いつだったか、優しい人に
語って聞かせたことがあった。
十年以上も前の、男らしい人と
の恋愛の思い出。
「失恋物語」は
すでに、水彩絵の具で描かれた
淡い風景画のようになって、そ
の絵にぴたりと合った額縁が
はまっていた。
過去にわたしが抱いた激情は、
優しい人に話すたびに角が取れ、
いつのまにか、手のひらに乗る
ほどの丸い化石になっていた。
わたしはときどきその石を膝の
上に置き、両方の手のひらで包
んで、温めながら、独りぼっち
の肌寒い夜をやり過ごしていた
のだった。
「そこまで思い詰めて、死のう
とするなんて、僕にはできない
だろうな。
でもそこまで誰かを思えるとい
うことが、僕には羨ましような、
でも怖いような気がする」
そう言ったあとで、優しい人は
わたしの顔を見て、微笑んだ。
哀しそうな笑顔だった。
「僕のためには、死んだりでき
ないでしょう?」
「わたしは柔らかな笑顔を作っ
て、言った。
「うん、できない」
だって、わたしはすでに、あなた
に殺され続けているのだもの。
死にたくても、死にようがない
じゃないの。底抜けに明るく、
そう言い放ってみたかった。
けれど、わたしは言えなかった。
どんなに面白おかしく、冗談に
言ってみても、その瞬間に、
悲しい現実がわたしに、突き
刺さってくるだけだとわかって
いたから・・・・・。
語って聞かせたことがあった。
十年以上も前の、男らしい人と
の恋愛の思い出。
「失恋物語」は
すでに、水彩絵の具で描かれた
淡い風景画のようになって、そ
の絵にぴたりと合った額縁が
はまっていた。
過去にわたしが抱いた激情は、
優しい人に話すたびに角が取れ、
いつのまにか、手のひらに乗る
ほどの丸い化石になっていた。
わたしはときどきその石を膝の
上に置き、両方の手のひらで包
んで、温めながら、独りぼっち
の肌寒い夜をやり過ごしていた
のだった。
「そこまで思い詰めて、死のう
とするなんて、僕にはできない
だろうな。
でもそこまで誰かを思えるとい
うことが、僕には羨ましような、
でも怖いような気がする」
そう言ったあとで、優しい人は
わたしの顔を見て、微笑んだ。
哀しそうな笑顔だった。
「僕のためには、死んだりでき
ないでしょう?」
「わたしは柔らかな笑顔を作っ
て、言った。
「うん、できない」
だって、わたしはすでに、あなた
に殺され続けているのだもの。
死にたくても、死にようがない
じゃないの。底抜けに明るく、
そう言い放ってみたかった。
けれど、わたしは言えなかった。
どんなに面白おかしく、冗談に
言ってみても、その瞬間に、
悲しい現実がわたしに、突き
刺さってくるだけだとわかって
いたから・・・・・。