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浮世床 (三)

2009-10-20 17:57:50 | 落語
 中には寝てしまった者いるようです。


 「おや、この最中に、誰かいびきをかいて寝てやがる…… おや、半公じゃあねえか。見なよ、こいつの寝ている様は、どうもいい面じゃあねえな…… おやおや、鼻から提灯を出しゃあがったぜ…… 
 あれッ、消しゃあがった。また、点けたよ。今度は、少し大きいや。提灯を点けたり、消したり…… 
うん、お祭りの夢なんか見てやがるんだな。おい半公、起きろよ。おいっ半公っ!」


 「おいおい、だめだよ。そんなことを言ったって起きるもんか」


 「じゃあ、どうすりゃいいんだい?」


 「何しろ、こいつは食いしん坊だ。『半ちゃん、一つ食わねえか?』と言やあ、直ぐに目を覚まさあ」


 「そうかい…… おい、半ちゃん、一つ食わねえか?」


 「ええ、ご馳走さま」


 「おやっ、寝起きがいいな。実は、今のは嘘だ」


 「おやすみなさい」


 「現金な野郎だな…… いいから、もう起きなよ」


 「あ、あ、あーあ」


 「大きなあくびだな。みっともねえ野郎だ。よく寝てるなあ。てめえは…… 」


 「ああ、眠くてしょうがねえ。何しろ、身体が疲れてるんでね」


 「そうかい、仕事が忙しいんだな」


 「いや、どういたしまして。仕事どころの話じゃねえんだ。女で疲れるのは、しんが弱ってしょうがねえ」


 「あれっ、変な野郎を起こしちゃったな。寝かしといたほうが無事だった。起きて寝言を言ってやがらあ…… 何だい、その女で疲れるのは、しんが弱るてえのは? 女でもできたのか?」


 「うふふふふ、まあな」


 「おやっ、オツに気取りやがったな。何を言ってやがるんだ。てめえなんぞに女のできる面かい」


 「なあに、人間は面で女が惚れやあしねえよ。ここに惚れるのさ」


 「おや、胃が丈夫なのかい?」


 「何を言ってんだ。胸三寸の心意気てえやつよ」


 「笑わせるんじゃねえぜ。てめえが、何が胸三寸の心意気だ。人から借りたものは、忘れるか、しらばくれるのか知らねえが、めったに返(けえ)したことはねえし、貸したものはいつまでも覚えてるし……」


 「そんなことはどうでもいいや。こう見えても、俺は、大変な色男なんだ」


 「ふーん、世の中には、よっぽど酔狂な女がいるもんだな。でなきゃあ、おめえに惚れるはずがねえや。
 器量が悪くっても、身なりがいいとか、どっか垢抜けしているとか、読み書きができるとか、遊芸ができるとか、かねがあるとか、人間には、一つぐれえ長所(とりえ)があるもんだが、おめえて奴は、面はまずいし、人間が卑しいし、身なりはみすぼらしいし、金は持ったためしがねえし、洒落は分からず、粋なことを知らず、食い意地が張って、助平で、おまけに無筆(頭が良くないということ)ときているから、一つだって長所なんぞありゃしねえ」


 「嫉(そね)むな、嫉むな。そんなに俺の悪口を並べ立てることはねえ…… 実は、今日、芝居の前を通ったんだ。別に見るつもりはなかったんだが、看板を見ているうちに、急に覘(のぞ)いて見たくなったんで、木戸番(今でいえば、受付みたいなもの)の若え衆と顔見知りの奴がいたもんだから、そいつに頼んで、立ち見でいいからってんで、一幕覘かせてもらったんだ」


 「うん」


 「俺が、東の桟敷(さじき)の四つ目辺りだったかな…… そこへ立って見てたんだ。すると、前に座っていたのが、年頃、二十二、三かなあ…… しかし、女がいいと年齢(とし)を隠すから、まあ二十五、六…… よく見ると、七、八…… そうだなあ、かれこれ三十に手が届いてやしねえかと思うが、ちょいと白粉(おしろい)をつけているから、あれを剥(は)がすと、もうあれで三十四、五…… 小皺(こじわ)の寄っている具合で四十二、三…… 声の様子では五十一、二…… かれこれ六十…… 」


