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長屋の花見 (四)

2009-10-26 22:47:26 | 落語
 どうやら例の蒲鉾(かまぼこ)が好きなようです。
 「おお、ありがとう。へええ、どうも。家主(おおや)さんの前ですが、あっしはこの、蒲鉾が大好きでね。
今朝もこの蒲鉾を千六本(千切りのこと)にして、おつけの実にしましたよ。ええ、胃の悪いときには、また、蒲鉾を卸(おろ)しにしましてね」


 「何?」


 「蒲鉾の葉のほうは、糠味噌(ぬかみそ)に漬けると…… 」


 「気をつけて口をききなよ。蒲鉾に葉っぱがあるかい…… おいおい、音をたてねえで食えねえか」


 「えっ? 音をたてねえで? この蒲鉾を音をたてずに食うのは難しいや」


 「そこを何とか一つやってくれ」


 「うーん、うーん」


 「おい、どうした、どうした?」


 「うーん」


 「おい、寅さん、しっかりしろ」


 「うーん、蒲鉾を鵜呑(うの)みにして、喉(のど)へつっかえたんだ」


 「そーれ、背中をぴっぱたいてやれ、どーんと一つ…… 」


 「あー、助かった。この蒲鉾を音をさせずに食うのは命がけだぜ」


 「お、お花見なんだよ。なんかこう花見に来たようなことをしなくちゃあ…… 向こうを見ねえ、甘茶でカッポレ踊ってらあ」


 「こっちは番茶ださっぱりだ」


 「しょうがねえ…… そうだ、六さん。お前さん、俳句をやっているそうだな。どうだ、一句吐いてくれねえか」


 「へえへ、そうですな『花散りて 死にとうなき 命かな』」


 「何だか寂しいな。他には?」


 「『散る花を なむあみだぶつと いうべきかな』」


 「なお陰気になっちまうよ」


 「何しろ、ガブガブのポリポリじゃ陽気な句もできませんから…… 」


 「誰か陽気な句はないかい?」


 「そうですね。今わたしが考えたのを、書いてみました。こんなのはどうでしょう?」


 「ほう、弥太さんかい。お前、矢立て(携帯用の筆記道)なんぞ持ってきて、風流人だ。いや感心だ…… どれ、拝見しよう『長屋じゅう……』うん、うん、長屋一同の花見というところで、頭へ長屋中と入れたのはいいね。
『長屋じゅう 歯を食いしばる 花見かな』え? 何だって、よく分からないな、『歯を食いしばる』ってえのはどういうわけだい?」


 「なに、別に難しいことはない。偽りのない気持ちを詠んだまでで…… つまり、どっちを見ても本物を飲んだり、食ったりしている。ところが、こっちはガブガブのポリポリだ。ああ、情けねえと、思わずバリバリと歯を食いしばったという…… 」


