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「クレイ」

2011-01-29 18:17:09 | デイビィッド・アーモンド

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 『クレイ』、デイヴィッド アーモンド著、金原 瑞人訳、河出書房新社




 <あらすじ>
 主人公のデイヴィの住む町フェリング。ここには、親友のジョーディと敵対する少年たちのリーダー・モウルディが住んでいる。
 モウルディは3歳も年上で、体もでかく、酒を飲み乱暴な相手だ。
 デイヴィは、過去にモウルディに手ひどく痛めつけられた経験から、彼を殺したいほど憎んでいた。


 そんなある日、近所のクレイジー・メアリーの家にスティーヴンという少年がやってくる。
 スティーヴンは、粘土細工が上手くて様々な動物や人形を作っていくだけでなく、命を吹き込むこともできるという。そんな不思議な魅力と邪悪さを持っていた。


 デイヴィは、スティーヴンのいうままに粘土の怪物(クレイ)に生命を与える儀式を手伝ってしまう。
その直後に憎んでいたけんか相手のモウルディが死んだと知って、とんでもない怪物をつくり出してしまったと気づくが…… 。




 <感想>
 現代版『フランケンシュタイン』といった感じの作品で、死と狂気と暴力の物語をアーモンドらしく美しく響く情景で描いています。


 ここまでアーモンドの作品を読んできましたが、彼の作品に"はずれ”がありません。
 作品を重ねるごとに、より重厚でパワフルさを感じてきていて、今作の『クレイ』は、死と狂気と暴力がぐっと浮かび上がってきます。
 最たる箇所は、クレイに命が吹き込まれる場面ですが、いかにもアーモンドらしく詩的で美しい描写に仕上がっているのではないでしょうか。


 ラストは『ヘヴンアイズ』や『火を喰う者たち』を髣髴させるような、心からの祈りが響いてくるような情景で締めくくられています。



「星を数えて」

2010-12-31 16:31:50 | デイビィッド・アーモンド

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『星を数えて』、デイヴィッド アーモンド著、金原 瑞人訳、河出書房新社



<あらすじ>
  父のジェームズ、母のキャサリン。兄のコリン、妹たちのキャサリン、バーバラ、メアリー、マーガレット。そして僕のデイヴィッドの8人家族。そんな一家に様々ことが起こる。


 神父さまのいいつけに背いて、100以上の星を数えてしまったデイヴィッド。その後すぐに父さんが病気になってしまい―― 。


 亡くなった父さんと過ごした日々、母さんの素敵な微笑み、幼いまま死んでしまったバーバラの写真、過ぎ去った時間や変わってしまった場所、かなたに消えた人々。
 子供時代の夢と記憶、現実と想像、真実と虚偽が入り交じった、哀しくも優しい19の物語。



<感想>
 作者アーモンドの少年の頃の思い出を元に描かれてた19の短編集であり、1960年代のイギリスの小さな炭鉱の町フェルングが舞台になっている。


 アーモンドの作品は、ファンタスティックなものが多いが、今作は一連の作品の中で、『火を喰う者たち』と並び、もっともリアルスティックな作品に仕上がっている。


 アーモンドの初めての短編集でありますが、彼の作品の特徴は、前にも述べたとおり、短い章を重ねたものなのでなんら違和感はなく、強いてあげるならば、時系列がバラバラなくらいですが、気になるほどのものではありません。


 前作の『火を喰う者たち』は、ボストングローブ・ホーンブック賞、スマーティーズ賞、ウィットブレッド賞というトリプル受賞をした作品ですが、それに負けず劣らずに仕上がっていて、もっとも彼らしい作品といえるのではないでしょうか。



「火を喰う者たち」

2010-11-13 23:07:53 | デイビィッド・アーモンド

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 『火を喰う者たち』、デイヴィッド アーモンド著、金原 瑞人訳、河出書房新社



<あらすじ>
 ボビーは母親と街の市場に行ったときに、大道芸人のマクナルティーと出会い、彼の大道芸に衝撃を受けた。
 ボビーは試験に受かり、上流階級の子供が通う中学に入学することになる。幼なじみのエイルサも合格するが、彼女は学校には行かないと言う。
 親友のジョゼフは、近頃、近隣に越してきたダニエルを毛嫌いしている。そのダニエルは、体罰が公然とおこなわれる中学の教育方針に納得がいかず、ささやかな反抗を試みることにした。ボビーもダニエルの反抗に巻き込まれていく。


 時は1962年の10月。世界はキューバ危機に瀕し喘いでいた。人々は未来に希望が持てず、少なからず不安を抱える。
 そんな時、ボビーとマクナルティーが出会い、奇跡を起こす―― 。




<感想>
 反戦をテーマにした作品であり、海辺の貧しい町に住む一少年と、少し頭のおかしい一介の大道芸人との出会いが、どんな奇跡を起こすのかが見物になっておる。


 最近気がついたのだが、アーモンドの文体は、ヘミングウェイのハードボイルド手法・文体に似ている。
 ハードボイルド手法とは、反道徳的・暴力的な内容を、批判を加えず、客観的で簡潔な描写で記述する手法のことで、特に客観的で簡潔な描写で記述する辺りがヘミングウェイを髣髴させる。


 アーモンドの作品は、主人公の視点で書かれることが主であるが、主人公の主観をあまり入れずに、どこが客観視しているところがあるので、そのように感じたのかもしれない。



「ヘヴンアイズ」

2010-11-02 17:59:32 | デイビィッド・アーモンド

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 『ヘヴンアイズ』、デイヴィッド アーモンド著、金原 瑞人訳、河出書房新社