 「何を言ってやがるんだ。それじゃあ、まるっきり婆(ばばあ)じゃねえか」


 「まあ、二十三、四といやあ、当たらずとも遠からずだ。持ち物といい、身装(みなり)の拵(こしら)えといい、五分の隙(すき)もねえでなあ、あれだね。五十二、三のでっぷりとした婆(ばあ)やを共に連れて、一間の桟敷を買い切ってよ、ゆったりと見物だ。どこを見たって、肩と肩と押し合っている中で贅沢(ぜいたく)なことをしてやがるなと思って見ていた。


 そのうちに、音羽屋(歌舞伎役者の屋号)のすることにオツなところがあったんで、俺が、大きな声で『音羽屋!』って褒(ほ)めたんだ。すると、女が振り向いて、俺の顔を見上げて、にっこり笑った。
向こうで笑うのに、こっちが恐え面ァしているわけにもいかねえから、何だか分からねえが、俺もにこりっと笑った。向こうでに(二)こりっ、こっちでに(二)こりっ…… 合わせてし(四)こりっ…… 」


 「何をつまらねえことを言ってるんだ」


 「『あなたは、音羽屋がご贔屓(ひいき)でいらっしゃいますか?』って女から声を掛けたから、『いいえ、贔屓というわけにはいきませんが、贔屓のひき倒しでございますよ』、『わたくしも音羽屋が贔屓でございまして、褒めたいところはいくらもございますが、殿方と違って褒めることができませんから、あなた、どうぞ褒めてくださいましな』てえから『ええ、お安いご用でございます。あっしが、褒めるほうだけは、万事お引き受けいたしやしょう』と、こう言った」


 「つまらねえことを引き受けたな」


 「ああ、銭がかかねえこったから損はねえと思ってね…… と、女が『もし、お宜しければ、どうぞお入りくださいまし』と言うから、『それじゃあ、まあ、隅のほうをちょいと貸していただきます』ってんで…… 」


 「入(へえ)っちゃったのか? 図々しい野郎だな」


 「女が、俺の膝(ひざ)を突っついて『お兄さん、ここが宜しいではございませんか?』と言うから、ここが褒めてもらいてえというきっかけだから、『音羽屋!』と褒めた。女が喜んでね、お芝居が引き立ちますから、もっと大きな声でお願いします』ってえから、うんと声を張り上げて、『音羽屋!』…… 『もっと大きな声で…… 』と言うから、『これより大きな声は出ません。これが図抜け大一番でございます』と言って…… 」


 「早桶(はやおけ・粗末な円筒の棺おけのこと)をあつらえてるんじゃあねえや」


*こちらにGyaoで放映中
[古今亭志ん弥 「浮世床」 http://gyao.yahoo.co.jp/player/00291/v01038/v0103800000000525181/ ]



浮世床 (二)

2009-10-18 16:46:48 | 落語
 ちょいと離れた場所では、こんな感じ……


 「おい、どうだい。ぼんやりしててもしょうがねえから、やるかい?」


 「何を?」


 「前へ将棋盤が出ていて、やるかいって聞いてるんじゃあねえか。将棋だよ」


 「将棋が…… やってもいいが、将棋の駒の並べ方だって分かっちゃいないんだろう?
 ……ええ、並べられるものなら、並べてみろいッ。一番、教えてやるから」


 「大きく出やがったね。将棋の駒の並べ方なんてものは、名人上手が並べたって、習いたての奴が並べても違いがあるかってんだ」


 「おいおい、みんなご覧よ。知らねえ証拠がこれだよ。飛車と角があべこべだ」


 「ほう、気がついたか。初めこうしておいて、後で直すのが、俺の流儀だ。そんなことを言ってねえで、てめいのほうを早く並べろい」


 「俺は早いよ。瞬きする間に並べちゃうから、よく見てろよ。いいかい、初めにこうやって、両手で盤を持ち上げるんだ。こうしておいて、こう、ぐるっと半回りさせちゃうんだ」


