老後は京都で !

京都の町中(堺町六角)と東京(青山)を気ままに行き来する二地域居住を実践中。 

「東西書肆街考」

2008年07月04日 | 記憶のなかの京都 (昭和40・50年代)

 

東西書肆街考 (岩波新書 黄版 87) 東西書肆街考 (岩波新書 黄版 87)
価格:¥ 819(税込)
発売日:1979-06

京都には古書店の数が多い。

経済学者の脇村義太郎氏が

「東西書肆街考」(岩波新書)で紹介した

老舗古書店もほとんど健在だ

(同書は、前半で京都の、後半で東京の

古書街の歴史について書かれた本で、

個々の古書店の歴史についても

ふれられている珍しい本だ)。

同書にも出てくる河原町通りにある

京阪書房、キクオ書店、赤尾昭文堂などは、

学生の頃よく通ったし、

今も、京都に行った際は

必ず立寄るようにしている店だ。

「赤尾昭文堂という店はもうないんですか」

ある時、少し慌てた感じで、

年配(といっても私より少し上なだけ)の男の人が

キクオ書店でご主人にたづねている。

その時、温和なご主人は、

「二階に移ったために少しわかりにくくなったようですネ」

と答えられたので、

その年配の男性は安心したようだったのだが、

そうした問答を聞いていると、

三十年以上前に京都で学生時代を送った人間にとって

京都の老舗の古書店というものがどういうものか、

あらためて伝わってくる。

河原町通り(西側)を四条から上がっていくと、

赤尾昭文堂、それから、大学堂、

三条の交差点を渡れば京阪書房、

渡らずに北上すればキクオ書店、

これらは、その距離感を含め、

京都で学生時代を送った人間には、

身体的な記憶といってよい程のものなのだ。

あるべきところにあるはずのものがない、、、、

前述の男性はだから、パニックに陥ってしまったのだろう、

大げさにいえば、

まるで東山五条から八坂の塔が消えてしまったかのように。

京都にはこうした店や建物が実に多い、

みんなが、永遠にそこに在るのだろう、、、

と勝手に思い込んでいるものが。

京都というのは、いわば、そうした記憶の中にある街なのだ。

だが、現実の京都は少しずつだが変わっていく。

そのギャップに気づいたときパニックに陥る。

他人事ではない。

東西書肆街考 (岩波新書 黄版 87) 東西書肆街考 (岩波新書 黄版 87)
価格:¥ 819(税込)
発売日:1979-06

「老後は京都で」~トップページに戻る

 

 

 

 

 

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 京都の不動産の投資妙味(そ... | トップ | 「古書店めぐりは夫婦で」 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

記憶のなかの京都 (昭和40・50年代)」カテゴリの最新記事