主義、法の支配の観点から看過できないとの、強い思いを持っている方もいるはずです。そのような裁判官に判断の場を提供することも、弁護士の使命の一つであると考えます。
第二に、私達はこの訴訟を通じて、司法の役割を問うことも必要であると考えています。裁判所には違憲立法審査権の行使を通じて、政治部門によって壊された憲法秩序を回復し、立憲主義を取り戻す職責があります。これを「憲法保障機能」と呼びますが、裁判所には憲法秩序の維持という職責から、憲法判断を示さなければならない場合があるはずです。私たちは、今回がまさにその場合にあたると考えます。
もちろん、大変に困難な厳しい訴訟になることは十分に理解しています。
ですが、そもそも課題やリスクのない憲法訴訟などありません。ましてや初めから結果が保障されている裁判などありえません。結果がわかならないからこそ、私たちは市民の皆様とともに全力でこれにぶつかり、突破口を開いていかなければならないと考えています。
私達は、最高裁で違憲判断を勝ち取ることをめざします。しかし、たとえ下級審であっても何らかの実質的な違憲判断が出ることによって、すべての公権力が合憲と判断しているのではないことは明らかになります。これは極めて意味のあることだと考えています。公権的な合憲判断のみ存する状態を放置してこれが徐々に既成事実化され、国民の関心が薄れていってしまうことは絶対に避けなければなりません。
最後に、私たちは、この裁判の目的が、単に違憲判決を得ることに尽きるものではないことを明確にしておきたいと思います。すなわち、国民運動の一環として、裁判を通じて、違憲の安保法制を許さないという世論を、より強く、大きいものとし、選挙を中心とする多様な政治過程を通じて、原告の皆さんと共に、この違憲の安保法制を廃止させることこそ、最大の目的であることを再度確認いたします。
2000人を超える市民の皆さんの熱い思いに後押しされて、最初の1歩としての東京第1次訴訟を提起します。この訴訟提起後も事態の推移に合わせて、各地で市民による怒りの訴訟が続きます。多くの市民の皆さんと連帯して、この安保法制の廃止に向かって、最後まで絶対に諦めずに闘い続ける決意と覚悟をお伝えして、私の報告を終えたいと思います。