中には寝てしまった者いるようです。
「おや、この最中に、誰かいびきをかいて寝てやがる…… おや、半公じゃあねえか。見なよ、こいつの寝ている様は、どうもいい面じゃあねえな…… おやおや、鼻から提灯を出しゃあがったぜ……
あれッ、消しゃあがった。また、点けたよ。今度は、少し大きいや。提灯を点けたり、消したり……
うん、お祭りの夢なんか見てやがるんだな。おい半公、起きろよ。おいっ半公っ!」
あれッ、消しゃあがった。また、点けたよ。今度は、少し大きいや。提灯を点けたり、消したり……
うん、お祭りの夢なんか見てやがるんだな。おい半公、起きろよ。おいっ半公っ!」
「おいおい、だめだよ。そんなことを言ったって起きるもんか」
「じゃあ、どうすりゃいいんだい?」
「何しろ、こいつは食いしん坊だ。『半ちゃん、一つ食わねえか?』と言やあ、直ぐに目を覚まさあ」
「そうかい…… おい、半ちゃん、一つ食わねえか?」
「ええ、ご馳走さま」
「おやっ、寝起きがいいな。実は、今のは嘘だ」
「おやすみなさい」
「現金な野郎だな…… いいから、もう起きなよ」
「あ、あ、あーあ」
「大きなあくびだな。みっともねえ野郎だ。よく寝てるなあ。てめえは…… 」
「ああ、眠くてしょうがねえ。何しろ、身体が疲れてるんでね」
「そうかい、仕事が忙しいんだな」
「いや、どういたしまして。仕事どころの話じゃねえんだ。女で疲れるのは、しんが弱ってしょうがねえ」
「あれっ、変な野郎を起こしちゃったな。寝かしといたほうが無事だった。起きて寝言を言ってやがらあ…… 何だい、その女で疲れるのは、しんが弱るてえのは? 女でもできたのか?」
「うふふふふ、まあな」
「おやっ、オツに気取りやがったな。何を言ってやがるんだ。てめえなんぞに女のできる面かい」
「なあに、人間は面で女が惚れやあしねえよ。ここに惚れるのさ」
「おや、胃が丈夫なのかい?」
「何を言ってんだ。胸三寸の心意気てえやつよ」
「笑わせるんじゃねえぜ。てめえが、何が胸三寸の心意気だ。人から借りたものは、忘れるか、しらばくれるのか知らねえが、めったに返(けえ)したことはねえし、貸したものはいつまでも覚えてるし……」
「そんなことはどうでもいいや。こう見えても、俺は、大変な色男なんだ」
「ふーん、世の中には、よっぽど酔狂な女がいるもんだな。でなきゃあ、おめえに惚れるはずがねえや。
器量が悪くっても、身なりがいいとか、どっか垢抜けしているとか、読み書きができるとか、遊芸ができるとか、かねがあるとか、人間には、一つぐれえ長所(とりえ)があるもんだが、おめえて奴は、面はまずいし、人間が卑しいし、身なりはみすぼらしいし、金は持ったためしがねえし、洒落は分からず、粋なことを知らず、食い意地が張って、助平で、おまけに無筆(頭が良くないということ)ときているから、一つだって長所なんぞありゃしねえ」
器量が悪くっても、身なりがいいとか、どっか垢抜けしているとか、読み書きができるとか、遊芸ができるとか、かねがあるとか、人間には、一つぐれえ長所(とりえ)があるもんだが、おめえて奴は、面はまずいし、人間が卑しいし、身なりはみすぼらしいし、金は持ったためしがねえし、洒落は分からず、粋なことを知らず、食い意地が張って、助平で、おまけに無筆(頭が良くないということ)ときているから、一つだって長所なんぞありゃしねえ」
「嫉(そね)むな、嫉むな。そんなに俺の悪口を並べ立てることはねえ…… 実は、今日、芝居の前を通ったんだ。別に見るつもりはなかったんだが、看板を見ているうちに、急に覘(のぞ)いて見たくなったんで、木戸番(今でいえば、受付みたいなもの)の若え衆と顔見知りの奴がいたもんだから、そいつに頼んで、立ち見でいいからってんで、一幕覘かせてもらったんだ」
「うん」
「俺が、東の桟敷(さじき)の四つ目辺りだったかな…… そこへ立って見てたんだ。すると、前に座っていたのが、年頃、二十二、三かなあ…… しかし、女がいいと年齢(とし)を隠すから、まあ二十五、六…… よく見ると、七、八…… そうだなあ、かれこれ三十に手が届いてやしねえかと思うが、ちょいと白粉(おしろい)をつけているから、あれを剥(は)がすと、もうあれで三十四、五…… 小皺(こじわ)の寄っている具合で四十二、三…… 声の様子では五十一、二…… かれこれ六十…… 」
「何を言ってやがるんだ。それじゃあ、まるっきり婆(ばばあ)じゃねえか」
「まあ、二十三、四といやあ、当たらずとも遠からずだ。持ち物といい、身装(みなり)の拵(こしら)えといい、五分の隙(すき)もねえでなあ、あれだね。五十二、三のでっぷりとした婆(ばあ)やを共に連れて、一間の桟敷を買い切ってよ、ゆったりと見物だ。どこを見たって、肩と肩と押し合っている中で贅沢(ぜいたく)なことをしてやがるなと思って見ていた。
そのうちに、音羽屋(歌舞伎役者の屋号)のすることにオツなところがあったんで、俺が、大きな声で『音羽屋!』って褒(ほ)めたんだ。すると、女が振り向いて、俺の顔を見上げて、にっこり笑った。
向こうで笑うのに、こっちが恐え面ァしているわけにもいかねえから、何だか分からねえが、俺もにこりっと笑った。向こうでに(二)こりっ、こっちでに(二)こりっ…… 合わせてし(四)こりっ…… 」
向こうで笑うのに、こっちが恐え面ァしているわけにもいかねえから、何だか分からねえが、俺もにこりっと笑った。向こうでに(二)こりっ、こっちでに(二)こりっ…… 合わせてし(四)こりっ…… 」
「何をつまらねえことを言ってるんだ」
「『あなたは、音羽屋がご贔屓(ひいき)でいらっしゃいますか?』って女から声を掛けたから、『いいえ、贔屓というわけにはいきませんが、贔屓のひき倒しでございますよ』、『わたくしも音羽屋が贔屓でございまして、褒めたいところはいくらもございますが、殿方と違って褒めることができませんから、あなた、どうぞ褒めてくださいましな』てえから『ええ、お安いご用でございます。あっしが、褒めるほうだけは、万事お引き受けいたしやしょう』と、こう言った」
「つまらねえことを引き受けたな」
「ああ、銭がかかねえこったから損はねえと思ってね…… と、女が『もし、お宜しければ、どうぞお入りくださいまし』と言うから、『それじゃあ、まあ、隅のほうをちょいと貸していただきます』ってんで…… 」
「入(へえ)っちゃったのか? 図々しい野郎だな」
「女が、俺の膝(ひざ)を突っついて『お兄さん、ここが宜しいではございませんか?』と言うから、ここが褒めてもらいてえというきっかけだから、『音羽屋!』と褒めた。女が喜んでね、お芝居が引き立ちますから、もっと大きな声でお願いします』ってえから、うんと声を張り上げて、『音羽屋!』…… 『もっと大きな声で…… 』と言うから、『これより大きな声は出ません。これが図抜け大一番でございます』と言って…… 」
「早桶(はやおけ・粗末な円筒の棺おけのこと)をあつらえてるんじゃあねえや」