 「おいおい、何をするんだ? 俺の並べたのを…… ひどいや」


 「文句を言ってねえで、早くもう一度、並べちまえ。無精だなあ」


 「どっちが無精だ。一番で二度駒を並べたのは初めてだ。どうも呆れたもんだ」


 「まあ、いいやな。ぐずぐず言うなよ。さあ、やろう」


 「うん…… 先手、どっち?」


 「金、歩…… 金が出れば金が先手、歩が出れば歩が先手」


 「じゃあ、金と歩」


 「両方はだめだよ。どっちかだよ。金か歩かい?」


 「まあ、待ちなよ。そう、お前のようにせっかちに言われると、どうも迷う性分で…… 」


 「じれってえなあ。どっちでもいいじゃあねえか」


 「勝負事は最初(はな)が肝心だから…… うふふふふ、どっちが出る?」


 「分からねえよ。分からねえから、やってみんじゃねえか」


 「けれども、おめえが振るんだから、どっちか分かるだろう?」


 「分かりゃしねえよ。気の長い男だなあ。どっちでもいいじゃねえか、金かい?」


 「と言われると、歩にも未練があるし…… 」


 「じゃあ、歩にするの?」


 「おめえが歩だよって言うと、歩のような気もするし…… 」


 「何を言ってるんだ。引っ掻くよ。どっち? 金、歩?」


 「じゃあ、金だ」


 「金だな? いいんだな? じゃあ、俺は歩だよ」


 「ああ」


 「畜生め、手数ばかり掛けやがって…… さあ、駒を振るよ…… ほら、歩だ」


 「うーん、やっぱり歩か…… 歩にしておけばよかった…… はァ…… 」


 「何だ溜息(ためいき)なんかついて、指す前からがっかりして、この野郎は…… お前は愚痴が多くっていけねえな。 ……さて、まず角の腹へ銀あがりといくか」


 「ああ、どうも、弱ったな。角の腹へ銀があるのは、俺は嫌なんだ。そいつは、弱った。ところで、手に何がある」


 「殴るぞ、おい。手にも何にも、いま一つ動かしたばかりじゃあねえか」


 「ああ、そうか…… じゃ、しょうがないから、俺も角の腹へ銀があがらあ」


 「真似をしたね」


 「ああ、最初は真似のおどり(亀の踊り)なり…… 」


 「何だい、それは…… 洒落(しゃれ)かい? そうだ。ただ将棋を指すのはおもしろくねえ。洒落将棋といこう」


 「何だい、洒落将棋てえのは?」


 「駒を動かす度に、駒で洒落るんだよ。洒落が出なかったら、一手、飛び越し。いや、難しいことはないよ。 ……歩を突いて『ふづき(卯月・うづき)八日は吉日よ』ってえのは、どうだい」


 「あ、なるほど、旨いね。じゃあ…… あたしも歩を突いて、『ふづき八日は…… 』今やったね。『九日十日は、金比羅さまのご縁日』と…… 」


 「何だい、それは?」


 「洒落」


 「どうです、角道を開けて『角道(百日)の説法屁をひとつ』」


 「じゃあ、あたしも角道を開けて『角道の説法屁ふたつ』」


 「馬鹿だね。屁を増やしてやがら…… 角の鼻に金が上がって『金角(金閣)寺の和尚』」


 「じゃあ、俺のほうも金が上がって『金角寺…… 』」


 「おっと、真似はだめだよ」


 「真似じゃない。和尚ではなくて『金角寺の味噌擂(す)り坊主』」


 「だめだよ。そんなのは…… 歩を指して『ふさし(庇・ひさし)の下の雨宿り」」


 「旨いッ。悔しいねえ。じゃあ、あたしも歩を指して、ふさしの下の…… 」


 「お前は真似ばかりしているね。雨宿りはいけないよ」


 「じゃあ、『ふさしの下の首くくり』と…… 」


 「ろくなことを言わないな。じゃあ、もう洒落はなしだ。さあ、これを取って王手飛車取り」


 「どっこい、そうはいくものか」


 「そこを逃げたら、こいつを取って、こうやったらどうする?」


 「ああ、馬鹿に寂しくなっちまった。手に何がある?」


 「今頃になって聞いてやがる。両手に持ちきれねえほどあらあ。貸してやろうか」


 「何がある?」


 「金、銀、桂、香、歩に王」


 「王?」


 「さっき、俺が王手飛車取りとやったら、『どっこい、そうはいくものか』って、お前の飛車が逃げたじゃねえか。だから、その時、王さまを取ったんだけど、お前の王さまが見えねえじゃねえか」


 「俺のほうは、最初(はな)から取られるといけねえから、実は、懐(ふところ)へ隠しておいたんだ」


 「こんな将棋を指したって、今まで勝負のつくわけがねえや。もう止めだ」


*こちらにGyaoで放映中
[古今亭志ん弥 「浮世床」 http://gyao.yahoo.co.jp/player/00291/v01038/v0103800000000525181/ ]



浮世床 (一)

2009-10-18 11:11:14 | 落語
 江戸時代、ちょん髷(まげ)という、海苔巻きのようなものを頭につけていた時分には、町内の若い衆が、髪結床(かみゆいどこ・今でいえば、床屋のこと)へ集まって、一日中、遊んでいた。