 「しょうがねえなあ。じゃあ、こうしよう。今月の月番、景気よく酔っ払っとくれ」


 「いえね、家主さん。酔わねえふりをしてろってえならできますけど、酔えたってそりゃ無理だよ」


 「無理は承知だよ。だけど、お前、それぐらいの無理は聞いてくれたっていいだろう? そりゃ、あたしゃ恩にきせるわけじゃあないが、お前の面倒は随分みたよ」


 「そ、そりゃわかってますよ。そう言われりゃ一言もありませんから、ああ、一つご恩返しのつもりで…… 
覚悟して酔うことに決めました」


 「ああ、ご苦労だな。一つまあ、威勢よくやってくれ」


 「ええ、では家主さん」


 「何だ」


 「つきましては、さてはや、酔いました」


 「そんな酔っ払いがあるか。いやあ、お前はもういい、来月の月番、丼鉢(どんぶりばち)かなんか持って一つ派手に酔ってくれ」


 「はっは、しょうがねえ。どうしても月番に回ってくらあ。手ぶらじゃ酔いにくい。その湯飲み茶碗かせ。さあ、酔ったぞ。誰がなんて言ったって、俺は酔ったぞッ」


 「ほう、たいそう早いな」


 「その代わり醒(さ)めるのも早いよ。本当に俺は酒飲んで酔っ払ったんだぞ」


 「断わらなくてもいいよ」


 「断わらなかったら、狂気と間違えられるよ。さあ、酔った。貧乏人だ、貧乏人だって馬鹿にするない。
借りたもんなんざぁ、どんどん利子をつけて返してやらあ」


 「その調子、その調子」


 「本当だぞ。家主がなんだ。店賃なんぞ払ってやらねえぞ」


 「わりい酒だな。でも、酒がいいから、いくらでも飲んでも頭にくることはないだろう?」


 「頭にこない代わり、腹がだぶつくなあ」


 「どうだ、酔い心地は?」


 「去年の秋に井戸へ落っこったときのような心地だ」


 「変な心地だなあ。でもおめえだけだ、酔ってくれたのァ。どんどんついでやれ」


 「さあ、ついでくれ、威勢よくついでくれ。とっとっとと、こぼしたって惜しい酒じゃあねえ…… 
おっと、ありがてえ」


 「どうしたんだい?」


 「ご覧なさい、家主さん。近々長屋に縁起のいいことがありますぜ」


 「そんなことが分かるか?」


 「分かりますとも…… 」


 「へえ、どうして?」


 「湯飲みの中に、酒柱が立ってます」


 お後が宜しいようで……


*こちらにGyaoで放映中
[ 入船亭扇橋 「長屋の花見」 http://gyao.yahoo.co.jp/player/00291/v01038/v0103800000000511030/ ]



長屋の花見 (三)

2009-10-25 13:05:24 | 落語
 長屋の連中は言います。
 「いいえね。下の方が…… 上の方でみんな本物を食ってますからね。ひょっとすると、うで玉子なんか、ころころっと転がってくる。それを、あたしは拾って、皮をむいて食っちまう」


 「そんなさもしいことを言うなよ…… まあ、どこでも、おめえたちの好きなところへ陣取って、毛氈(もうせん)を敷くがいいや」


 「へい。毛氈…… 毛氈の係、いなくなっちゃったじゃねえか」


 「あれ、あんなところでぼんやり突っ立って、本物を羨(うらや)ましそうに見てやがら…… 見てったって飲ませてくれるわけじゃねえや。おーい、むしろの毛氈持って来いッ」


 「おいおい、両方言う奴があるか」


 「だって、そうでも言わなくちゃ気がつきませんから…… おうおう、こっちだ、こっちだ」


 「さあ、ここへ毛氈を敷くんだ。あれっ、どうするんだ。こんなに横に細長く並べて敷いて?」


 「こうやって、一列に座りましてね。通る人に頭を下げて…… 」


 「おい、乞食の稽古(けいこ)するんじゃねえや。みんなで丸く座れるように敷け―― そうだ、あの、重箱を真ん中に出してな。湯飲み茶碗はめいめいが取るんだ。
 さあ、一升びんは、いっぺんに口を抜かないで、粗相(そそう・あやまちのこと)するといけないからな。一本ずつ抜くとようにしてな。
 酌(しゃく)はめいめいに…… みんな茶碗は持ったか、さあ、今日はみんな遠慮なくやってくれ。
俺の奢(おご)りだと思うと気詰まりだから、今日は無礼講(ぶれいこう・堅苦しい礼儀を抜きにしてという意味)だ。さあさあ、お平らに、お平らに…… 」


