ビスクドール・雛人形店・オーディオ販売 佐久市 ヤナギダ店長ブログ

ビスクドール64体他お節句雛人形をフランスへ輸出128年、軽井沢方面がお店の場所。

手を伸ばしてあなたがいたらいいけれど

2018年12月07日 19時56分24秒 | owarai
愛するということは
愛するということ

とてもシンプルなこと
私がただあなたを愛する
ということ


今ここに振り返るなら
我が恋は

闇を恐れぬ盲目の人

YouTub
秦 基博/朝が来る前に-Avant l’aube- (Réparer les vivants Ver.) 映画『あさがくるまえに』オフィシャルイメージソング

https://www.youtube.com/watch?v=TX_RiI-SXAg

感謝の気持ち

2018年12月07日 13時25分18秒 | owarai
【ブログ:成功か、幸せか】
「幸せになんか、ならな
くていい」と、

君が幸せを否定したら、
キミの幸せを願う人は
どうなるんだろう。

君の幸せを願う人はどう
なるんだろう。

君の幸せを願って、
赤ちゃんだったころのキミ
のオムツを替えてくれた人は、

悲しむだろう。

キミの幸せを、神さまにお祈り
してくれる人は、悲しむだろう。

成功しなくてもいい。
成功は、幸せいになる手段だ。

君の幸せを願う人を
幸せにすることなのだから。

小粒なひと

2018年12月07日 12時53分02秒 | owarai
『小粒な人は、自分を知って
もらおうとし、

存在感のある人は、
相手のことを知ろうとする』。

存在感は、その人の好奇心
の大きさに比例します。

好奇心とは、まわりのものに
対する関心で聞き上手です。

2018年12月07日 11時38分37秒 | owarai
人間は神さまでないから
多くの欠点を持つ。

人間が傲慢になるか、
謙虚になるかは、

自らの「不完全さ」を自覚
しているかどうかの差だろう。

「傲慢人間はエゴが先に
出る、個人主義の殻にこもる。

評論は上手だが尻が重い。
自分の欠陥より相手の欠陥
ばかり目につく。

ぼやく、だから嫌われる。
その結果、いつも不満たら
たらで不幸である。

謙虚人間は自分の至らなさ
をよく知っているから、

一歩さがって人の話を聞く。

人の気持ちがわかる。
いたわりや気くばりができる
ようになる。

お互いの長所を生かし合う
よう努力する。

真面目である。

その結果、いつも感謝の
気持ちがあり、
小さなことにも喜びを見つけ
ることができる」

自分の未熟さに気づいてさえ
いない人が多い。

たとえ未熟さに気づいても、
あえて無視している人もいる。

人間、自らの「不完全さ」を
ほんとうに知ることはきわめて
難しいようだ。



YouTube
Autumn Leaves - Yenne Lee plays 2004 Pepe Romero Jr.


https://www.youtube.com/watch?v=HxGT5z6d-GA

ワンランク上の気持を相手に伝える方法

2018年12月07日 08時35分55秒 | owarai
ただお金をかけるだけが
いいプレゼントではない。

・・・とわかっていても、
これだけモノがあふれ返る
世の中では、

「まごころ」だけを贈っても
相手はそうそう喜んでくれそ
うにない。

どんな時でも喜んでもらえる
プレセントが花束だ。

たとえば誕生日。前もって年の
数に1本足りない分の薔薇を
宅配で送りとどけておく。

そして自分が残りの一本を美
しラッピングして持参する
など。

あなたの愛情表現は無限大。

不倫のほうそく

2018年12月07日 06時13分11秒 | owarai
◆先延ばしのほうそく
「あと3年待ってくれ!」の3年は、
いつまでたっても3年のままだ。

◆聖母マリアの法則
「妻とじゃここ2年ほどしていない」
はずだったのに、奥さんのお腹は
しっかり大きかったりする。

◆補足
もちろん、人口受精した可能性は
ゼロに等しい。

◆因果応報のほうそく
奥さんから奪い取った男は、
再び違う女に奪われる。

◆愛の所存
「妻とはもう愛情はない」と言って
おきながら、浮気が奥さんにバレる
と、あっさり捨てられる

「米の味」

2018年12月07日 04時50分34秒 | owarai
出張先がたまたま有名な米ど
ころで、駅前の食堂で食べた
米のうまさに驚いたことがある。

こんなにコメはうまいものなの
か、と思った。

かくべつ舌に自信があるほうで
はないから、その町の米屋で米を
みやげに買って帰って、友人にも

わけて食べてみてもらった。

うまいもの好きの友人が、やはり、
驚いていた。香り、味、色つや。

炊きあがった米粒が、ひと粒ひと粒
ぴんと立っているのだった。かみ
しめながら考えた。

これは、どういうことなのか。

よく、昔の米はうまかった、という。
味の記憶はたよりない。米の専門家
にたしかめてみた。

試験場で昔のままの肥料で、全く今の
農薬を使わない米を作っている。

それが、食べくらべてみると、今日の
米どころの最上の米より、はるかに
うまい。

ひと口ふくんで、昔の米の格段の味の
よさがわかる、という話であった。

もしその通りだとすると、舌が馬鹿
になってしまったらしいのは都会の
人だけではない、ということになる。

米どころの農民は、それに気づいて
いるのか、どうか。

すべては時の流れであるかも知れない
けれど、米の国の味のふるさとが
荒れていくのを見るのはかなしい。