 床屋で遊ぶというのはおかしいが、ここは、四畳半とか六畳ぐらいの小間(こま・小部屋のこと)があって、将棋盤に碁盤、貸本のようなものが備えてある。


 看板も今と違っていて、油障子に奴(やっこ)の絵を描いたのが奴床、天狗の下に床の字が書いてあると、これが天狗床、おかめの絵の下に床の字がついていると、おかめ床という具合に……


 「おいおい、ご覧よ」


 「あの海老床の看板、よく描けたじゃねえか。海老がまるで生きてるようだな」


 「え?」


 「あの海老、生きてるな?」


 「いや、生きちゃあいねえや」


 「生きてるよ」


 「生きてるもんか。どだい、絵に描いた海老だよ。生きてるわけがねえだろ」


 「いや、生きてるよ。見てごらんよ。髭(ひげ)を、こう、ぴーんとはねて…… 確かに生きているよ」


 「嘘を言え。死んでらい」


 「生きてるってのに…… こん畜生! 殴るぞ!」


 「何をっ!」


 「おいおい、お待ち、お待ち。お前たちは、何だって喧嘩してるんだ?」


 「へえ、ご隠居さん。今ね、この髪結床の障子に描いてある海老が、実に良くできてるんで、まるで生きてるようだと言いますとね、この野郎が『死んでいる』と、こうぬかしやがる。
 ねえ、ご隠居さんがご覧になって、あの海老は、どう見えます? 生きてるでしょう?」