 「ちえッ、こんなところでお平らにしたら、足が痛えや、本当に」


 「さあ、遠慮しないで、飲んだ、飲んだ」


 「誰が、こんな酒を飲むのに遠慮する奴があるものか。ばかばかしい」


 「何?」


 「いえ、こっちのことで…… 」


 「じゃ、わたしがお毒味と、一杯いただきましょう」


 「いいぞ、いいぞ」


 「なるほど、色は同じだね。色だけは本物そっくりだ。これで飲んでみると違うんだから情けねえや」


 「口当たりはどうだ? 甘口か、辛口か?」


 「渋口ッ」


 「渋口なんて酒があるか…… これは灘(なだ)の生一本だから、いい味だろう」


 「そうですね。いろいろ好き好きがありますが、あたしゃ、何と言っても、宇治が好きですね」


 「宇治の酒なんてのはあるかい…… さあ、やんなやんな、ぼんやりしてないで…… 」


 「ええ、普段あんまり冷ややったことがないもんですから」


 「燗(かん)にしたほうがよかったかな。土びんでも持ってきて、燗でもすればよかったな」


 「燗なんてしなくたって…… 焙(ほう)じたほうがいい」


 「よさねえか。何でも酒らしく飲まなくちゃいけないよ。もっと、一献(いっこん)、献じましょうかとか、何とか言ってやってごらん。みんな傍(はた)で見てるじゃないか」


 「あ、そうですか。じゃあ、金ちゃん、一献、献じよう」


 「いや、献じられたくねえ」


 「おい、断わるなよ。みんな飲んだじゃねえか。おめえ一人が逃れるこたあできねえんだよ。これも全て前世の因縁だと諦(あき)めて…… なむあみだぶつ…… 」


 「おい、変な勧め方するない」


 「おう、俺に酌(つ)いでくれ」


 「そう、その調子…… 」


 「いや、さっきから喉(のど)が渇(かわ)いてしょうがねえんだ」


 「おい、いちいち変なことばかり言ってちゃいけねえ。それで、一つ酔いの回ったところで、景気よく都々逸(どどいつ・唄の一種)でも始めな」


 「こんなもんで唄ってりゃあ、狐に化かされたようなもんだ」


 「どうも困った人たちだな。さあ、幹事はぼんやりしてねえで、どんどん酌をして回らなくちゃしょうがねえじゃねえか」


 「悪いとき幹事を引き受けちゃたな。おう、じゃあ、一杯いこう」


 「じゃあ、ちょいと、ほんのお印でいいよ…… おいおい、ほんのお印でいいって言ってんのに、こんなに一杯ついでどうするんだ? おめえ、俺に恨みでもあんのか? 覚えてろ、この野郎ッ」


 「なんだな、一杯ついで貰ったら、悦(よろこ)べ」


 「悦べったって、冗談じゃねえ。あっしゃあ、小便が近えから、あんまりやりたくねえ。おう、そっちへ回せ」


 「おっと、あっしは下戸(げご・酒が飲めない人)なんで…… 」


 「下戸だって飲めるよ」


 「下戸なら下戸で、食べるものがあるよ」


 「一難去って、また一難」


 「何?」


 「いえ、何でもないです。こっちの独り言…… 」


 「それじゃ、玉子焼きをお食べ」


 「ですが…… あっしは、この頃すっかり歯が悪くなっちまって、いつもこの玉子焼きは刻んで食べるんで…… 」


 「玉子焼きを刻む奴があるもんか…… それじゃあ、今月の月番と来月の月番、玉子焼きを食べな」


 「じゃあ、なるたけ小さいやつを…… 尻尾(しっぽ)でねえところを…… 」


 「玉子焼きに尻尾があるか。よさねえか…… 寅さん。お前、さっきから見てるけど何も口にしないな。食べるか飲むかしなさい」


 「すいません。じゃあ、その白いほうを貰いますか」


 「色気で言うやつがあるか…… 蒲鉾(かまぼこ)と言いなよ」


 「そう、そのぼこ」


 「何だそのぼこたあ。おい、蒲鉾だそうだ。取ってやれ」


*こちらにGyaoで放映中
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長屋の花見 (二)

2009-10-24 21:24:53 | 落語
 家主(おおや)さんが話します。
 「ご覧よ、ここに一升びんが三本あらあ。それに、この重箱の中には、蒲鉾(かまぼこ)と玉子焼きが入ってる。お前たちは、体だけ向こうへ持ってってくれりゃいい。どうだい、行くか?」


 「行きます、行きますよ。みんな家主さんの奢(おご)りとなりゃ、上野の山はおろか、地の果てまでも…… 」


 「そうと決まれば、これから繰り出そうじゃあないか…… 今月の月番と来月の月番は幹事だから、万事、骨を折ってくれなくちゃあいけねえ」


 「はい、かしこまりました。おい、みんな、家主さんに散財(さんざい・金銭を使うこと)を掛けたんだから、お礼を申そうじゃねえか」


 「どうもごちそうさまです」


 「どうも、ありがとうござんす」


 「へい、ごちになります」


 「おいおいおい、そうみんなにぺこぺこ頭を下げられると、どうも俺もきまりが悪い…… まあ、向こうへ行ってから、こんなことじゃあ来るんじゃなかったなんて、愚痴(ぐち)が出てもいけないから、先に種明かしをしとこう」


