ビスクドール・雛人形店・オーディオ販売 佐久市 ヤナギダ店長ブログ

ビスクドール64体他お節句雛人形をフランスへ輸出128年、軽井沢方面がお店の場所。

『負けることはありがたい』

2018年12月11日 16時23分41秒 | owarai
『難局は、これ良師だ。
負けることはありがたい』。

「負けて目覚める、あの手この
手だ。

苦しみが勉強になる」と続く。
升田幸三/将棋棋士

14歳のとき、棋士をめざして
家出し、木見金治郎九段の門を
叩く。

大山康晴名人に、「名人に香車を
引いて勝つ」と宣言し、勝利を
収めた一局は「将棋史上空前絶後
といわれている。

「一人前になるには50年はかか
るんだ。功を焦るな。もっと根を
深く張るんだ。根を深く張れ」。

『無垢な恋心』

2018年12月11日 13時10分56秒 | owarai
人を好きになること、恋を
すること。

恋をする気持をいつも持つべき
だと思います。

たとえあなたがいくつでも、結婚
していて子どもがいても、恋人や
パートナーがいても、誰かに心を
動かされたら、

それを止めてはいけません。

「この人すてきだな。好きだな」
心がそうつぶやいたら、無理やり
押え込んだり、コントロールし
なくていいと思います。

むしろ、そう感じられる自分の
心の動きを大切にし、いとおしむ
ことが、毎日を楽しくしてくれる
のではないでしょか。

男女関係に限らず、ゴールの途中
のほうが楽しいというのは、思い
のほかたくさんあります。

小学生の頃の遠足にしても、前の
日までのワクワク感が楽しいし、
ドライブにしても目的地までの
道のりが楽しいのです。

同じように、誰かと出会い、好き
になり、自分の気もちがわあっと
高まって、相手に伝えるまでの

わくわく感は、告白の瞬間を
上回る場合もままあります。

二人で会って話をし、相手を
知りたい、相手に近づきたいと
いうもどかしさを抱えながら
言葉を交わすういういしいとき
めきは、

肉体関係を結ぶそのときよりも
輝いているかもしれません。

ゴールがない恋心は、無償の
愛にも似ています。

相手を振り向かせようとか、
自分を好きになってもらおう
という欲望、ちょっと言い方は

おかしいかもしれませんが「見返り」
をいっさい求めない、無垢な気持
です。

この人が好き、この人はすてき、
この人のことを考えるとわくわく
して、元気になれる。

そんな気持ちは馥郁(ふくいく)と
した香りのように、暮らしのすべて
に広がります。

恋心のすこやかさは人生のいろどり
であり、大いに喜び、楽しむべき
ことではないでしょうか。

『恋の練習問題』

2018年12月11日 12時03分48秒 | owarai
「ぼく」は主語です
「つよい」は述語です

ぼくは つよい
ぼくは すばらしい
そうじゃないからつらい

「ぼく」は述語です
「好き」は述語です
「だれそれ」は補語です

ぼくは だれそれが 好き
ぼくは だれそれを 好き
どの言い方でもかまいません

でもそのひとの名は
言えない

ほんとうの名前を知らない

2018年12月11日 11時48分26秒 | owarai
深層心理学の河合隼雄先生が、
「ほんとうの名前は何か」という
文章を書いていられる。

むつかしくいえば、「汝自身を知れ」
のひと言につきると思うが、案外
人は自分のほんとうの名前を知ら
ないもので、

会社で課長とか部長とか呼ばれて
いる間に、それが名前の一部のよ
うになり、それをヌキにすると
本来の自分ではないような気が
する時がある。

仏教では死ぬと戒名を貰うが、こ
れも背後に「ほんとうの名」とい
う思想を持っているからだろう。

だが、最近はお布施によってい
かようにも変えるそうだから、
アテにすることはできないと先
生はいわれている。

昔は元服という儀式があって、
前髪を切り落とした。

これは首を斬ることの象徴的な
行為なのであり、その時子供は
死に、大人に再生し、子供の名
は捨てられて、大人の名前が
つけられる。

牛若丸が義経に生まれ変わるので
ある。

現代にも成人式というものがある
が、選挙権のおみやげ付きで
