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Dunwich

2010-10-04 11:50:51 | 闇住まう場所

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 「堕落と頽廃に包まれた、滅びへと向う古い村。Salem(セイレム)から持ち込まれた恐怖の残滓が、おぞましく凄惨な怪事件を数多く引き起こした。」


 マサチューセッツ州の北部中央、いくつものドーム状の丘を蛇行するミスカトニック河を西へ遡っていくと、環状列石のあるラウンド山の急斜面と、河に挟まれた荒涼たる土地に出る。ここがDunwich(ダンウィッチ)だ。


 朽ちかけた腰折屋根の家屋が軒を連ねた寒村であり、ネイティブ・アメリカンの邪悪な儀式や秘密集会が18世紀頃まで頻繁に行なわれていた。
 荒々しくも狂おしい祈りに応えて、地の底から響く大音響が山々を震わせていたという。


 ウェイトリー家やビショップ家など、1692年の魔女裁判の折、Salem(セイレム)から逃れてきた一部の名家を除き、付近一帯の住民の多くは、近親結婚を繰り返したことによる堕落と頽廃のきわみにある。


 時として尋常ならざる事件が発生しては、「アイルズベリイ・トランスクリプト」などの地元新聞の紙面を賑わせた。
 わけても、同じエセックス郡内のInnsmouth(インスマス)で起きた政府機関による手入れがあった1928年は、凄惨な事件が多発した年として皆に記憶されている。


 ダン・ハロップが引き起こした連続殺人事件。肉体の成長が異常に早く、近隣のみならずArkham(アーカム)までも、その名が知られていた神秘学者ウェルバー・ウェイトリーの事件(ミスカトニック大学附属図書館に侵入を試みて番犬にかみ殺された)。
 そして、姿の見えない巨大な怪物が夜な夜な暴れまわり、家々を踏み潰して住民たちを震え上がらせた事件など、いくつもの奇怪な事件がDunwich(ダンウィッチ)周辺で発生した。


 その後も、魔法使い、治療師などと呼ばれて住民から恐れられていたセプティマス・ビショップの失踪事件など、奇怪な事件が続いている。


 これら同時多発的な怪事件の間には、密接に何らかの関わり合いが存在しているらしい。



Innsmouth

2010-09-29 10:33:24 | 闇住まう場所

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 「Deep Ones(深きものども)」の血を引く者たちに支配される、クトゥルフ崇拝者の住まう地。頽廃と堕落の中で、ほろびゆく港町を覆う邪悪な影。」


 マサチューセッツ州エセックス郡のInnsmouth(インスマス)は、マニューゼット河の河口にある寂れた港町である。
 鉄道が通っておらず、Arkham(アーカム)とニューベリーポート間を結ぶバスだけが、唯一の交通手段を提供している。


 1643年に建設され、独立戦争以前には造船業が盛んだった。19世紀に入ると、中国やインドとの東洋貿易の港として繁栄する。


 Innsmouth(インスマス)が転機を迎えたのは、町の有力な貿易商のひとりで、東インドや太平洋に船を出していたオーベット・マーシュ船長が、「Deep Ones(深きものども)」を崇拝する西インド諸島に位置するとある島の住民に接触したときだった。


 安物のガラス細工などと引き換えに大量の金製品を持ち帰った船長は、マニューゼット河を動力とする金の精錬所を創業し、この地域の軽産業の中心地となった。
 しかし、その繁栄の影で、1840年にはダゴン秘密教団が設立され、Innsmouth(インスマス)沖合いの悪魔の暗礁において、海底都市イハ=ントレイに住まう「Deep Ones(深きものども)」との直接取引きが始まっており、1846年には決定的な事件が起こっている。


 この年のある晩、「Deep Ones(深きものども)」がInnsmouth(インスマス)に大挙して上陸、反対派の住民を虐殺し、マーシュ船長一家と、彼らに従った高級船員たちに連なるウェイト家、ギルマン家、エリオット家、そしてフィリップ家の五名家を頂点とする邪神崇拝の拠点に町が変貌してしまったのであった。


 1927年、ウィリアムズという青年から報告を受けた政府は、町に覆う影について憂慮し、翌年に海軍とFBIの共同作戦による一斉手入れが行なわれた。
 このとき、数百体の「Deep Ones(深きものども)」が殺害されると共に、多くの信者が逮捕され、悪魔の暗礁も潜水艦の魚雷攻撃で破壊された。