 「種明かし?」


 「ああ…… 実はな、この酒は酒ったって中味は本物じゃねえんだ」


 「えっ?」


 「これは、番茶…… 番茶の煮出したやつを水で薄めたんだ。ちょっと酒のような色つやをしているだろう」


 「いいですよ。番茶なんぞは、向こうのへ行けば茶店も幾らもありますから」


 「これを酒と思って飲むんだ。あまりガブガブ飲んじゃあいけないよ」


 「何だ、悦(よろこ)ぶのは早いよ。おい、様子が変わってきたよ、こりゃ。お酒じゃなくて、おチャケですか。驚いたね。お酒盛りじゃなくて、おチャケ盛りだ」


 「まあ、そういったところだ」


 「俺も変だと思ったよ…… この貧乏家主が、酒三升も買って、俺たちを花見に連れて行くわけねえと思った…… でも、家主さん蒲鉾と玉子焼きのほうは本物ですか?」


 「それを本物にするくらいなら、五合でも酒のほうに回すよ」


 「すると、こっちは何なんで?」


 「それもなんだ、重箱の蓋(ふた)を取って見りゃ分かるが、大根に沢庵(たくあん)が入ってる。大根のこうこ(漬物のこと)は月型に切ってあるから蒲鉾、沢庵は黄色いから玉子焼きてえ趣向だ」


 「こりゃ、驚いた。ガブガブのポリポリだとさ」


 「まあ、いいじゃあねえか。これで向こうへ行って、『一つ差し上げましょう、おッとっと』というぐわいに、やったりとったりしてりゃあ、傍(はた)で見てりゃ、花見のように見えらあね」


 「そりゃそうでしょうけど…… どうする? しょうがねえなあ、こうなったら自棄(やけ)で行こうじゃないか。まあ、向こうへ行きゃあ、人も大勢出てるし…… 」


 「ガマ口の一つや二つ…… 」


 「そうそう、落っこてねえとも限らねえ。そいつを目当てに…… 」


 「そんな花見があるもんか」


 「じゃ、みんな出掛けようじゃあねえか。おいおい、今月の月番と来月の月番、お前たち二人は幹事だから、早速、動いてもらうよ」


 「こりゃ、とんだときに幹事になっちまったなあ…… へい、家主さん、何でしょうか?」


 「その後ろの毛氈(もうせん・動物の毛で出来た敷物の一種)を持ってきておくれ」


 「毛氈? どこにあるんです?」


 「その隅にあるだろう」


 「家主さん、これはむしろ(わらで編んだ敷物)だ」


 「いいんだよ。それが毛氈だ。早く毛氈、持ってこい」


 「へいッ、むしろの毛氈」


 「余計なことを言うんじゃねえ。いいか、その毛氈を巻いて、心ばり棒を通して担ぐんだ」


 「へえー、むしろの包みを担いでね…… こいつぁ花見へ行く格好じゃあねえや。どう見たって猫の死骸を捨てに行くようだ」


 「変なことを言うんじゃねえよ…… さあ、一升びんはめいめいに持って…… 湯飲み茶碗の忘れるなよ。重箱は風呂敷に包んで、心ばり棒の縄に掛けちまえ。さあ、支度はいいかい。今月の月番が先棒で、来月の月番が後棒だ。では、出掛けよう」


