オヤジのひとり言

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長野善光寺の阿弥陀如来像

2012年02月07日 | オヤジのひとり言

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千年の古都のタイムトンネル

京の歴史 その参百壱拾九

 

この方広寺の大仏は当初、銅で造る予定でしたが、

 

完成を急ぐ余り途中から漆璆造りに改められた。

 

文禄四年 ( 1594 ) 閏7月、伏見を中心とした大地震に遭い、

 

大仏殿は無事だったものの、

 

ほぼ出来上がっていた堂内の大仏は大破してしまいます。

 

材料を途中で銅から漆璆に変えたことも原因だったようです。

 

 そこで秀吉は、夢のお告げと称して当時、

 

甲斐国の長野善光寺の阿弥陀如来像を大仏に迎える。

 

しかし、秀吉の病がより重くなる中、

 

秀吉は再び阿弥陀如来が旧地の信州善光寺に還ることを望む夢を見るのです。

 

こうして阿弥陀如来像は信濃善光寺へへ送り返されることになった。

 

豊臣秀吉が亡くなった後も、

 

何も無い堂内では、堂供養と称して千僧供養が続けられたという。

 

秀吉の大仏造立の遺志を受け継いだのは、

 

秀吉の子・秀頼で、

 

彼は徳川家康の勧めに応じて、慶長四年 ( 1599 ) に工事を始めるが、

 

慶長7年 ( 1603 )。またもや火の不始末で完成間近の大仏殿は勿論、

 

堂内の大仏も溶解して焼失してしまう。

 

 

今回はここまで・・   

 

続きは次回に・・    

 

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