 ただ、噂によれば、難を逃れた有力な信者たちが、時期を置いてInnsmouth(インスマス)に舞い戻って、幾度となく教団の復活を試みているらしい。



Miskatonic University

2010-09-28 10:59:27 | 闇住まう場所

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 「マサチューセッツ工科大学に比肩するほどの名門。大学附属図書館には、ある種の研究家たちにとっての聖地となっている。」


 マサチューセッツ州の街、Arkham(アーカム)の中心部にキャンバスを構えるMiskatonic University(ミスカトニック大学)は、マサチューセッツ工科大学やコロンビア大学、シカゴ大学に並ぶアメリカ東岸のアイビーリーグの名門である。


 大学が創立されたのは、1765年。街の名士であるジェレマイア・オーンが莫大な遺産と900冊に及ぶ蔵書を遺して死んだ際、その遺言に従って創立されたミスカトニック・リベラル・カレッジが前身に当たる。


 ボストンに近いという地の利と、潤沢な蔵書から徐々に名の知れた研究者が集まり始め、やがて本格的な研究機関に成長し、南北戦争後になって総合大学に昇格。名前をミスカトニック大学と改めた。


 Arkham(アーカム)のニューイングランド地方の古い伝統を色濃く残す土地柄に恵まれ、民俗学、人類学の分野において注目すべき数多の研究が進んでいる。


 1930年の南極探検、34年の西オーストラリア砂漠探検などを通して地質学、考古学の分野においても多大な成果を挙げている。


 地元で有名な「魔女に家」の遺物が運び込まれている博物館など、大学の数多ある貴重な知的財産の中でもとりわけ注目すべきは、附属図書館の存在といえる。


 同図書館は、1878年に地元産の御影石をふんだんに用いたゴシック様式の三階建ての堂々たる建物に改装され、現在は40万冊以上の貴重な文献・資料を収蔵する施設である。


 中でも、世界に5冊しか現存していないと言われているラテン語版「Necronomicon(ネクロノミコン)」を筆頭に数々の魔道書を有している。
 その種の分野を専門とする研究者にとって垂涎の的であり、蔵書を持ち出そうとする不埒な輩が後を絶たないため、「Necronomicon(ネクロノミコン)」を含む一部の書物について、自由に閲覧することが許されない特別室に収められている。



Arkham

2010-09-27 11:30:04 | 闇住まう場所

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 「マサチューセッツ州の伝統を色濃く残し、古い幽霊譚や魔女伝説が今なお息づく街」


 Arkham(アーカム)は、マサチューセッツ州エセックス郡に位置する古い地方都市だ。現在、アイビーリーグの名門、ミスカトニック大学のベットタウンとして主に知られている。


 街の中央を東西に流れるミスカトニック河の北側にボストン=マサチューセッツ鉄道が走り、ボストンに2時間足らずで行くことができる。


 この街の礎を築いたのは、改革派教会の押し付けがましさを嫌い、信仰の自由を求めてボストンやセイレムから17世紀後半に移住してきた人々で、1692年セイレムで魔女裁判の騒動が発生した際に逃亡者やその家族を向い入れ、屋根裏部屋などに匿ったこともある。


 街の中には、セイレムと共通した地名が幾つか存在しており、彼の地から逃れてきた魔女たちが、ミスカトニック河の中洲の島で饗宴を開いていたという噂がささやかれている。


 18世紀には、西インド交易の拠点のひとつとして発展し、19世紀に入ると、工業へと主要産業を移し、マサチューセッツ州の有数な繊維工業地として栄えていった。


 近隣のインスマスやキングスポートなどの街に比べると、古い歴史があるところではないが、密集する駒形切妻屋根の家、ジョージ風の欄干といった数世紀前の街並みを、「時の止まった街」という言葉で形容されており、そんな雰囲気が、老人たちが語り継いできた魔女や幽霊にまつわる数々の物語共々、変化のない街として現在に至っている。


 そのためニューイングランド地方の歴史、風俗を研究する学者、北部アメリカの伝統的な文化を好む懐古趣味の芸術家が、この街をよく訪れ、長期に渡って滞在することが多い。


 主要な新聞は、1806年創刊の伝統がある「アーカム・ガゼット」紙と、比較的軽めの話題を取り扱う「アーカム・アドヴァタイザー」の大衆紙がある。