 「じゃあ、担ごうじゃねえか。じゃあ、家主さん、出掛けますよ。宜しいですね。ご親戚のかた揃いましたか?」


 「おいおい、葬(とむら)いが出るんじゃねえや…… さあ、陽気に出掛けよう。それ、花見だ、花見だ」


 「夜逃げだ、夜逃げだ」


 「誰だい、夜逃げだなんて言ってるのは?」


 「なあ、どうもこう担いだ格好はあんまりいいもんじゃねえなあ」


 「そうよなあ。しかし、俺とおめえは、どうしてこんなに担ぐのに縁があるのかなあ?」


 「そう言えばそうだなあ。昨年の秋、屑屋(くずや)婆さんが死んだ時よ」


 「そうそう、冷てえ雨がしょぼしょぼ降ってたっけ…… 陰気だったなあ」


 「だけど、あれっきり骨揚げには行かねえなあ」


 「ああいう骨はどうなっちまうんだろう?」


 「おいおい、花見へ行くってえのに、そんな暗い話なんかしてるんじゃねえよ。もっと明るいことを言って歩け」


 「へえ…… 明るいって言えば、昨日の晩よ」


 「うん、うん」


 「寝ていると、天井のほうがいやに明るいと思って見たら、いいお月さまよ」


 「へーえ、寝たまま月が見えるのかい?」


 「燃やすものがねえんで、雨戸をみんな燃しちまったからな。この間、お飯(まんま)を炊くのに困って天井板剥(は)がして燃しちまった。だから、寝ながらにして月見ができるってわけよ」


 「そいつは風流だ」


 「おいおい、そんな乱暴なことをしちゃあいけねえ。家が壊れてしまうじゃねえか。店賃の払わねえで…… 」


 「へえ、すみません…… 家主さん。大変なもんですね。随分(ずいぶん)、人が出てますねえ」


 「大変な賑(にぎ)わいだ」


 「みんないい扮装(なり)してますね」


 「みんな趣向を凝(こ)らしてな。元禄時分には、花見踊りなどといって紬(つむぎ)で正月小袖(こそで)をこしらえて、それを羽織(はお)って出掛けた。それを木の枝に掛けて幕の代わりにしたり、雨が降ると傘をささないで、それを被(かぶ)って帰ったりしたもんだそうだ」


 「へえ、こっちは着ているから着物だけれども、脱げばボロ…… 雑巾(ぞうきん)にもならねえな」


 「馬鹿なことを言うんじゃねえ。扮装でもって花見をするんじゃねえ。『大名も乞食もおなじ花見かな』ってえ言うじゃねえか」


 「おい、後棒。向こうからくる年増(としま)、いい扮装だな。凝った、いい扮装しているなあ。頭の天辺(てっぺん)から足の先まで、あれでどのくらい掛かってるんだろうな?」


 「小千両は掛かってんだろうなあ。たいしたもんだ」


 「おめえと俺を合わせて、二人の扮装はいくらぐらいだ?」


 「二人が素っ裸になったところで、まず二両ぐれえのもんだろう」


 「それは安すぎだな。向こうが千両で、こっちが二人、合わせて二両、どうだ、家主さん褌(ふんどし)を二本つけるが、五両で買わねえか?」


 「よせよ、ばかばかしい。通る人が笑ってるじゃねえか。 ……それ、上野だ。あんまり深入りしねえほうがいいぞ。どうだ、この擂鉢山(すりばちやま)の上なんざ。見晴らしがいいぞ」


 「見晴らしなんてどうでもいいよ。なるべく下のほうへ行きましょうよ」


 「下では埃(ほこり)っぽい」


*こちらにGyaoで放映中
[ 入船亭扇橋 「長屋の花見」 http://gyao.yahoo.co.jp/player/00291/v01038/v0103800000000511030/ ]



長屋の花見 (一)

2009-10-24 04:50:42 | 落語
 四季を通じて人の心持ちを浮き浮きさせる春ですが、春の花…… なんてえことを申しまして、まことに陽気でございます。


 「銭湯(せんとう)で上野の花の噂(うわさ)かな」


 花見どきはどこへ行きましても、花の噂で持ちきり……


 「おう、昨日、飛鳥山へ行ったが、大変な人だぜ。仮装やなんか出て面白かった」


 「そうかい、花はどうだった?」


 「花? さあ…… どうだったかな?」


 してみると、花見というのは名ばかりで、大概(たいがい)は人を見に行くか、また騒ぎに行くようで……


 「よう、おはよう。さあさあ、みんな長屋の者はちょっとここへ揃ってくんねえ。いやね、みんなを呼んだのは他でもねえが、今朝、みんなが仕事に出る前に家主(おおや)の所へ集まってくれという使いが来たんだ」