 「生きちゃいないなあ」


 「ざまあみやがれ! 生きてるわけがねえじゃねえか。ねえ、ご隠居さん、死んでますよね?」


 「いや、死んでもないな」


 「へえー、生きてなくて、死んでもねえっていうと、どうなってるんです?」


 「ありゃ、患(わずら)っているな」


 「患ってる?」


 「ああ、よくご覧よ。床についている」



 「誰だい。向こうでの隅で、壁に頭をおっつけて本を読んでいるのは。銀さんかい…… 銀さん、何をしてんだい?」


 「うん、今、本を読んでいるんだ」


 「いったい、何の本?」


 「戦(いく)さの本」


 「ほーう、何の戦さだ?」


 「姉さまの合戦」


 「え? 変な戦さだなあ。姉さま?」


 「あの、本多と真柄(まがら)の一騎討ち」


 「ああ、それなら姉川の合戦じゃないか?」


 「ああ、それ…… 」


 「そりゃ、面白そうだな。本を読むなら声に出して、読んで聞かせておくれよ」


 「だめ」


 「どうして?」


 「本てえもんは、黙って読むところが面白い」


 「そんな意地のわりいこと言わねえでさ。みんなここにいる奴は退屈しているんだからさ、ひとつ読んで聞かせておくれよ」


 「じゃあ、読んでやってもいいが、そのかわり、読みにかかると止まらなくなる」


 「そんなに早えのかい?」


 「立て板に水だ」


 「へえー」


 「さーってやっちまうよ。途中で聞き逃してもおんなしとこは、二度と聞かれねえからな」


 「そうかい、じゃあ、そのつもりで聞くよ」


 「静かにしろ」


 「うん」


 「動くな」


 「うん」


 「息を止めろ」


 「冗談言うない。息を止めりゃ死んじまわな」


 「よし、始めるぞ。 ……えー、えーえーッ」


 「ずいぶん『え』が長いね」


 「柄が長いほうが汲みいいや。 ……ううゥ ……ん」


 「何だい、うなされているようだな」


 「いま調子を調べているところだ…… ひと…… ひとつ…… ひとつ…… ひとつ…… 」


 「何だい、いつまでたっても、一つだね。二つになんねえかい?」


 「黙って聞きなよ…… ひとつ、あね、あね、あね川かつ かつせん、のことなり」


 「何だか、あやまり証文(詫び状のこと)みてえだな。『一、姉川合戦のことわりなり』から、始められちゃかなわねえ。本多と真柄の一騎討ちのところから読んでくれよ」


 「じゃあ、真ん中から読むよ。 ……えへん、このとき真柄ッ」


 「調子が上がったね」


 「ここんとこから二上がりになる」


 「お後は?」


 「このとき、真柄じゅふろふさへへ…… さへへ…… さへへ…… 」


 「おいっ、どこか破れてるんじゃねえのか。お前のは『立て板に水』じゃねえ、『横板にモチ』だよ。 ……そりゃ真柄十郎左衛門だろ?」


 「ああ、そうだ、そうだ。 ……で、どうなるんだい?」


 「お前が読んでいるじゃあねえか」


 「ああ、そうそう。 ……真柄十郎左衛門が、敵にむかつ…… むかつ…… むかついて…… むかついて…… 」


 「おい、誰か金だらいを持ってこいよ。むかついてえから…… 」


 「何を余計なことをするんだよ。ここに書いてあるからよ…… 敵にむか…… ああ、むかって…… だ」


 「ああ、心配したぜ。向かってなら分かるが、むかついてって言うからよ」


 「戦さなんてものは、両方の大将がむかついて始まるもんだ。 ……敵に向かって、一尺二寸(約37.8cm)の大太刀を…… まつこうッ」


 「おい、松公、呼んでるぜ」


 「まつこうッ」


 「何だい?」


 「何で、そこで返事をするんだ?」


 「今、お前、松公ッて呼んだろう?」


 「違うんだ。本に書いてある。 ……敵に向かって。真ッこう…… だ。真ッこう、あ、あ、じょうだん、に、ふり、ふりかぶり…… 」


 「何だい、だらしがねえなあ。ところでお前。 ……一尺二寸の大太刀を真っ向、大上段に振りかぶり…… って言ったけど、一尺二寸といえば、こんなもんじゃあないか、真柄十郎左衛門といえば、北国随一の豪傑だぜ。長えから大太刀だろう? 一尺二寸の大太刀ってえのはないだろう?」


 「横に断わり書きがしてあらあ」


 「何としてあるんだ」


 「もっとも一尺二寸は刀の横幅なり」


 「え? 横幅かい? しかし、そんなに横幅があったんじゃあ、振り回した時に向こうが見えなくなるだろう?」


 「ああ、それだから、また、断り書きがしてある」


 「また、断り書きかい?」


 「うん、 ……もっとも、振り回した時に、向こうが見えないといけないから、所々に窓をあけ…… 」


 「へーえ、こりゃ驚いた。刀に窓が開いてんのかい?」


 「ああ、この窓から覗いては敵を斬り、窓から首を出しては、本多さんちょいと寄ってらっしゃい…… 」


 何を言ってやがるんだ。もうお止しよ。そんなばかばかしいものを聞いていられるかい」


 「どうしたい、みんなで銀さんをからかったりして…… 」


 「からかってるんじゃない。逆にからかわれちまった」


*こちらにGyaoで放映中
[古今亭志ん弥 「浮世床」 http://gyao.yahoo.co.jp/player/00291/v01038/v0103800000000525181/ ]



湯屋番 (三)

2009-10-17 01:27:30 | 落語
 周りが人に見られていることも知らずに、若旦那は続けます。


 「無理に引っ張り上げられて、座布団に座ると、『ちょいと、清(きよ)、お支度を……』
目配せすると、小さなちゃぶ台に酒肴の膳が運ばれてくる。
 『さ、何にもないですよ』盃洗(はいせいい)の猪口(ちょこ)をとると、『あの…… おひとつ、いかが?』、『ありがとう存じます』と言って、酌(つ)いでもらって飲むんだが、この飲み方が難しいなあ。


 いきなりグイッと飲んじゃ『あ、この飲みっぷりだと、この男はくらいぬけ(大酒飲みという意味)だよ』って、ズドーンッと肘鉄(ひじてつ)を食っちまわあ。
 といって相手が飲める口だと『あたくしは、ご酒のほうは…… 』なんて言うと『この男、お酒も飲めないなんて、話せない奴だねえ』ってんで、ズドーンと肘鉄…… この駆け引きてえのが難しいなあ。


 ここんとこはどっちにつかずに『頂けますれば頂きます。頂けませんければ頂きません』それじゃ乞食だよ。
 杯を受けてちょいと口につけて、あと煙草かなんか吸いながら世間話でちょいとつなぎを入れるやつだ。


 あんまり喋ってばかりいると、女が言うねえ『あら、さっきからお話ばかりしていらしゃって、お盃が空かないじゃありませんか』グイッと飲んで盃洗でゆすいだやつを『へい、ご返盃』てんで、返し酌をする。


 向こうが飲んでゆすいで『ご返盃』とこっちへくれるやつを、俺が飲んでゆすいで向こうへやる。
向こうが飲んで俺にくれた盃を口につけようとすると、女のほうで凄いことを言うよ。
『兄さん、今のお盃、ゆすいでなかったのよ。あなた、ご承知なんでしょうねえ』なんて…… 女がじっと俺を睨むんだが、その目の色っぽいこと…… ううっ、弱ったなあ、弱ったなあ」