成人になっても、元服の感動は
得られまい。

それは儀式ではなくて、おまつり
騒ぎの一種にすぎないからである。

それについて思い出すのは皇太子
の成年式で行われた「加冠の儀」
で、昔は初冠(ういこうむり)と
いったのであろうが、

はじめて冠を召すと侍徒が大きな
和鋏で元結を切る。僕はNHKの
アーカイブスで見たが、その時の
冴えた鋏の音が忘れなれない。

それはいかにも新鮮で、過去と
きっぱり決別したことを示して
いた。

皇太子の場合は特別だが、人生
の節目節目で行われた儀式を
失って以来、人間は不幸になった
のではあるまいか。

現代の大人たちが、いつまでも
子供の殻をひきづっているのは、
早くに親離れをするけだものに
も劣るし、

会社に入れば会社が親代わりに
なって面倒を見てくれる。

一生ほんとうの名前を知らない
名無しの権兵衛で終わるのは
当然のことといえよう。

ただし、自分のほんとうの名前
を知ったからといって、その先
が楽になるというものでもない
のである。
g単価、他店と比較ください。
佐久平で、買取単価を表記
しているのは弊社だけ

『好奇心のまなざし』

2018年12月11日 08時51分29秒 | owarai
「明日、自分が死ぬとしたら、
今日を一生懸命に生きていないの
はいやだ」これは僕の思いです。

「いつ死んでも悔いはない」とい
う意味ではありません。

起きて、仕事をして、テレビを見て
おしまい。それが人生最後の日なん
て、死んでも死にきれないくらい
悔しいと思うのです。

だからといって、夢のような出会い
やわくわくする冒険で日々を彩りた
いわけではありません。

明日で命が終わるとしても、後悔
せず、おだやかに世を去る方法

それは、今日をていねいに生きる
こと。これだけだと僕は思います。

ていねいに生きるには、その日が
大切な一日であることを思い出さ
せてくれる、きっかけが必要です。

何か一つだけでもいいから、暮らし
に新しさを投げ込みましょう。

毎日を新鮮にする一番の方法は
好奇心を持つこと。

ありふれた今日に潜む、新しさ
を見つける好奇心
なんともすてきな響きだと思う
のは、僕だけではないはずです。

新しさを見つける朝が、はじまり
ます。かけがえのない一日になり
ますように。

『玉響』 -たまゆら-

2018年12月11日 08時20分42秒 | owarai
みえないものをどれくらい
信じることができるだろう
        
どこまでいけば 理解るだろう

ぼくたちは 確かなものを
探し続けて旅をする

確かなものなど ひとつも
ないのに

ふと通りゆく玉響は ぼくを
どこへ誘うだろう

どこまでいけば 理解るだろう

【ほんのかすか】
「かすかな」「あるかないか」「はか
ない」といったことをさす

「玉響」は 現在ほとんど使わない
言葉ですが、なんという美しい響き
と文字でしょう。

しかもその意味するところは、
翡翠や瑠璃、真珠などの美しい
宝石が触れ合って、かすかな音を

たてる様子がもとになっている
のです。

昔の人は、宝石の見た目の美しさ
とともに、かすかに響くその音
までも愛でていたのでしょうか。

現代でももっともっと使って、残して
いきたい言葉の筆頭かもしれません。

「君が手とわが手とふれしたまゆらの
 心ゆらぎは知らずやありけん」

手が触れ合った瞬間、ほんのかすかに
胸がときめく。

恋の始まりにつながるかどうか、

自分にもわからないような、
心の動きが・・・・。

きょうこそ生まれかわれ

2018年12月11日 05時54分16秒 | owarai
ぱさぱさに乾いていてゆく心を
ひとのせいにはするな
みずから水やりを怠っておいて

気難しくなってきたのを
友人のせいにするな
しなやかさを失ったのはどちらなのか

苛立つのを
近親のせいにするな
なにもかも下手だったのはわたくし

初心消えかかるのを
暮らしのせいにするな
そもそもが ひよわな志にすぎな
かった

ダメなことの一切を
時代のせいにするな
わずかに光る尊厳の放棄

自分の感受性くらい
自分で守れよ
ばかものよ

きょうこそ生まれかわれ