 「何だい、月番」


 「さあ、行ってみなけりゃ分からねえが、ていげいは見当はついている」


 「何だろうな。朝っぱらから家主が呼びに来るのは、ろくなことじゃあねえぜ」


 「店賃(たなちん)の一件じゃあねえかな」


 「店賃? 家主が店賃をどうしようってえんだ」


 「どうしょうってことァない。催促だってんだよ」


 「店賃の? ……図々しいもんだ」


 「図々しいったって…… おめえなんぞ、店賃のほう、どうなってる?」


 「いや、面目ねえ」


 「面目ねえなんてところをみると、持ってってねえな」


 「いや、それがね、一つだけやってあるだけに、面目ねえ」


 「そんならいいじゃねえか。店賃なんてもんは、月々一つ持っていくもんだ」


 「月々一つ持ってってありゃ、ここで面目ねえなんて言うことはねえ」


 「そりゃそうだな。先月のをやったのか、一つ?」


 「なに、先月のをやってありゃあ、大威張りじゃねえか」


 「じゃ、去年一つやったきりか?」


 「去年一つやってありゃあ、何も驚くことはねえ」


 「すると、二、三年前か?」


 「二、三年前なら、家主のほうから礼に来るよ」


 「よせよ。いってえおめえ、いつ持っていったんだ」


 「俺がこの長屋へ引っ越して来た時だから、指折り数えて十八年にならあ」


 「十八年、仇討ちだな、まるで…… そっちはどうなてる? ……おめえはこの長屋の草分けだが店賃のほうはどうなってる?」


 「ああ、一つやってあるよ」


 「いつやったね」


 「親父の代に」


 「上手(うわて)が出てきたね。 ……そっちはどうだ、店賃…… 」


 「へえー、こんな汚い長屋でも、やっぱり店賃を取るのかい?」


 「おうおう? 出さねえでいいと思ってんのか。酷え奴があるのんだ。 ……おいおい、お前さんはぼんやりしているが、店賃の借りはねえだろうな?」


 「え、ちょっと伺いますが、店賃というのは何のことで…… 」


 「おやおや、店賃を知らない奴が出て来やがった。店賃というのは、月々家主の処へ持って行くお銭(あし)だ」


 「そんなもの、まだ貰(も)ったことがねえ」


 「あれ、この野郎、店賃を貰う気でいやがる。どうも、しょうがねえ。一人として満足に店賃を払ってる奴がいねえんだから…… まま、これじゃあ、店立(たなだ)て(家主が借家人を追い立てること)ぐれのことは言うだろう。
けれどもな、ものの分かる面白い家主だ。ああいう家主に金を持たせてやりてえなあ」


 「そうよ。そうすりゃあ、ちょいちょい借りに行ける」


 「おーやおや、店賃を払わねえ上に、借りる気でいやがる。ま、ともかく、みんな揃って行くだけは行ってみようじゃねえか」


 「家主さん、お早(は)うございます」


 「え、お早うございます」


 「え、お早うござい」


 「お早う」


 「お早う」


 「おいおい、そんなに大勢でいっぺんに言うと、煩(うるさ)くていけねえ。一人言やあいい、一人」


 「ええ、それでは、あっしが月番でございますから、総名代で、お早うございます、と」


 「総名代が一番後から言っちゃあ、何にもならねえ」


 「お言いつけどおり、長屋の連中、揃って参りましたが、何かご用でしょうか?」


 「何だ、そんな戸袋(とぶくろ・敷居の端)のところへ片間(かたま)って…… そんな遠くから怒鳴(どな)ってねえで、もっとこっち来な」


 「いいえ、ここで結構です。すみませんが、店賃のところは、もう少し待っていただきたいんですがねえ…… 」


 「ははは、俺が呼びにやったので店賃の催促と思ったのか。しかし、そう思ってくれるだけでありがてえな。今日は店賃のことで呼んだんじゃあないよ」


 「そうですか。店賃は諦(あきら)めましたか」


 「諦めるもんか」


 「まだ未練があるな…… 割りに執念深い人だね。物事は諦めが肝心だあ」


 「おい、冗談言っちゃあいけねえ。雨露をしのぐ店賃だ。一つ精出して入れて貰わなくちゃ困る…… まあ、いいからこっちへ来な。実はな、お前さんたちを呼んだのは他じゃない。いい陽気になったな。表をぞろぞろ人が通るじゃないか…… 」