 「何だい? あの野郎、弱った弱ったって、独りでおでこを叩いて騒いでやがら…… おいおい、六さん、どうしたんだ?」


 「何だい」


 「鼻の頭から血が出ているぜ」


 「あの野郎が変な声を出しゃあがるから、あの野郎に気を取られて、手拭(てぬぐい)だと思って軽石でこすっちゃった」


 「おもしれえから、もう少し見てみようじゃねえか」


 「そのうちに、お互いだんだん酔いが回ってくる。こうなると、このまま帰るのもあっけないかなあ…… そうだ、雨が降ってくるなんていいね。やらずの雨というやつだ。
『あら、雨ですわよ。もう少し遊んでいらしゃいな。通り雨ですもの、じきに止みましょうから』


 ところがこれが止まないよ。だんだん振りが強くなる。ここで雷なんか鳴ってもらいたいな。
少しくらい祝儀をはずんでもいいから、威勢のいいのをなあ。ガラガラガラ、ガラガラガラッ…… 
『清や、雷だよ。怖いから、蚊帳(かや)吊っておくれ』目関(めぜき)寝ござを敷いて蚊帳を吊ると、女中は怖いからてんで、くわばらくわばら万歳楽(ばんざいらく・ここでは祈りのこと)と自分の部屋へ逃げて行ってしまう。


 女は蚊帳へ入ると、わたしを呼ぶね『こっちへお入んなさいな』なんてんでね…… 雷がどこかへ落っこちてうらおう。あんまり近くへ落っこちると、こっちも目を回しちまうからなあ。
ほどのいいところへ落ちてもらいたいねえ…… ガラガラガラッ、ピシリッとくると、女は持ち前の癪(しゃく)てえやつで、歯を食いしばって、ムッ…… てんで気を失っちゃうねえ。


 『女中さん、大変ですよ』たって気を利かせて出てこない。しょうがないから、こっちは蚊帳をくぐって、中へ入る。女を抱き起こして水をやるんだが、歯を食いしばっているから、盃洗の水をぐっと口へ含んどいて、口から口へのこの口移してえことになる。てへへへ、わーいッ」


 「何だ、おい。あの野郎、番台で踊ってるぜ」


 「口移しの水が女ののどへ通ると、女は気がつくねえ。目を細めに明けて、あたしを見てにっこり笑うんだが…… そうだ、ここからのセリフは歌舞伎調でいきたいね…… 『もし、ねえさん、お気がつかれましたか』、『はい、今の水のうまかったこと』、『雷さまは怖いけれど、わたしがためには結ぶ神……』、『それなら今のは空癪(そらしゃく)か……』、『うれしゅうござんす、番頭さん……』」


 「何を言ってやんでえ、ばかッ」


 「あいたッ、痛いよっ、あんた。乱暴して……」


 「何を言ってやんでえ、おかしな声を出しやがって、この野郎。何がうれしゅ……だ。俺は帰るんだ」


 「どうぞ、ご遠慮なくお帰りなさい」


 「帰れったって、やい、俺の下駄がねえじゃめえか」


 「あなた、下駄、履いてきたんですか?」


 「張り倒すぞ」


 「分かりましたよ。そう大きな声を出しちゃいけません。下駄があればいいんでしょ…… じゃ、そこの隅の、その本柾(ほんまさ・いい木目の木という意味)の、いい下駄だあ。
鼻緒だって本天(ほんてん・いい生地ということ)で、安かありませんよ。その下駄履いてお帰りなさい」


 「これ、おめえの下駄か?」


 「いいえ、違います」


 「何だと?」


 「誰か中へ入っているお客ので」


 「その客はどうすんだ?」


 「ええ、いいですよ。怒りましたら、順に履かせて、一番お終いの人は裸足で帰します」


 お後が、宜しいようで……


*こちらにGyaoで放映中
[ 古今亭菊志ん 「湯屋番」 http://gyao.yahoo.co.jp/player/00291/v01038/v0103800000000516353/ ]



湯屋番 (二)

2009-10-16 20:45:37 | 落語
 若旦那は、奉公するために桜湯へ向かいます。
 「じゃまあ、行ってくるよ。 ……いやまあ、どうもあの鳶頭(かしら)も人はいいんだが、かみさんに頭があがらない。
 ……しかし、どうも人間の運なんて分からねえもんだ。昨日まで芸者、幇間(たいこもち)に取り囲まれて『あらまあ、ちょいと、おにいさん』なんか言われてた奴が、おやじのお冠が曲がって、出入りの鳶頭の家へ居候。今日からまた、お湯屋奉公しようとは、お釈迦さまでも気がつくめえってやつよ。
 ……ああ、ここだ。桜湯は…… こんちは」