<あらすじ>
 エリンは、ホワイトゲートという孤児院に暮らす少女。周りには自分と同じような境遇の子供たちがいて、そんな子供たちを憐れむ大人もいるのだが、彼女はそれを良しとはしなかった。
 自分と同じ考えを持つジャニュアリーと偶然に居合わせたマウスと一緒に、ジャニュアリーが作ったイカダに乗って脱走する。


 川を下り3人がたどり着いた場所は、真っ黒な泥が広がり悪臭が漂う黒沼ブラック・ミドゥンだった。
 そこには、かつて印刷工場だった大きな廃屋に両手に水かきのある女の子ヘヴンアイズと奇妙な老人グランパが、二人きりで暮らしていた。




<感想>
 アーモンドのかもし出す異質な雰囲気に溢れ、その語り口は独特の透明感に満ちている。
 彼の作品には、脇を固める魅力的な少女が登場するが、本作では、主人公として活躍している。


 エリンは、ホワイトゲートでの世話人であるモーリーンとそりが合わない。彼女は、幼かった頃の母との暮らしの思い出を大事にしていて、その過去を否定するモーリーンが許せないのだ(この想いはエリンの一方的な感情である)。


 そこでいつも相棒のジャニュアリーと脱走を繰り返す。彼女の母に対する感情は頑なであり、ティーンエイジのもつ特有の頑固さであろう。もう少し大人であれば、もっとうまく折り合いをつけたであろうし、逆に幼ければ従順であったろうに感じる。
 このあたりの表現の仕方は、アーモンドの得意とするところであろうか。


 ブラック・ミドゥンでの体験をとおし、エリンら3人とヘヴンアイズは、心の歯車(精神の成長)が少しずつ回り始める。それは、ラストにおけるジャニュアリーのエピソードに結実する。


 アーモンドの文章は、ほとんど説明を入れない。それによって小説でありながら詩を読んでいるような雰囲気を持つ。つまり読者に感情の余韻をもたらす文章であると思う。


 冒頭にも述べたが、本作品は少女が主人公であり、今まで取り上げた作品と一線を画している。


 文学理論の立場からいえば、ジェンダー、もしくはフェミニズム批評を用いることができる。
 アイリーン・ダッシュの言葉を借りるならば、女は性的存在として自分を発見するとき、自分が自由でないことを知る―― いわゆる「第二の性」である。


 思春期まえの少女は、自分が主体的で能動的に自由であると考えているが、思春期に入ると、受動的な客体として受け入れようとする性衝動と社会的圧力が高まり、これがお互いにせめぎ合う。
 これがホワイトゲートでの世話人であるモーリーンとの衝突である。
 本来であれば、母親など周りから社会的役割を学びながら、大人としての自己意識を確立していくのだが、過去に囚われているエリンには、なかなかうまくいかないのだ。
 よって彼女の行動は、ある意味思春期の少女特有の傲慢さと不安がつきまとっているのだ。
 これが、作中における母親の幻となって表現されている。



「闇の底のシルキー」

2010-10-09 15:28:13 | デイビィッド・アーモンド

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 『闇の底のシルキー』、デイヴィッド アーモンド著、山田 順子訳、東京創元社


<あらすじ>
 廃坑の町ストーニーゲイト。13歳の少年キットは、祖母を亡くし意気消沈する祖父と一緒に暮らすため一家で、この町に越してきた。


 むかし炭鉱夫だった祖父は、キットに暗闇の炭鉱の恐怖や炭鉱事故、事故で亡くなった少年坑夫たち、シルキーと呼ばれる闇の精霊の話をしてくれた。


 まもなく、風変わりな少年・アスキューと知り合い、彼がおこなう臨死体験をする<死>のゲームに加わることになるが、それがきっかけで、キットは少年坑夫たちの亡霊や、シルキーが見えるようになってしまった。


 アスキューは、ゲームのことが学校の教師に知られてしまい、退校処分になってしまう。さらにアル中の父親の暴力に耐えかねて失踪。
 しかし突然、キットの前に現れ、キットを廃坑の隠れ家の洞窟へ連れ出した。キットは、どうにかしてアスキューを連れ戻そうとするが…… 。




<感想>
 デイヴィッド・アーモンドの二作目にあたる作品。ファンタジーでありながら物静かで簡潔な描写は物語としてのリアリティーをもたらしてくれます。


 陰惨さと暗鬱さをもった作品テーマでありながら、アーモンドの文章によって詩的で静謐な感じに仕上がっていることは、さすがといったところです。


 彼の作品の共通点は優しさと慈しみのあふれていること。ザ・サンデー・タイムズをはじめ、各誌で賞賛されていて、大人の鑑賞も十二分に堪えうる作品であると評されています。


 社会性のあるテーマの盛り込み方、物語の中心に至る手法としてミステリー、ホラー、サスペンスの要素をふんだんに取り入れていること。
 短い章に分けられていて読みやすさに富んでいるといったエンターテイメント性が高い作品であるということです。
 そして主人公に加え、それを支える登場人物もとても魅力的に描かれている、これがアーモンド作品の特徴です。


 13歳の多感な少年少女期における危うさ、もろさ、繊細さ等を表現することにかけて、彼は天下一品の筆をもつ作家ではないかと思います。