 「何所(どこ)へ行くんですかねえ?」


 「決まってるじゃないか。花見に行くんだ。うちの長屋も世間から貧乏長屋なんていわれて、景気が悪くってしかたがねえ。今日は一つ長屋中で花見にでも行って、貧乏神を追い払っちまおうてえんだが、どうだ、みんな」


 「花見にねえ…… で、何所へ行くんです?」


 「上野の山は、今が見どころだってから、近くていいから、どうだ」


 「上野ですか? すると、長屋の連中がぞろぞろ出かけて、花を見て一回りして帰ってくるんですか?」


 「歩くだけなんて、そんな間抜けな花見があるもんか。酒、肴(さかな)を持ってって、わっと騒がなくっちゃあ、せっかく行った甲斐(かい)がねえじゃあねえか。なまじっか女っ気のねえほうがいい。男だけで繰り出そうと思うんだが、どうだい?」


 「酒、肴…… ねえ、そのほうは?」


 「そのほうは、俺がちゃんと用意したから安心しな」


 「へえー、家主さんが酒、肴を心配してくれたんですか?」


*こちらにGyaoで放映中
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浮世床 (四)

2009-10-20 22:57:49 | 落語
 半公が語ります。
 「それから、大きな声で、『音羽屋!』、『音羽屋!』、『音羽屋!』」


 「うるせえな、この野郎」


 「のべつに膝(ひざ)を突っつくんだよ。ここが忠義の見せどころだと思ったからね。夢中になって、『音羽屋!』、『音羽屋!』てんでやってると、周りの奴が笑ってやがる。女が俺の袖を引っ張って、『もう幕が閉まりました…… 』」


 「間抜けな野郎だな。幕の閉まったのも気がつかねえのか?」


 「俺もばつがわりいから、『幕!』…… 」


 「馬鹿っ、幕なんぞ褒めるなよ」


 「そのうちに、女がふたありで、何かこそこそ喋っていたが、『どうぞ、ごゆっくり…… 』ってんで、すーっと下へ降りてって、それっきり帰ってこねえ」


 「ざまあみやがれ。てめえが幕なんぞ褒めたもんだから、呆れ返(けえ)って逃げ出したんだろう?」


 「うん、俺もそうだと思ったから、帰ろうかなと思っているところへ、若え衆がやって来て、『お連れさまが、お持ちかねでございますから、どうぞ、てまえとご一緒に…… 』と、こう言うんだ」


 「へーえ」


 「『人ちげえじゃねえか?』、『いいえ、お間違いではございません。どうぞ、ご一緒に…… 』って言うんだ。若え衆の案内で茶屋の裏二階へ行くと、さっきの女がいて、上座に席ができていて、『先ほどのお礼と申すほどのことでもございませんが、一献(いっこん)差し上げたいと存じまして…… 』と、きた」


 「へーえ、一献てえと、酒だな?」


 「そうよ。水で一献てえなあねえからな…… 『婆や、お支度を…… 』と、目配せをすると、婆やが心得て階下(した)へ降りる。入れ違いに、トントンチンチロリン…… 」


 「何だい、それは」


 「どこかで三味線でも弾いてたのかい?」


 「分からねえ野郎だな。女中が酒を運んで来る音じゃあねえか」


 「女中が、梯子段(はしごだん)を上がる音だ」


 「へーえ…… チンチロリンてえのは、何だい?」


 「そりゃあ、おめえ、トントンと上がるから盃洗(はいせん)の水が動くじゃあねえか。すると、浮いている猪口(ちょこ)が盃洗のふちへ当たる音が、チンチロリンと言うんだ。
 これが、トントンと上がって来るから、トントンチンチロリン、チンチンチリトテンシャンと言うのは、猪口が盃洗の中へ沈んだ音だ」


 「こまけえんだな。で、どうしたい?」


 「酒が来て、やったり、取ったりしているうちに、女はたんといけねえから、目のふちがほんのり桜色」


 「ふーん」


 「俺も、空(すき)っ腹へ飲んだから、目のふちがほんのり桜…… 」


 「やい待て、畜生め。図々しいことを言うない。相手の女は、色の白いところへ、ぽーっとなるから桜色てんだが、おめえは、色が真っ黒じゃあねえか。おめえなんぞ、ぽーっとなったって、桜の木の皮の色よ」