 「いらっしゃい。あ、あなた、そっちは女湯ですよ」


 「えへへ、わたし、女湯、大好き」


 「好きだっていけませんよ。どうぞ、こちらへ回ってください」


 「いえ、客じゃありません。こちらへひとつ、今日からご厄介になりたいんですが」


 「ご厄介?」


 「ええ、橘町の鳶頭から、手紙を持ってきたんでねえ」


 「ああ、手紙を…… 橘町の鳶頭から、ああ、話はありました。しかし、この手紙によると、あなた、名代の道楽者だっていうが…… 」


 「えへへ、別に名代の道楽者ってほどのことはない。ただ女の子に回りを取り巻かれて『あら、おにいさん、いやよゥ、そんなところ触っちゃ、くすぐったいわッ』なんてね…… えっへへ、そういうことが好きなだけで…… 」


 「大変な人が来たな。さあ、辛抱できるかな? では、始めのうちは外廻りからやってもらいましょうか」


 「ようッ、結構。早速、やらせてもらいましょうか」


 「若い人は、大抵、嫌がるからねえ」


 「いいえ、どういたしまして。あたしは外廻りが得意で…… ええ、札束を懐中(ふところ)へ入れて、綺麗どころを二、三人お供に連れて、温泉湯場廻りをしてくるという…… 」


 「そんな外廻りがあるもんか。外廻りというのは、車を引っ張って、方々の普請場(ふしんば・工事現場のこと)へ行って、木屑だの鉋(かんな)っ屑だのを拾ってくるんだ」


 「ああ、あれですか? がっかりさせるなあ。どうも…… ありゃいけないよ。色っぽくないもの。
汚い車を引いて、汚い絆纏(はんてん)に縄の帯、汚い股引(ももひき)に、汚い手拭の頬被り、汚い草履(ぞうり)をつっかけて…… ご免こうむりましょう。あんまり音羽屋のやらない役だ」


 「贅沢(ぜいたく)を言っちゃいけない。そんなことを言ったら、あとはやることなんかありゃしないよ」


 「ではどうです? 流しをやりましょう。女湯専門の三助ということで…… 」


 「女湯専門なんてのがあるもんか。流しだって難しいんだよ。ただ客の肩へつかまってりゃいいてもんじゃないんだから、とても一年や二年じゃものにならないな」


 「そうですか? では、その番台なら見えるでしょ?」


 「見える? 何が?」


 「何が…… だなんて、しらばっくれて。ひとりで見ていて…… ずるいぞ」


 「弱ったな。この男は…… 何しろあたしか家内の他にあがらないところなんだから…… しかし、まあ、あなたは身元が判っているから、じゃ、こうしましょう。
 仕事のことは、後でゆっくり相談するとして、わたしがご飯を食べてくる間、ちょっとだけ、代わりに番台へ座っておくれ」


 「番台、結構、ぜひ一度、あがってみたいとかねがね思っておりました」


 「待ちな待ちな。あたしが降りなきゃ、だめだ」


 「へえ、そうと決まれば…… さあ、早く降りてください。早く、早く」


 「間違えないように、しっかり頼みますよ。番台は見てりゃわけにようだが、なかなか難しい。
昼間はたいしたことはないが、夜分は目が回るほど忙しくなる。
 それからね、糠(ぬか・今でいう石鹸のこと)といったら、その後ろの棚に箱があるから、糠袋もそこにある。流しは男湯が一つで、女湯が二つ、拍子柝(ひょうしぎ)を叩いてくれ。
履物(はきもの)に気をつけてな、新しい下駄でも盗られると、買って返すったって大変だから」


 「へえ、へえ…… 行ってらっしゃい。ゆっくりと召し上がってらっしゃい。
 ふっ、ありがてえ、いっぺん、ここへあがってしみじみと眺めたいと思っていたんだが…… ええ、こちらは…… 男湯、入ってるねえ。一人、二人、三人、四人、五人、六人、七人…… ふーん、七尻ならんでるよ。


 あの三番目のは…… 凄い毛だなあ、たまには刈り込んだらいいのになあ、なんてえ汚え尻をしてるんだ。あれがフケツてんだ。
 こっちの野郎は、またむやみに痩せてるなあ。胸なんかまるでブリキの湯たんぽだ。軍鶏(しゃも)のガラだよ…… 


 嫌だなあ、男とつき合いたくないね。男なんざ昼間から湯へ入って磨いたところでどうなるってんだよ。こいつらが出ちゃたら、入り口を釘付けにして男を入れるのを止めて女湯専門の湯屋にしちまおう。


 さて…… と、問題の…… 女湯…… 何だ、一人も入ってねえのは、ひどいね。
それが楽しみで湯屋奉公に来たてえのに、こっちは…… でも、こうやっているうちに、今に女湯も混んでくるよ。『まあ、今度きた番頭さんは、本当に粋な人じゃないの』なんてんで…… 俺を見染める女がでてくるよ。


 こうなると…… どういう女がいいかな。堅気(かたぎ)の娘はいけないね。別れる時は、死ぬの、生きるのと事が面倒になるからなあ。といって、乳母や子守っ娘は、こっちでご免こうむるし…… 
主(ぬし)のある女は罪になっていけないし…… さあ…… そうなると、いないねえ。


 芸者衆なんぞも悪くないけど…… そうだ、お囲い者てえのがいいや。旦那は、たまにしか来ない。


 そういうのになると、湯へ来るのも一人じゃ来ないよ。女中に浴衣(ゆかた)を持たせて、甲の薄い吾妻下駄かなんか履いてね。カラコンカラコン…… 『へい、いらっしゃいまし、ありがとうございます。
 新参の番頭で、どうぞ、よろしく』番台をチラリと横目で見て、スーッと墨のほうへ行ってしまう。
といって、わたしが嫌いじゃない。女中とこそこそ話しながら、ときどき番台のほうを見るのが嫌いじゃない証拠ってやつだ。


 しかし、ここが思案のしどころで、むやみにニヤニヤしちゃいけないよ。
なんてにやけて嫌な男だろう、なんて言われないとも限らないからなあ、かと言って、まるで知らん顔もできないから、二三度来るうちに、女中に糠袋の一つもやって取り入るよ。
『まあ、すみませんね…… たまにはお遊びに…… 』とくりゃ、しめたもんだ。


 早速、遊びに行って、お家を横領して…… 糠袋一つでお家を横領ってわけには行かないかな。
何かいいきっかけないかしら…… うーん、そうだ。上手い具合に釜が毀(こわ)れて体が空く。
そこの家の前を知らずに通りかかるなんてのがいいな。


 わたしの足に女中の撒(ま)いた水が掛かる。『あれッ、ごめんなさい』と、顔を見るとわたしだから『まあ、お湯屋(ぶや)のお兄さんじゃありませんか』、『おや、お宅は、こちらでしたか』、『ねえさん、お湯屋の兄さんが…… 』と奥へ声を掛けると、普段から思い焦がれていた男だから、奥から、こう泳ぐように出てくるねえ。
『まあまあまあ、よく来てくださったわねえ』、『いえ、今日はわざわざ来たわけじゃございません。お門(かど)を知らずに通りましたので…… 』、『まあ、いいじゃありませんの。それに今日はお休みなんでしょ』、『はい、今日は釜が毀れて早じまい』 ……いいセリフじゃねえなあ、こりゃなあ…… 何かねえか。


 そうそう墓詣(はかまい)りなんぞいいなあ。『まあ、お若いのに感心なこと』こういう方は女にもさぞかし実があるだろう…… てんで二度惚れてえやつ。『いいじゃありませんの。さあ、お上がりなさいましよ』、『お家を覚えましたから、いずれまた』、『なんですねえ。そんなに遠慮なすって…… あたしと女中と二人っきり。誰もいないんですから、いいでしょ。ちょっとぐらいお上がんなさいましよ』


『いえ、後日、改めまして』女は行かれちゃ困るから、わたしの手を摑(つか)んで離さないよ。
『ねえ、あなた、お上がり遊ばせよ』、『いや、そのうちに』、『お上がりッたら』、『いいえ、また』
『お上がり』、『いいえ』、『お上がりッ』」


 「えっ?あの番頭の野郎だよ。見てごらんよ。お上がりッて、湯から上がれてえのかと思ったらね。
てめえの手をてめえで一所懸命引っ張ってるぜ。おい、おかしな奴が番台へ上がりやがった」


 「面白いから、洗わねえで、番台を見てろよ」


*こちらにGyaoで放映中
[ 古今亭菊志ん 「湯屋番」 http://gyao.yahoo.co.jp/player/00291/v01038/v0103800000000516353/ ]