 「なに言ってやんでえ。余計なことを言うない…… 飲んでいるうちに、酒は悪くなかったけれども、身体の調子だと思うんだ。頭が痛くなってきやがった」


 「うん」


 「どうにも頭が痛くてしょうがねえ。そこで、『姐(ねえ)さんご馳走になった上に、こんなことを言って申しわけございませんが、少し頭が痛くなりましたから、ご免を蒙(こうむ)って失礼させていただきます』と言って、俺が帰ろうとするとね、『とんでもないことになりました。たくさんあがらないお酒をおすすめいたしまして申しわけございません。少しお休みになったら、いかがでございますか?」と言うから、『そうでござんすね、ここへ横になったところで直りますまいから、家に帰って寝ます』と言ったら、『同じ休むなら、ここでお休みになっても、同じことじゃありませんか』と、こう言うんだ。


 言われてみれば、最もだから、『じゃあ、まあ、そういうことにお願いしましょう』、『よろしゅうございますわ』てんで、しばらく経つと、『さあ、こちらへ…… 』と言うんで、、行ってみると、隣座敷へ蒲団(ふとん)を敷いてあるんだ。それから、『失礼させていただきます。頭の直るまで…… 』ってんで、おらあ、そこへ入(へえ)って寝ちまった」


 「うん」


 「すると、女が、すーっと行っちまったから、こりゃあいけねえ。女が帰っちまっちゃあ大変(てえへん)だ。ここ勘定はどうなっているんだろうと思って…… 」


 「しみったれたことを考げえるなよ」


 「けれどもよ、そう思うじゃねえか。ところがね、しばらくすると、すーっと音がした」


 「何だい?」


 「障子が開いたんだ」


 「誰が来たんだい?」


 「誰だって、分かりそうなもんじゃあねえか。その女が入(へえ)って来たんだ」


 「ふーん、どうしたんだい?」


 「女が枕もとで、もじもじしていたが、『あのう…… わたしもお酒を戴きすぎて、大層、頭が痛んでなりませんので、休みたいとは存じますが、他の部屋がございませんので、お蒲団の端のほうへ入れさせていただいてもよろしゅうございますか?』って、こう言うんだ」


 「えっ、そいつぁ大変なことになっちゃったなあ。おーい、みんな、こっちへ寄って来いよ。ぼんやりしている場合じゃねえぞ…… で、おめえ何と言ったんだ? …… 『早くお入んなさい』か、何か言ったろう?」


 「どうもそうも言えねえから、『どうなさろうとも、あなたの胸に聞いてごらんなすっちゃあいかがでございましょう?』と、俺が皮肉にぽーんと、ひとつ蹴(け)ってやった」


 「うめえことを言やがったな。それからどうしたい?」


 「そうすると、女の言うには、『ただいま胸に訊ねましたら、入ってもよいと申しました。では、ごめんあそばせ』ってんで、帯解きの、真っ赤な長襦袢(ながじゅばん)になってずーっと…… 」


 「畜生めっ、入(へえ)って来たのか?」


 「入(へえ)って来たとたんに、『半ちゃん、一つ食わねえか』って、起こしたのは誰だ?」


 「何?」


 「『半ちゃん、一つ食わねえか』って、起こしたのは誰だ?」


 「起こしたのは俺だ」


 「わりいところで起こしやがった」


 「なーんだ、畜生め。夢か?」


 「うん、そういう口があったら世話してくんねえ」



 「静かにしてくださいよ。あんまりこっちが賑(にぎ)やかなんだね。気を取られていたら、今の客、銭を置かずに帰っちまった」


 「性質(たち)の悪い奴だな、どんな…… 」


 「今そこで髭(ひげ)をあたってもらっていた印絆纏(しるしばんてん・江戸時代の職人が着た絆纏)を着た、痩せた男かい」


 「ああ、ありゃ、町内の畳屋の職人じゃあねえか?」


 「それで、床屋(とこ)<床畳>を踏みに来たんだ(踏み倒したと言う意味)」


 お後が、宜しいようで……


*こちらにGyaoで放映中
[古今亭志ん弥 「浮世床」 http://gyao.yahoo.co.jp/player/00291/v01038/v0103800000000525181/ ]